いざ、挨拶!①
さぁ、緊張の訪問です。
短い髪のせいで破談になったらやってられないので、全力でエクステエクステ!
一晩で突然髪が伸びたお菊人形な私に、使用人からお父様まで目をぱちくり。
今朝は驚き顔の人相手に「付け毛ですよ~」と何回繰り返したことか。
切った髪は売れるのだから、さすがにこの世界にもカツラや付け毛は存在しているはず。だが、なかなか付け毛は1人では装着できないのかもしれない。
別に早起きした形跡もないのに、手間と時間がかかるはずのことを、しかも自分1人でやってのけるお嬢様。
きっと皆が驚いたのはそこだろう。
あとは、そう、私が突然なんちゃってストレートヘアになったことかナー。
エクステは波打つギリギリから使い、リボンを使って内側に結い隠すことで、素の癖毛は最小限のウェーブで抑えてあります。
本当に短かった時ならまだしも、今となってはそうでもしないと「ー~ー」みたいな髪になってしまう。顔文字かモールス的謎信号みたいなヘアスタイル。
直毛の兄毛使ってるから仕方ないのよね。それに兄妹(仮)で髪質が違ってもいいと思うの。
だって私と同じ髪質だと…そう、ゆるふわなファントムさんは何か許せぬ。
君のジャンルはメルヒェンなのか、それともホラーなのかね、ハッキリしたまえ!ってなるでしょ。
…なんて思ってたら、脳内でファントムさんが「ジャンル:泣ける動物もの」をチョイスしてきた。
なんでだよ、好きなジャンルじゃなくて君が属するジャンルだよ。
いや、好きなのが動物ものってのもアレだけども。ギャップ萌えを強要しようとしていないかい。無理はやめるんだ。
それとも、ファントムさんが泣けちゃうアニマル…ペット枠?
サポートとして一括りに見ればダントツで鳥を作ってる…うん、サポートって7、8割は鳥でできてるかもしれない。
でも泣ける動物扱いは最強のお兄ちゃん像からは離れるな…あ、それは嫌なんだ。そっか。お兄ちゃんはアイデンティティか。
いや、髪の話に戻そう。
本当はもう、言うほど短髪ではないのよ?
パッと見も「令嬢としては少し短め」くらいなもので…まぁ、高位貴族令嬢としてはちょっとダメかもしれない。
魔力が髪に宿るとかいうファンタジーな話ではなく、綺麗な髪を維持することが単純に金持ちアピールだからだ。
高位貴族は皆の手本になるような振る舞いを求められる。お上品な感じに綺麗にしてないと後ろ指を差されてしまう。
この髪でも、逆に下位貴族令嬢だったなら多分許されたんじゃないかな。
それくらいの長さはある。はず。
ただね…オルタンヘアは天然パーマがくるんくるんなので。
普通の長さに見えるまでに、どうしても時間がかかるのです。
一定の長さになると、そこからはフワンフワンと巻いていっちゃうから、なかなか縦には距離が稼げないのだ。
引っ張るとビローンと伸びて、離すとクルーンと戻ってくる。バネのオモチャっぽい。
コテとか使って伸ばしてやれば、今でも高位貴族令嬢の基準値をギリ満たすはずだよ。
だが前世ほどヘアスタイリンググッズは充実していないので…うん、扱いやすいコテなんてないんだ。
需要がないのか、なんと魔道具ですらない。そんなアナログアイテム…コテ検1級とかのプロ侍女がやってくれるならまだしも、自分でなんてあまりに無謀なチャレンジ。
下手したら髪焦げるわぁ…。
フワフワもクルクルも失って、チリチリンシア。博士、実験失敗です!みたいな。
前世で恐らくオシャレヘアにしたことのない私が、大切な日の朝にする挑戦ではない。
「おはよう。今日は来てくれて嬉しい」
馬車から下りると、出迎えたハニカミボーイが早くも照れスマイルを暴発させてくる。
やだわ、可愛い。モロにくらった。
おめかしスーツなのでダメージ倍増。
ラフなのばっかり見てたから、たまにそんなカッチリされますと格好良いです困ります。格好は良いのですが、笑顔の可愛さが僅差で第1声を持っていったね。
褒めてないって怒られるのが目に見えてるので、声に出しては言いません。
目に焼き付けておいて、後で描こう。
むしろ後でモデルになってもらえば見まくれるし描きまくれるのでは。パラダイスでは。
緊張の訪問はどこ行った。
彼の放った癒しの力で、周囲のネガティブなものは今全て霧散した。
…ルーヴィス邸、空気うまー。
そうだ、ここに家を建てよう。(ダメです)
「おはよう。あの、ご両親、私の嫁入りに難色示してなかった?」
願わくば今の癒しの波動よ届け、応接室待機と思われるルーヴィス夫妻に!
