この子誰の子?
結果的に、アンディラートには悲鳴を上げられた。先程「水から上がる際に足にタオルを巻けば良いよね! 名案!」などと思った、浅はかな私を笑うがいい。
合流が目に見えたために、つい安堵したのが悪かったのだろうか。
それとも、嬉しくなって手を振ろうとしたのがいけなかったのだろうか。
今生初の海水浴は、想像以上に私を疲れさせていたようだ。
「おーい、アンディラー…」
ずばしゃーん!
「オルタンシアァーッ!」
装備した瞬間に当然の吸水。王都で購入した最高級タオルは、即座に本来の役目を果たさんとその意地を見せつけてくれた。
海水たっぷりのタオルを足に巻き付かせた私は盛大な水飛沫を上げて転び、咄嗟に助けに海へ入ったアンディラートはもう上着も何もびしょ濡れ。
そしてドンブラコッコと沖へと流されゆくタオル。我が作戦、まるで意味なしである。
海水が鼻に入って打ち震える間に救助隊員が到着。
アンディラートは身体強化している素振りもないのに、私を抱き上げたうえで危なげもなくザブザブと岸まで歩ききった。
君、足腰強いな…敗北感。
上陸と同時に海水はちゃんと取り除きました。海から出てきたはずなのに、乾いている我々を見る山の民ーズが、目を白黒させる様はちょっと面白かった。
「オルタンシア、その、…大きめのタオルか何かあるだろうか?」
頬を染めたアンディラートが、無理矢理自分の上着の裾を引っ張って、私の足を隠そうとしている。さすがにそれは隠れないよね。
そして片手が上着を引っ張っているということは今、片手抱っこでこの安定感なのか。
身体強化してないのに…してないんだよね…? うん、やっぱりしてないよな…。(凝視)
「あの、なければシーツでも、俺の…マントでも、いいんだが…」
モジモジするな、可愛い。
君の荷物も預かってますからね。そしてお布団も買い直したから寝具も揃ってるのはご存じですよね。実は私のフード付きマントがまだあるのもご存じだと思う。
でもね、タオルもあるよ。サイズ様々たくさんある。
さっきだってちゃんと用意していたけど、海に持っていかれたんだい。
海洋汚染はしない。流されたアイツは、既に小鳥を向かわせて回収済みだ。
無念の言葉を飲み込み、アイテムボックスから別のビッグタオルを自分の上に出した。
回収したタオル? アイツはクビだ!
もちろんただの八つ当たりだよ。この屈辱を忘れるまでは、タンスで肥やしつくしてくれるわ!(多分すぐ忘れます)
タオルを目にした途端に素早く私を簀巻きにするアンディラート。腕、腕は出させておくれ。動きづらいよ。
もぞもぞスポンと腕を抜くと、緩んだタオルは再度ギュギュッと丁寧に巻き直された。
かけておくだけでは安心できないのか…妥協しない子だな。
その一生懸命な顔、何なの。やってることがコレなので、可愛いだけであるぞ。
だが、タオルはマキシ丈のタイトスカートみたいになっている。
生地はフカフカのはずなのに、力強く巻かれたのでやけに締め付けがキツイ…。
タイトスカートとかいいこと言ったけど、実際は作成途中のミイラの気分です。
ふわっとかけておくほうが、身体のラインは出ませんのに…。
お猫さん達は私の足に興味などないので、ポヤッとこちらが落ち着くのを待っていた。
お待たせしてすみません。
お話し合いのため、地面に下ろしてもらう。足元にツラッとアイテムボックスから靴を出して履いた。
改めて領主館での山の民保護をお伝えする。アサシンシアだと勘違いされたことは一応理解したけれど、コイツ絶対ここで殺すとか言われたことは忘れていない。
そんなにも殺意マシマシだったその意味を、フラニーニィはこう語った。
「今はよくわからないけど…さっきは風に乗ってお母さんのニオイが微かにしたにゃ。本当にゃ。間違えたりしないにゃ」
生活臭が一切しないのに、ママンのかほりを微かに纏う暗殺者(仮)…イコール、お母さんを襲撃したに違いないにゃ、敵にゃ!ということだったらしい。
お風呂も入っているし、汗や埃などの汚れは適宜取り除くせいか暗殺者と疑われた。
そんなレベルで生活臭をアイテムボックスへと入れてしまっても、なお私に残っている山の民のニオイというのも相当に気になるが…おかーさん、とな?
エルミーミィについていた山の民は着替えた後もズボンだったから男かと思っていたけれど、実はメスだったのかしら…。
私には見分けが付かないから、そんなこともあるかもしれない。
そんな風に流れた思考はしかし、当人の涙目の睨みにより霧散した。
「お母さんは、皆に敬われる巫女をしているのにゃ。本当にお前、お母さんに危害を加えていないと誓えるのにゃ?」
…巫女。
そんなことをしている、山の民の女性。
え、巫女って他にもいたの?
アンディラートを天使と崇める狂信者が、あの子の他にもいるというの?
ということは、うちの天使には、一目で山の民の女の子(人妻含む)を落とすという謎の才能があるの?
…ヤバイじゃん、迂闊に山の民の前に出せないよ。押し寄せる山の民女子を千切っては投げする私と、賞品状態で飾られているアンディラートを幻視した。
私のです。渡さんぞ。
「母君の名を聞いてもいいだろうか」
混乱のあまり無言になった私と、返答がないことに「答えられないということはやはり…」と警戒を強めるフラニーニィ。
見かねたアンディラートが横からそんなことを言い、現実が速やかに明らかとなった。
「エルミーミィっていうのにゃ」
エェル、ミー、ミィー!
人妻! 子持ちの? エェルミーミィー!?
