ついたー!(たま調)
私達の旅はまだまだ続く。
シスターへのお礼参りまでもそれなりに長かったけれど、本当にポクポクと馬車でゆく旅は時間がかかるものです。
走った方が速くなぁい?(身体強化様への過信)
魔獣への警戒も必要な旅路なので飽きはしないのだけれど、それでもまぁ、同じような1日をひたすらに繰り返して私達は進む。
ただし、仲良しさんが同行者なので退屈とかは一切ない。毎日新鮮なピュアエアー。楽園は移動式。
やがて、都会っ子には馴染みのないニオイが空気に混じり始め、目的地が近付いてきたことがわかる。
「妙に臭い。何かあったんだろうか」
真剣な顔でそんなことを言う天使、海を見たことがないようですね。
今生では私もない。
だが、前世の記憶が「磯クッサー!」と薄笑いを浮かべているので、これは磯の香りというヤツです。
海産物が手に入るかと思えば、不気味な薄笑いにもなろうというもの。
あ、でも醤油ないから刺身は無理だわ。おや、ただの焼き魚さえ大根おろしに醤油ということが出来ない。
全部、塩焼きか。絶望した。
いや、塩が悪い訳じゃないんだけどね。
すまし汁もバター醤油も封じられたというだけのことさ…大丈夫、洋食も好き!
米が手の届く物となった今、パエリアもいける。問題はカチコチに凍らせればこの長き道程に耐えるのかということだけ…時間経過なしのアイテムボックスが今こそ欲しい。
町並みの向こうに微かに青色が見える状態で、我々はお魚天国へと入都した。
磯くささに負けずに、アンディラートは街の門番にご飯の美味しい宿情報を聞いている。
王都ではあまり魚には出会えない。川くらいあるのに、川魚は庶民のものなのか。
貝なんて王都の人達には更に馴染みがない。貝類…奴らは死んだら即、異臭。まず死なせずに運ぶ術がないものね。
南国トリティニアにはクール便の配送業者はいないのだ。無念。
銀の杖商会の参入には本当に小躍りするしかないよね。
商会長一家がそれぞれ好き勝手に仕入れたいばかりに手広くなったという、その恩恵を是非我が国でも…!
せっかく来てくれるのだから、彼らの興味を引くような商材が何か見つかると良いのだけれど。テヴェル産ではなく、ちゃんとトリティニア固有のものでさ。
売れるもの…南国…うーん。前世だと高級マンゴーとか?
でも私、別にマンゴー好きじゃないんだよなぁ。
さて新お母様の実家たる領主のおうちがあるので、ここは領都ということになる。
前に王都から出た時も「あっちが海だよー」という情報は得ていたが、あの時は海沿いにある街の話というだけだった。
あっちはまだ王家の直轄地だったので、しっかり貴族領のこことはまた別だが、面している海は同じだ。
自分ちの領都も行ったことないのだが、他所の領都に来るのは二度目だね。
一度目? 絵の代金をとんでもなく払ってきているシャンビエ兄弟のところだよ。
冒険者としてはあんまり優秀じゃないと踏んだ上でのローン通告だったのだけど、なんか本気出してきているのが怖い。やれば出来る子だったのだろうか。
じゃあ常にやれよ、出し惜しみヤロウめ!…などと言うとコレ、大抵はブーメランでございます。
そういや、馬車の家紋さらすの忘れて冒険者モードのまま入都してしまったわ。マッズー。
あらら、アンディラートもうっかり忘れて普通の宿取ってるな。
本来なら高位貴族という身分に合わせて、無闇に高級な宿を取らないといけない。ここに貴族がいますよとアピールしないと、逆に領主から見ると不審者なのだ。なんで一般人のふりして潜り込んだの?って思われる。隠れたつもりないけど隠れたと見なされる。
ま、まぁ、良い。訪問前には先触れのお手紙を出さねばならないのだし、その前に高そうな宿を調べて、移動しておけばよろしい。
ちなみに高級宿に泊まれば先触れのお手紙を持っていってくれるサービスがありますので、同行者たるアンディラート君を無駄にパシらせることもありません。
私が自分で持っていくのはダメなのだ。御本人来ちゃったら先触じゃなくなるから。
