市場通り、リスターと。
いつもの冒険者らしい格好に着替えたリスター。彼は私達の無事を確認するまで、銀の杖商会に逗留するつもりだったのだと言う。
何か不測の速報が来るとしたら、商会経由だと踏んでいたらしい。
本日私の姿を無事に確認できたので、今後の予定としてはじきに冒険者ギルドでの仕事に戻るっぽい。
魔力濃度から見ても、圧倒的に獣寄りの魔獣が多いだろうから楽勝とか言ってます。
…あえてしばらく休みを取ろうという気はないようだ。
面倒くさがりなのに働き者なの?
いや、普通の冒険者の感覚だと、自転車操業だから仕方ないのかな。
お昼ご飯を断って外に出るリスターを追う。
外で食べるのかなーなどと軽く思ったが、リスターはこちらを振り向きもせずに、ずんずん歩いていく。
えっ、昼まで待てと言われたからには、これ、私も付いていくのだよね?
慌てて小走りに…あ、スカートだった!
いや、大丈夫、お忍びルックだから町娘的にはこのくらい許される。
ご令嬢スタイルだと競歩の腕を試されるところ。優雅に急いで見せずに、しかし速やかに。…で、出来らぁよ!
でも今は気負わない走りでいいんで!
「せっかく来たのに、のんびり王都見物とかしないの?」
市民向けの街区で、ここは市場だからアレだけど、冒険者向けのお店もあるはず。
そう思ったのだが…。
「あ? こんな田舎の何を見んだよ」
ひ、ひどいや、私は見たいとこいっぱいあるのに!
というか、そんなバッサリされたら誘いにくいわよ。もう誘わんわ。
思わずお拗ね人となるも、例によって私のご機嫌など鼻で笑って、気にも留めないリスターは通常営業である。
そうなんだよね、私と似ているようでいて違うのはこういうところ。
私は前世が無力で、自信ぺっちゃんこからの棚からチートぼた餅。
私の他者への牙剥きというのは、結局は弱い犬が怯えからキャンキャンするのに近い。
僥倖の無限ぼた餅を全力で投げつけてるだけだから、身体強化様を越える技量の相手なんかは本当に怖い。素の自分がぺっちゃんこなことを知っているからね。
剣技を鍛えてみたりはしてるけど、筋肉もあんまり付かないしなぁ。
一方、リスターは孤高のサバイバー。雌伏の子供時代はあれども、初めから爪を隠した鷹さんなのだ。力を振るう目安は自分のご機嫌ひとつによるもので、誰しもを魔法でぶん投げる気満々に生きている。
王族はわからんけど、貴族くらいなら出国しちゃえば有耶無耶くらいには思ってると思うよ。流れ者冒険者の強み。
この差は多分、裏打ちされている己への信頼度の差かな…と。
何にせよ、リスターが他人の顔色を窺うような人ならば、ハナからこんな傍若無人な顔芸魔法使いやってないんだわ。
むしろ久方振りのしょっぱさに、これがリスターの万人向け対応、略してリス対応であったなと納得さえしてしまう。
アレでしょ、ウゼェとか言いながらも内心では、私がこのくらいで嫌うわけないのを感知してるんだろうね?
