招待しようがない。
結婚するとなった場合に避けられないもの、それは結婚披露宴。
家令に、来るべき日に備えて招待客リストの素案を作れと言われた私である。
しかし現状、招待するのはリスターだけっぽい私。「他には特にいません」と答えたら、そのまま結婚式までの流れについて延々と説明を受ける羽目になった。
表情ひとつ変えずに突然始まった一般教養(仮)の講義。お嬢様の常識が行方不明だということを、彼はよく知っていらっしゃる。
だけどそれは、世界を跨いだせいかもしれないじゃない?
世間話やらで出ないよね、式までの流れなんか。
今までお茶会では聞いたことがないけれど、本当に子供の時しか出てないから、適齢期の令嬢とは席を共にしていないせいかなぁ?
…などと言い訳を並べてみる。
だってさ、聞いてよ。
恐ろしいことに…伝統的に中~高位の貴族は…王都中の貴族を根こそぎ招く勢いで招待するものらしかった。
構ってちゃんならぬ、祝ってちゃん。
アタシ今度結婚するの!と王都中にお知らせ。親しさも年の近さもお構いなしに、来て来てぇ!と招待状をバラまくのだ。
…え、マジ、皆そんなことやってんの?
イヤだよ。真顔になるよ。
突然、宇宙人みたいなことするのやめてほしい。下手に地球人と見分けつかないもんだから、仲間のつもりでいたら私だけ猿だったみたいな感じで心底ビビる。おわぁ、ここ異世界だったわ!てなる。
例えばドレスの流行に生花縫い付けるとかね。たまにこの世界流の離れ業を「何が変なの?」って言いながら繰り出してくるから困るよね。元日本人、そゆとこ馴染めないよ。テヴェルの気持ちわかりそうになるよ。
んん、しかし今はこの地の民…いかん。
私もこれを許容…出来るよう頑、張…うぅん、無理。これ無理。きっとトリティニア王都民一部だけの風習。首都だけども地方性、所詮は一地方だけの風習。
名古屋の花嫁さんが出戻らないように、荷物トラックはバックさせないというアレだ。狭き道でカチ合った車は相手を全てよけさせるというソレね。そう、これと同じ感じ。ほら、我を通すとことかメッチャ似てる。
私はそう思うことにします。
そんな下手な鉄砲方式で招待状を撒きます。すると、アラ不思議。めでたいことなので、普段ならお茶会やパーティーに呼んでも来てくれないような人もヒョイと釣れて、気楽に来てくれたりするという。
…来ちゃうの誰よ。めでたいねぇ、じゃないよ。そういうことするから、一縷の望みに賭けてバラまくんでしょ。
結果、新郎新婦の希望より親族の希望が招待客リストに反映されがち。
慶事を口実にそこから縁を作っていこうとする貴族、汚い。祝うよりコネ作りの社交場にするってことじゃないか。
やりたくねーわよ。私、まともに夜会とかも出たことないんじゃよ。むしろ、成人してから初めての公の場となりますよね。
来る人来る人知らない人って、どんな苦行なのよ。
ちなみに、こんなことを言っていたら普通は親に怒られるのらしい。
だって、この世界にはデビュタントやらそれに類するものなんて特にない。成人したからと改めてお披露目するより、幼少時からお茶会の英才教育だ。ひとり友達が出来れば、その友達の友達もマイ友達にしにいく。いい感じのコネがある子は取り合いだ。
貴族の子供が集う学園のようなものだって女子にはないのだから、率先して夜会や茶会に飛び込まない子は本当に年の近い人達との縁が作れない。イコール家のためにならない。
コミュ障には優しくない世界なのである。
せめて前世風に自治体で成人式でもやってくれるのなら、ある程度同年代と顔見知りくらいにはなるかなぁ。
でも王都でやるとなると、纏めて王族へのご挨拶みたいなものになるのだろう。王族主催だものね。
貴族といっても王都に住んでない人達はたくさんいる。そういう人は…領主さんちだから、自分達の成人式をセルフプロデュースすることになるのかな。
王都にいる貴族だけ王家の出資でやれば、「あいつらだけ優遇されているぞ」という不満にもなりかねないかも。
じゃあ王都で強制的に全員纏めてやる…といっても王都から遠い領地は本当に遠い。田舎に行くほど村と村の間隔も開いてしまうし、野宿となると暗くなる前に立ち止まって、早めに夜営の支度をしなくてはならない。移動時間、1ヶ月でも足りないのは一人二人じゃない。
