おうちに帰ろう…おや?
彼らもただ流れ着いて怯えるだけではなく、ちゃんと自分達で仲間探しを進めていた。
そのためいざ林側と海側の人々を集めてみれば、既に大半の仲間は揃っていたのらしい。
一部まだ行方不明者もいるようだが、保護されるアテもできたし、ここからは山の民総出で捜索するという。三男や兵士が付き添っていれば、領民にだって下手に絡む対象でないことはわかる。迫害されず大手を振って歩ける保証があれば、彼らの生活に心配はない。
そんなわけで、これ以上はお手伝いしてくれなくて大丈夫だと言われた私達だ。
ク、クビ宣告ですわぁ…。
何よりこれだけ山の民臭が密集していたら、無事であれば嗅ぎ付けて寄って来るはずだ、と彼らは言うのだ。現にそのようにして、海側と林側でこれだけの人数を集められたのだと、そう言うのだけれど…。
無事じゃなかったらどうするんだと思うのよ。
楽観しすぎじゃないのかい。だけども、領主チームと山の民チームの両方から「もういいよ」と言われてしまえば、我々はもう手を出せない。
それに、ちゃんとドレスに着替えてから領主館へ行ったのに、三男からは「少し捜索してみたら見つかったって? …ご令嬢が? どこを?」みたいな疑念がちょっと伝わってきていた。ボロを出す前に止めるべきいいタイミングなのかも知れなかった。
もうボロが出てるって? いやいや、まだ決定的じゃないね、まだ誤魔化せる。いけるいける。
まぁ、存在すら知らなかったが友人のお子は見つけたのだし、エルミーミィが悲しくなければそれでいいのかな。
要らないって言われたうえ、捜索してくれる潤沢な人手だってないわけじゃないのに、ここで頑なに続けることもないよね。
そう自分を納得させる。
…本当は見つかってない人が、ちょっとまだ心配だけども。仕方がない。私は聖人ではないので、万人を救おうとは思わない。
人っぽくないからか、わりと私の心の警戒ハードルが下がるんだね、獣人は。
だけど、会えなかった人達と私とはご縁がなかったのだ。遠くから無事をお祈りしますね。
ニャンコ一族の合流が概ね済んだのを機に、私達は王都へと戻ることにした。
逐次おうちに連絡はしてあるが、何だかんだと滞在期間が超過している。
そして海鮮パラダイス領ゆえに、そろそろアンディラートが「またお魚かぁ…」という顔をするようになってきた。危機だよ。
内陸の子だから、海産物は食べ慣れていないからね。たまにはいいけど、あんまり続くならお肉の方がいいんだろうね。
私も常にシーフードを求めているタイプではない。やはり、たまにでいいです。
肉を狩りつつ帰ろうね。
おっきい塊で焼いてあげるから、豪快に頬張り存分に噛み締めたまえよ。冒険者スタイルの時にだけはそれが許される。
ええ、私にもだい。
帰宅後の今後の予定は…特に詰まっているというわけではないのだが、その、婚礼準備が始められるかなぁ…。
とはいえエーゼレットは親戚が皆無。
新お母様への結婚しますよ報告も済んだため、そちら側の親戚で重要そうな人への招待状を用意するところからだろうな。
私は全く顔も名前も知らん人達だけどね。
リストはお父様か家令がくれるでしょう。丁寧に全文考えて書くのか、定型文にサインするだけなのかは…いや、定型文一択だな。
知らん相手なのだもの、そんな気のきいた文は無理ッス。
人付き合いに自信はない。持ち上げようとしたつもりが誤って落っことして、険悪になっても何だしね。定型文、素敵。
そう急ぐわけでもないからと、帰りに再びナナイロの実を捜索してみた。
けれど、時期が過ぎてしまったためか、もう見つからなかった。
ひとつもだ。
意味がわからなかった。
取り尽くしたわけではないはずなのに、なぜなのよ。光る花という目印がなければ、本来見つからないようなものなのかな。
旬が過ぎたら特徴も消え去ったのかい。普段はそこらの雑草と区別が付かない植物ということなのかな…。
うぅ、それなら取れるだけ取ってしまえば良かったのかしら…。
いや、でも全部引っこ抜いて観光名所を破壊するなんて迷惑なこと、出来っこないよね。
鑑定チートでもあれば探せたのかなぁ。
生えていたのはこの辺りだったはずだと、手当たり次第にアイテムボックスへ草を抜いてみたが、芋部分なんて付いてない普通の雑草しか得られなかった。
雑草は要らないので、とりあえず植え直しておきました。
どこへ消えたんだ、地下茎植物よ…。
芋部分にばかり気を取られて、葉の形状など覚えていない。
そして使わない部分はゴミだと思っていたので容赦なく捨てていた。
見分けるために、芋部分だけに分解せずに、葉や茎を標本で取っておくのだったかな。
でも、芋部分は乾かして粉にしないといけないんだし、そりゃあ邪魔な部分は取るよね。
全部の加工はまだ終わってないので、冷蔵保存中のナナイロの実は、まだある。冷凍は芋だからダメだろう。
標本を作らずとも、せめて全体図のスケッチくらいはしておくべきだったのか…。
採取した花があるはずだと思うでしょう?
