お分かりいただけただろうか…
崖の上に佇む私のフードを、悪戯な風さんが吹き飛ばそうとする。ちょいと押さえながら林のほうを重点的にチラ見。
アンディラートの言葉を疑いはしないが、私には周りに人っ子一人見付けられない。
ステルス機能高いわねぇ。
「どこにいるか大体わかるの?」
「あぁ。向こうは3…いや、4人だな」
迷彩ウォーリーさん。不意にそんな言葉が浮かんだ。
いや、だって誰もいないんですもの、どう見たって。天使のお告げでなければ笑い飛ばすところよ。マジどんなステルス機能搭載してるの。光学迷彩なの?
状況的には木の陰に居るか、草むらに擬態しているかのどちらかなんだと思うけれど…もしかしたら茶色いマント着て地面に寝そべっているかもしれない。ネコ忍だな。
いや、まだ山の民とは限らないか。ゴロツキがあまり人の来ないところで屯っているのかもしれないしね…。
見えないものを見ようとして、じっと林を見つめてみた。オーイェーエー、アアー。
「ウニャーァー!!」
せっかく「山の民とは限らない(キリッ)」とか考えていたのに。私の心の声に対抗するかのように、奇声を上げながら山の民が飛び出してきた。
んー。
そっかぁ、木の上だったか~。
それは、オルタンシアさん、ちょおっと気付かなかったわぁ~。
漫然と風景を見てたら、その木のひとつから音を立てて猫が飛び出してくるとか。
まだまだ距離はあるけど、相当驚きましたのでおやめ願いたい。
もし私が外面に長けてなかったら、美少女の鼻から汁的なものが出たかもしれないんだからね。放送事故だから。
ガラスと鉄の仮面を使い分けた自分をとりあえず褒める。
出てきたお陰で相手の正体はゴロツキではなかったと簡単に割れました。
トリティニアでは珍しめの獣人が、そこそこ薄汚れ、全方位に警戒している。つまり地元っ子ではないわけよね。
完全にエルミーミィちゃんのとこの子でしょう。お仲間は一緒に出てこないのかな。
言ってる間に、雄叫びを上げた小さめの獣人が、距離を詰めてくる。
「何だね、この雄叫びニャンコは」
「まだ子供のようだが、油断は…オルタンシアッ…」
不意に四つ足で地面に接したかと思うと更に速度を上げて駆け、ついにはビャッとこちらへ飛びかかってきた。
宙で体勢を整えながら、いつの間にか両手に短剣のようなものを振りかざしている。
それは、まさに猫科ヒト目に恥じないアクロバティックぶり。
「平気よ!」
ふははは、存分に躱してくれようぞ!
二撃、三撃と振り回される凶刃を相手に軽いステップ。私を案じて声を上げた幼馴染へ、余裕の様を見せつける。
殺し合うなんてごめんだけれど、山の民は脳筋だ。対話する身としては逃走したと見なされてもいけないので、あくまで手合わせの様相は崩さない。
山の民が、割りと拳で語り合いたいタイプなのは知っているしね。
程よく立ち回って落ち着かせ、まずは話をしようと試みるが…相手の攻撃は止まず。ブンブンと短剣を振り回されている。
とはいえ相手は小柄で、私よりもリーチが短い。いくらブンブンされても、特に技量は上がらないので不安はなかった。
身体強化を使えない普通の令嬢ならまだしも、決して素早さで劣らない私には、何の問題もない。不安も問題もないのだけれども。
…執拗に私を狙ってくるの、なぜなんだぜ。
手加減なんて一切感じない勢い。
あの、これ、親睦の手合わせではないな。本気で斬るつもりですよね、貴方。
だけど、視界内ならオート回避機能が働いている私に挑むなど、笑止千万。ヘソ茶大盤振る舞いよ。
ほぅれ、ヒラリ。そぅれ、ヒラリ。オーホホホ、捕まえてごらんなさ~い。出来るものならねぇ!
ちょっと楽しくなってきちゃうが、そういう場合ではない。
ここは一撃入れて距離を取るべきなのかな。隠れたお友達が友好的かもわからない中、あんまりやりたくはないのですけれども。
いつまでも躱し続けたところでお話合いにならないものなぁ…。
アンディラートがこちらへ止めに入ろうとしたが、それを阻むようなタイミングで、更に2名の山の民がログイン。
「フラニーニィ! 一度下がれ!」
「ダメにゃ! こいつ、ここで殺す!」
おおっと、殺意、殺意のフラニーニィたん。
私、一体なぜ突然この子に命を狙われたんだろうな。
山の民とは特に険悪になった覚えがないし…そもそも小柄で声が高めのこの襲撃者は、アンディラートの言う通り、恐らくは子供だ。
もう前世の主観のみで生きてはいない。
つまり、その、会話するだけで私に不利益を感じる者は…全くいないとは言わないけど、そんなに主流ではない、と学んだ。
けれど私、いきなり出会い頭の子供に命を狙われるほどの悪行をしてはいないはずよね。
今生は常識ナビだって隣に付いているしね。
戦いながらも会話が可能なところを見せられたので、私も相手の説得にかかる。
「私は敵じゃないよ。どうして狙うのかな」
「よくも、ぬけぬけと!」
どうやらヌケヌケンシアのようです。
マジで何なの、私がこやつに何をしたっていうのよ! ちょっとイラついてきた。
子供だって、やって良いことと悪いことがある。ましてや初対面の人間にいきなり攻撃しかけてくるなんてのはこの世界、殺されても文句の言えない所業よ。
身体強化を大盛りにして、躱した直後にガッと相手の後ろ首を掴む
素早く両手にサポート製ロープをかけて拘束。結わえた形で出せちゃうから、ギュッと締めるだけで完了、便利!
