獲物が怯えてくれない
彼らの主張はこうであった。
やいやい、ここは俺様達が占拠した!
俺様達の道を通してほしければ金を払え!
突然の関所気取り。
当然ながら、そんな義務は1つもない私達である。関所って、個人で設けるタイプの物じゃないからね。
街道は国や領地が税金使って整備をしているものなので、穴なんて開けたら本当に怒られると思いますよ。
「財布と、金目の物を出せ!」
私は咄嗟に、馬車内に積んでいた見せ荷でさえもアイテムボックスにしまった。
大したものはない。水や食料や着替え程度のものを、持っていれば怪しまれない程度に出してあるだけだ。
しかしあんな感じの生き物には、万が一にも、何一つたりとて差し出したくはない。
干し肉の一欠片さえもやらぬ。むしろそれ、大事なアンディラートのおやつか。
「…まずは尋ねたい。これを掘ったのは貴方達、ということで良いのだろうか?」
アンディラートは少し首を傾げて、会話にかかった。襲ってこない間は説得をしようという心意気、とても理性的。
私が前に出ていた場合、きっとまずは叩き伏せますよね。
武器を構えて寄ってきた時点で敵だし、そもそも、立ち塞がったらまずは敵だよ。
「そうだ!」
「見も知らぬ者を襲い、金銭を得るためにこのようなことをしている、と?」
「そうだと言ってる! 早く金を出せ!」
イライラと相手が怒鳴る。脅しているつもりがカケラも怯えてくれないのだから、囲み甲斐もなかろうね。
数の暴力という言葉があるように、多対一というのはそれだけで有利なはずなのだから。
理性的というのは時に、やけにマイペースに見えるものだなぁ。
剣をブンと振って脅しているつもりの相手に、しかし「当たらない位置でなんか素振りしているな」くらいに見なしているアンディラートは、不思議そうに言葉を重ねる。
「なぜ街道での盗賊行為などに手を染めているのか。見たところ、貴方達は…あまり手持ちの武器には慣れていないだろう。仲良く揃えたばかりのようだ。剣が主武器ではない者もいるのではないか? 更には盗賊というにも、他人から盗むほど、暮らし向きには困っていないように思える」
「えっ、そうなの? なんでわかるのよ」
一期一会の賊の容姿に記憶容量を割く気もなく、観察する必要など感じていなかった私。だが、アンディラートが違和感を感じると言うのであれば、一応は見てみようか。
改めて、現れた盗賊達をじっと見る。
まずは武器だ。
全員が同じような…あぁ、デザインや長さが揃ってるってことは同じ工房の数打ちの剣だ。確かに鍔も刃もピカピカとしていて、真新しい感じ。
剣が斬るのは大抵の場合、生き物だ。つまり血糊や脂が付けば曇るし、何度も研ぎ直せば刃は減っていく。訓練であろうと打ち合えばキズが付くし、そうなればあんな鏡みたいにピカピカはしない。
まだ使い込まれてはいないな。
慣れてないっていうのは、相手が剣に馴染まぬ一般人…ということではなく、合う武器を自分で選んでない、配布されたてだという意味なのね。
構え方やらは正直、素人かどうかなんてよくわからないのですが。私は自分が教わった以外の剣を知らないからなぁ。
主武器かどうかなんてもう。見るからにへっぴり腰なら判別もできるが、私は剣豪じゃないので、向かい合った程度で相手の強さの程を推し測れたりはしないですね。
ましてや最近は剣士は引退気味で、力任せのゴリランシアか怪盗も真っ青のシマッチャウンシアでしかない。
まぁ、私は絵師…あ、いや、令嬢だからッ! 判定できなくてもおかしくはないのだ。
だが、アンディラートがそう言うならば、彼らはお持ちの剣が手には馴染んでいない。それが真実だな。盲信。
そして風体は…小汚れた服装、ボサボサの髪。もさい不精髭。下卑たニヤケ面。それらを気にもしない様。
うぅ、これは近付くと臭いそうで嫌だな…。なんでこんなものを観察せねばならないのか。キッタネェ。不快しかない。
あれだけ土埃まみれならもう土と同じようなもんだよね。奴ら、ニアリーイコール土。
穴も掘ってくれてるし、皆まとめて埋めてしまえば良 いのでは? 土に還れば全て解決。
…アッ、なんか今の怖くなかった?
完全に怪談じゃん。人を埋めた街道の上を皆が踏みつけて歩くなんて、呪い作成方法っぽい…蠱毒、犬神、そして闇山賊を操る呪術士シャーマンシア。どうよ、強そうかな?
…うーん、ダメかな。ゾンビならまだしも、闇山賊って何だ。中二病を拗らせたオッサンの群れ…?
