惨敗した。
2人きりで1部屋に泊まった私達の距離は、特に近付かなかった。
…おかしいだろう。
そんなこと、ある…?
3回くらい考え直してみたけれど、私達は進展すべきじゃなかったかな?
変だな。私、婚を約されし者なのに。…こん?
しかし、アンディラートは久し振りのベッドの魔力には抗えなかったのだ。そう…メシ、風呂、寝る、というヤツである。私がお風呂から戻ってきたらもう寝てたね。
街には2日泊まった。
つまり、1日目には余力がなくとも、2日目には意識するであろう。
私は体力オバケだから1日目からバッチコイしてましたけど。
まぁ、早々の寝息を確認した時点で、寝顔スケッチの会を開催したよね。
シャイボーイが婚約者と同室で夜を明かすのだからさぁ。…まさか、普通に寝ちゃうとは思わなかったよ。
…そんなお疲れの人に対して、私は何を考えているのかっていう話。
そうよね、そこは疲れを取ることを優先するよね。旅をしているんだもの。
あーあ。どうにも、男女の機微とやらには敏くはなれそうにないわ。
恋愛初心者どころじゃない。コミュニケーション初心者である。大体、相手の優しさで会話が成り立っている。
2日目のアンディラートは、やはり私がお風呂から戻ってみたらば、既に寝落ちしていた。
世紀末会場で気疲れしちゃったんだなと思えば、寝るのが正しい。休んでほしい。
私は再び寝顔スケッチの会を開催し、月明かりに照らされる天使の寝顔を目と紙に焼き付けた。
突然ふにゃって笑った顔が見れたので、おみくじで言うなら大吉だったね!
これは多分、ストレス5回分くらいは浄化してくれる笑顔。
それにしたって、この結果よ。
受付時の動揺とは何だったのか。
別に私だって、私だってそんな、アッフンなことをしようと企んでいたわけではない。
だが正直…セカンドチューくらいは期待していたね…そうなのさ…。
くっそ。乙女回路さえ起動していなければ、星やハートの飛び交うドッキン妄想などせずに済んだのに。
ひたすらに恥でしかない。
なんで私がこんなことをモヤモヤせねばならないのか。えぇい、煩悩よ去れ!
お疲れで眠る純粋なアンディラートの横でこのようなことを考えているなど、フシダラさんなのか、私よ!
アンディラートを、毎度私が襲うという構図だけは避けたい。ケダモノンシアはイヤだ!
おかしいなぁ、彼は私が好きだと言ったはずなのだがなぁ。なんかこう恋仲的な進展は要らないのかなぁ。
前回酒の力で踏み越えてしまった一線については、再度挑むにもやはりそれなりの勇気と思いきりは必要とされる。
だが。
私としては、素直に申し上げればハグとチューくらいならわりかしウェルカムなくらいには、意識しているのだがなぁ。全然来ないんだわ、これが。
…凄いな、私。
アンディラートによって、ものっそい意識改革が行われているじゃないの。
相手がアンディラートならば、手を繋いだり、引っ付いたりするのは元々平気だったけれど。
シャイボーイであることを知っている以上は、今後もそのような機会は訪れない可能性を視野に入れていくか…でも…うぅ…。
とりあえず、私だけが先走って不埒であったことは理解した。
そう、彼にはまだ早い、ということ。
いいのですよ、ぐっすり眠ってアンディラートの疲れが取れたなら、それはそれで喜ばしいことなのです。
スケッチブックも潤い、私にも同室の利はあったのだよ。
謎のダメージを心に受けて、思春期の距離感への是正に努める次第。
どうせあまりグイグイ来られたら、こちらとて困るのだ。それは、そう。
さて、芋の収穫が叶った私達は、速やかに街を離脱した。
街にはまだ宿を求める冒険者が溢れている。「壁と屋根さえあればいい(土下座)」みたいな人達が受付カウンターでワチャワチャやってるのを見ると、我々の用事は済んだのだから早く譲ってあげねば!という気にさせられる。本気で。
芋の加工は道中であっても、手が空いて出来る時に積極的にやります。
おろし金で摩りおろした段階で乾燥させて粉にしておけば、腐られずに作業が継続できるらしいからな。
例えば包丁の刃が通らず、ウクスツヌブレードの刃を装備したサポート製ピーラーで皮剥きしたり、全くおろせない市販のおろし金を諦めて、ウクスツヌ(略)サポート製フードプロセッサーで粉砕したり。
…本当に昔の人はどうしていたのか教えてほしい。何、先史時代はオーパーツまみれの失われし高度文明なの?
そりゃあ、皆、花しか持っていかないわ。加工できないんじゃどうしようもないもの。製法も廃れるに決まっている。
サトリさんはどうやって加工したのか。手作りだって言ってましたよね、あれ。
そうこうするうち、私達は第一の目的地に到着した。見覚えのある建物の裏からは子供達の遊ぶ声が響いている。
特段…懐かしさとかはなかった。うん。孤児院自体には思い入れがない。
目的はあくまで、マジカルシスターへのお礼参りである。
令嬢としては軽装なドレススタイルへフォームチェンジ。お帽子も乗せ、軽くお化粧。
決して飾り物のわさわさ付いた煌びやかなドレスで現れたりはしない。しないが、これはお忍び用ではなく、旅先用のライトな訪問着なのである。
随所に動きやすさが重視されているだけで、見るからに生地は良いし、きちんと今時の外出着の形に整えられている。
つまり貴族であることは一目瞭然!
