まだ繋がってた。
私の精神疲労は、残念ながら翌日になっても残っていた。
正直なところ、エルミーミィと会えたことや彼女がトリティニアに引っ越してくることは嬉しい。
けれども、大怪我してたことはショックだし、そもそも緊張の義母実家での延長戦だし、乱気流な感情に弄ばれたメンタルは大ダメージだったりする。
宿ではややしばらく、精神安定剤たるアンディラートの背に三角座りで引っ付いていたよ。アンディラートは作業中だったのに…さぞや武器の手入れがしにくかったに違いない。
しかしシャイボーイは特に何も言わずに、黙って背中を貸してくれました。
相変わらず、私がメソメソしている時は潔く照れを投げ捨てて、過保護にしてくれる。
お陰で回復も早いのです。疲れは残っていても頭は動く。助かります。エルミーミィとお仲間の今後がかかっているのだ、ヘタレてる場合ではない。
それに、いつもながら、訳がわからないまま振り回されているアンディラートのほうが大変だ。
今回も…護衛はまだしも、婚約者の義理の母親の実家へのご挨拶。しかも当初の義母とは関係不良。
普通、大抵、政略タイプの婚約者ならば付いてこない旅路だ…。
結婚してからならまだしも、まだアンディラートは義母実家とは完全に他人なんだよね。
そして結婚したって、そう会いに行くことはない相手だ。私、アンディラートに嫁ぐ側なんだもの。
更にはそこで出会うカルトに崇められているとか、よくキレないよね。
いよいよ本気でアンディラート感謝デーを開催しなくてはなるまい。ポイントは5倍…いや10倍は付けてみせるよ。オルタンポイント10倍デーだ。太っ腹!
…オルタンポイントって何だ?(我に返る)
オルダー、あなた疲れてるのよ…。
エルミーミィと話すべきことはまだあるのだが、流されて領主邸に泊まったりはしなかった。
再訪問を約束し、ちょっと遅くなったけども、馬車でポクポクと宿に帰ったのだ。
さすがに落ち着かないし、ロールを維持するのも大変だからね。
いや、必要ならやるだけなのだけれども。
さて、疲労困憊だけど、1日の始まりだ。朝ご飯は食べないといけません。
本当は疲れてるから要らないくらいなんだけども…心配させちゃうので、頑張って何か食べるか。果物ならいけるな。
そう、生き物はただ、生きるために食べるのだ。
…だが一食抜いたところで死なない矛盾。生に対する言い訳が過ぎるのでは?
いかんな、疲れているせいか変なネガティブさんが降臨しがち。意識してポジティブさんを呼び起こさねば。
ヘイヘイ、カモン、ポジティブ!
ヒアウィー、ゴーォー!
この間、表面的には全く何でもない顔をしておりますけど、多分アンディラートには不安定さがバレている。心配げな目をチラリ、チラリと向けられている。
なんか、彼の食べっぷり見てるだけでお腹いっぱい…。
いやいや、胃袋さんはもういいって言ってるけども、栄養だからね。己の臓腑を宥めながら果物を詰め込んでゆく。
アンディラートがどこか物足りなさそうな、気乗りしないような顔でモソモソと食べていたのが印象的な朝食であった。
珍しい。どうしたんだろう。私の疲労が感染した?
でも疲れてても、いつもなら美味しそうに食べるよね。そして食べたら元気になるよね?
もしや朝とはいえ、肉がベーコンだけでは満足できなかったとか、そういう…?
メインに魚の塩焼きとか出てたし、魚介類も好きな子のはずだが…肉は別腹なのかもしれないし。
…まさか何か嫌いなものでも入っていたのだろうか。
えっ、それ、初情報じゃない?
