だれ…?
リスターには、ある程度のことを話した。
アンディラートにも、大半のことを。
だけど、要らない情報は省いて喋るのが当たり前。
だから、リスターはこんなことは知らないはずなのに。
「…ピーマァン! じゃないですかぁ!」
テヴェル亡き後には二度と出会えぬはずの、私の好物である。
何をしているんですか、君達はこんなところで。
思わず近付いて、跪き、徐に握り、掲げる。
夢ではなさそうだ。
手の中にフィットするこのピーマン感。惜しむらくは、ほんのりしんなり…なぜこんなに寝かせた! 早く食べてやってよね、新鮮なうちに! 不憫じゃん!
「…あー。やっぱりな。そっち系か」
やっぱり?? どっち系だい。
訝しく思いながらも、私の目は前世に馴染み深いタイプのお野菜に釘付け。
わぁ、他にもたくさんのお野菜仲間がいるのですか。それは重畳、私の分はありますか?
もちろんオルタンシアとして見知った野菜もチラホラと置いてあるのだけれど(知らないのもいます)、この壁際に積まれているのは前世の私が知る野菜達ばかり。
でも、冷静になれば。
これらはこの世界の物ではないと、思うのだけれど。
テヴェルは死んだ。如月さんも。
じゃあ、誰が用意してるの?
一瞬「まさか生きて…」とヒヤリとするが、ううん、そんなはずはない。死に様も見た。
ゾンビ化は…まぁ、この世界ならあるかもだけど、死体さえサトリさんが回収したのだから、確実にテヴェルは復活しない。
私はサトリさんを信頼してます。
犯人がヤツらでなければ…あとは…ピーマンを知ってたサトリさん自身?
えっと、それなら私へのご褒美か何か?
「おーい、昼飯ー、2人分で」
小さく首を横に振ったリスターが、奥に向かって声を投げる。
…えっ、誰かいるの?
そりゃ、いるよね、店員さんが。ここ、一応お店っぽいもの。
えぇ…ドキドキ。
本当にサトリさんだったりする?
どうしたの、お仕事辞めたの?
あっ、脱サラか。
ここで商売始めるのですか、調理できるのですか。肉詰めピーマン食べ放題、割り箸割り放題?
グルグルする脳内。
満を持して奥から出てくる人影。
ヒョコッと顔を覗かせたのは………見知らぬオッサンであった。
…だれ…?
ポッカーンしてしまうのは、その、仕方がないと思うの。
え、というか、本当に誰?
恥ずかしい。完全にサトリさんが来ると思ってた私、ホント恥ずかしい。
サトリさんが来なかった以上、誰にも脳内を知られてなんていないはずなのに、なんか俯いてプルプルしちゃう。
てか、あんた、本当に誰なのよ!?(大事なことなので、逆ギレしつつも2回言う)
若干知り合いに向ける笑顔になりかけていた自分が心底恥ずかしいので、私は迷わず己に冒険者フランを被せた。
すると、何事もなかったかのように顔を上げることが出来る素晴らしさ。
都合の悪いことはすぐに忘れられる。そう、刹那的冒険者ならね!
見回せば幾つかの丸いテーブルと椅子のセット、カウンターは申し訳程度の3席。
調理スペースは奥にまだ続いているようだが、店員がオッサン1人しかいないのか、他の物音は聞こえてこない。
いや、壁際とはいえ客が歩きまわるはずのスペースに食材を溢れさせているなんて、ちょっと衛生観念を疑う店だな。
「ここは食事処なんだね?」
「あぁ。というか、まだオープンはしてないんだけどな。商会長の指示で、俺の飯はここで取ることになってる」
んん? 商会長もいるの?
しかしリスターに案内されたテーブル…からだと奥までとても丸見えの調理スペースには、オッサン1人の姿しかない。
…のれん、掛けたほうがよろしいのでは?
「お値段の目安はお幾らくらいなの?」
「知らん」
雑ゥ。
ボッタクリバーやら高くて払えないのを警戒したわけではない。
リスターが福利厚生として指定の食堂で食べているのなら、私は銀の杖商会には雇われていないので、別途正規料金を支払う必要がある。そう思っただけだ。
オッサンの隙を付いて調理場に蟻を侵入させてみた(魔力蟻だから汚くないよ!)が、やはり商会長はお留守。護衛のハティももちろんいないようだ。
オンリーロンリーオッサン。
そして見つめていると、オッサンは徐に米を一掴みし、煮立ったお湯の中へブチ込んだ。
アッカーン!!
「何作る気ですかちょっと! 米を茹でるな、ド素人が!」
椅子を蹴倒してキッチンへ走ってしまったのは仕方がないと思うの。
オッサンは私の勢いにタジタジになりつつも「む、麦の実を茹でるのと同じだろうが」と弁解してくる。
麦の実ィ? そんなもん茹でたことないわ。小麦はいつだって既に粉だわ。
つかアレ、実って言うの? じゃあこれは何よ、コメの実なのかい?
むしろ種じゃない? 発芽する子だよね?
