スキマライフ!~家と庭。【アンディラート視点】~
連れてこられた場所は空き地だった。
比較的、門に近い場所は不人気で土地が空いているらしい。
俺としては、別にどこでも構わない、が。
「…こんなには要らない」
一般的に、王都の貴族邸とは、やたらと広い庭があるものだ。
御多分に漏れず、俺に渡す予定だという土地は大きい。
家を建てて、鍛練できる程度の庭を作って、紫陽花を植える庭を作って…それでもまだ、相当に余る。
屋敷は塀で囲みたい…塀の外に庭を作るのも王都では普通のことだが。
土地が余っているせいかとも思うが、門を挟んだ平民の街区では家屋はもっと詰め気味に建築されている。
グレンシアのようなせせこましさはないが、貴族街区と比べればその差は歴然だ。
「使用人は置かないつもりだから、あまり大きくても困る。庭にしても、管理できない」
紫陽花一株くらいなら頑張るけれど、俺には植物を育てる趣味はない。そんなにたくさん植えたって枯らすだけだ。
困ってしまって思わず呟くと、聞き咎めた父親は強く首を横に振った。
「さすがにそれは許可できないぞ。庭師とメイドと執事くらいはいないと家の体裁にならない。使用人はうちから出向の形でも良いから置いておけ」
…そうするとここを本邸として、どこかに別邸を持つことになるかな。せっかく貰っても帰らなくなるかも。
だって、オルタンシアは、使用人を置きたくないようだった。
こんなことで約束を違えて、婚約を考え直されてはたまらない。
「そもそも家屋がないのですが。俺は土地ではなくて屋敷を貰う約束をしていたはず」
実家に報告を済ませたら早々に家を出て、貰った家に寝泊まりしようと思っていたのに…建物がない。これでは野宿になってしまう。
目隠しの壁もないのに、貴族街区でそんなことは、さすがに出来ない。
巡回の兵士が事情聴取に来てしまうだろうし、周りの目が痛すぎる。
「小さい家って、どんなのが欲しいかよくわからなかったんだ。希望を聞いてから建てた方がいいだろ」
…うーん…。
父上には、いまいち伝わっていなかったのかもしれない。
両親が揃っていて、家を継ぐ弟がいる家は、俺には少し居心地が悪い。
昔よりも随分と歩み寄った様子の両親を見て、やはり邪魔なのは俺だったのだなぁと痛感したところだ。
だけど、これでいいんだ。
幼い頃はどれだけ悩んでもどうにもならなかった。でも、今はこうして両親が並んで笑える環境が整ったじゃないか。
ずっと望んでいた光景だった。
結局、俺に出来たのは出ていくことだけだったけれど、何も文句はない。
懸案だった母との距離も縮まり、父との関係も悪くはなく、生まれた弟は可愛らしく、ずっと好きだった人は嫁に来てくれるという。
改めて考えると、なんか凄くないか。
現状、俺はとっても満足だ。
「この土地を押さえてから、手入れのために雇っている庭師がいる。それはそのままうちから派遣してやる」
「まぁ、敷地を荒れさせておくわけにはいかないのだろうけれど…」
両親は俺が家にいても問題ないということなんだろう。俺が勝手に、ちょっと居心地が悪いだけなんだ。
納得いかずに不満げになってしまった俺の頭を、父は唐突にぐしゃぐしゃと撫でた。
…相変わらず、力加減が出来ていないな。
弟は無事に育つだろうか。こんな勢いで撫でては首を痛めてしまうに決まっている。
ある程度大きくなるまでは、父には触らせない方がいい気がする。
いや、彼もまた父の子だ。俺同様に頑丈なのかもしれない。
「庭はな、諦めろ。門の向こうが魔獣に襲われた時の備えだ。貴族街区は王城の次に守備が堅牢だが、庶民の住む地区はそうではない。あちらに何かあれば、庭を解放して避難民を受け入れることになるぞ」
言われて顔を上げた。何とはなしに見回した周囲は、貴族門の周囲と居住地とを切り分けた壁の内側。
王都の成り立ちは、昔習ったことがある。
まだ魔獣が猛威を振るっていた時代だ。
拓いた土地の安全を確保するため、一番始めに今の城の周辺が壁で囲まれた。
そこを拠点として、少しずつ壁を広げ、開拓を続けたのだという。
更に人間同士が安全な場所を奪い合おうとする時代、権力者達が所有地を広げようとする争いも乗り越え、平定されたトリティニアは現在の国の形になった。
全て、ここが陥落しなかったからだ。
長い歴史の中で取り壊した壁もあるが、王城は城門を始めとした一番堅牢で複雑に組まれた壁の中。
次いで安全なのが貴族の住む土地。
外区門、街壁門、貴族門、そして平民の住む街との境となる内門の壁…それらに覆われた中だ。
そこに各自が目の届く範囲を更に塀で囲み、屋敷を守っている。