別にピンポンして手渡さなくても、ポストに突っ込んで来るくらいならいいじゃないの、なんて個人的には思うのだけれど、そうは問屋が卸さない。
街についてからのお手紙は、ポストに突っ込んではいけません。残念、トリティニア貴族ルール、キビシイ。
「アンディラート、街の探索するよね?」
「オルタンシアは行きたいんだろう?」
「そうなんだけども、ここって貴族向けの宿じゃないんでしょう?」
しかしアンディラートはうっかりさんではなかったので、ここは貴族も泊まることのある宿だったらしい。つまりギリギリセーフ。
中の上…そんな選択肢があるようでした。
やはり旅慣れている…私よりもずっと…。
海辺の街なので、少し離れて保養地のようなものがあるらしい。
そして街間移動なんてあまりしない傾向の国でそんなことをするヤツぁ護衛を潤沢に付けられる金持ち、つまり王族&貴族だ。
皆旅なんかしないと思っていたけど、敢えて旅行したい貴族も、中にはいるらしいことがわかった。
つまりアンディラートがちょっと鼻の上にシワを作りっぱなしのこの磯臭さをものともせずに、ここは数少ない旅行マニアにとって人気の場所だということ。
食通貴族もお魚を食べに来ているのかもしれないね。
私が知らないだけ、というのなら納得の話。
私は情報通ではない。スパイとかそんな話じゃなく、貴族の社交を全然していないせい。お茶会やら、全然出てないからね。
とにかく移動せず泊まっていて良いというのなら、心置きなく探索開始だ。
市場に行こう!
「オルタンシア、先に先方への連絡を…」
「ガッテン承知の助!」
サッと取り出すお手紙。着いてから書くなど面倒の極み。既に書いてきております。
アンディラートは苦笑して、そっと私の手からそれを取り上げた。宿の人に渡してくれるらしい。
なんせ、ご令嬢は自分でやらないからね。
うーん、普通の令嬢って、役立たず。
「預かろう。そして、ガッティンとやらについては後で詳しく聞こうな」
「いえ、そこはお忘れ下さい」
ノー・ガッティン。
私は深く反省した。
いつぞやの私も、きっとこんな風にヨッコイショーイチしちゃったのだな。
第二のテヴェルに出会わぬことを、私はお空のお母様へと祈った。神なんぞおらぬ。だから、母の愛の方が祈るに良い。絶対的に信頼感ある。皆に一目置かれる魔法使いのポタァさんもそんな話だった気がする。
前世の母とは天と地の差なので、魔法使いの母(使えるのは子でも母でも良い)だけがなんか良いのかもしれない。なんか良いって大雑把過ぎるが、漏れ聞くに故アンディラートママも微妙なんだもの。
漏れ聞かせたのはヴィスダード様です。ヤツは段々遠慮がなくなってきた。
娘になるなら聞いといてよ的な軽さで放たれるドロドロの家庭内暴露。実のお父様ですら、そんな話は私にしませんのに…。
ルーヴィス家の紋章付きだからアンディラートからの手紙かと思ったら、ヴィスダード様からの暴露だった時の衝撃。
しかもノリノリの物語調だったりして面白いんだけど、貴族ルール逸脱しすぎ。
奥様は多分説得等を諦めたのだろうが、家督を継ぐであろう第2子が健やかに育つことを祈るばかりである。
そんな辛さを胸に秘めながら、宿を出た私達。そっと馬車を入れ換えておくことも忘れない。
そう…徒歩で冒険者ルックのまま街をブラつくことも、本当は貴族らしさをブン投げてるんだよね。お忍びにしたいならお忍び服を着なければならない。冒険者っぽすぎると言い訳出来ないものね。
しかし、何かあってもいざとなれば家紋を見せつければいいよねというライトな考えの私達。
お兄ちゃんと婚約者もこれですよ。ルーヴィス家の第2子よ、本当に強く生きろ…。
あっ、早速アンディラートがイカ焼きの屋台に引き寄せられ…えっ、ナニコレ、中にオリーブの実が入ってる、だと…?
醤油がないから私のイメージと違うのは仕方ないんだけど、なんか、なんかイカ焼きがカルチャーショック!
…あ、美味しい。




