着々と
結果として私は料理店開店に先んじて、銀の杖商会からのピーマンと米、そしてお醤油の先行入荷を確約された。そう、ニック伯爵の功績が認められた形だ。
おめでとう、そしてありがとうニック!
ユーソソースのユーソて何?と問えば、原材料である豆の種類だった。ちなみにユーソ、トリティニアには生えてないそうです。
グレンシアで、頻度は低いながらもお祝い事の料理としてユーソを煮る習慣があるらしく…聞いた感じ、正月の黒豆感覚で食べられているんだって。
それ以外の調理法は大体廃れており、オッサンのユーソソースは、過去の文献から調味料を再現したものらしい。
そりゃ普通の人はなかなか発酵を試みるようなこともないかもね。
お祝い用の料理の食材だもの、むしろそうそう腐らせないようにするわ。
今後も思い付いたレシピがあれば銀の杖商会が買い取り、謎コックのオッサン…改め…商会長の、お兄さん…により再現を試みてくれるとのこと。
今回のレシピは、いいお金になりました。
…たかが肉丼でこの価格って、とても良心が咎めるぜ。牛でも豚でも、安いのが肉丼の売りじゃないのかな。私は真っ向から肉丼界に反逆したのでは?
でも、ほら、具を変えれば幾らでもバリエーションきくって話もしてきたから!
この報酬額は、米を炊くという知識に対してのものだから!(消えない罪悪感)
でもさすがに肉丼以外の具材については、ご自分で追求していってもらおうね。私が頑張ることでもなかろう。
きっと手探りでは果てしなく続く気がする丼の道だが、大体何か乗せとけば美味しいから頑張れ。エターナル丼。そしてネバーエンディング丼。
自分でも何言ってるかよくわからなくなってきた。いつの間にか謎の丼ダンスとか踊りそうな構えになってる。
創作丼ダンス。盆ダンスみたい…オゥ、ジャパニーズ盆ダンス、アメージング、みたいな。何もアメージングな要素ないけど。
とにかく、金は天下の回り物。多分、食材代として銀の杖商会に戻りますゆえ、ご勘弁願いたい。
でも、開店してもあまりオッサンの料理は食べに行かないかもしれない。ごめんね。
オッサンのいいとこ見てないから、こう、自分で作る方が美味しそうな気がするんだよ。
それはそれとして…まさかオッサンが、商会長のお兄さんだったとはね。
食に魅せられ、まだ見ぬ食材を求めて西へ東へ旅立つタイプの人だったらしい。
今回は商会長が「新種発見ー!」と連絡したら直ぐ様トリティニアまで飛んで来たのだとか。
なんか謎の部族とかと交流があったり、どこぞの王族とも知り合いだったり、非凡な移動手段もあるらしいよ。
来歴が知りたいような知りたくないような…うーん、やっぱり別にいいかな。そんなにオッサンに興味持てない。
ヤバ緑の醤油に、全ての興味は持っていかれたのです、きっとそう。
私は結果があればそれでいいので発酵頑張って醤油作ったりはしない。是非現物を買い取ります。
とにかくあんな調味料やこんなお魚等が銀の杖商会で買えるのは、この人が若かりし頃から各地を旅して、仕入れルートを開拓してきたお陰だということだ。
ダメぽいとか言ってたことは胸の奥に秘め、私はオッサンに最大限の笑顔でお礼を述べておきました。
そして…一昼夜半以上かけたお父様への説明は既に完了している。前世も、今度こそ忘れられるはずの姫君の話もスッキリし終えた私には、隠すことなど何もない。
持ち帰った食材で、自信を持って肉詰めピーマンとチーズリゾットを我が手で調理し、これらの良さをプレゼンした。
調理中、使用人達はリゾットを見て「なんぞ、あのツブツブした…スープ…?」とザワついていた。
もちろん味見を申し出るような猛者もいなかったし、家令の毒味はお断りしました。
私がお父様に毒を盛るとか本気で思っているのか、このトンチキ家令め!というのを何とかソフトに表現しつつ、ヤツの目の前で私が食べてやりました。
食べたくもない人に毒味させるほど、潤沢な米保有量はないわい。それなら私が食べる!
