大体、回収の見通しが立った。
言われてみれば、語尾がニャの山の民はほぼいない。猫顔ではあっても、本人達には別にわざわざ猫に寄せていこうという意図などないからだ。
エルミーミィの語尾は、奴隷生活で強要され、抜けなくなった癖。
フラニーニィはママンの喋りを近くで聞いているため、移ったものと思われる。
実際、アレはなぜか伝染する。
「襲われた? すまないにゃ、怪我は…ない、…そりゃそう。この子はうちの息子で、強くなるようにって親友フランから取って名前を付けたのにゃ。さすがに本家越えには早すぎる。すぎると言えば、領主館の食事は豪華すぎてもう飽きたにゃ、なんかお肉とか柔すぎなのにゃ。牙が錆び付くにゃ」
エルミーミィはうにゃうにゃと息子の不始末を謝罪したが、山の民らしく話題の後半は己の関心事にブッ飛んでいた。
おもてなしの心、異種族間にてスレ違い。
せめて侍女さんに聞こえないように言ってはどうかね?
そしてエルミーミィは当たり前のような顔をして続けた。見ての通りフラニーニィは3歳、体格は大きめの方かもしれないが、生まれてからは概ね2年半くらいだ、と。
見ての…通り…だと?
フラニーニィを改めて観察。
敵意の取れた猫少年からは、気まずそうな目を返された。
木登りして葉陰に隠れきっては高所から飛び降りて、走って跳ねて双剣を振り回し、それなりの語彙で流暢にお喋りする。
それが…3歳…なの? この育ちっぷりで?
というか、2歳半とは実質2歳を指すのではなかろうか。山の民は数え年なのかしら。
そんなことまでは、集落への滞在中には尋ねたりはしなかったものなぁ。
まぁ、ママンが言うならそうなのだろう。
続いて、興味本位でフラニーニィのパパンについても尋ねてみる。
「あいつはクズにゃ。ウッカリ騙されるなんて、私も若かったのにゃ」
唐突な吐き捨て。
いや、君は今も若者だと思います。だが、考えてみれば「エルミーミィが結婚出産済って…早くない?」と思ってしまうのは私だけなのかもしれない。
私も意図せず結婚予定が入ったが、政略結婚メインの貴族は嫁ぐのも早い人が多い。当然、結婚の目的には家を継ぐ後継者を作るという理由も含まれる。なので、子を持つのも早いだろう。
前世感覚で見れば子供である14歳が成人年齢なのだから、そりゃあそうだよね。
「子供の前でそんなこと言わなくても…」
お宅のお子様、傷付いちゃうのでは?
ほんのり心配になって、パパニーニィ(仮)のフォローに回りかける私。
「事実にゃ。むしろヤツみたいにならないようキッチリ伝えて正しく育てるべき。現にフラニーニィはよい子に育ってるのにゃ」
エルミーミィのおヒゲが自慢げに揺れた。
そのよい子、私を初見で殺しに来たのだが。
…ま、まぁ良い。朕は子供のすることとして許してつかわすぞよ。
脳内はやや混乱して、ご覧の有り様ですわ。
フラニーニィを見てみるが、父親の悪口のようなものを聞いても、特段問題なさそうな顔をしている。
むしろ、よい子だと褒められて嬉しそう。
…本人が平気なら、私が気にすることでもないかな。
でも隣のアンディラートはハラハラしているようだから、あまりの暴言が飛び出すようなら話題を変えるか止めようかしら。
天使が心を痛めるのを放置はできぬ。
元旦那は集落原産ではなく、ふらりと他所から来た山の民だったらしい。迫害が少ない地域の噂を聞いて、移住してくるものはポツポツ居るのだという。
カルトが力をつけ、集落の聖女みたいになりかけていたエルミーミィに、相手は迅速に惚れて超口説き、電撃結婚。
しかし実は女にだらしなかったらしく、彼女が妊娠するとすぐに浮気に走った。
な…何というクズ…、そしてよく聞く話よな…。男って奴は!と思わず憤慨。
ダークサイドに意識を引っ張られそうになるが、アンディラートがお隣で「そんな…、信じられない。とんでもない奴だ!」とメッチャ憤っていたので正気に戻った。
しないね、この子は。そんなこと。
男が悪いのではない。ダメな男が、どこまでもダメなだけ。一括りはイクナイ。
オルタンシアはダークサイドから戻って参りましたよ。
そして、こんなモンを父親とは呼ばせたくないにゃ!と離婚したら、相手は解放感からか狭い集落の女連中に次々と粉をかけ、もう村中がギッスギスに。
最終的に「広い世界を見に行く」とか言って逃げ出して行ったけど、心底どうでもいい、とのことでした…。
その人、ふらりと来る前も同じようなことしていたのではあるまいか。前の集落も居られなくなって逃げてきたのではあるまいか。
息をするように浮気するなら、それはもう心底からそういう生き物なのだろうよ。