街門は当初、庶民の住む場所を守るためとして作られた一番外側の壁だった。
だが後年、外部からやって来るもの達を内側まで入れるのは不安だとの声があって、更にその外側に外門が築かれた。
名前が混ざってややこしいから、今では街壁門と外区門と呼ばれている。
広いものなのだということだけ理解して、理由を気にしたことはなかったが、貴族の屋敷がそれを囲む塀よりもなお広く庭を取っているのは避難民を想定していたからなのか。
…どうかな。
外区まで増えているから、もう人口的には入りきらないかもしれないが…もしも王城の庭までも解放するつもりだとしたら、王都民全てを受け入れても余りあるか。
きっとこの考えが根付いたのは、もっと魔獣の脅威にさらされていた時代なのだろう。
今は王都の周りは騎士団が巡回しているし、簡単に魔獣が門を突破することなどないはずだ。今となっては守りが過剰ではある。
だが、永遠の平和などはないのだろう。
他国は攻めてこないとか、強い魔獣が絶対に王都には出ないだなんて、誰にも言いきれない。
王家がここに住む皆を守ろうとしたのが見える、良い案だと感じた。今も継続し続けているのは、慢心せずに統治している証だ。
それを聞いてしまえば、ひとりだけ「無駄に広い庭など要らない」とは言えないな。
「それになぁ。お前達は毎日でも外に出掛けていきそうじゃないか。門に近くないと不便だろう?」
冒険者活動が生活を支える糧であるのならば、当然そうなるのだろう。
冒険者ギルドは貴族門の中にはないので、ここに住むこと自体が既に不便といえば不便なものだ。馬車か馬で家を出て、ギルド周辺で預かり所を探して…それなら最初から身体強化で走るべきかな。
だが身分を捨てたわけではない以上、別邸はまだしも、本邸がここにないとダメだ。居住地が城に認められない。
空き地を前にしばらく父と話をしていると、駆け足の馬が近付いてきた。門の内で駆けるということは、急いでいる。
父と同時に音の方向を見る。あまり話したことはないが、顔だけは見たことがある男。家の使用人のひとりだ。
「何かあったか!」
父が嬉しそうに声をかける。
どこかに魔獣が出たという知らせかと思っているのだろう。
しかし男は側まで来ると馬を下り、父にぺこりと頭を下げて「アンディラート様へのお手紙をお持ちしました」と答えた。
父は急につまらなさそうな顔になった。興味を失ってそっぽを向いている。素直といえば聞こえはいいけれど…。
俺は、もう少し人に迷惑をかけない大人になろうと思う。
「もらおう」
「はいっ、こちらです」
俺の手に乗せられたそれを裏返せば、エーゼレット家の封蝋。差出人はオルタンシアだ。
ペーパーナイフはさすがにないが、野外に出る際にはいつもベルトに荷物入れをつけているので、小刀も常に持っている。武器でしかない刃の厚い短剣や解体に使うナイフでは、しにくい作業もあるから。
開けようとすると、父が手元を覗き込んでいる。気付いて思わず背に隠した。
「なんで隠す。疚しいことでもあるのか?」
「そんなものはない」
ニヤニヤされている。どうしてこの人はこうなのか。手紙を奪われないように何歩か離れ、警戒しつつ手紙を開封する。
…旅行のお誘いだ。
エーゼレット家の後妻はお産のために実家へ戻っていたらしい。リーシャルド様が俺も連れていけと言うのなら、義母にも結婚の報告をしろということか。
それにしても、俺の弟と年の近い子供か。
オルタンシアと俺がそうだったように、そのうちに親同士が機会を作って会わせてみるのだろうな。
何だか不思議な感じがする。
「行くのか?」
結局、覗かれている。
見られて困るようなことはないけれど、息子の手紙を見ようとするところが、もう。
こちらがわざわざ距離を取っているのに、そーっと近寄ってくるところも。
何か一言苦言を呈すべきか悩んだ。…いや、ずっとこういう性格なのだから、治る日など来ないだろう。
俺が諦めるしかないな。
「行きます」
「そうか。アンゼリカが寂しがるな」
うん。俺がではなく、オルタンシアが王都を離れるということを、だろうな…。
以前なら思うところがあったはずだけれど、今は不思議と憂鬱にはならない。関係が改善された実感があるからだろうか。
オルタンシアと会えてあんなに喜んでいた母が、寂しがるならば可哀想に思える。
旅に出る前に、男装して会ってやってくれないか、聞いてみようかな。
…お願いしてしまうと、断れないのではないかな。せっかく女の子らしい格好が出来るようになったのに、ドレスも似合うのに…男装を頼むなんておかしいんじゃないだろうか。
でも。ノリノリで、やってくれる気もする。