「確保!!」
「ウニャア! 売られる、助けて!」
売らないわよ、失敬な。
君ら、本当に私を何だと思っているのか。
しかし彼らにとっては切実な問題だったのかもしれない。
アンディラートと戦っていた一人が、こちらへと矛先を変えた。
爛々とした目に、急激な魔力の高まり。
身体強化する際に、そんなにも圧として感じること、今までなかったと思うけど。あったら私を異質だと断じる者がもっといたはず。
え、何だ? 空気の揺れのような。
必殺技でも放ちそうな雰囲気に、こちらも身体強化を強めて身構える。
「フラニー! おのれ、人間め!」
ガァッと吼えたその顔は、猫というには狂暴すぎた。一体どうしてこうなったのか。
理解できないままに、世界がまるでスローモーションのように見える。
飛び上がった相手は武器を持っていない。
突き出した拳は、私ではなく、ずっと手前の地面にドゴンとブチ当たり…。
え、ちょっと。
傾ぐ視界に理解が追い付かない。
予知夢はずっと見ていない。つまり、決定的に悪いことではない、はず。
だけど。
だ、けれどもさぁ?
「オルタンシア!!」
斜めになった視界でアンディラートがこちらに手を伸ばしている。
掴んだら、彼も巻き込むのではないか。
そもそも、確保したニャンコも悲鳴を上げて一緒に落ちてるんだけどッ?
あの獣人がどれだけ力強く殴ったのか、崖の先がボッキリと折れた。
そして、落下しゆくほうにいたのが、ロープで縛った猫と私です。
急に世界観がドラゴン玉なの?
あの人、猿の獣人だったりします?
「お馬鹿ー!!」
フラニーニィが涙目で怒鳴った。
まぁ、うん、お馬鹿。助けるつもりだったならここで地面割っちゃダメでしょう。私とフラニーニィの間で割らんと。
っていうかさ、さすがにこの子の手を縛ったまま落ちたらヤバいでしょ。
えー、しかもこの子メッチャ怯えてるよ。もしかして海、トラウマなんじゃない? 落とした後に助けるほうが大変くない?
脳内が常にお喋りな私の思考時間は、実はそう長くはない。
アイテムボックスで猫を回収し、今にもこちらへ飛び込みそうなアンディラートの前に放り出す。まだ手は縛ってあるから、色々と対処は可能だと思うんだ。
飛び掛かられても、身体強化アンディラート(麻痺、石化、毒、呪い耐性付き)にはそうそう死角はないだろうし、後で猫の方を泣かしますけども。狂信者の説教で。
見えたのはそこまでで、私は背中からフワッと磯くさい浮遊感に包まれる。
ゾワッとした。
いや、ダメだわ、見えないのは怖いっす。今や私の敵は山の民ではなく、荒波ザパンな眼下の海なのだ。
身を反転させて、えっと、飛び込み姿勢…は岩場だから顔面からはまずいな。やっぱ再反転して、あぁん、水面近付いてきたっ。
えぇい、取り敢えずアイテムボックスから空気の取り出しだ!
着水寸前に空気の玉が弾けた。
…あっ、水中で出せば、息ができたものを…!
一瞬正気付いただけで、直後に水中へと引き込まれた私。
まぁ、慌てるような時間ではない。落ち着け、私。アイテムボックス内に空気はまだあるので、直ぐ様死ぬことはないだろう。
ダメだ、死ぬ。
予想以上にマントが絡む。
届きそうで届かない、揺れる水面。
手を伸ばそうとする私を、下へと引く力がかかる。マントの裾をと言わずあちこちへの負荷。まるで幾つもの手が、水底へ引き込もうとするよう……異世界、真夏のホラーか。
怖いわ! ヤダ、想像しちゃった!
バボン!と大きな音を立てて再び空気玉が弾ける。私を中心にした空気玉。霊も弾けたはず。絶対そう、振り払えてる。
少しだけ視界が開ける。
崖の上に、今にも飛び込んできそうなアンディラートが見えた。
来ないで。
着衣水泳、本当に危険です。
伝える時間はなく波が視界を塞ぎにかかる。
意を決して、サポートで小鳥を作って飛ばす。そこらの猫に食われませんように!
続いて、纏わり付くマントを収納、からのアンディラートの鼻先に投下!
そして自分をアイテムボックスへ収納だ!
「…げふん…」
ちょっぴり弱ったオルタンシアさんです。
しばしそのままうつ伏せて、深呼吸。
べしょべしょだけど、酸素があるって素敵。
「とはいえ、のんびりはできないや」
視界を、先程飛ばしたグリューベルヘ。
びちょ濡れマントと人懐こいグリューベルをそのお手元にご用意したことで、アンディラートは飛び込むのを思い止まってくれていたようだ。良かった。
濡れマント本当に危険なんで。亡者の手かと思うレベルなんで。間に合ってくれて良かったわ。
グリューベルが問い詰められる様を右目に映しながら、私は靴を脱いで引っくり返した。
いつ入った、このハマグリ…