…あ、ダメだ、奴らは天使の存在に慣れすぎていて癒しが効かない。さもなくば幼少時にああも彼に負担をかけていたはずがない。
ワカッタ、自力、ガンバル…。
「そんなわけない。…今日は付け毛なんだな、何だか懐かしい姿だ。そんなに昔のことじゃないのにな」
「ですよね。私も、そういやこんな毛あったなぁって慌てて引っ張り出してみたもの」
当初は付け毛のことなど忘れており、如何にしてこのクルクルを伸ばすかと頭を悩ませていた。
前世のスタイリンググッズをサポートで?
…どっこい、恐らくオシャレガール達が使うようなものは使ったことがない。
出してみたドライヤーは…大きくて場末の温泉にでもありそうな、髪を乾かすことのみに特化した機能と形状だった。しかも形があやふやでクレヨン画のくせに、なぜかターボだった。
…さらっと出てこないということは、昔の私はドライヤーすらも持っておらず、あまり使用したことがなかったのだと思われる。
相変わらず私の前世って、「思い出せないが追求したくもない」という絶妙なラインを攻めてくるぜ…。
それに幾ら引っ張って「ホラ、実はこれだけあります」と長さを示そうとも、パッと見に不足なら、どうしたって不足扱いなのだ。第一印象から決められてました。
髪は急には伸びない。
結果、「伸びないなら足せばいいじゃない」ってなるよね。
前回の冬越しのあと、帰り道を急いだとはいえ、移動にはそれなりの期間がかかっていた。
そのせいか、不思議なもので、あんなに怖かったり辛かったりしたものさえも徐々に思い出に変わっているのだ。
特に冒険絵師フランから、本来の日常であるオルタンシア・エーゼレットへ戻った今。
すっかりと落ち着いてみれば、あのたくさんの出来事と必死さを内包した日々は、ひどく遠いものに思えた。
さながら走馬灯…えっ、何だろう…もしかして今が人生のピーク?
「…緊張しているのか?」
「うん、あのね、反対されたらどうする?」
結構本気でドキドキと問いかけたのに、相手は「ないよ」と笑って首を横に振る。
いつもより、どことなく朗らか。
ここだけポカポカ、雲知らずのぬくぬくの快晴みたいになってる。待っておくれよ、集中と緊張が分解される。まだ早い。
このスマイルを真実楽しむためには、ヴィスダード様と奥様にちゃんと嫁認定を受けねばならない。
…うぅ、見知らぬ奥様、怖い。
「リーシャルド様との話も終わっているのに、今更反対なんてされないに決まっている。もしも異議申立てをするなら顔合わせの前だよ」
そういうもの?
やっぱり前世とちょっと違う感覚みたいね。
今更反対しないってことは、お約束の「お父さんは許しませんよ!」はどの段階でやるものだったのだろう。
そもそも貴族だから、結婚というのは家と家の契約を指す。対立した家のロミジュリでもなきゃ、隠れて付き合うこともないのか。
契約に不都合が見つかれば、お付き合いに発展する前に親同士の間で「この話はなかったことに」とやるのだろう。
なんせ通常は未婚の男女が会する場など限られていて、そうそう運命力の高い恋愛カップルなんて生まれない。
令嬢達もお茶会やらで耳年増になってるから、打算抜きで純粋に令息達を見ることもあまりないしね。
家同士のつり合いや損得を考えずに「自分で相手を探してこい」と言われたアンディラートはかなりの特殊枠だ。
それとて従士として開けていたあの道を蹴らねば、引く手数多の選り取り見取りだったのは間違いない。
今更誰かに譲る気はないけど、やっぱり、私になんぞ引っ掛かってしまって可哀想になぁ…と思う気持ちはあるよね。
エスコートするアンディラートがなぜかたまに歩みを止めそうになるのに付き合って、謎のステップになりながら応接室へと向かう。
徐々に顔の赤みが増しているので、彼も緊張しているのだろうか。
さっきはリラックスして見えたのに…。
「…ごめん、オルタンシア…もう少し、適切な距離にならないだろうか」
差し出された腕にしっかりぴったりくっついていた私にそんな言葉が掛けられる。
ん? …これは適切ではない、と…?