だが、あの花は1日2日で急速に枯れた。
思わず冒険者ギルドに問い合わせてしまったが、そういうものなのらしかった。
一度むしった人は知ってるってことだ。珍しくてむしる人以外は取らないから、崖上までの根こそぎ採集まではされなかったんだろう。特に何かに使えるわけでもないしね。
納品依頼があった場合はダンジョン産の魔法袋の中でも更に稀少な、入れたものの時間も止まるタイプを使用するらしい。
備品を持ち逃げされたら困るので、もれなくギルド員も見張りについて来る。
初っ端から盗っ人疑惑をかけられる嫌な依頼である。私でさえ、花より備品の方が興味あるわ。
花は水をやろうと何しようと萎れたので、魔力やらが抜けたせいとかなのかも知れないな。
普通に…ううん、普通以上に速やかなドライフラワーとなり果て、しかも汚く茶色く変色したので、保存は諦めて捨てました。枯れ草に興味はないのです。
アンディラートが残念そうだったので、限りあるから美しいんだよという風に持っていき、何とかいい感じの話に終わっておいた。
それにしても、あんなにギラギラしているとはいえ、その存在にはファンタジーっぽいロマンを感じていたのに…結末は割りと現実的だったよね。盛者必衰的な。
しかし花はすぐにこうなってしまうからこそ研究しきれず使い道がなく、保存がきく根っこ部分だけがレシピに使われているのかも知れないね。
うーん。手持ちのナナイロの実だけで、どれくらいの量のポーションになるのだろうか。
本当にエルミーミィ達にサトリポーションが作れるかという不安もあるにはあるが、練習しようにもまず材料が沢山ないとお話しにならないよね。
私だって作るし。本来、私が全て使う予定だった素材達だし。
だって私もアンディラートとお父様のために作りたい。余分に持っておきたいもの。
3人分の…譲っても、2人の一生分だ。
王家に猫の保護費として多少は取られるとしても、お父様とアンディラートが生きる年月を思えば、山のように必要。
虎の子にとたった1つ作りおいたところで、泥棒に遭ったらと思えば何も安心ではない。
未だに、見知らぬ誰かには、謎の警戒がある私です。性悪説派なのだ。
しょうわるって読んだら別物だね。
…そして、こういう考えがアイテムボックス内の在庫積み上げとなるのは理解しております。
でも、心配なんだもの…。
沢山あると、なんか安心なのだもの…。
アイテムボックス様、本当に重宝しておりますよ!
材料、できれば増やしたいな。
幸いにも冷蔵中の現物があるのだから、これが種芋となればいいけど。多少植えてみよう。
…失敗したら、ションボリ諦めよう。
ナナイロの実は崖の内部に根を張る根菜。
いしのなかにいる、というなら日の光も要らないだろうかと、早速アイテムボックス内での鉢植えを試みる。
最終的には地表に出てくるからどこかに植えなくてはならないが、まず芽が出るかどうかが重要だ。
この世界のジャガイモはすごく芽が出やすい。だから、同じイモ科として、育てやすさに期待しているよ!