おぉお落ち着け、言葉を正しく読み解くのだ。そう、古文書(前世の記憶)によればエールは応援、ミーは私、そしてトエルは真。つまりあの子はリュシーニャ王女? え、じゃあ危害を加える私はロムスカンシア?
人がゴミのようです。外道か。知ってたー。
うーわ、驚愕。
言葉も出ない。
えっ、でもデカくない?
いくつなのよ、この子は。
ミーミィたんは出会った時は妊婦でも子連れでもなかった。男だと思われていたはずだから、奴隷にされていた間の貞操も無事だった。少なくとも似たような感じの会話をした記憶がある。
そしてアンディラートに一目惚れだったはずだし、そうするとたかが2、3年で電撃結婚&出産を? いや、子供…だからこの子は大きすぎでは。連れ子か。そうなんだな?
パニックに陥っている私、それをどう捉えたのか、沈黙の満ちる場。
ふと、ライデーデンが問いかけた。
「オルタンシアと言ったが、お前、フランだろう? 海から上がった当初はニオイがよくわからなかったが、今ならわかる。あの時エルミーミィを集落に連れてきた人間だ」
おぉ。私を覚えていますか。
フランは当初、フードは顔の一部派だったので、ライデーデンも顔自体はあまり覚えていないのだという。
こちらがそうであるように、彼らも人の顔の見分けは付きにくいだろうしね。
だが、山の民はニオイでわかる子。
潮っけが薄れると、これは覚えのあるニオイだぞと気付いたらしい。
何か嫌だわ、体臭が復活すると判別されるとか。もしや臭いんじゃないかという強迫観念に駆られる。思わず袖口を鼻先に持っていき、スン…。うぅ、ニオイなんかしないよ…。
「フランがエルミーミィに危害を加えるとは考えがたい。ならば、エルミーミィは既に領主の世話になっているのでは?」
「あ、うん! 怪我してたのは治したんだけど、今はホッとして寝込んじゃったみたいだから、代わりに仲間を探しに来たんだ」
取りあえずフラニーニィのことは頭から追い出し、ライデーデンの問いに答える。
さっすがライデーデン、話が早いぜ。
しかしアッサリとフラニーニィを思考から切り離した私とは違い、切り離された当人は交代するかのように混乱に陥った。
ママンと知り合い? ママンは無事なの?
ニャニャー? そういうことだ。
泣きそうな顔のお猫、さっきからちょっと可哀想なのだが。私は攻撃された側なのに、罪悪感刺激しないでほしいのだが。
「…えっと。この子、実子なの? エルミーミィのご主人はどなた? 私、知ってる?」
耳が良いから聞こえるだろうけど、なるべくこそっとライデーデンへ問いかけた。
ご主人がライデーデンだと言われたら、それはそれで決闘だ。
幾ら山の民の見た目ではわかることが少ないとはいえ、お前の落ち着き、決して同年代ではない。
個人的には幼妻否定派だが、エルミーミィが幸せだと言うなら、そこに文句は言わない。言わないが思うところはあるぞ。
「…お父さん、出て行っちゃったから、いないのにゃ…」
唐突な証言がポツリと割り込み、私はヒャアと全ての疑念を放り出した。
フォローの言葉が思い付かない。オロオロするだけの役立たずな私とは違い、しゃがんで目を合わせ、そっと不安げなお猫に寄り添ううちの天使。
「父君がそばにいなくても、お前は周りの皆に大切にされているように見える。そしてお前も母君と周りを大切にしているのなら、それでいいと思う」
「…お前、いい奴。好き」
ああぁ、山の民に大人気ラァート!
私のだって言ってるでしょうが!
思わずアンディラートの後ろ頭を抱え込む。
「売約済だよ、売り切れだよ!」
「…特に買うものはないと思うにゃ?」
「…フラン、そういう意味ではないと思う。フラニーニィはオスだから」
「そうなの? でも可愛さに性別は関係ないのだよ。私はそれを、アンディラートを見て知っているのだ」
フラニーニィが可愛かったからといってアンディラートがケモナーに走るとは言わない。だが、この世にはいつだって、絶対というものはない。
ましてやエルミーミィの子ならば、フラニーニィがアンディラートに傾倒するのは順当とすら言える。
「…オルタンシア…離してくれ」
「お猫に取られたら困る」
「誰も俺なんか取らない。いいから、お願いだから離してほしい…」
お願いを繰り出せば大抵のことには私が折れてしまうと、もしや彼は学んでしまったのだろうか。そうなんだぞ、わりとフランクに繰り出すがいい。
渋々離して後ろに下がってみると、逆にアンディラートは前方へ傾ぎ、顔を覆って小さくなってしまった。
隠せていない耳まで真っ赤だ。
…なんでそんな…あっ、そ、そうか、うっかりシャイボーイに「当ててんのよ」をかましてしまっていたのか…。
「あ、言っとくけど君にしかしないからね」
予防線を張って説教を回避。
私が思わず抱き締めるなど、実際にお父様かアンディラートくらいであろう。リスターは余程弱ってる時でもないと魔法による某かの報復を食らう。変顔にされる。
わざとではなかったけれど、今更気付いても「そんな薄着でこんな…」と嘆くアンディラートのオーバーヒートはなかなか直らないのであった。
水着の下に下着も着ているのだから、枚数的には冒険者の装備なしの町着と変わらないのにね…。
山の民のお仲間達は、話題にも入れず気まずそうな顔のまま、完全に空気と化していた。
うーん、見た限りでは元気そうではあるけれどボサボサボロボロだな。
…よし、ササッとご飯を食べさせて領主館に送り届けよう。
エルミーミィがシングルマザーになっていようが、私のやることは変わらないものな。