旅行概念も薄い世界だ。当主でもなければ領地の報告義務やらもないし、一生王都に来ないこともザラ。道中には魔獣もいる。下手をすれば月単位で遙々と移動させたうえ、魔獣の襲撃で新成人を死なせかねないような殺伐成人式になる。
そんなものの開催なんて、王族の義務にするわけにはいかないのだろう。
現在の「成人はおうちで祝う程度」という個人主義な方向性は…命懸けで王都に来なくても良いよ、ということだ。
お陰で私が不在でも「成人式に宰相の娘が出席してない」なんてスキャンダルにならないで済んだわけだしね。
そう、成人式はなくて良かったのだ。
コミュ障達は…頑張るしかないのだ…。
ま、まぁ、そんなわけで知り合いになる機会を得るために仕方ないとはいえ、やはり手当たり次第招待するというのは凄い心臓強いなーって思うよね。
強いけども…逆に招待された側の人もさ、親しくなくても行くってのは凄いことだよ。賑やかしのボランティア訪問どころか、行くからにはご祝儀も出すのでしょ? 貴族ならそれなりの額を包むよね。知らない人なのに。
私なら絶対行かないよ。知らない人から結婚式の招待状なんか来たら、確実にお届け先の間違いだと思…、…ん…?
来て、た…。お届け先間違いだと思って、返事もしなかった結婚披露宴の招待状、本当に幾つかあったぞ。あれか!
考えてみたら、この世界での手紙のお届けは使用人業務に含まれていて、誤配は決して郵便屋さんの仕業ではない。
ポストに入れて帰るのではなく、誰かに手渡しているものだった。
おうち、間違えるわけがない。
う、うわー、私、「返事も出さない礼儀のない子」とか思われたのかしら。
いや、でもなぁ。ダイレクトメール並に出してるんだから、全員が返したら返事に埋もれちゃうよね。出る人だけ返すのかも。
家令も返事返せってせっつかなかったし。
そっかぁ…庶民魂のせいでついコネを欲する側の目線に立ってしまっていたが、私は宰相の娘。コネを狙われる側なんだものな。
決闘した一部の貴族が言いふらしたとしても、ほとんどの人は実際の私を知らない。やはりオルタンシアさんの名前しか知らないのに、それでも招待してきたということだ。
お見合いもお父様が蹴ってたから詳しくは知らないが、8歳くらいから話は来ていたはず。あれもコネ狙いの輩でしょ。
何せ宰相さんが(決闘を許すほど)甘やかし可愛がっている娘…王族に次いで、無茶なおねだりがすごく通りそうだものね。
コネと金の極上品ではあるわけだから、顔繋ぎしたかったのには違いないのか。
そうすると…この度の結婚披露宴とは宰相と懇意にしたい人達にとって、人前にサッパリ出てこなかった金蔓が、現れたと同時に手に入らなくなるイベントである。
そう、私は社交界に彗星のように現れて消えていく女、オルタンシア。キラッ。
とはいえ新郎新婦がそれぞれ友達を招待する枠ももちろんちゃんとある。お互いの友人が多ければ代表者を数名…大体同数くらいに揃える模様。
あんまりバランスが悪いとよろしくないというのは、何となく理解はできるよね。
未婚の男女はなるべく数を合わせるそうなので、恐らく婚活に繋げる風潮もあるな。
ひとつのイベントに、何でもかんでも詰め込むんじゃないよ…素直に祝おうよ。
しかし、私の招待すべき客って本当にいないんだよね。アンディラートはいるのかしら。合わせようが、ない。
こちとら、王都にて個人的に親しい付き合いがあった唯一の天使が身内となるため、本当に皆無なんですぜ。
私が知人と呼べるのは…まぁ、従士隊のメンバーくらいかしら。それも顔見知り程度の男ばかりで、やっぱり令嬢の招待客としては相応しくはない。
うーん。うーん。
昔々に出席したお茶会やらの記憶を掘り返す…隅で空気に徹してたな。仲良しなどいないし、どの令嬢もアンディラートには見分けのつかないタイプ。
これなら確かに、誰かを選んで招待状を送るより全員にバラまく方が集客効率がいいのかも。
ただでさえ知らない相手の結婚式だ、彼女達も会場でポツンして困るより、仲間同士でワイワイしてた方がマシで…いや、そこまで考えてあげるんなら、やはり最初から呼ばない方がマシなのでは?
