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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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25/303

×「未知」 ⇒ ○「既知(クズ)」



 綺麗とは言い難い日本語の文章。

 自分でも口元が引きつっているのがわかるまま、私はそれを読み進める。


『親愛なる日本人のかたへ


 ピーマンはお気に召したでしょうか。

 この不便で不親切な世界で、あなたも大変な生活を強いられていることと思います。


 アンディラート君が名前すら教えてくれないので、あなたがどんな人なのかはわかりません。

 でも、貴族の令嬢なので自由な外出は出来ないということは聞いております。

 まるで籠の鳥のような生活…苦労されていることでしょう。


 ちなみに俺は小さな農村で、貧乏な家に生まれ、とても苦労しています。

 全体的に最悪です。

 でも、まぁ、自由はあります。


 ところで、あなたもチートを持っているのでしょうか?

 ピーマンでおわかりいただけると思いますが、俺には農業系チートがあります。

 欲しい野菜があったら作ってあげられるので言ってくださいね。


 かわりと言っては何ですが、いくらか都合してもらうことは出来ますでしょうか。

 何しろ家が貧乏すぎて、服もボロいし飯もマズい。発育不良で死ぬかも知れません。


 でも、知り合えたのも何かの縁。

 お互い日本人同士、助け合うことが出来るのではないかと思っています。


 俺のいる村はアンディラート君が知っています。

 よければ、お返事を待ってます。    按堂 茂流』



 ……………。


 ……………………。


 …………ムカッパラ・タティーノ!


「な、なんだい、このシゲルめ!」


「オルタンシア?」


「この人、いきなりお金の無心をしてきたよ。見ず知らずなのに!」


「えぇ?」


「何、この、自分は味方です☆みたいな書き方。んぎぃ、絶対助け合えないね。お腹立ちですよ!」


 持っていた紙をぺしぃっとテーブルに叩きつけると、アンディラートがぽかんとしているのに気付いた。

 しまった。つい。荒ぶりすぎたわ。

 ゆっくりと、彼の目線が、手紙に落ちる。


「…見ても?」


「いいよ」


 読めないとは思うけど。

 手に取った紙を見つめるアンディラートの眉が寄る。


「読めないでしょ。読んであげるよ」


「…いいのか?」


「もちろん。あぁ、もう。久々にカッとなってしまったわ。じゃあ、読みますよー」


 そうして私は読み上げた。

 アンディラートは眉をひそめながらも、黙って終わりまで聞いていた。


 そうして、部屋に満ちる沈黙。


「アンドー・シゲルというのは」


「彼の名前でしょうね。多分、前世の」


「…オルタンシア、にも、あるのか?」


「覚えてないよ、私は。だけど、それで良かったと思ってる」


 不便で不親切な世界とか、失礼だわ。

 魔石コンロとか、超優秀だっつーの。ハイテクだっつーの。


 …けれども、それはもしかして、私が貴族の家に生まれたからなのかもしれない。


 彼のいる農村の生活は大変なのだろうか?


「…この人がいる村っていうのは、そんなに、その…環境の良くない場所なの?」


 アンディラートはしかめっ面のまま首を傾げた。


「よくわからない。王都よりは不便だろうけど…」


「ボロい服にマズい飯?」


「ツギをあてた服ではあった」


 ふぅ、と溜息をついた。

 年齢は聞かなかったけれど、私達より少し年上に見えたという。食べ盛りかな。

 このシゲルヤロウと仲良くなる選択肢はないが、苛酷な環境ならちょっと可哀想な気もする。


 …チートを持っている。

 それはつまり、少なくとも何も持っていない人よりは、大変な人生が約束されているということ。


「どんな話をしたのか、聞いてもいいかな」


 そもそもシゲルヤロウはどうして私を日本人だと確信しているのか。

 アンディラートには、その出会いから根掘り葉掘り聞いていきたい。


「…会いたい、か?」


「へ?」


 アンディラートは、ちょっぴりおセンチな顔をしている。

 私はこてりと首を傾げた。


「いや、全然? 叶うことなら一生会いたくないけど?」


「そ、そうなのか?」


 おセンチ一転、驚愕のアンディラート。

 そこまで驚くことかな。

 もう一度しっかりと考えてみる。


 ピーマン?

