誘導係
左手に留まるウグイス餅みたいな小鳥。一見平和そうな、しかし右手には暴漢を縛り上げたロープというアンバランス。
天使だと、そこに何か深い意味がありそうに思えてしまうよね。
女神の持つ天秤みたいな。
キリリとした顔のアンディラートは、意外にも仔獣人を解放したりはせず、ドラゴン玉の国から来たみたいな獣人へも説教…を、多分しているんじゃないかな?
何か喋っているが、聞こえない。
そういえば小鳥に聴力を割り振っていなかったので、片耳分だけ割り振ろう。
「突然人を襲うなんて、野盗と変わらない所業だ。あの子はお前に、身に覚えがないと言ったはずだぞ」
…うん。
平静に見せかけて、静かにお怒りだったな。怒鳴り付けられるより怖いヤツだ。
既に獣人達が涙目なんですが…対話を叶えた上に主導権まで取っているとはこれ如何に。
だが、これならアンディラートが害される危険はなさそうで、ひとまず安心した。
ビチョビチョの服もアイテムボックスでスポンと脱いだので、身体もだいぶ楽になった。
よし、そろそろ落ち着いてきたぞ。
さっきは疲れきっていたので何も感じなかったが、さすがにバスタオル一枚ではそろそろ心許ない気分だぜ。
髪の水気や塩っけも、アイテムボックスを介せばまるでなくなった。
海水ってベタつくよね。
取り敢えず下着の着替えを出して、っと。
着る方は自分でやんなきゃだからちょっと面倒くさいな、なんて思ったりする。
でもオートで着替えまでできるようになったら、全く動かない駄目人間になる気もする。
…でも、何を着ようかな。普通に服に着替えては、同じことの繰り返しだ。
さすがに水着は手持ちにないんだよね…。
アイテムボックスに入れたもののうち、自分だけは、同じ位置への取り出しになる。
つまりどうしたってもう一度海の中に出るしかないので、一休みしたら自力で岸まで泳いで行かねばならない。
万全にして出ていかなくちゃ。
そうと決まれば、やはり水中での動きが阻害されない服、水着が必要だ。
ここはサポートで作るしかない。
万一、岩とかに引っ掛けてサポートが消えたらあっという間に変質者なので、せめて下着の上からサポートで水着を作るか。
サポートが解けても、最悪、全裸でなければ良かろう。
あの場には幸いにも猫と婚約者しかいない。大丈夫、猫の男女差はあまり私にはわからないから、下着姿でバァーンと登場しちゃっても、相手は全員女の子だと思い込む。
割り切るのよ、オルタンシア。そう、旅の恥はかき捨て。
アンディラートは、まぁ…多分悲鳴を上げるだろうけども、ごめんね。
待てよ、スク水もビキニも、シャイボーイには刺激が強すぎるかもしれない。
この世界基準の令嬢からは考えられない格好だものな。前世基準の令嬢は…うーん、セレブは際どい水着を装備していそう。
服っぽい水着か…令嬢基準ではやはり無理だな、装飾はリボンやレースすら要らない。水の抵抗を増やしたくない。
あ、タンクトップと短パンのセパレートなら服っぽいかな。所謂タンキニ。
足の出し過ぎを叱られるかもしれないが、機動性のためにもこれ以上はどうしようもない…着衣水泳はもう無理、怖すぎる。
足は上がる時にタオルでも巻いて隠そうか。それなら彼も怒るまい。
マントは陸に上がりきるまで決して着ないぞ。リアルに死ぬ。
さて、気を取り直して連絡を取るか。
「アンディラート」
小鳥から呼び掛けてみたが、残念。ピヨピピッ!と鳴いただけに終わった。鳥から私の声は出ないらしい。
…そうよね、鳥ですもんね。
ファントムさんは人間型だから何ら問題なくいきなり喋れたのか。今更知ったわ。そういや私の声じゃなく、独自のファントムボイス搭載だったもんね。無意識の初期設定がされてる感じなんだな。
物真似オウムか九官鳥ならば…ん? インコって喋んなかったっけ?