え、イルステンは呼ばないのかって?
私は、めでたい場でヤツと口論になどなりたくないのだよ…あいつ、突っ掛かってくるに決まってるもの。
それにもう、私の顔など忘れているのでは?
私も、アンディラートの劇的成長を思うと、成長したイルステンに会ってもわからない気がしますね…。
しかし全く披露宴をせずに嫁入りというのは、どうにも外聞がよろしくないらしい。
貴族にはお金を使って還元する役割もあるから、一大イベントにはガバッと景気よく突っ込めと。ケチいと周りが「えー?」ってなるんだってさ。
そ、そう言われても…私は根が庶民でして…。
さすがにそこは言えないが、お父様だって豪遊しては見えないよね。
そんな言葉で抵抗を試みた私です。しかし即行で返り討ちに。
家令によると、一族もおらず家族数も少なく、地位は高いのに散財らしい散財をしないエーゼレット家の年収は…ドカッと領地の都市整備に回されています。
前当主の頃は没落一歩手前だったので領地も荒れまくっていたけれど、今は稀に見る住み良さと治安の良さなんだって。
お父様は確かに王都に敵は多いけど、領地から人材を引っ張ってくれば忠誠の塊ばかりだ…と自慢げな家令も、出身はエーゼレット領らしい。
こんなお父様大好き領民ばかりならば、とても良いことだと思います。
お母様のことがあったから、領地を上げて安全な街道づくりに相当な力を入れているんだって。だから商人も来てより栄えると。
どうしたって他領も通って行き来するから、うちだけ街道沿いを整備しても、そんな安全とは言えないけど、何もせずにはいられなかったんだね…ホロリ。
逸れたな。えっと、とにかく、避けられないのならば…せめて披露宴の規模を何とかなるべく小さくしたいよね。
知らない人を大勢集めるだなんて、ストレスでしかない。誰でも彼でもに招待状を渡すなら、考えずに適当にダーツ投げて決めるので良いレベル。
金遣いを荒くしろと言うのなら高級感だけ出せば良い。少なめの招待客というのも、うまく自尊心をくすぐって特別感さえ出せれば、納得されるものだと思うし。
元々、そんな大々的に披露したくはない私とアンディラートである。そして他人の目を気にせぬ2人の父親である。
招待してほしいのも、胃が痛いのも、双方の義理の母親側だという…。
義理の母親の実家って私にとっては正直もう他人だとは思うんだけど、例え招待しなくても、お祝いくらいは嫌でも来る。一般的には親戚だから。
新お母様、すみませんが孝行はできません。アンディラートのママにも、貴公子モードでお詫びしよう。
実家がグチグチ言うんなら、実家を黙らせるような返礼品を送れば良いのだ。
…今こそバスタブの出番なのでは?
