味を思う。
翌日、早速朝から周辺地図と花の目撃位置の2種類の地図を購入して探索に出た。
今は旬も中頃なのだろう。以前に手に入れた地図を使い回している常連さんもいる。
浅い位置ならと、自力で採りたい野望派地元民の護衛に雇われ、案内をロハで手に入れた人もいる。
正直…宿では大っぴらに地図を広げて見せ合っていたり、他人の地図を覗き込んでいたり、大声で話し合っていたりする人がいるので、目撃位置の地図がなくても大体の場所はわかってしまった。
でも買った。
何の躊躇いもなく、アンディラートが。私費で。
彼の旅費の財布と私費の財布は物理的に別なので、横で見ていればわかる。
わかるが、ただの布袋なのが気に入らない。銅貨メインとはいえ、そんな詰め放題な。
しかし硬貨じゃらじゃらの世界なので、袋で仕方ないのも事実。紙幣がない分、薄くてスマートな財布もない。
キャッシュレスなど夢のまた夢。
…せめて硬貨ごとに仕分けるとか、もっと素敵な袋を作ってあげられないかなんて、悩んだことは置いといて。
宿から見れば稼ぎ時の貴重なメシのタネなので、私もそれでいいと思いました。
無駄遣いだとか節約だとか、庶民パーティならあるかもしれないけれど…立ち聞きでタダで情報得るの、我々にはちょっとね。
全地図買ってあげるまでの必要はないけど、ある程度、経済は積極的に回して良い側。
花(というか実)目当ての探索だが、途中に薬草群生地があるらしいので、ついでにそちらも幾らか採っていこうとは話している。
一応目的のある旅なので、例えナナイロの実が見つからなくても、探すために留まるのは上限3日がせいぜいだろう。
見つけたならば、もうアンディラートがどんな怪我しても困らんくらいポーション一生分は根こそぎ乱獲…、生えなくなったら困るからそれはダメだな。
適度にいっぱい持って帰るぞ!
今日の私はイモ狩リンシア。ファイッオー!
決意を新たに拳を握り、心の中でフンッと気合いを入れる。
声には出していないはずだが、アンディラートが突然振り向いて「頑張ろうな」とちょっと微笑んできたので内心で超ビビる私。
「サ、サトリ属性をラーニングした?」
「え? …拳を握った気配がしたから、やる気なんだなぁと思ったんだが、違ったか?」
「違わないです。一緒に頑張ろうね!」
笑い返してはおいたけど、あぁ、驚いた。ドッキリ仕掛人かと思うくらい、タイミングばっちりすぎですわ。フンッて口閉じてたから心臓が鼻から出るかと思いましたわ。鼻腔太すぎですわ。
アンディラートにはイモ掘り係ではなく、私が掘る間の護衛を頼んでいる。
つまり彼は今、魔獣が出てこないかの見張りのために気合いを入れていることになる。護衛モードだから、気配に鋭くなっているのだろうか。
…いや、だからって背後の人が拳を握ったかどうかなんてわかるもの?
人体の都合上、後ろは視界になんて入らないから見えてはいないはずなのに。
アッ。心眼、か?
澄みきった、その心の眼で見ましたか。
まぁ、清らかなりし癒しの天使ならば、目を瞑っていても世の中が見えてしまうのかもしれないな。納得。
でも、例えば前を向いているアンディラートが楽しそうなのは、顔が見えなくても私にもわかる。ご機嫌な雰囲気、する。
きっと心眼はこれの進化形なんだわ。
芋掘りを楽しみにする貴族令息、可愛い。
よぅし、私も気合いマシマシで頑張るぞ!
…と、鼻息も荒く出かけた芋掘り隊であったが、わりと早めに出鼻を挫かれた。
ここは確か、薬草の群生地のはずだ。
だがしかし周囲は見渡す限りの冒険者でいっぱいで…冒険者の群生地だったかな?
しかも、ちょっとなんかこう予想と違って…僅かな資源を奪い合う様相…。
薬草を手に握り締めた人達が目立ちますね。あれがここの目玉商品でしょうか。
とても握り潰しているように見えます。掴み取りされたお札のようにクッシャー!ってしてる。売れるのかね、それは。
それに、ここはまだ比較的、森の浅い場所ではあるけれど…誰も見張りはしていないようだ。魔獣が出てこないとは限らないのに、油断しすぎじゃないの?