そうだといいなぁ。
そして悪戯な風さんを装った魔法が、不意にわっしゃあ!と私の髪を乱していったので、撫で撫ですら上手に出来ない彼の不器用さを感じました。
アンディラートとは反対で、本気で私の髪が乱れちゃっても気にしない。本人も恥じることなく、自分が撫でたいから撫でたのだと言わんばかりのふんぞり返りっぷり。
そうかい、撫でたかったのかい。
これで思わずニッコリした私も、我ながらよく訓練されたオルタンシアですね。
リスターは酒場諸々で遊ぶことが少ない分、多少サボってもすぐ生活難には陥らないだけの貯えがあり、すぐ取り返せるだけの手段(大量討伐&運搬)があるはず。
まるっと持ち帰れば解体代はかかるにしても、肉も皮も牙も爪も何もかもが売れる。薬の素材として内臓が売れる魔獣もいる。
首狩り族ならではの、素材に無駄な傷を付けない戦い方もポイントが高い。
普通ならたくさん討伐しても、全部は運べない。だから討伐証明部位や一部素材しか持ち帰れず、そこまでお金にはならないからね。
だから宿さえ確保できれば、そんなに急いで働かなくてもいいのではないかとは、思うのだけれど。
思うからといって、他人のお財布事情に口を出すのもな…。うちに来るのも嫌そうだし。
風来坊だから、それこそ好きにさせてほしいだろう。
リスターがすぐさまどっか行ってしまうわけではないのだから、こうも懐きに行こうとするこの心持ちは甘えなのである。
うん、把握。大丈夫、ちゃんと適正距離を取ります。最近アンディラートに甘えすぎてたからかもしれない。
ここらでひとつ、他人との正しい距離感を見つめ直していこうではないか。
しかし、いつから討伐を始めるのかと問えば、契約者が商会長だからなのか、「さすがに商会長の留守中は無理だな」と首を横に振る。集客業務の間は、奥さんの護衛も兼ねているらしい。
お立ち台は、奥さんの動きを確認できる配置でもあったのだ。仮想敵が誰なのかはわからないが、相手に魔法耐性さえなければ、彼を阻むものは何もない。
というか耐性なんて、魔法使い自体がおとぎ話レベルのこの国では、更に縁遠いわ。
商品の受け渡しも、危機の排除も、リスターならチラッと気を向けるだけで完了。
即ちリスター無双だ。
商会長が考えたのかな、こんな一石二鳥の仕事。とても商人ぽい。
今はサボりに出てしまったが、現地で雇った護衛も数人いるので、奥さんには誰かが交代で付いていれば別に良いのだとか。
リスターを無駄に拘束しない辺りも、扱いをよく心得ているわ…。
条件と給金が良いのだもの、なかなか商会との契約が切れないわけだよね。
そういえば、商会長はどこにいるのだろう。
ハティもいないな。
市場通りで別店舗を開いているのかしら。
そう思いながらキョロキョロすれば、首根っこを掴むように持ち上げられた。魔法で。
爪先立ちになっているのでやめていただきたい。バレリーナか。
リスターが、うーんと大きく伸びをする。
やや後ろやら視界から外れるとそういうことをするのかな?
何とはなしに隣に並んで、市場通りを歩き始める。野菜屋さん、果物屋さん…立ち止まりたいのにキュッとされているから、仕方なしに足を動かす。
リスターと共にここを歩くなんて、本当に不思議な気分だわ。
本日の客寄せ業務は終了でいいのかな。午前のみ、または飽きるまでとか?
何時からやっていたのかは知らないが…昼までの数時間でも、なんか大衆に注視されて一挙一動喜ばれてたら…疲れるよね。
重ねて思う。ギザギザハートのリスターが、よくぞキレなかったものである。
まぁ、案外真面目さんだからな。
お仕事に真摯な姿勢で臨むのは、良いと思いますよ。
「チビ、ウロチョロしようとすんな」
「ご心配なく。市場通りは私の庭だよ」
これは言い過ぎだ。1本でも道を逸れてしまうと全くのご新規さんになってしまうので、メインストリートに限っての自信です。
裏通りとか歩かせてもらえなかったのだよ、優秀な護衛がいたからね。
誇大広告は自覚しているが、アンディラートと共に何度も来た場所なので、問題はない。
何なら小鳥で偵察しながら行けますよ。
「…ここじゃオジョウサマじゃねぇの? あんまり油断して平民みてぇにしてると、大事なお父様に怒られんじゃね?」