いや、浮気という認識があるかどうかも怪しい気がする。女性を口説かないのはマナー違反くらい思ってるかもしれない。もしや、そういう国の人なのかも。
異世界なのに、イタリアの風を感じた。
嫁をもらっても改善しないものは、最早何をしても止まるまい…。
でも…ちょっと、エルミーミィさん、見る目なさすぎないだろうか。なんでうちの天使の後に、そんな人に惚れたのよ…。タイプが真逆やないかい。
しかし村中がギスギスするってことは、口説かれた女性達は皆、次々とその男に惚れたってわけよね。怖。洗脳を疑う。
でなくばその男が、ドン・ファン気取りとして鼻で笑われるだけで済むものな…。
洗脳は冗談だけれど、本当に不思議だな。
クズなのに…魔性の男だったのだろうか。
生まれつき、魅了(中)とかが付いてるのかも。(大)なら同性も魅了できそうだから、出ていかなくて良さそう。(極)は老若男女腰砕けの傾国の部類を想像。
傾国の猫耳獣人(男)…なんか笑えるな。
正解を教えておくれよ、サトリさん。世界の謎は深まるばかり。
まぁ、傾国でなくとも魔性属性ならば、乙女感性のエルミーミィが引っ掛かって転がされても仕方がなかった。
…このせいで現実の男に見切りをつけて、狂信者の道に走ってしまったのだろうか。
冒険者の男達から殴られるサンドバッグ奴隷もしていたし、心の中の乙女が、もう現実の男どもを許せなかったのかもしれないな…。
二次元ならば理想は短所を見せて来ず、飛影はそんなこと言わない。
「2歳半なんてヨチヨチ歩きじゃないの?」
こちらもアンディラートへこそりと常識調査。かつて一人っ子同士だったとはいえ、ルーヴィスさんちは親戚がいるので、お子様付き合いもそれなりだったと聞いている。(エーゼレットの親類は全滅しました)
アンディラートも頷いて、同意を示した。
「3歳ならば走ったりはできるだろうが…フラニーニィのようにやろうとするならば、相当危なっかしいだろうな。あんな縦横無尽な幼児は見たことがない」
そう? 走ったりできるの?
自分が3歳の頃ってあまり覚えがない。でもお嬢様だから走ったりしなかったわ。
彼とて多分5歳くらいから剣を振り始めたのではなかったか。
…うーん、体格的に、どう見ても卒園くらいはしているよね、フラニーニィ。
一般的な何歳くらいというのはちょっとわからない。私、子供に馴染みがないから。
「山の民は元々成長が早いのニャ。そんな、いつまでもヨチヨチしてたら死ぬニャ」
過酷!
フラニーニィは山の民年齢でいうと3歳。生まれた年から1年目、すなわち1歳として数えるらしかった。
0歳何ヵ月なんて扱いはないんだ。
ちなみにフラニーニィとエルミーミィは感動の再会で抱擁するも、アッサリと離れた。
というか、フラニーニィが泣きながら抱き付きに行ったが、エルミーミィはワシワシと頭を撫でた後「鼻水付くから離れるにゃ」と冷静に言い放っていた。
温度差よ…。
スンスン言いながら離れる仔猫に同情した。
母性とは一体…。知ってはいたが、産んだら生えてくるようなものではないらしい。
私は己の今後を想像してヒヤリとした。虐待するようなアレにはなりたくないんですが、大丈夫でしょうか。不安限りなし。
私の動揺を察したのか、アンディラートは「彼らは野生だから、成長も親離れも早いのじゃないかな?」と珍しく失礼な発言をしていた。いや、一応、野生動物ではないよね。
さて、山の民はライデーデン他、結構な人数の山の民があの林には隠れ住んでいた。
そしてライデーデンではない見知らぬ獣人がリーダーとしてグループを率いていた。
まとめ役かに見えたライデーデンさんは別にリーダーではなく、どうやら頼れる副官タイプだったらしい。
山の民を連れ戻ったことで、領主館では三男が呼び出され、海側の捜索からバタバタと戻ってきていた。
漏れ聞くところによると、海側でも山の民を発見したものの警戒されて近付けなかった様子。合流した人から数人連れて再説得へ赴く予定となった。
寝込んでいたエルミーミィグループの残りはまだベッドの上ではあったが、エルミーミィだけはさっき元気になった。
具体的に言うと、アンディラートが自分のおやつから歯応えのある干し肉を与えると、俊敏に動くようになった。
無理しないほうがいいと思うな。
お宅の息子さんは「お母さん、元気になったにゃ!」と喜んでいるが、狂信者は大体、精神力で生きている。
ゴッドから求めていたものを賜れば、俊敏にもなろう。
でも、身体が休息を求めているときには休むべきだよね。