まぁ、グリューベルはスズメだ。
鳥には詳しくないが、せめて根本がスズメイメージでなければ良かったのだろうか…。
無理か。ほっぺのマル模様とふくよかさが、どう見てもスズメだものな。可愛い。
ここでファントムさんへフォームチェンジして話しかけてもいいのだけれども、せっかく落ち着いている山の民ーズを刺激したくはないので…。
「無事か、オルタンシア!」
握るな、握るな。きゃー、ちょっと小鳥にダメージ入ってる! 破損したら消えちゃう!
あぁ、言わねばと思い続けながらも伝える機会を逃した、彼の握力(強)により、今私が大ピンチに。
先延ばしにしたツケ、ここでお支払いか。
これが壊れて消えたら、連絡が取れないぞ。
わさわさバタバタと抵抗すると、彼はすぐに「ごめん」と小鳥を離した。
予備の蟻さんを作り、アンディラートの肩に乗せる。これで良し。
破損しかけたサポートが修理できれば良いのだが、生憎とそんな方法はわからない。壊れたら何の疑問も持たずに作り直してたもの。
今度改めて検証するか。
だが、今はアンディラートへの伝達が先だ。何とか破壊されずに無事だった小鳥を、サッと宙へ羽ばたかせる。
また掴まれてはならない。次は破損確定。
私がリアルな小鳥だったら、瞬殺で絞められてたとこだよね。
しかし幸いにもサポート製品は着ぐるみでしかないので、骨折とかはしていない。この鳥には骨などないのだ。
ところで骨なしチキンって、考えてみたらすごい悪口みたいだよね。この、骨もないチキン野郎!みたいな。
骨のあるチキン野郎も矛盾してる感あるけど…折れない弱虫かな…あれか、ただの今後強くなるタイプの主人公か。
小鳥アイズで、べしょべしょマントを確認し、アイテムボックスへ。濡れたまま、再び取り出して少し離れたところに落とす。
べっしょん!みたいな重たい音を立て、視線を引き付けた。
泥まみれになってしまったそれに、無意識のようにアンディラートが手を伸ばす。
拾おうとするのを待たず、アイテムボックスへ収納。また、少し離れたところにベショッと落とした。
そう、誘導である。
崖の上で集合していても何にもならない。
私が海から上がったら、おとなしくなったケモ耳ーズとお弁当を食べて、そのまま領主の館にご案内すればよろしいかなと。
あと、再度あの必殺技を出されて足元が崩れ、アンディラートまでもが海へダイブしても困る。まずは早急に避難したい。
着衣水泳でなければ、身体強化で潮流に逆らうことくらいはできるだろうが…いや、アレは本当にマズイ。アイテムボックス持ちの私だから助かったんだよ。
低地へ誘導するのはリスク管理である。
疑問顔のアンディラートは、小首を傾げて立ち上がる。ロープを引かれる形になった子も、困ったように立ち上がり、後を追う。それを追いかけるドラゴン玉。
…小鳥が、なんかハーメルンの笛吹男的な感じになってる…。ゆ、誘拐じゃないやい。
あっ、遠くから走ってくる数名分の人影が!
当初4人とかいたはずなのに他の人が見えないと思ってたら…待ち伏せグループは全員子供だったんだ。成程、いない子らで大人を呼びに行っていたのか。
あれっ、まずいぞ。
いち早く駆けてきた大人の獣人が、ロープに縛られた子を見て激高した。
飛び込んでくるような勢いで、アンディラートへ突っかかってくる。今にも胸ぐらを掴もうと…
「どうして絡んでくるんだ。いい加減にしてくれ、構ってられない」
しかし、それどころではないアンディラートの無造作な無手の一撃! 大人獣人ノックアウト!
…これ、敵対行動と取られてしまうのでは?
