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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~なんで羊なのかなぁ。【アンディラート視点】



 目の前には、王都を出る前に用意した睡眠薬。まさか、本当にこれを使うことになるとは思わなかった。

 眠るといっても何かあった場合に気付けなければ困るし、かといって狸寝入りだと思われるような様では困る。出来ればすぐに効くようにしてほしい。

そんな注文を付け、うるさい客だなーという顔をされながらも、何とか心折れずにわざわざ調合してもらったものだ。


 しかもこっそりと買ったのに、翌日リーシャルド様から呼び出しがかかった。

 貴族街の薬屋なのがいけなかっただろうか。

 睡眠薬の購入がバレていた挙げ句、誰に使う気だと冷気を感じる笑顔で問い詰められた。

 自分用に弱めの睡眠薬を買ったと答えたが納得してもらえず…用途までひとしきり喋らされたのは、本当に辛いことだった…。


 でも、まぁ。娘と旅に出ることが決まった途端に睡眠薬を買いに走れば、娘に薬を盛る気なのかと疑われても仕方なかったよな。

 …仕方なかったかな。

 まずは不眠を疑ってくれないものだろうか。

 隈なんて出来ていないし、明らかに不眠じゃない顔をしているから聞くまでもないのか?


 だけど、顔を合わせて開口一番「まさかその薬を娘に使う気か」だなんて。

 もしかして俺には信用がないのだろうか。

 信用を失うようなことなんて、………したな。

 で、でもオルタンシアだって、そんなことまで親に言ってはいないはず。俺だって、時折触れたくなるのをちゃんと堪えている、はず。

 だけど、相手はリーシャルド様だ。何かを察知しているのかもしれない。


 とはいえ俺がオルタンシアに薬なんて盛るわけがない。というか、睡眠薬だぞ。そんな突然オルタンシアを眠らせてどうするのか。

 …本当にどうするんだ?

 良く眠れば、疲れがよく取れる…だけならリーシャルド様が怒りそうにも思えない。いや、本人の承諾なしに薬を飲ませるのだから怒るか?

 いや、そもそも俺用なんだけれども。


 その後、リーシャルド様は「道中、足りなかったり効かなかったらこちらを使いなさい。一度に小匙一杯以上は使わないように」と小袋一杯の粉をくれたのだが、これは本当に睡眠薬なのだろうか。

 袋自体は小さいが、付属の匙自体もやけに小さい。

 小匙一杯を何度繰り返せばこの袋は空になるのか。そしてそんな微量で効くと…。

 なんか怖いので、あまりこちらには手を出したくないな。


「どうしてこんなことに。…オルタンシアは本当に気にしないのかな…」


 いつもだってあえて意識しないように頑張っているのに、なんでこんな目に…。

 しかし愚痴っている暇はない。

 彼女が戻ってくる前に全て終えなければ。


 急いで最低限の装備の手入れを終え、水差しからコップに入れた水の中に粉を溶かす。

 ベッドの上に移動。飲んですぐ寝るぞ。


 考えない。今、オルタンシアが浴室を使っているとか、絶対考えない。

 湯上がりなんて破壊力が高すぎる。それは壊れる危険があるだろう、俺の理性が。

 夜営でも彼女は風呂に入るけれども、その後は少しも油断した格好ではないし、俺も魔獣に備えている。

 だけど、宿は駄目だろう。魔獣を警戒する必要もない街の中で、これから眠るというのに、彼女が装備を付けるはずがない。私服どころか、パジャマなわけだ。

 それは彼女が居なくなったあの夜に見た、如何にも防御力のない、寝るためだけの柔らかくて楽な薄手の黙れ俺。


 俺はもう、自分の理性が信用できなくなってしまった。自分ではもっと丈夫なものだと思っていたのに、全然駄目だったじゃないか。

 色々あったけど結果的には嬉しかったし、嫁に来てくれるって言った。だけど…そもそも俺がきちんと手順を踏めてさえいれば、オルタンシアがああも頑なになる必要もなかったのじゃないか。

 彼女が俺のお願いに折れてくれたから良かったけれど、さもなくば俺は心に傷のある婦女子に狼藉を働いて、責任も取らずに放り出す羽目に。互いの内心がどうであれ、一度その形に決着してしまえば、二度と彼女の信頼は得られなかったことだろう。


 だからこそこれ以上、婚前に問題視されるような行動はできない。リーシャルド様に結婚の許可を取り消されてしまうと困る。わりと本当に泣ける。

 彼女に嫌われたのでなければ、諦めるという選択肢はない。もしもそうなったら駆け落ちするしかないけど…いや、やっぱり家族を大好きなオルタンシアが、一番喜ぶ方法でなければ。


 というわけで、理性を保つことが第一。何も見ないために迅速に寝る。

 ぐっと一気にコップの中身を呷った。

 意外と、薬の味は感じないな。あ、後から苦味が来…、うわ苦い。苦い! 不味い!