…あれ、そういや数年に一度しか花も咲かないという植物だったな。気難しい芋か?
そして、もしかして花が咲かないと実がつかないのかな。えっ、桃栗3年的な…?
地下茎だから関係ないか…そんなことないよね、花が咲くのだし…一応実だと言われるものなのだし。
…育てるより、取りに来る方がいいか?
でも、目印がなければうまく探せないことは今回判明している。
というか素直に、なくなったらここまでいちいち採りに来るというのは結構面倒だよ…養殖したいよねぇ。
エルミーミィ達の側に畑があったほうがいい。
まぁ、植えてみよう。そうしよう。
強固な岩盤に生えていた子なので、とりあえず、身体強化マシマシの怪力でギュウギュウに固めた土に埋め込んでみよう。
柔らかい土だと「こんなヤワい環境じゃ芽が出せないよ」とダラけてしまい、やる気が出ないに違いない。
アンディラートも手伝ってくれたが…身体強化した彼の固めた土は本当にヤバイ固さだったので、ナナイロの実も生えるのを諦めてしまう可能性がある…。
ま、まぁ逆に「コイツは固ェぜ! 挑み甲斐がある!」って高品質になる可能性もあるよね。逆境が人を強くする、みたいな。
ほら、トマトなんかも、水少なめの方が甘くなるとか聞くしねっ。
帰るだけなので、行きよりも馬車の速度は遅めだ。馬はポクポクと歩いて王都を目指す。
行きは緊張もあってあまり目を向ける余裕はなかったが、用事を全て終えたので色んなとこに目をやる余裕ができた。
何とはなしに、馬を操るアンディラートの背中を見つめて過ごす。
平和だな…急に平和になった気がする。
馬車の揺れさえ心地よく…は、本当はあんまりないんだろうけど、幸いにも私のボディは身体強化様の加護で強い子なので、このくらいなら誤差の範囲に収められるぜ。
と思っていたら段差でもあったのか、ゴン!と馬車が跳ねて私も座席から浮いた。
身体強化様の加護のお陰で素早く床にしゃがみ下り、衝撃を殺して靴底から着地。スタッとすら音もしない貴公子ムーブ。或いはアサシンシア。
馬車が止まった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「ああ、すまない。一見何でもなかったんだが…道に穴が空いているな…」
一緒に下りてみると、何とも見事な落とし穴が掘られていた。ご丁寧に道の幅分に掘られているから、通れば必ず引っ掛かる。
徒歩なら、普通の人は落ちている。
馬車でも脱輪ギリギリだ。
今回はアンディラートと馬の連携で嵌まらずに抜けたが、タイヤが落ちればそのまま嵌まって動けなくなる可能性は大いにあった。
穴の中に毛布か何かが見えるので、あれで穴を隠して土を被せていたのだろう。
悪意のある、落とし穴だ。
「街道にこんなことしたら、何らかの罪にならないものなの? もう山賊の所業じゃん」
落とし穴だって、下手すれば死ぬよ。首や頭やらを強打すればさぁ。
未必の故意だよ、こんなの。
必ず引っ掛かる幅で作ってあるのだ。しかもそこそこ深い。
さすがに私達が狙いではないだろうが…でも、そうすると無差別テロということに。
「…そうだな。何が目的かはわからないが…踏み固められた固い土にこんな細工をするくらいなら、他に出来ることはありそうな気がするのに」
現実的な発言だった。
でもね、逆に他に何も手がないからこんな固い土を掘ったのかもよ。
引っ掛かるなら誰でも良かった、ムシャクシャしてやった。今では反省している。…脳内では目許にモザイクのかけられた山賊がインタビューに答えている。
つか、誰だいこの山賊。我ながら、妄想力が豊かで困る。それにきっと反省はしていないよ。反省できるなら、こんな苦労するタイプの落とし穴、掘ってる途中で我に返るわ。
そんなやり取りをしていると、離れた場所からこちらへ向かってくる一団がある。
…小汚い男達だ。
やはり、山賊なのでは?
あ、山の中じゃないから、ただの盗賊か。