チーズリゾットは美味しい。やはりキノコとベーコンに外れなし。
トマト味はもうちょっと米に慣れてからにしよう。あんまりトマト煮に出会った記憶がないもの…もし存在しなかったら不慣れと不慣れのせめぎ合いだからね。
しかしこうも使用人達にドン引かれてしまうと、何だかテヴェルの悔しさも少し理解できてしま…いかんいかん。
蜜柑ひとつでリスターに食って掛かるような、そんなのは理解できないはずよ。
気を付けよう、私はトリティニア人のオルタンシアさんです。地球食材が不得意な人に、ゴネたり無理強いなんて絶対にしませんぞ。
パン粥はあるのにね…米ってなんかそんな抵抗あるような食材だったのかしら? 元日本人的にはよくわからないよ。
ファーストコンタクトには、あまり姿が見えない丼は最適解だったのやも知れぬな。
もしかして、麦の実サラダとやらを食べてる地域なら受け入れられやすかった?
…言っても仕方のないことか。店はトリティニアにあるのだから。
しかし毒など恐れぬお父様は、紫のパセリを振り掛けて完成した未知の米料理(ピーマンは過去体験済)にも「やぁ、美味しそうだね」と爽やか笑顔でチャレンジ。
何も知らない人から見れば紫が振り撒かれたツブツブデロリだと言えないこともないリゾットに、疑念のギの字も見せない様子。
思わず不安になって「嫌だったらちゃんと言って下さいね」と言ってみた。私が好きなものを、人類全てが好むわけではない。
けれどお父様は「オルタンシアが私のために作ってくれたのに、嫌がる理由なんて何もないよ」などと微笑まれたのだ。
オルタンシアの好感度は元々MAX、もうこれ以上は上がりませんよ、お父様!
趣味の範疇でならと、高位貴族の令嬢がお料理をすることも叱られなかった。
旅をしてきた冒険者なら、自分で料理くらいできても不思議ではないからだ。
お父様は娘の手料理をしみじみと喜び、「グリシーヌにも食べさせてやりたかった」と言って私をホロリとさせた。
相変わらずのお母様ラブなんだが…帰ってきてから全然見かけない新お母様は、本当にどこにいるのだろう。泊まり込みのお仕事なのだろうか?
仲良くなろうと企んでたはずなのに、全く会えないので、ややどうでも良くなってきた。
何だか冷たいようだが、実際「新お母様、今頃どうしているのかしら…」などと不安になれるほどの付き合いが、まだない。すごく、ない。
「お父様には農業について、可能なら手助けしてあげてほしいと言ってみたんだよね」
ピーマンが安定して収穫できてほしいからだ。もちろん米も作付けを広げてほしい。
俺様王国とハーレムを求めて去った村八分野郎の唯一の取り柄は、この後スタッフが美味しく広めさせていただきますね!