どちらにせよ湯に投入された分は間に合わないので、そのまま煮込まれている。
グッツグッツと音を立て、鍋の中で踊る米。助けてあげられない、ごめんよ、米…。
改めて見渡せば、目当ての米は袋の口を開けたままの状態になっていた。
わぁ、精米済じゃないですかぁ。
こんな袋にインされてたら、そりゃ気付かないわぁ。
「これ、売って下さい。言い値で買おう」
成金発言みたいになったが、ここは既に王都。そう、お小遣いが足りなかったらお父様に何とかしてもらえる!(ピッコーン!)
甘え?
はい! お父様には色々バラしたので、割と開放的になっております!
米を買うならお父様だって否とは言わないだろう。だって、全力で美味しく調理して食べさせてあげますです。
お米は腹持ちが良いのだよ。
あの日作ってあげられなかったオムライスが、炒飯が、リゾットが、まさかのトリティニア王都で叶えられるなんて。
これが、青い鳥は結局家にいるってヤツか。
「あ、あー。販売はしていなくて…」
「お願いしまぁす!!」
ガバッと頭を下げる。元より貴族のプライドとかは特にない。
オッサンが「ヒィッ」と小さくこぼした。
美少女のお願いに悲鳴を上げるとか…いかん、淑女らしさが足りなかったのだな。
よかろう、ならば、か弱き美少女の降臨をその目に焼き付けるがいい。
一度目を伏せて。
ゆっくりと頭を上げ、再びオッサンと目を合わせる。雰囲気一転、令嬢ロール。
「…おじさま。どうか私にこのお米を分けてくださいませ。どうしても食べさせてあげたい人がいるのです」
アイテムボックスから水を2滴ほど取り出して目に仕込む。眉を下げて、両手は胸の前に組んで、視線は上目で縋るように。
震える声で悲しみを演出する。
「お願いです…どうか…」
「あっ、ちょ、そんな! 落ち着け、泣くんじゃねぇ、嬢ちゃん! まるで俺が苛めたみたいじゃない…うおぉっ!?」
こちらに手を伸ばしかけたオッサンが、唐突に宙に浮いてグルンと一回転した。
リスターの仕業だ。
いつの間にやら背後にいた魔法使いは、紫色の目を輝かせて、吐き捨てた。
「馬鹿か、お前ら。いいからお前は早く2人前の飯を作れ。チビも座ってろ!」
「…はぁい」
交渉は後にしよう。
お腹が空いてイライラしてるのかな?
なんて思っていたが、違った。
席に付き直した途端に、リスターは真面目な顔をする。
「ここは銀の杖商会の食堂だ。オープン予定は未定。なぜならトリティニアで見つかった新種の食材を扱う予定だからだ」
「しんしゅ」
ピーマンとかピーマンとか米とか?
トリティニアで見つかった、って?
「…一応聞くけど、お前のせいか?」
「違います。私の被害に遭っていたのは、本性を知ってしまったアンディラートだけです。両親の前ではお嬢様だったし、従士隊では貴公子だったよ。王都の私、品行方正!」
断固としてノー。
私は優しくないので、簡単に濡れ衣を着たりはしない。濡れ衣なんて、幼馴染が着込みたがるのを剥がすのに忙しいくらいだ。
「…そうか。なんかなぁ…廃村を再開拓するとかいう話があってな、あんまり王都の商人達が乗り気じゃなさそうだってンで、商会長が参加してるんだが…そこで見つけた食材らしいんだ」
「廃村の、再開拓…?」
それは領主の仕事…この近辺だというなら、国の方針だよね。ということは、お父様なら知っているのだろう。
だが残念ながら、お父様はそんな話をおうちではしない。プライベートに仕事は持ち込まない。(逆は通常仕様のようです)
この辺に廃村なんてあったかな。
王都の近くなら街になりがちよね。家出した時も始めは街に泊まった。村じゃない。
街が滅びたら大事すぎるよ。ということは、もう少し王都からは遠い?
従士時代でさえ村なんて行ってない。1泊程度の範囲にはないということだ。
村…うーん。あぁ、アンディラートが騎士の遠征に同行して行ったか。ということは、結構遠いな。
そもそもなんで廃村に…あっ、もしかしてテヴェルの住んでた村じゃない?
昔、植物の謎の魔物が出たってアンディラートが言って…そう、実はテヴェルが滅ぼした…はずだったけど。
ヤツは地球の野菜を栽培して村八分になっていたはず。だが、もしもそれが生き残っていたのであれば…。
「王都の商人達が乗り気じゃなかった理由もそれで、どうやら村にはない毒草を育てていた子供がいたらしい。だが、新しいものは商機だろうと、ハティの鼻で毒じゃないと判定されたものを持ってきたらしくてな」
商会長、強いなぁ…普通、毒かもしれない新種の植物を「食べてみよう! あわよくば売ろう!」ってなる?
しかも王都の商人達が敬遠してるのに。
しかも実験調理して、出来たものは従業員に食べさせるという。
これがグレンシア王都で成功した男の行動。
思わず遠い目になっていると、奥からオッサンが調理を終えた新種の植物(地球産)を運んできた。
成程ねぇ、こんな謎に挑むのは、安定したり常識に凝り固まったシェフでは無理だ。
この人は調理師希望の冒険者か何かなのかなぁ。ガタイがやたらといいし。




