双子の弟達を…描く!
しかし、兄ーズはよくわからない。
長男はダメだ。彼の警戒を解くには長くかかるだろうが、正直なところそこまでお付き合いする機会もないだろう。多分、会うたび睨まれるんじゃないかな。
次男は妹が笑っている間は睨むのを止めたようだ。かといって私には友好的に笑って見せる理由もない様子。消極的な和解かな。
三男は…空気過ぎて…大丈夫なの? あの、アナタ目が細いのかな、寝てるのかな。もしもし、起きてますか?
一番最初に最弱の目力を発して以降は、本当に一言も喋らないし、動かない。
四天王(領主含む)の中でも最弱だということしかわからないけど、この人、私にだけ見えてる何かとかじゃないよね。
幽霊にも拳の勝負は仕掛けるよ、私。物理でしか対応できないからね。恐怖はないさ、私の脳内だって幽霊みたいなもんよ。
拳でなければ多分、サポートで大幣作って祓ったま清ったましたら勝てる気がする。
「旦那様、失礼致します」
慌てた様子のヒゲ執事が現れた。ノックはないが、そもそもドアのないオープンスペースに通されてたので、バタバタと誰かが近付いてきたのは皆わかってた。
ゴニョゴニョッと何かを耳打ちされて、領主の顔色が変わる。
その様子を見て、三兄弟が立ち上がった。うおぉ、威圧感がアップを始めました。ヘイト、こちらに向いてはいないようだが。
新お母様が不安げに「どうなさったの…まさか…?」と、か細い声を出す。
見守ってあげたくなる系にも見えるが、この人、お父様以外とは結婚しねぇ!って修道院入ろうとする意固地な面もあるからな…。
一途といえば聞こえは良いけども、当時もただの片想いだったわけでして。勝手にお父様を婿認定して人生賭けるって、悪く言えばすんごい執着ってことなのよね。
自分だけで完結してくれてるから害がないけど、一歩間違えればストーカーへ発展しかねないような素質と…えっ、ここでまさかのブーメラン判定?
己を思い返す。フラれても、遠くからアンディラートさんを見守りたいタイプよね。何なら隠れつつ近くで守護するよね。
うん。あの。私なんて既に一歩間違えた方の部類だよ。そう考えると彼女は私よりもずっとマトモでいい人なので。
私の母になるような人なのだから、ちょっとくらい癖が強くても仕方ないか。
「すまないが、我々は急用ができたので外させていただく。どうか気にせずにゆっくりと過ごしてほしい」
そんな言葉を残して、義母チームの男性陣は退出。元々の目当ては新お母様とその息子達であるので、構わないんだけれども。
…これって、領主が動く非常事態が起きてるのよね。そんな時に、私達が滞在していたら邪魔なのでは?
「敵か魔獣が出たのではないだろうか」
ポツリとアンディラートが言った。
唐突な発想。そう思いもするが。
「えッ。えぇと。それは、私も手伝いに行った方がいいのではないかしら」
「えっ!」
「お前はダメだ。それに余所者に動き回られては警戒が分散して面倒かもしれない。勝手はできない」
口から飛び出した咄嗟の台詞に、新お母様が少し怯えを見せた気がする。
令嬢ロールが仕事してない。どんなに上品ぶろうと、ひと狩り行こうぜって言ったようなものだからね。
「ジュリアンヌお母様は、何かご存じでいらっしゃいますの?」
「…ご覧の通り、今は何かを聞いたわけではないから。どちらにせよ、私達に出来ることはありません。ごゆっくりなさって」
でも、なんか知ってるのよね?
前情報だけじゃ危険度が不確定だよということかしら。うーん。
しかし置いていかれた今、私達に出来ることは本当に何もなさそうだ。帰るか居座るかというだけであるが、ごゆっくりと言われた以上、打ち切って帰る方が失礼に当たる。
下手すると「領主達がいないなら新お母様は用なし」くらいの嫌なヤツ扱いされるよ。少なくとも長男はきっとそう取る。ただでさえ、貴族って穿った見方が身に付いているものだもの。
異常は気になるが、ここは当初の予定通りに弟達を拝見したいな。
こちらがその旨を申し出れば、すぐに受け入れられた。
…やはり、新お母様の対応が柔らかくなっているぞ。なんでだろう。
ボク、悪い紫陽花じゃないよ、みたいなのが家出を経て何年越しかの顔合わせで伝わった? いや、もしやさっきのお父様のお手紙のせいかしら。
前はあんなに私に怯えていたのにな?