それはそれで怖いか。労働してるのでニートよりマシとかも特にない。
むしろ強盗となり迷惑が他人に及ぶ点では、親の嘆き度は上かも知れないね。
…汚物過ぎるものを見て、荒んでたのかしら。まだシャーマンシアによる夏のホラー判定でセフセフ?
ここはアンディラートの後頭部を見つめてSAN値の回復を図ろう…うむ、まるっとして可愛い。精神が正の方向に振り切れたな。
よし、オルタンシアの精神は健康ですよ!
さて、身なりを気にしないか、隠れ住んでいるので潤沢な水場が側にないというならば、理解はできる汚さだ。普通に盗賊っぽい。
だけど他人から奪わないと生活できないくらいだから、普通は暮らし向きには困っているものでは?
人数もそれなりにいるし…その日暮らしくらいしかできないよね、節約しても。
山賊といえばお酒飲んでガハハするイメージあるけど、この辺は既に田舎の村と村の間なので、圧倒的に交通量が少ない。
そんな贅沢はできないんじゃないかな。衣食住を維持するのはそれなりにお金がかかる。
そもそも自分ひとりなら我慢で済む程度のことも、集団を率いるとなれば不満に繋がる。不満は不和の種。無法者の集団ともなれば、下手すれば下克上されるよね。
つまり集団を維持するには何かと物要り。あのピカピカの剣の配布がいい証拠、きっとご機嫌取りのために買い揃えたに違いない。
むしろ衣と住を犠牲にしたとしても、とてもこんな武器は揃えられないのではないか。衣食住のうち残った食すらも危機。
農業でもしてなきゃ食い繋げまい。でも農民じゃないのよね?
…衣食住、全滅。
もはや自給自足という名のサバイバル。食生活を豊かにしようと、山菜採りする山賊達が脳裏をよぎった。
…なんか慎ましいな。賊なのに。
おじーちゃんおばーちゃんから野草の見分け方を教わったのだろうか。先達の教えを守る、ジジババっ子の山賊達なのかしら。
まぁ私とて蕨や蕗くらいなら判断でき…あ、山賊の足元にキノコ見っけ。でも、色が禍々しいな。あれ、毒キノコかしら。
…ホントか?
実はイケるんじゃない?
美味しいのバレたくないから、見ため的に「毒ッスよ」って嘘ついてんじゃない? 擬態なのでは?
ここは勇気出して、ひとつ食べても…毒耐性はお守りパワーで大丈夫なはず。
他人どころか、野草すらも信じられなくなってくる私。
しかしキノコは元々、素人にはおすすめできないやつ。簡単に食べちゃダメだ。
えーとえーと、あとは…そう、見るからに臭そうなほど、男所帯過ぎる。
巣がないと安心して睡眠は取れないから衣食住とは重複項目もあるが、三大欲求の問題もあるよね。残りの1項目、…うーん。禁欲の辛さは生憎とわからんなぁ。
…が、この汚さでは娼館にも行けまい。こんなん、門前払いだよ。
全員が賢者か、この中にまさかのアイドル山賊がいるのでもなければ…行く時だけ身綺麗にして、ワクワクとなけなしのお金を握り締めていく山賊かな?
…許せる、かな?
いや、お金を奪うタイプの人間が、わざわざ綺麗なお姉さんのお時間を真っ当に購入するかという懸念もあるな…。
もしも性犯罪者なのであれば、奴ら、真夏のホラー無料体験の対象にしても良い。処すことに少しも躊躇いがないな。よし。
…もう、迷いはない。五感を奪うよ、ユキムランシア。
「街道で盗賊なんてやっても、手練れでなければ返り討ちにしかならない。街道を移動するのは護衛付きの商人か、身を守れる冒険者が主だろう。数少ない旅人を無差別に襲うにはリスクの方が大きい。実入りもないのに生活は維持できないだろう? けれど彼らは健康そうだ」
あ。さっき反射的に「なんでわかるの」とか問いかけてしまったせいで、アンディラートが真面目に説明してくれようとしている。
もはや脳内で殺伐テニスを始めかねないほど、その話題は大分遠くに行ってしまっていたのだが…何食わぬ顔を維持したまま猛ダッシュして取り戻してきました。
アテクシただの令嬢ですことよ。オホホ。テニス漫画違い。あれだよ、縦ロールでする方。確か…オチョー武人。あれ、中華っぽくなった。そして、オチョー・タケヒトと読めば、急に売れない芸人感。
駆け戻ってきたはずの話題は、逆方向へと駆け抜けていった。行き過ぎ、行き過ぎ。