やはり口のきけるファントムさんで、ちゃんと話すべきなのか。…と、別な大人獣人が、仲間達をおとなしくさせた。このグループのリーダーか?
意外と理性的な人がいるもんだな。
「すまないな、ニャルスの民はどうも血の気が多くて。まずは謝罪しよう。仲間が迷惑をかけたようだ」
「…謝罪をお受けする」
うーん?
あんまり親しくない山の民の見分けなんてつかないんだけど、…なんかあの人、見たことがあるような気も…。
「なぜだ、フラニーニィが囚われているのだぞ、ライデーデン!」
「元々子供らが襲ったのだろう? 逃げないとわかれば解くさ。よく見ろ、彼に敵意はない。逃げる素振りすらもだ。後ろ暗いところもなく、こちらへ危害を加えるつもりでないのは明白だ」
ライデーデンさんでしたか!
あんまり覚えてないけど、山の民にしては知識人だったような気がするぞ。
ということは、彼なら私のことを覚えているかもしれない。
マントをしまい、また、出して地面に落とす。ボサッという音に反応して、視線が小鳥に集まった。
私がこの場に転移してくるとかは無理なので、皆、すまないが海岸に移動してほしい。
ピヨ!とアンディラートに向けて鳴けば、彼は頷いてライデーデンへ向き直る。
「仲間が、彼らに海に落とされたんだ。あの鳥が何か伝えようとしているようだから、詳しい話しは後にしてついてきてほしい」
「…ふむ。魔力の塊だな…」
何かわかるのかね、ライデーデン。
期待したが、特に解説は入らなかったので、サポートについてはご存じないようだ。
アンディラートは一瞬表情を歪めたが、着ぐるみバレについては後回しにしたようだ。
小鳥とマントの側に来たので、収納と離れた場所への取り出しを繰り返す。
「…どこかに連れていこうとしている?」
正解です!
ご理解いただいたのでマントはもう収納。
小鳥がパタパタと案内に飛ぶ。着地して、ついてくるのを待つ。
アンディラートがついてきたのを確認して、下へ降りる道へと誘導。全員が追い付くのを、地面に降りて待機。
「どこへ行く気だ?」
「海に落ちた仲間が、合流したがっているのだと思う。こちらはエルミーミィという女性率いる数名を保護しており、他にも仲間がいるというので探しにきたところだ」
ライデーデンとアンディラートの会話に、フラニーニィが鼻をヒクつかせている。
「…騙そうとしてるんじゃないのか。こいつはともかく、さっきのヤツは怪しい」
私か。私の印象、なぜそんなに悪いのだ、フラニーニィよ。
しかしその後のアンディラートと獣人チームの会話により謎は解明された。
私からは、汗も砂埃も臭わない、と。
こんなに無臭な冒険者なんておかしい、暗殺者稼業でもしているに違いない、とのことだった。乙女の身だしなみが仇になるとは…。
脱線しがちな獣人ゆえに、話に夢中になって途中で立ち止まるたび、マントを落として気を引いて、歩かせる。
そのうちマントに反応しなくなってきた。仕方なく上着もビショッと追加する。むむ、まだ反応がない。更にズボンをベシャッと。
「オルタンシア! それ以上はいけない!」
慌てたアンディラートにビショビショ服達は素早く回収されてしまった。
というか、濡れたものを抱えたアンディラートが、ビチャビチャになったよね。
こちらも慌てて、その腕から服と、アンディラートに付いた海水の水気を回収し返した。
急にそんなに慌ててどうしたんだい。しかもなぜ赤面を…あ、そうか。
気を引こうと、マントに上着にズボンを出したら…私、今パンツ丸出しだと思われた?
もしくは、そんなつもりはなかったが、まるでストリップショーみたいなことになっているから?
ち、違うんですよ、冤罪です。着替えは終わっているのよ!
この辺の砂浜で待機していてくだされ。何とかこれから泳いできます。