部屋に入ってすぐくらいの時も、まだちょっと怯えていたよね。
うーん、一体どこでイメチェンに成功したんだろうな。
「…あっ。メッチャお父様の色合い!」
令嬢ロールすっ飛んだ。
通されたお部屋で、弟達は仲良くベビーベッドに寝転がっていた。いや、まぁ、まだ歩けないのでベビーベッドは当然だね。
デザインはお揃いだが、色違いの服を着せているのは見分けが付くようにだろうか。
やっぱりお揃い着せたくなりますよね。
私には「や″ーん″、赤ちゃん可愛い~」(ダミ声)などという感性はないので、通常は赤子が何匹並んでいても「フーン。お小さいですね」という感想しかない。
しかし、この子達はお父様の金髪と赤い目を受け継ぎ、燦然と掲げ持っていた。私の中のご贔屓ゲージがグンと上がる。
顔立ちはねぇ、よくわかりませんわ。
似てるかなぁ。どうかなぁ。ぷにっと小さいこれらとシュッとしたお父様とは、あんまり似ていないように感じますけれども。
「目許はリーシャルド様に似ている気がするな。口元は奥方に似たのではないか」
じっと赤子を覗き込んだまま動かなくなった私に、隣に立ったアンディラートが言う。
君が言うなら、きっとそうなんだろう。
実際、新お母様も「よくそう言われるの」と微笑んでいる。
「こちらがリオローク、あちらがジュネルトよ。生まれたことをお知らせしたら、すぐにリーシャルド様が名前をつけて下さったの」
嬉しそうな新お母様。
彼女の目には、確かに幸せというものが満ちている。結婚だけが女の幸せだとは言い切れないと、わかってはいるけれど。
私も、子供を産んで、こんな嬉しそうな顔が出来るものかしら。
…ちょっと、出来る気がしない。
「リオローク、ジュネルト。オルタンシアお姉様が会いに来て下さいましたよ」
新お母様が赤子達に向けてそう言うが、彼らは初めて会うお姉様のことなど見向きもしない。当然だ、言葉なんてまだわからない。
許可を得たのでちょっと触ってみる。
なんかシットリ温かい。
そっかぁ。
これが、弟か。
………描きたい。
モッソモッソとうごめいてお互いに乗り上げんとするこの状態、カメラのないこの世界では絵師にしか残せない。
令嬢ロール、邪魔くさいなぁ。
もうミスったら突っついてきそうな領主達はいないから、ブン投げちゃダメかなぁ。新お母様にはいずれ本性がバレる予定だよ。
…でも、そうね、今はダメよね。使用人が後で報告するかもわからないものね。
「ジュリアンヌお母様。不躾で申し訳ないのですけれども、私、絵画を趣味としておりますの。よろしかったら、弟達をスケッチさせていただけませんか。仕事でお屋敷を離れられないお父様にも見せて差し上げたくて…」
怯えさせないようにと思うのだが、力が入ってしまったようで、新お母様は少し目を丸くしている。
ヤバいかな、引かれたかな。
「それはいいな、きっとリーシャルド様も喜ぶ。オルタンシアは描くのも速いから、そんなにご迷惑にはならないと思うが、エーゼレット夫人、いかがだろうか?」
アンディラートが上手にトス。
不思議そうな顔をされながらも了承が得られた。壁際でじっとしている子守りのメイド達も、表情には何も出していないが、来て早々ナニ言ってんだと思ってるだろうなぁ。
どうしようかな、馬車に積んでいたことにするかな。アイテムボックスから誤魔化さずにパッと出しなんてことはできない。
しかし私よりアンディラートの方が対応が早かった。応接室に置いてきた彼の鞄を持ってくるよう、新お母様に使用人を借りている。
ちゃんと家人の了解を取ってから使用人動かすの偉いぞ。
なんか使用人は使って良いものだという認識があるのか、他人の家でも顎で使おうとする貴族、よくいるからな…。
預かったプレゼントを詰めてきたこの鞄は魔法袋になっているので、元々入っていたふりをして、そこからスケッチブックを取り出すことが可能だ。
使用人達が椅子を配置してくれたので、早速デイドレスの令嬢は腕まくり…は駄目だね。お袖に超気を付けて画き始めます。
なぁに、もし汚れたらアイテムボックス様に汚れをしまえば良いのさ。
赤子達はご機嫌にワチャワチャと動いている。こんな小さな人間は描いたことがないので、バランスやぷにり具合が初めての感覚。
まずはよく観察することから。
「絵画がご趣味の方はいらっしゃいますけれど、ご自宅以外でもなさる方は珍しいわね。よく描かれるの?」
「そうですね。彼女は描く速度も速いので、まずスケッチさえしてしまえば良い。じっくり描くのはまた後でも出来ますから」
描くのに夢中になってしまった私の代わりに、アンディラートが新お母様の接待をしてくれている。