アンディラートの嫌いなおかず、知りたいです。是非とも間違って出さないようにしたいよ。
思わず気取られぬように観察してみる。
が、結局アンディラートがお残しをすることはなかったので、好き嫌いは判別できず。
食欲がないわけではなかったのだろうか。
朝から健康的な量を食したアンディラートは、冒険者ギルドへ寄ることを提案した。
まぁ、順当なとこだよね。
もちろん、ここで依頼を受けるわけではない。昨夜は疲れて力尽きたけど、お父様との報連相は、早ければ早いほど良いということだ。
私達はギルドで所用を済ませてから再度領主邸を訪ねた。
「というわけで、取り急ぎ、父には連絡が取れました。いつまでもこちらに彼女達を置くのも大変でしょうから、王家の直轄地に移動できるよう、早めに手配して連絡するとの返答でした」
「そ…それは、冒険者ギルド経由で?」
「一番手軽でしたので」
「テガル…」
なんで片言。手軽の意味を辞書で引きたそうな顔をされても困ります。
だって商業ギルドは、ギルド員限定かつ高額の利用料を支払わねばならない規定があるはずなのだ。
私達は商業ギルドに商人登録していないので使えない。仮に登録したとしても、実績皆無の新入りになんて、直ぐ様使わせてはくれないだろう。
冒険者ギルドのほうの規定はわからないが、この旅の間もアンディラートのお父様ホットラインが健在でしたので、積極的に利用していく所存。
領主と三男はお忙しいらしく、生憎の不在。
理由は知らないが長男も出掛けていて、新お母様は現在、双子の対応中だそう。
そんなわけで私達を出迎え、報告を聞いてくれたのは次男だった。
昨日も長男がアレなのを頑張ってフォローしていたようだし、次男には苦労性の称号をあげたら良いかしら…。
「王家の直轄地など、許可が出るわけがない。なぜ宰相は敢えてそのようなことを…」
そうよね。普通なら、他国なら逃げてきた難民を受け入れるのに直轄地など指定しないかもしれない。
でもね…お父様には話したのだ。
もしかしたら、エルミーミィ達にはサトリポーションが作れるかもしれないことを。
材料はまだしも、例の「魔力を通す」とかいう作業は…どうも普通の人にはあまり出来ない風。
しかし獣人達が作るお守りは、模様に魔力を通して出来上がる。それを教わっていたからこそ、私が出来るのだし。
解呪薬同様、単に私が手持ちの製法を公開したところで、作れなくて廃れると思うのよね。おとぎ話のレシピとなるのは目に見えている。
しかし実際に作れる一族に伝えるのであれば、有用なはずだ。そして怪我がすぐ治るポーションなどの価値のあるものを…希少な材料と希少な作り手を揃えて持っていれば、権力者に守ってもらえるのではないかと。
もちろん、一族まとめて囲われることには危険もある。
でも、それって貴族だって同じなのではないかしら。大切なのは王族に搾取されないことだわ。
今ならその手のことにお強いお父様に丸投げ出来る。なるべくいい条件で、早く保護してもらうべき。
国の親玉が保護してくれれば、山の民を表立って攻撃してくる人は減るだろう。
そして、彼らは別に「何とか人間の街に溶け込んで過ごしたい」などとは思っていない。集落を作る場所さえ確保できたなら、自分達で細々と、気ままに暮らしていける。
一領主の下では、危険だ。欲深いのが人間というもの。
ある程度の自治権を盾に、こっそりと奴隷のように虐げられるかもしれない。
ここの領主を信じていないのではなく、ホラ、代替わりだってするからね。今が良くても永遠にとは行くまい。
しかし王家の直轄地にニャルスの民の保護区があれば、隠れ里が襲撃されて奴隷落ちなんてそうそうないだろう。
貴族だろうが何だろうが、王家の土地で好き勝手したら、普通に処されますもの。
唯一心配なのは、山の民という対立相手を匿うことにより、隣国ゼランディとの摩擦が起こることなのだが…。
あの、なんか…お父様は大した問題ではなさそうな態度だったので、多分、何とかしてくれるんだと思う。
…してくれるよね? 摩擦の方を「まぁ、いいや」って流したんじゃないよね?
「彼らを匿う利点を見つけて伝えておりますので、父も国が保護しても良い相手だとお考えなのでしょう。どちらにしても、こちらにはあまり長くご迷惑をおかけすることのないように善処致します」
すぐ回収はできないけどね。
お仲間探しも終わってないし、お父様というか相手側の受け入れ準備もあるだろうから。
それでも、何かわからんネコ科のヒト達が突然居付くには、観光地たるこちらの領地では適さないはずだ。
いっそそれも観光資源として積極的に「こういう生き物です! これから住みますんでヨロシク!」みたいな感じを打ち出していくのでなければ、猫顔による不気味の谷に人間達が負けて迫害してしまうと思う。
それで治安が悪化して観光客減ったら困るよね。