出てきたら一丸となって戦うのかしら。結果、対戦したのが鹿1匹とかだったらまた、分配でもめそうね。
ざっと見た感じは男性ばかりだが、突撃ぶりがまるで初売りバーゲンセールに群がるおばちゃん達みたいな勢い。
いや、ゴツくて汚めの男共が目的の物を見つけた途端に雄々しく声を上げ、駆け寄りもぎ取り奪い合う様は、さながら地獄か世紀末。
中には「こっちが先に見つけた」だの「先に採ったヤツのものだろう」だのと子供の喧嘩みたいになっているところまである。
それ、その草、そんなにお高いの?
お得情報の予感…!
高位貴族令嬢としては「まぁ、お得って何ですの?」なんだけど、奥底に眠る庶民魂がついつい引き寄せられてしまうのだよ。
薬草って安いイメージだから、お値段を調べもしてこなかったよ。「限定品を見たい。記念参加」くらいの軽い気持ちだった。
でも大人の冒険者が群がっているのだから、高値で売れるのかも。
数年周期とはいえ「効果が高い」という噂があるのなら、これはもっと強い気持ちで参加すべき案件なのでは。
もしも期待したより安かったとしても、売らずに自分で使えばいいな。
薬草汁がナナイロの実と混ぜると即効性の高いポーション化するのならば、薬草自体は種類も量もあって困るものではない。
鑑定できないのだけが悩みだが、レシピに忠実に行けば大丈夫だろう。
注意点があればサトリさんがそう言ったはずだ。信じますぜ、サトリさん。
思えば、万能なポーションというものはないのだね。サトリさんが目の前で麻痺の解毒と回復での2本を用いたのだから。
1本で万能の薬があれば、そりゃあいい。だが1本にまとめようとして全部の薬草をブチ込んだところで、下手すれば打ち消し合って効果を失いかねない。私は薬師じゃないから、混ぜてダメなものとかわからないし。
適当なアレンジ、ダメ、ゼッタイ。
あと、このポーションはかけても飲んでも良いとレシピには書いてあった。
傷にかけるなんて指定はない。「対象に」かけるか、飲ませる。そういうもの。
ただの薬草汁では、パシャッと適当にかけても効かない。本来、飲み薬は飲み、塗り薬は患部に塗らないと効果を発揮できないのが当然のことだ。
そう考えてみると、ポーションは、やっぱりちょっと普通の薬とは違うよね。服の上からでもいいんだから。
薬草の即効性や効能を上げるってだけでは、ないのかもね…。そもそもの効き方が免疫やら細胞やらではなく、対象の魔力に干渉して云々の方なのかな。
魔力を通すという謎の工程があるところは解呪薬と似ている気もするが、解呪にはナナイロの実が不要。
古の薬、奥が深い。
あっ、あの辺の気付かれてない薬草、採っておこう。おっ、あっちにもあるじゃん。
これ、長々と喧嘩するより、次を探して早く採った方がいいのでは。
教える義理もないので、見つけたものは私が採りますけども。
ありがとう、漁夫の利。そしてありがとうアイテムボックス。とても便利。
しかしながら、薬草群生地はそんなワーワーやってる場所な訳でして、遅参した上に通りすがりの我々は、バーゲンの空気に全く混ざれずに浮いております。
高位貴族の一人っ子はこういうことに向いていないな。
私はやろうと思えば頑張れるんだけれどね。突然私が単品でここに加わっても、アンディラートさんが孤立ポツンしちゃうので、それはナシですわ。
アンディラートからは何だか呆然とした気配を感じる。
奪い取ることに向かぬ人間性だね。
いいと思います。そのまま大人になってほしい。あ、もう成人してたな。
とにかく! もし必要だというならば私が奪い取る係をやりますからね。君はそのまま育って、どうぞ!
