ニャルス神殿域の戦い→敗北
ウルウルしかけていた私は目が点。正気に戻った。
え、使いたいはずの拠点を燃やし出したんだけど。
雨風凌げる集落を焼くとか意味わからない。流れの猫達、過激派にも程があるじゃん。
アンディラートも不思議そうに口を開いた。
「その集落を軍事拠点としたかったはずなのに、自ら火を放ったのか? そもそも森の中で火事を起こそうなんて、正気には思えないが…」
「そ、そうなんですにゃ! ヤツらはドチャクソに野蛮で、そりゃあ種族こそ同じかも知れにゃいけど、平和を愛する私達とは根本から違う生き物だったんですにゃ!」
怖いにゃ、ヤバイにゃ、と必死にアンディラートへと胸の内を伝えようとするエルミーミィ。
対して、混入した聞き慣れない言葉にそっと困惑しているアンディラートさん。
領主チームも口を挟みこそしないが、戸惑っているのがまるわかり。
…お猫よ、憧れの人に向かって、ドチャクソはない…。
うぅ、これはフォローしてあげられぬよ。
高位貴族のご令嬢が聞いたことがあっては、おかしい言葉ゆえにな。
私には「それなぁに?」の顔しかできないからね。
「とても大変だったのだな」
アンディラートはうっかり自分が声をかけてしまった手前、状況に同情を示すことで話題をクローズに入った。
アンディラートは領主に、領主は友人だという私(しかも治癒魔法を放った)にどこか遠慮していて、議事進行を進めてくれないのだ。
三男とか困ってそうだから、ちゃんと情報共有するために動いてくださいよ。
領主ファミリーの力関係がよくわからないので、待つだけ待って誰も口を開かなければ私が話を聞き出してしまっている現状だ。
そんなことなど気にはせず、ただ天使に話しかけられたことが嬉しかったのだろう。両手を胸の前で組んで、キラキラした目で天使を見つめるエルミーミィ。
あれ、むしろあの目は…ギラギラ…?
そこに私は、自分と同じ狂信者の光を見た。
変だな、あの子はもっと、こう、乙女目線で天使を見ていたはずだったのに。
いつの間にか私並に盲信してるぞ。確かに、これはファンというより巫女かも…。
「ヤツらは集落の男達が火を消そうと躍起になっている隙に、避難させた女と子供と巫女様を狙った。妻子を質にしようとしたのかも。それに食糧庫を一番に押さえてた。余所者の分なんて元々ないのに、生意気」
「どうしても巫女様を連れていきたかったみたいだった。巫女様は、未来を担う子供達に正しき道を教える重要な役割。人々を従えるのに、影響力があると思われたのかも…」
「…ハンッ、大事な絵を燃やすようなヤツの言うことは聞かないにゃ。悔しいにゃ…あいつ、あいつの尻尾が燃えればいいのに…!」
話しながらも、誰より早く食べ終えたチーム・ニャルス。
私達は、頭の中で情報整理をしながら断片的な話を繋ぎ合わせていく。
あんまり説明上手じゃないからね、山の民は。説明中でも、自分の気分で話したいほうに話題が流れちゃう。
「…その火傷は、絵を庇ったせいなの?」
思わず問えば、エルミーミィは耳を伏せて上目遣いにこちらを見る。
どう見ても、悪いことした自覚のある猫だ。しかもなぜか知らんぷりしないで、叱られる覚悟を決めている。
やめろ、可愛い。こんな状況なのに、ピスピスしてる鼻に笑っちゃうからー。
「そうにゃ。でも、守れなかったにゃ。…ごめんにゃ…」
「確かにあれは会心の出来映えだったけれども、所詮は紙と絵の具。絵は後々、幾らでも描けますわ。エルミーミィはこの世に1人しかいないのですから、守るべきものを間違えてはなりません」
素の説教をしかけて、途中で何とか令嬢ロールを被り直す。
いや、ホントにさぁ。幾ら惜しくたって、私が人間コピー機だから、言ってくれれば何枚でも同じの描けるんだわ。
なのに後から「実は絵を守ってエルミーミィが死んでいました」とか聞かされたら、発狂どころじゃない。
殉死、イクナイ。
「フラン…。うん、そうだよね。だから、こっちに逃げてみようと思ったんにゃ。また会える保証は何もなかったけど…こんな人間が確実に1人はいる、そんなトリティニアに行ってみようって…」
そう言って、微かに笑む。
やめてー、鼻の奥がツンとしてきたァ!
つまりエルミーミィをリーダーとする一派は、私との交流の記憶だけを頼りに、トリティニアに賭けたのだ。
トリティニアにだって、山の民を迫害する冒険者はいた。エルミーミィと出会ったのは、私がまだ国境を越える前だったのだから。
だというのに。
彼女はトリティニアの全てを嫌いにはならずに、きっと仲間と逃げ延びられる場所だと信じて、こちらへ来てくれたのだ。
気の合わない同族も、基本が迫害姿勢のゼランディも捨て、トリティニアのどこかで受け入れられることだけを信じて。
船なんてないから樽を繋ぎ合わせて、身を寄せ合って、海に出た。
住み慣れた山の上の集落から、確かなものなど何も見えない夜の海へ…。
「私に賛同したやつは、皆海に出たのにゃ。だけど途中でバラバラになってしまったようだから、探しに行かなきゃいけないのにゃ」
漂流していた間のことは、あまり覚えていないらしい。彼女自身、大怪我で朦朧としていたのだから当然だ。
猫って水を嫌がるものだと思っていたけれど、本当によく頑張ったよ。
私の頭の中では嵐の夜に樽に入り沖へと出る、猫達の大冒険のような図が妄想されていた。別に夜の海と言っただけで嵐だなんて誰も言っていない。完全に妄想。
そして現実には、夜闇に瞳を光らせる猫っぽい人間っぽい何かの群れだから、慣れないとなかなか怖いのではないかな。ここの人達は、本当によく保護してくれましたよ。
「数人の亡命ならばまだしも、集落ひとつ分ともなれば一存では決めかねる。丁度オルタンシア嬢という人材がいるのだから、この件については貴女からエーゼレット卿へお伝えいただくのでよろしいか」
おう、よろしいぞ!
心の声とは裏腹に、領主への返答として、私はふんわりと微笑んで見せた。
お母様と弟達という目的を果たした今、あとは王都に戻るだけだからな。伝言を持ち帰るくらいは手間でもない。
未だ合流できていない漂流者達については、人命救助の観点から、三男と部下がニャンコ捜索チームを設立してくれるらしい。
あとで私も、小鳥を放って探してみよう。
捜索ならば人手は多い方がいいからな。