 二度も出会えたことが僥倖だった。

 元々ないのだから諦めてみせるわ。


 それより、あの手紙よ。

 完全にご同類…クズのニオイがする。

 思い出せない前世の記憶が、「こういうのは周りにいた感じがする。碌なことにならないはず。近付いてはいけないタイプ」と全力で警告している。


「テヴェルは…あ、その、アンドーのことなんだけど、俺にはテヴェルって名乗っていて」


「うん」


 今の名前はテヴェルというのだね。

 前世の名前は、日本アピールのために書いてきただけなのだろう。


「自分以外に、その…オルタンシアのことを理解できる人間はいないだろうって。絶対に自分に会いたいはずだから何とかして会わせろって、言っていたから…」


 ドン引きである。

 え、すみません、見知らぬヤンデレとか要らないのですけど。


「名前すら伝えてくれなくて、本当にありがとう。絶対会いたくない」


「そう、か。…そうなんだ…」


「それよりもどうして私の話になんてなったの? …いや、当てて見せよう。ピーマンだね。アンディラート、先にピーマンを見つけたのね?」


 コクリと頷いたアンディラートは、どこかぼんやりとしているようだ。

 何か考え込んでいるのだろうか、あまり積極的に話してこないので、私が追求しよう。

 推測をぶつけては訂正を返されるラリーの中、経緯を確認する。


 遠征で訪れた村で、アンディラートは小さな畑に植えられたピーマンを発見したのだそうだ。

 村人達に、やめたほうがいい、関わるなと窘められながらも、変わり者と噂の畑の主を訪ねた。


 …この時点でシゲルヤロウ…基、テヴェルの村八分疑惑が浮上している。

 何をやらかしたのか。

 いや、初対面の相手に宛てたのが、あの手紙なんだもの…絶対ヤツのほうに原因があるでしょうよ。


 表の野菜はピーマンだろう、あれを譲ってくれないかと、テヴェルに交渉を持ちかけたところ、相手は目を輝かせたのだという。


「それで突然何かわけのわからない言葉を叫びだしたのだけど、俺が全く理解できていないことがわかると、一気に落ち込んだ顔をしていた」


 いきなり日本語で喋ったのかしら。一体なぜ…。

 ん?

 ピーマンって何語だ? 英語じゃない…ね。

 ということはまさか、ピーマンって言った時点で日本人認定なのかしら?


「なぜ欲しいのかって聞かれて、食べたことがあって、知り合いも欲しがっているが、なかなか手に入らない野菜のようだというところまでは話した。どこで知ったのかと追求されたから…昔、街で会った見知らぬ青年に分けてもらったとだけ答えた」


 サトリさんのことですね。

 アンディラートから見れば、確かにそれ以上説明のしようもない。


「どうやって食べたかと聞かれて、挽肉を詰めて揚げたと答えたのがいけなかった。即座に、俺でなく『知り合い』が調理したのだと気付いたようだ」


「…それで興味が私に移ったのね」


 こっちって揚げ物あんまりしないみたいだもんね。

 だけど、それだけで日本人って確定しちゃうのかなぁ、と考え込むところに爆弾が落とされる。


「オルタンシアの行動の中で、変わったポーズや耳慣れない言葉を知らないか、と聞かれたので、答えたところ爆笑して確信を持ったようだった」


「待って。何を伝えたの」


 そんな爆笑されるほどおかしなこと、した覚えがない。

 なのに、瞬きをしたアンディラートが「ヨッコイショーイチ?」と呟いたので、私の目がズギャンとカッ開く。

 ななななんと仰いましたの、アンディラート。

 外国人顔から放たれるその言葉の威力たるや。


「い、いつ、何どきにっ。かような台詞を口にした記憶がございませんのですけれどっ」


「…いつだったかな。年単位で前じゃないか。すごく上機嫌で、ほら、そのソファにぴょんと座りながら言ってたぞ」


「よっこいショーイチーって!?」


「うん。満面の笑みで」


 記憶に、記憶にないよ!? 何してた時なんだろう?

 耳慣れないから記憶に残っていた、なんていうアンディラートには悪気のカケラも見えない。

 …これはもう、日本人否定、不可能。


「ま、まぁ、いいわ。それで、テヴェルの農業チート、ええと、特殊農業能力は? 農村に住んでるんだから、収穫量上がったりとか、裕福になれそうなもんじゃないの?」


「大きな失敗をしたらしい。それで、村では話を聞いてくれる人がいない、と」


「何やらかしたんだい…」


 慄く私に告げられたのは、ジャガイモの小型化と量産というものだった。

 小型化してどうするのだ。確かに、我々には目に慣れない大きさかもしれないけども。


「使いにくいだろうって、もう少し小振りで、たくさん実のつくジャガイモを育てたらしい」


 多分、普通に日本でよく見た感じのを作ったのだろうね。

 こんな大きさの肉じゃがは認めない!と言っていたらしい。

 切ればいいじゃん! …あれ、そもそも醤油ないし!