 逆に目が覚めるんじゃないのか、これ?

 慌てて水差しからもう一杯、水をコップに入れて口に…うっ、コップの底に溶け残りがいた。軽くコップを揺すって、全部飲んだ。

 足りなくて効かなかったら意味がない。


 コップを置いて、ベッドに横になる。

 苦い。こんなに苦いのに、効かなかったら損した気分だ。…効かなかったらあらゆる意味で俺がピンチかな。

 別に昼間に一緒にいるのは平気なのに、どうして夜っていうだけでこんなにドキドキしてしまうのか。


 苦味と焦りを抱えながら、しかし薬は迅速に効果を発揮した。

 気付けばウトウトしていて、今にも眠りそう。壁側を向いて寝ようと思っていたのに、もう面倒で寝返りも打てそうにない。


 …どのくらい経っただろう。

 小さくドアの開く音。

 トコトコと無防備に歩く、オルタンシアの気配。自分のベッドへ行くのかとおもったら、こちらへ近付いてきた。


「…えぇー、マジかー。君、もう寝てるの」


 潜めた声で、そんなことを言う。

 ごめんな。寝るよ。

 どこかガッカリしたようなその声に罪悪感が湧くけれど、急にふわりと髪を撫でられて、気持ちいい。


「…そうだよねぇ。疲れているのよね。いつもありがとうね」


 疲れてないよ。そう言いたいけれど、気持ちよさに負けて、声は出ない。

 そのまま眠りに落ちそうになったけど、不意にオルタンシアの手は離れていってしまって、また少し意識が戻る。

 もっと撫でてくれてもいいんだけどな。そんなことを言うのは変だよな。

 そもそも、もう瞼も上がらない。起きるつもりで思い切り気合いをいれれば起きられそうだけれど、薬を使用しておいてそれでは本末転倒だ。


 手が離れてしまったのは寂しいけれど、同じ部屋の中で彼女の気配がするのは、思ったよりも悪くない。

 眠ってしまう寸前みたいな状況だからだろうか。

 何だか懐かしいような気さえして。


 シャッ、と小さな音がした。

 一度だけではなく、連続して細かなそれは続く。

 聞いたことのある音。唐突に始まったその音の正体をぼんやりと察する。

 絵だ。オルタンシアが絵を描いている。

 絵を描いている時のオルタンシアは、楽しそうで、時折真剣で、とびきり可愛い。


 見たいなぁ。

 目を開けたい。だけど眠たくて億劫だなぁ。

 …こんな薬に頼らなくてもいいように、もっと鍛えなくちゃなぁ。俺が彼女に危害を加えるだなんて、絶対にあっちゃいけないこと。


 そのうちに、オルタンシアは小さな声で歌い出した。

 笑いたいような、くすぐったい気分になる。

 多分、無意識なんだろうな。彼女はよく、絵を描きながら歌っているから。

 俺の知らない、他の世界の歌。聞き取れない言葉の、聞き慣れない旋律。

 けれどそれは確かに、彼女を形作るものの一部。


 懐かしいと感じたのは、そうか、子供の頃のようだからか。

 柔らかな日差しの下で眠って、隣にはオルタンシアがいて、絵を描いていて。

 …あぁ、何だかとても幸せだ。


 幼い頃の記憶と現在の境界が夢うつつになって、ぼやけて、溶けて…自分が夢に沈んでいくのがわかる。


 ずっと続けばいいと思っていた日々。

 きっと、今後も続くであろう日々。


 俺が守っていけばいい。守ってもいい。

 オルタンシアにもリーシャルド様にも許可を得た。グリシーヌ様の墓前には、オルタンシアのタイミングで報告に行こう。

 まだ結婚はしていないけれど、もう少しだ。彼女がオルタンシア・ルーヴィスになったら…そうすれば、この時間はずっと俺のもので、在り続けるんだ。


 それは、なんて幸せなことだろう。

 歌声と鉛筆が紙の上を走る音を聞きながら、満足感を握り締めて眠りにつく。

 いつの間にか、すうっと意識を失った。




 だから、すっかり忘れてしまっていた。

 すぐ傍でオルタンシアが絵を描く音がしたということは、そりゃあ寝ている俺を描いていたのだということを。


 後日、色付けまで行われた絵を見せられた。

 羊と共に描かれた眠る俺の姿、成長後バージョン。

 オルタンシアは真面目な顔で「家宝だよ。絶対売らないから」などと言っているが。

 ………それ、誰も要らないと思う。



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― 新着の感想 ―
[一言] ああ… 子供の頃、あの日差しの下のシーン、すごく懐かしい〜 絵が風に吹き散て、そのシーン自体が絵になる。
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