婚約者に、差し出されたから組んだのに?
理解できず、山のような疑問符をもろもろと溢れさせた私に、アンディラートは身を屈めて上目遣いの懇願姿勢を取った。
可愛いけど、その必死なの何なの。
「あの…もっと軽く組んでほしい」
「歩きにくかった?」
「…ええと…いや、その…」
歩きながら言葉を待つが、彼はモショモショと何か呟くだけだ。
ふと思い当たって口にする。
「これ、難しいんなら手を繋ごうか?」
確かに腕を組むタイプのエスコートはなかなかする機会もなかったはず。腕組みの親しさレベルは恋人・家族ゾーンだからな。
女の子の顔も見分けがつかないとか嘆いていたくらいだし、慣れはしていないだろう。
納得しながら腕を外してやると、アンディラートはビャッと離れた。
…何だと。
何だ今の。逃げるのに身体強化まで使いませんでしたか、君。
文句を言いかける私の前で、せっかく整えてあった髪を手でくしゃくしゃにしてから、しゃがみ込むアンディラート。
その突然のことに驚いて、文句は口から出ませんでした。喉くらいで止まった。
かと思えば、そのまま両手で顔を覆ってしまったのだが…え、どうした。
とりあえずドレスのひだに隠されたポケットから携帯用の櫛を取り出した。
ササッと直してあげようね。
私の希望で、普通よりもだいぶ大きなポッケ付いてますのよ。私、侍女を連れ歩かないからね。色々自分で持たないと。
そういう体でアイテムボックスを誤魔化すのだよ。
「どうしたの。体調悪い?」
…なかなか回復しないな。急に具合が悪くなったんじゃないよね? 顔合わせ、中止にするべき?
彼の不調を押してまで決行すべきことでは、きっとない。
「いや。少しだけ待って」
「うん」
心配になるけれど、おっきな身体を一生懸命縮めてしゃがむ姿は何か可愛い。
ついでに私も隣にしゃがんでみた。
側にいた使用人が、私達を、幼子を見るような目で見ている。
廊下で溜まるなと言いたいのかもしれないが、お客に「邪魔」とは言いにくい。結果として「これは子供。だから仕方ない」と自己暗示をかけているのかもしれないな。
おや、唯一見えている耳が随分赤いな。
ということはこれ、照れだ。
…そ…そっか。何かがシャイボーイを脅かしたようだね。
突然の赤面は、今に始まったことじゃないけど…何だろ。今日は私、緊張しながら来たし、からかってもないよなぁ。
うーん…くっつきすぎって言って…。あっ、まさか「当ててんのよ」になってたから?
そりゃあ、確かになってはいたが…くっつけばそうなるものだろう。特に困らせてやるつもりではなかった。
お父様とお母様はエスコートの時はあの距離感で…お茶会や夜会の出席は最低限にしていたから、あまり身内以外がどうだったか思い出せないな。
とはいえただ手を繋ぐのは、やはり正しいエスコートの仕方ではない。
そして婚約者ならば、やはり一段親しいこの形のエスコートになるはずだ。だから彼も腕を差し出したのだろうし…。
私が悩んでいる間に、アンディラートは復活した。今度はアンディラートの手の上にそっと私の手を乗せて、高めの位置に…うん、普通のパートナーに対するエスコートだね?
適切なのだろうか。これが。
「ねぇ…私達、もっと親しい方向けのスタイルが正しいのじゃないかと思うのですが」
「今度特訓するので、今は許してほしい」
「あ、うん」
特訓するほどのことかな?
…真っ赤だものな。うん、今度特訓に付き合おう。ぺったりくっついとけばその内に慣れるかな?
ぶっちゃけ、こんなに良く知る私相手に、そんなにも照れることかしらね。