「行こ、アンディラート」
「あ、うん…」
アンディラートの背中を押しつつその場を離脱。目的地はお花の咲いている場所なので、もっと先だ。ついでの予定だった薬草群生地での採集は、諦めようね。
「もし通り過ぎ様に見かけたら、ささっとアイテムボックスに入れとくから」
聞こえているのかいないのか、未だ後方に視線を投げながらのアンディラートに声をかけ、その背を押し歩いていけば、あっという間に人の気配が途切れた。
つまり、地図に薬草印のついた辺りにだけ、物凄く人が密集している、と。
極端だなぁ。
ということは、ナナイロの花はあまり人気がないのかな。
道を進むほどに、さっきの場所より人通りがないことを知る。不安になるほどだ。
…あれ、薬草、意外と見つかるな。
みんな群生地に気を取られているようだけれど、よく見て歩けばポツポツ生えてるぞ。
群生地を奪い合うより、はぐれの薬草を狙った方がいいんじゃないの。この辺のは私が貰っちゃうけどさ。
ノリノリで土ごとアイテムボックスに入れちゃうよ。元気そうな草を提出してお値段上げてやる。むしって握り潰した奴らのとは新鮮さが違うのだぜ。
「わぁ、見えてきたな」
虹色の花が生えた岩壁は、まぁ…岩壁なので。多少切り立ってたりして、遠目にも地図通りの辺りにすぐ見つかった。
森の中とはいえ高低差はある、という程度のものだと思っていたが、想定よりガッツリ岩が露出している。
かつて地すべりがあった跡とか言われても信じるレベルの断層だが、こっちで地震に遭ったことってあんまり記憶にないんだよな。
花がまだチラホラと残っているということは、たまに珍しげにむしっていく人はいるものの、きっと概ね放置されているのだね。
「花に薬効はないと言っていたが、綺麗な花だな。花びらが陽に透けて、本当に七色に光っているみたいだ」
「そうだねぇ…」
答えながらも、我ながら出した声には熱量の差を感じる。
純粋に言う同行者には申し訳ないけど、でも、なんか…1輪なら綺麗だったかもしれないんだけども…。
野生なのでまばらに生えた花が、見る角度によって好き勝手に光って、岩壁が妙なホログラムシールみたいにギラギラになってる。目がやられる。
傾けたら色や絵柄が変わる文具とか、昔あったよなぁ。
それにしても、薬草と違って花は取り合いにならずに残っているのね。
薬効確認されなかったために、もはやただの「良いものが採集できる時期の指標」だと認識されているのかしら。
数年に一度は咲くので、素敵な伝承はあれども、綺麗なだけで需要はないのかも。
まぁ、私の狙いは根なので、花があろうがなかろうが問題はない。
むしられていても、茎や葉が残って「見えて」いれば十分。
そこから繋がった部分はまとめてアイテムボックスに入れられるだろう。
そんなことを考えながら、私達は岩壁の傍へと歩みを進める。
しかし、実際に花の生えている岩壁に近付いてみると、一定の高さから下にはむしられた跡ばかりがあった。
注意して見ると、下の方には咲いてないってんじゃなくて、花に手が届かないから上が残っているってだけだ。
これ、思ったより何人もむしってるよね。
なんだい、薬効の話なんて関係なく、手の届く位置のなら普通に持っていってるんじゃん。何に使うんだろ。記念品かな?
もはや虹色に輝く花は、私の背丈よりももっと高い位置にしか咲いていない。孤高のエーデルワイスか何かかな?
もう気軽には届かない高さになっちゃったから、今となっては、花の採集は不人気…だから薬草に人気が集まってるのかもな。
花、ねぇ。
うーん。この高さでは、成長期ニョキニョキラートにおんぶしてもらってもまだ低いか。
踏み台なんて持ち歩かないし、3人以上のパーティなら仲間に肩車でもしてもらえば届くのかな。1人見張りで2人が採集。
とはいえ魔獣も出るだろう森の中だ、あまり動きが制限されることは好まれない。まして確実にお金になるのでもなければ、あえて組体操チャレンジする冒険者はいなさそう。
装備を固めた冒険者から見れば対応できる深さでも、村人の日々の生活ではこんな森の奥地までは入らない。
そう、ここにも魔獣は出るはずなのだ。
だからこそ森の奥には、冒険者が依頼を請け負って、採集に赴くのだから。
うーん。例えば仲間を肩車しても剣を振れる自信があれば、あの辺の高い位置のも採り尽くされていたのかも…。
岩壁だけが目の前にあっても、花が残っていなければ、私に葉や茎で植物の判別は出来なかっただろうし、残っててくれたのは不幸中の幸いかな。
高すぎて手は届かないけれども。
花を見上げていると、いつの間にか口が開いちゃってるの何なんだぜ。
え、花を採るのに手を貸す…? 後ろから高く抱き上げようって?