「周囲にはわざわざ小さくすることの利点は認めてもらえず、ならば、こちらのほうが美味しいから食べてみろと勧めたところ、死者が出たと」


「死者!? ジャガイモで…あぁ…成程ね」


 これは、やっちまったねと言わざるをえない。

 そう、ここは私達の元いた世界ではないのだ。


「わかるのか?」


 アンディラートが眉を寄せた。

 私は、少しだけ、テヴェルに同情した。


「ねぇ、ジャガイモってやたら大きくて、そして…ジャガイモの芽は食用だよね」


「うん。それがどうかしたのか?」


 芽に毒がない。それが、この世界のジャガイモだ。


 テヴェルは知らなかったのだろうか…日本でよく見たジャガイモを作ってしまった。

 この世界生まれの村人達は、『こちらの普通のジャガイモ』と同じ扱いをして…。


「あのね。私が元々いた世界では、ジャガイモの芽には毒があるから食べられないのよ」


 アンディラートが驚いた顔をしている。

 こちらでのジャガイモの芽は、フキノトウとかタラの芽とかニンニクの芽とか、そういう系統の扱いである。

 まして季節に関係なく、ちょっと放置しておけば簡単に手に入る、お手軽で安価な主婦の味方。


 ちなみに、ジャガ芽とベーコンのソテー、アンディラート君の好物です。


「そうなんだ…風評被害だと言っていたけど、元々の品種が違ったのか」


 農業チートの行使に失敗したテヴェルは、孤立した。

 彼の家の野菜は、彼が手伝っていない場合に限り買ってもらえる。

 農村で遊ばせておくしかない、男手。肩身は狭そうだ。

 せめて自分が食べるだけの野菜を作るとしても、見たことのない野菜ばかり作る不気味なヤツだと周囲は見るだろう。


 …テヴェル、詰んだ。


「すごくオルタンシアのことを知りたがっていたけれど、何か…明確な理由はわからないけど、嫌な予感がして言えなかった。だけどテヴェルは絶対にオルタンシアは自分と話したいはずだって言うし。なかなか時間が取れなかったのもあるけど、俺の心の整理も付かなくて。手紙も、今まで渡せなくて、ごめん」


 はっとして顔を上げた。

 アンディラートが何だか落ち込み顔で手紙を差し出してきたのは、そんな理由だったのか。


「全く問題ございません!」


 どんと胸を叩いて宣言する。

 実際、相手の主張とは違って、私には歓迎する要素のない相手なのである。

 私の嗅覚を甘く見るな! 伊達に8割のクズに囲まれた前世を送っていない!

 …9割に嫌われていただけじゃなかったかって? ふふっ。希望を追加してみたよ!(白目)


「必ず返事をくれるはずだから、届けて欲しいと言われてるんだけど…どうする?」


「…無視ということは?」


「どんな結果にしろ、知らせてはやりたいと思う。手紙を書かないなら書かないで、一応会いには行ってみるよ」


 …ですよね。うちの大天使が、一度引き受けたことを無視して安穏と暮らせるわけがない。

 私は頷いた。


「手紙は書かない。だけど、お金と言伝を届けてもらえるかな」


「…金もか」


「ピーマン代ね。でも、二度はない」


 農村ならば金貨なんて使い道がないだろうし…大銀貨…中銀貨…この辺は多すぎよね。

 貴族だからって幾らでも持ってると思われて以後もたかられたら困る。こちとらまだ子供なのだ。


 市場の野菜を買うとしたら使うのは銅貨だった。

 …そうね、メッチャお高いお野菜で数枚使うとしても中銅貨。

 大銅貨握っていけばお使いに足りないことはないでしょう。


 でもお金の無心をされているのだから、子供が遣り取りする金額としては大きいけど…銀貨を出しましょう。

 お野菜の代価で小銀貨1枚貰ったら、ウハウハもいいとこだと思う。

 思うのだけど…テヴェルのいう発育不良で死ぬかも知れないほどの貧乏のレベルがわからない。


 幾らか銅貨に崩して入れたほうが使いやすいかな。

 いや、アンディラートが重たいかな。崩すのはやめよう。


 私が絵を売ってコツコツ貯めているお小遣いから、小銀貨3枚をチョイス。

 オルタン予想で言うと、王都で宿に泊まって朝ご飯をつけると小銀貨1枚だ!


 …後に私は知ることになる。

 間違っていたわけではなかったけど、私の金銭感覚、お貴族様だったんだな、と。

 庶民の生活は、わりと銅貨で回っているな、と。



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