愛娘のささやかな我儘に、お父様は笑顔で出資をブチ込んだ。王家主導のはずの開拓村が突然、エーゼレット家主導みたいになった。
宰相が個人的に支援したことが公になった銀の杖商会、トリティニアでの知名度爆上げである。
市場通り支店は賑わいすぎて、他の店舗の商売への妨げを危惧し、閉鎖を余儀なくされた。今は、まだ準備中であったはずの店舗に一時窓口を設けて、限定的に営業しているらしい。
知名度上げのための催しだったリスター見物も、場所と人手がないために廃止となった。リスター本人は思ったより過酷な業務だったので、早期終了を喜んでいた。
「そうか。俺も何だかバタバタしていて…オルタンシアのこと、気にはなっていたんだけれど、纏まった時間が作れなかったんだ」
「いいよ、いいよ。君のほうこそ大変だったのだろうし。怒られなかった?」
癒しの天使の来訪だ。
降臨を喜びこそすれ、なかなか来ないなどと不満を持つ宗教者はいない。そんなのは天使様に対して不敬であるぞ。
使用人達は、昔のように口煩くない。
前のように、ちょっと後ろを歩けとか、淑女らしさ云々などと説教をされないのは楽でいい。
彼らは…変わり者のお嬢様が断髪し、更に変人を極めて戻ってきたので、何だかちょっと遠巻きなのだ。
仲良くしたいとは思ってないから別にいいんだけども。
「怒るって? 父上がか?」
「そうだよ。前半はどうあれ、結構手を掛けて君を強くしようとしていたでしょう。私のせいで、こう、計画が丸潰れみたいな…」
なんせ他家の家出お嬢様を追っかけての、追加家出だったのである。被害者でしかない。
嫡男が騎士の試験も放り投げての出奔…鍛えてきたヴィスダード様は、きっとさぞかしガッカリしたことだろう。
うぅ、お詫びに行かねば…。
あ、今は後継は弟君なんだっけ。でも、生まれたからといってもまだ赤子。鍛える楽しみは見出だせまい。
「いや、色々と褒められた」
「なんで!?」
「…うん」
テレテレしてる意味がわからないのだが?
そう思った次の瞬間、否応なしに理解は襲ってきた。
「ついてはこちらも、両親にお前を紹介する場を設けたい。都合の付く日を教えてくれないか」
ウワァ、それかあぁ。両親の間で話が通ったのならそれでいいじゃない、とはいきませんよね。現に君が今お父様に会いに来てるし。
アンディラートは「婚約者を決めないから自分で探せ」って言われていたはずだ。
見つけたから褒められたのかな?
見つけるも何も、ずっと側にいたアレな女子でした、スミマセン。
「…オルタンシア?」
「へいっ! 一番早いドレスの仕上がりまでに1週間、その後はいつでもいいです!」
何ヵ所かに分けて発注はしている。だが、高位貴族令嬢として正しい服装をしようと思えば、それなりに時間がかかるものだ。
お金積んで権力を使えばもっと早く出来上がりますけども。そんな、見知らぬ人の服を後回しにさせてまで、捩じ込まなくてもね…。
逆に少し待てば、数週間で一気に衣装持ちになるから。
まぁ、そんなわけで出来上がるまでは、あまり他家に招待されてもいいようなデイ・ドレスがないのです。
身長だけならば微々たる成長なのだが、体型が結構変化しているし、家の中ならまだしも外に出るなら成人前の服は着られない。
…具体的には、流行遅れで子供っぽいと見られてしまうのです。如何にも古着を着ているぞ、あいつ変だぞ、と後ろ指を差される。
ましてアンディラートのママンは初対面。
きちんと淑女して行かないと。
ドン引きされるわけにはいかないよね。「んまぁ、こんな女に大事な息子はやれませんわ」とか言われたら、もうアンディラートを拐って逃げるしかないからな!
…あれ? 国王公認で決闘従士とかやってたし、もう遅いのでは?
ちなみに本日のアンディラートはうちのお父様への挨拶訪問で準正装である。現在はお父様の帰宅待ちでダベり中。
ご挨拶のその場には、私は、なぜか同席不可だという。
なぜなの。でも「男同士の話だからね」と言われてしまえば立ち入れない。
こっちの「娘さんを下さい」は娘と並んではお願いしないものなのかしら。わからぬ。わからぬので、言われるがままお部屋待機。
なので今日も、ピシッとしなくていいのでおうちウェア(令嬢ver)で済んでいる。
今ピシッとしろって言われたらサポートでドレス作るしかない瀬戸際感。
まいっちんぐは決してせぬぞ。そんな場で攻撃してくる人もいないだろうけれども。