なんでだい。
いや、大丈夫。そんなライオンっぽいポーズはちょっとご遠慮願いたい。別に王様の子は生まれてない。ノット・シンバンシア。
それに持ち上げるのは肩車よりも危険よね。なんせ両手が塞がるんだから…なんでガッカリ気味なの、アンディラート。
別にガッカリしてないの? そう?
…花、欲しかったのかな。
いや、まぁ、私がアンディラートを持ち上げて採集するよりは現実的な案だったよ。
自分で言うのもアレだけど、踏み台が低いってのも何だしね。
そして、彼が花を愛でる系男子だとは気付かなかったが、確かに綺麗な花とアンディラートの組み合わせ自体は絵になるかもしれない。
薄くて透明な花が陽を浴びて虹色に煌めく…そんな花冠・オン・アンディラート。
今は花冠を作るほどの量の花は採れなさそうだが、幸いにも妄想の中なら幾らでも増やせる。
…いいじゃない。描きたいじゃない。
参考資料も要るし、採ってあげよう。
手が届かなくても、私には普通に採れるのでな。採集は得意分野。
目の前の岩壁には、幾つも小さな穴がある。
割り箸でも刺した後のような穴だ。割り箸、存在しないけど。
おや、この穴から葉っぱが出かけてる。
よく見れば、これは誰かの花をちぎった跡なのか。穴の回りの岩壁をそっと指で触ると、ボロボロと崩れた土の奥に緑色が見えた…のでそいつを根こそぎアイテムボックスにイン!
「うわぁ…こう来たか」
ナナイロの実がアイテムボックスに入った。
ドラゴンをお呼び出しする玉や防犯カラーボールを想像してたわけじゃないが、大きさはあんな感じを想定していた。
そして花がないとナナイロなんて名前ついてても不審だから、実自体も似たように光るのかもなぁとも思っていた。
実物は、少しイメージと違う。
アイテムボックス内を確認すると、作り物のジャガイモみたいなのが入ってる…ツヤッとしてテリッとしたデコボコのない、限りなくピンポン玉に近い小さめのおジャガさん。
…いや、この世界基準のジャガイモは巨大なのが常識だ。ピンポン玉サイズでは、アンディラートには芋という感覚すら湧かないかもしれない。
…いや、本当に植物かなぁ、これ。
そういう石にしか思えない。無機質な見た目だよ。ただ、石のような重量はない。
持った感じは固いけど…摩りおろして加えるんじゃなかったか、ポーションのレシピ。
あんまりおろし金で削れる気がしない。
うーん。昔の人は本当にそうしたのかなぁ。専用のおろし金でもあったのか。
どうしたのかと言いたげなアンディラートに、取り出したそれを見せてやる。
私の手のひらの上で、オパールのような輝きを放つ、芋。
「…宝石?」
「芋だよ」
「芋ではない…あぁ、地下茎という意味か」
一瞬否定したものの、ナナイロの実が地下にて育つということはアンディラートも知っている。ジャガイモもそうだ。
この世界でも食育の足らぬ「魚は切り身で泳いでる」みたいな思想の人は居るが、流石にアンディラートは常識の申し子だ。
現実逃避しつつ、私は、私達は、しばし無言でそれを見つめた。
片や薬効もないのに「綺麗だから」とむしられてゆく花。
翻って、薬効もあり、葉よりも余程まとまった重さのある、輝く芋。
アンディラートの呟きのように、石に見えなくもない。綺麗な花だけでもミーハーに欲しがるのなら、実を欲しがる人は結構いそう。
本当に宝飾品として加工…あっ、芋でした。オパールリングのつもりで付けていたら、指輪から芽が出てくることになりかねない。詐欺じゃん。
…そうか、詐欺も横行するかもな?
「…でも、植物だから腐るよね。石じゃないから宝飾品にはできないしっ」
「とりあえず必要なだけは持ち帰ろう。オルタンシアのアイテムボックスであれば誰かに奪われることもない」
宝石を発掘したんだったら、領主への報告とか勝手な持ち出しの禁止とかの後続課題が考えられたけど、これは芋だからね。芋。
…芋か。
これ、食べられるのかしら?
私には鑑定スキルなんかはないけれど、ポーションとして飲めるんだから、確実に食べられるな。薬に入っているくらいだから、きっと何か身体にも良かろう。
味はどうなの。ナナイロの実の薬膳…。
美味しいのかな。
摩りおろすにしても、包丁の刃が通るかどうかくらいは、確認の内よね。