私が貴族であるということ自体は、トランサーグが伝えていた。だけど、シスターには正体くらいはちゃんと伝えようと思っていた。
彼女のお陰で、騒ぎにもならずに悪夢の夜を生き延びたのだから。
回復魔法も覚えたしね。
アンディラートが差し出した手にエスコートされつつ馬車を下りる。
孤児院の子供達は、成人したら古巣を出ていかなくてはならない…時の流れを感じるな。
働いていても、一律年齢で追い出されてしまうのが孤児院。ましてやニート生活など決して許されない。
何が言いたいかというと、子供の顔ぶれがメチャクチャ入れ替わってる。
え、えぇー…この街に、そんなにも孤児っているの? ここって、そんなに大きな街でもないよね?
この近くには姥捨山ならぬ子捨て山でもあるのかい。それとも、この街では両親の亡くなる率がそんなにも高いのかい。
微妙な気持ちになってしまうが、顔には出さず、見知らぬ子らを横目に確認。
うーん、何度見ても知らない子ですね。前に来た時にはそれなりに小さい子もいたと思うんだけど。
つまり、その、私が前に訪れてからは確かに何年か経ってはいるのだけれども…それでもまだ出ていく年ではなかったはずの子供達はいるはずで…その子達は一体どうしてしまったのか。
お父様に聞いても近年私の出奔以上の大事件はなかった感じだったので、テヴェルの村みたいな集落まるっと壊滅事件とかはなかったと思うのだけれど。
あ、いや、お父様は双子の弟の誕生も黙っていたな…私の家出に劣らぬ、結構な大イベントだと思うけどね、それ。
とはいえ周囲をササッと見渡しても、壊れた家ややけに新しい家は見当たらないし、行き場なく屯してるヤンキーみたいな塊もいない。街の雰囲気も暗くはない。
つまり急な死別は増えていない…えぇ…なのに孤児院の子供が総入れ替えレベル?
外で遊んでいた一部の子供が私達を見つけた様子。来客と見て、好奇心の強いのが数人こちらへと走ってきた。
以前は猿の群みたいなのに飛び付かれそうになって躱しに躱したはずだが、今回のお出迎えっ子達は常識的に一定距離で立ち止まり、こちらへの声掛けから入ってきた。
「こんにちは。孤児院にご用ですか?」
あら、口調もちゃんとしてるじゃんよ。
あのフリーダムな子供達とは何だったのか。シスターに躾られたのか…いや、もしかして単にトランサーグと一緒にいたせいで、開幕お仲間認識だったとか…?
色々と思うところはあるが、まぁ、私は躱しきったので問題ない。何はともあれ、目的であるシスターへのご挨拶が先だね。
しかし私が口を開くより先に、アンディラートが一歩前に出る。
そ、そうね、あんまり令嬢は前に前には出ないものですわね。ウフフオホホ。
レディは結構、自ら何もしないのだ。用事があるのは私なのだが、今は護衛っ気満々のアンディラートの後ろでおとなしくしとくね。
「我々は王都から来た。以前世話になった者なのだが、本日、院長はこちらにおられるだろうか」
目の高さを合わせないのは護衛業務中だから、すぐ動けるようになのです。普段なら屈んであげると思う。
なぜ警戒?と思うかもしれないけど、そこは私が「子供に散々飛び付かれそうになって、身体強化して全力で逃げ回った」とか話したせいだろうな。
仕事モードだからなのか、子供相手にも「大人の人は居るかな?」とか砕けて訊かない真面目なアンディラート。
そういうとこも好きだけど…客観的に見ると愛想笑いもしていない、背が大きくて剣を持った男なので、子供はちょっと威圧感を感じるかもしれませんね。
ごめんな、子供達よ。平時はもっと取っ付きやすいのだよ。君達より天使なんで。
子供はつられて「お、おられます」って答えちゃったという。気持ちはわかる。
「お会いしたいのだが、取り次ぎをお願いできるか」
身軽な子供が1人「呼んでくる!」と叫んでパーッと駆け去っていったので、ここでしばし待つことに。
アンディラートは「ここで待つのでお構いなく」みたいな感じで子供達を散らしていた。
あんまり子供に関わることがないから知らなかったけれど、対応が淡々としているな。
ひょっとしてアンディラートは、そんなに子供が好きではないのかもしれない。
「子供は不得意だったりする?」
大人と同じ対応をしているので、接し方がわからないのかもしれない。一人っ子だし。
そう思って尋ねてみると、彼は少し考えながら首を横に振った。
「苦手というほどのこともないし、特に好きでも嫌いでもないけど。今は、オルタンシアのドレスに触って汚しても困るだろう。あまり懐かれない方がいいんじゃないか」
お洋服の心配だったらしい。
うっかり懐かれたら、地獄の群がりコースである。確かに、スカートで突撃を躱しまくるのも難しい。
汚れについては、アイテムボックスというチートがあるので実は平気。でも、せっかく心配してくれているので、余計なことは言わないでおこう。
オルタンシアさんは孤児院への奉仕活動とか一切していないタイプの令嬢だったので、あんまり孤児との触れ合いに興味がありません。むしろ、子供とはいえコミュ障には敷居が高い。
アンディラート君も奉仕活動よりは騎士団の遠征についていっていたはずなので、子供の扱いがうまいということもないだろう。
キリッと警戒姿勢で直立するアンディラートの斜め後ろで、ボーッと遠くを見つめる私。
やがて子供達に囲まれた黒い服のシスターがこちらへ向かってくるのが見えた。
おや?
マジカルシスターではないな。