もしもアンディラートが騎士として出世街道を駆け上がっていたのなら、結婚も大きく注目されていただろう。
親しくなりたい貴族も多く、宴の規模縮小などとても無理だったはず。
だが幸いにも今の彼は冒険者だ。しかも家も継がない。貴族らしい貴族から見れば、縁を繋いでもコネ出世は期待できない。
コネ仕事や関連するお金も回ってこない。両親への口利きはできても、彼単体と親しくなる旨味はないに等しい。
うちの親同士が親しいことはある程度知れ渡っているために、センセーショナルな感じでは取沙汰されないだろう。
直接アンディラートを知らない人達には、嫡男が冒険者になるなんて父親の悪い方向に似てしまったと思われるかな。
…私のせいで…。
これ以上アンディラートの評判を落とすわけにはいかないから、やっぱり披露宴なしというわけにはいかないな…。
そんなわけでお父様に、うまいこと人数を絞れないかという相談をした。
…王様が、来ることになった。
なんで。王様は暇なの?
宰相の娘だからかな…えっ、そうかな?
忙しいから短時間だけの顔出しになるみたいだけれども、なんせ一屋敷に王様が来るので、保安上の理由で小規模になった。
そして当然のようにバサバサと家格や親等で招待客も絞られた。
…多量の貴族を相手にするなら王様ひとりの方がマシかな。短時間だというし。
そこにどうしても誘いたいリスターと、どうしても来たいという親族だけ追加すれば私の招待客リストは完成。
コネ狙いで見栄っ張りの口煩い人達も、普段は会えないこの国一番の権力者が来るのだからご満悦。新お母様ズは責められない。
凄い。やはりうちのお父様は世界一だ。
とはいえ、すぐさま結婚は出来ない。
マジカルシスターのお礼参りと、弟達を見に行きがてら結婚のご挨拶と共に、お父様からのお届け物かつ淑女魂見せつけ指令という、理由てんこ盛りな新お母様の実家訪問。これを済ませねばならない。
結婚式前に三千里の旅の予定が入りました。
…これを終えるまでは大っぴらには準備に手がつけられない。決闘従士の外聞上ね…義母を無視して進めたって言われると困る。
時間のかかるウェディングドレスの製作だけは、こっそり発注していくことに。
正直フリフリドレスなら幼少時にお腹いっぱい着たし、こちらは「アナタ色に染まりたい純白のドレス」にこだわる世界でもない。
何より、一切の乙女要素とか結婚式への願望とか私の中に存在してないのよね…届書が受理されればそれで良いじゃないか。
だが、アンディラートがウェディングドレスを楽しみにしちゃったので、おとなしく製作されます。
新郎がカッチリ着込んでおきながら、こちらは適当な物を着るってわけにもね。式なわけだし、正装は必須だ。
でも、あんまりフリフリ過ぎるのは無理だからね。お父様は未だ私をちっちゃい子みたいに見ているし、アンディラートは「何でも似合う」とか言う。
うん、似合うよ、何でも。(断言)
だって、外見がお父様とお母様のハーフなんだからね。そりゃもう何であろうと似合ってみせるさ。
お父様とお母様の結婚式はどんな風だったのだろうな。
やはり…王都中の貴族を呼んだのだろうか。
お母様のドレス姿はさぞかしお美しかったことだろう。見たかったな。私、その頃まだこの世に存在すらしていなかったけど。
肖像画とか描いてないのかな。ないのだろうな。
描いてたらお父様が飾っているよね。
…私とアンディラートの衣装が出来上がったら、画家を呼んで描いてもらおうか。そしてお父様へのプレゼントにしよう。
さすがに自分の花嫁衣装はちょっと描きにくいし、両親の遺伝子により綺麗に決まっているとはいえ客観的な姿も見てみたい。
そうだ、いつぞやお見合い画を描きに来た人が良い。私の絵にアドバイスをくれた、あの画家さんを指名したいな。
お父様には、生まれに反して高位貴族令嬢らしくないまま育ち、散々心配をかけたまま出ていってしまう娘のことを…それでも時々思い出してほしい。