そうですけども。
いや、きっとお父様は怒らない。
でも家令に用意された「お忍びお嬢様」の格好で外に出たので、もしかすると監視&報告の人がくっついてきてるかもわからんわね。
家令か…うん。私の男装も見てるし、むしろ決闘前に従士隊に放り込んだのも彼だな。
過去の自分の言動を振り返るが、ヘンテコリンなのは今更。家令とて気にしないはずさ。
危険なことをしなければ、お父様へ報告を上げられたりしないだろう。
「変わりもののお嬢様だから大丈夫よ」
「…はッ」
鼻で笑うな。
ムキィとなりそうな心を抑えて、
通りは、何年も離れていた割には、記憶のままの姿を残している。
もしかしたら細々と店舗の入れ替えはあったのかもしれないけれど、新しい店の加入も年齢などによる引退も、頻繁なものではない。
王都に変事が起こらない限りは、そんなに景色は変わらないものなのかもしれないな。
何度となくアンディラートと歩いた道を、リスターと歩く。
時折立ち止まりそうになっては、引っ立てられながら。
正直、…アンディラートをちょっと迎えに行って来ようかな?みたいな気にもなる。
リスターがいるから、パーティメンバーという言い訳がたつのではないかと。
アンディラートにだっておうちでやらなきゃいけないことは諸々あるはずだ。
だから、あんまり私にばかり構え構えとやるのは良くないよね。
…依存しすぎなんじゃないかな。
不安になるな、自分に。
許可が出てるから、つい寄りかかってしまう。優しいから。邪魔!って言わないから。
…アンディラート、負担大きいんだろうな。
いつもありがとうのプレゼントでも用意しようかな。
敬友の日。あ、婚約者だった。
敬婚…いや、もう国をあげての祝日・アンディラートの日でいいのでは。
そうだよ、お祭りとか開いてさ。
皆があの奇跡の生き物に感謝すればいい。いらっしゃいカルト教団。お父様に頼もう、さようなら良識。お母様の日も作れば頷いてくれる気がする。
ダメかな。ダメなら、もう国を建てようか。女神と天使のために。
違う、何か外れた、タガが外れた。戻って来い私。ノー独立戦争。国は要らない、至宝は少人数で愛でて正解。
そうよ、下手にお披露目したらアンディラートはすぐ騎士の人達とかに取られちゃうもんね。気づけばワッショイワッショイされて遠くまで流れていき、私の手から届かなくなってしまう。
…もう、すぐ可愛がられちゃうんだから。ユニバースレベルで可愛いから仕方ないけど…うぅん、戻って来れてないぞ私。
リスターもいるし何か男子目線で貰って嬉しい贈り物を…って、ダメだわ、こんな相談をリスターにしても、良いアドバイスはくれないだろう。
だってもしリスターに全力で甘えられる相手が出来たなら、そして相手が海より深く受け止めてくれるのならば、私なら「思う存分にやってしまえ!」って焚き付けるもの。
リスターだって「アンディラートが良いって言ってるんだから、甘えていればいい」って言うと思うな。
あとは…「何でも喜ぶだろ、めんどくさい」とか言われるね。
私がどこかへ飛び出していくとでも思っているのか、未だに何となく襟の辺りに違和感。これ…魔法で摘まんでません?
チラ見してみたが、リスターはそ知らぬ顔をしている。
そう言えば私達は今、どこへ向かっているのかな? どこ行くのとも聞いていないし、相手も何も言わない。
何かお目当てでもあるのかしらね。
いずれわかるからいいかと、そのまま問い質さずに連行される私。
何せ相手はリスターだ、私を危機に晒すことはない。
てくてくと市場通りを進み続ける。
結構、歩いている気がする。
普段ならリスターもぼやき始める頃だと思うのに。というか、休憩はどうした。
お昼ご飯も食べてないし、働き詰めじゃないですか?
「リスター、お昼ご飯はどうするの?」
チラリとこちらを見た…相手の顔は案の定、疲れていますね。
やっぱりそろそろ休憩すべきじゃん。
何を強がっているのかね、君は。
しかし、どうやらお昼ご飯を食べる当てはあったようだ。
更に無言で進んだ先、ちょっと古めの大衆食堂…かしら?
「ここ?」
返事は頷くだけ。
もう声も出したくないのね。
…疲れきってるじゃないかよ…。




