しゃらんら商法
ちょっと…予想とは違ったようですね。
お父様に教えてもらった銀の杖商会トリティニア支部・王都市場通り店は繁盛していた。
リスター効果である。
トリティニアでは魔法使いにお目にかかる機会は、ほぼない。それを客寄せとして利用した戦略。
そう、扉を閉めれば中が見えない店舗ではなく、開放的な市場通りというその立地でこそ、より人目を引く。
「わぁ…お疲れ…」
思わず呟いてしまった。
リスターは人々から見える、イコール人々を見渡せる一段高い位置。
積んだ木箱の上に座っていた。ダルそうに。
だが、いつもの冒険者ルックじゃない。
薄手で柔らかそうなフード付きの服を、しゃらんらと羽織っている。
側には綺麗な石の嵌まった謎の杖まで(持つのに飽きたのか)転がしていて…これは…いかにも魔法を使いそうな装いだ。
細身の杖だが、うーん、リスターには重いのかも。あの拳大くらいの石は魔石なのかな。
普通の魔法使いなら、杖の魔力伝導率や魔石の有無が攻撃力に関係あるのかしら。
リスターは、私が知る限り武器として杖なんか持っていたことはないな。剣は持ってたのかな。思い出せないな、使っていた記憶はない。
まぁ、剣を使わなきゃならない状況なら、負けも同然なんだろう。体力ないから。
他の魔法使いのことは知らないが、彼の魔法の発動に、杖なんてものが必要ないことだけは知っている。無手どころか指差しどころか、何なら詠唱「あ?」で発射されるよ。
なのに如何にもな杖を与える銀の杖商会。
これが…イメージ戦略か…。
取り囲む人々はなぜか、店員ではなくリスターに向かって注文を投げかけていた。
店員はたまに順番だの、崩れてきた列の維持だのを呼び掛けている。
市場通りでは、そうそう行列に並んで買うようなものはない。生活用品や食品ばかりだし、それらの供給は安定している。
タイムセールやバーゲンセールなんてない世の中だ。誰かと奪い合うように買い物をすることも滅多に起こらない。
だからこんなに混雑するのも珍しい…そんな噂を聞いて、更に別の客が見に来ている。と、いうのが道行く人の声を繋ぎ合わせてみた結果だ。
注文すると品物が浮き上がり、自分の前でくるくると漂う。代金を差し出せば銅貨は浮き上がり、品物が手元に落ちてくる不思議。
それを見るために、或いは自ら楽しむために人々は集っているようだ。
やってることは同じなのに、狩りの際はアレ、不気味な葬列になるんですよ。教えてあげたい、そこらの人々に。
何日、何時間繰り返しているのだろうか。
気だるげに木箱の上で片膝を引き寄せて座る美貌の魔法使いは、悪態を付く元気もないようであった。
お陰でチンピラ感が隠蔽されている。
接客なのに愛想も振り撒かない。
しかしお疲れのグッタリ感が、良い具合に余裕か落ち着きかのように見せている。何なら退廃的な色気も出てるよ。
あれ、もしやトリティニアの温暖な気候、彼には暑いのだろうか。
見慣れない魔法に気を取られ、現地で雇ったのだろう店員が、時折手を止めてリスターを見てしまっている。仲間らしき女性に窘められていたが、そりゃあ見ちゃうよね。
慣れてる私だって、ふと物が浮いて移動したら目で追ってしまうもの。動物的本能だよ。
「なんでこんなことに…でも、今はきっと会話なんてしてられないよね」
まさか面倒くさがりさんが、こんなに頑張って(当社比)接客しているとは思わなかったぜ。これはお昼休みでも狙って、出直した方がいいのかな。
昼時でも客はそこそこいるものだが、人目に付くところでは食べないだろう。ちゃんと休める環境を用意してくれているはずだ。痒いところに手が届く、それが銀の杖商会。
…というか、無遠慮な視線くらいなら舌打ちで済ますリスターでも、ご飯中に客がわらわらと興味津々に寄ってきたら、うっかりキレてぶん投げるだろう。
真昼の凶行なんて支店存続の危機よね。
そう考えていると、リスターがこちらに気付いた。
カッ!と目の色が紫色に変わる。
リスターに近い一部の人々が気付いて、どよめいた。そしてリスターの視線を追って、こちらに投げられる興味の目。
えっと…無関係の通りすがりの者です。
さようなら、と手をヒラヒラ振る。
本気でそういうことにしようとしたわけではないが、面倒くさそうだなーなんて考えてしまった私の心中を察したのだろうか。
逃がさんとばかりに、私の身体は魔法により捕獲された模様。
歩いてないのに、ジリジリと人垣を割って引き寄せられてゆく。
私の靴底は既にちょい浮き。これではどこに踏ん張って耐えるのも無理である。
諦めてドナドナされる。
こんにちはってご挨拶で手を振ったんだよ、本当だよ。つい脳内で弁解してみるが、リスターにサトリ機能はない。
歩いてるふりした方がいいのかな。あ、ダメだわ、ムーンウォークみたいになってる。
何をやっても、明らかに人間を浮かせていることがわかるね。
動く歩道、イン異世界。
むしろ楽しそうに見えるっぽくて、観客が増えている。商品買っても、なかなか自分は浮かせてもらえないよ。
ふふん、羨ましいかね!
立ち上がったリスターは更に、道を開けるために魔法で観客を押し退けたようだ。
割れゆく人垣…これがモーゼンシア…。
退かされているのだろう人々は、見えない何かに押され、未知の感触に楽しげだ。もう押されてないのに、テンション上がってキャッキャと周囲と押し合ったりしてる。
リスター式押しくらまんじゅう。
うーん、トリティニアは平和だ。好き。
本日はふんわりスカートですので、強制的な宙吊りグルグル回転とかはされないようだ。
あれはあれで楽しいが、今日は確実にご配慮いただいた模様。
木箱の前にて、無振動で着陸。
本当に、これが自分に使えたならば、君の冒険者生活はもっと楽になるのにねぇ。
何が浮かせられても、自分だけは歩かなきゃなんないんだものね…。
「久し振り! 元気してた?」
「昼まで待ってろ」
問答無用でポイッとスタッフオンリー的なスペースへ投げ出された。挨拶ェ…。
しかしひたすら待つなんて暇すぎだよ。
せっかくの久し振りの市場だし、近隣のお店を見て、時間を潰すべきなのでは。
了承は返していないので脱走は可能だが、別に意地悪したいわけでなし。
返事に窮する私に、正社員らしき女性が死角から声をかけてきた。
…って、あら?
「…商会長の奥様?」
「ご無沙汰しておりました、お嬢様。どうぞこちらへ」
お嬢様とな。
…え、ええ、男装のフランなんて知らない子ですよね。オホホ。
奥さんにはあまり会ったことはないのだが、さすがの大商会、店員達は素早い情報共有がなされている。ラッシュさんの連れでしかない私についての情報も、同様だ。
リスターがわざわざ商会に詳細に伝えるとも思わないが、それぞれに渡した身分保障にうちの家紋は押した。
それをチラッと調べるだけでも簡単に身バレする。お父様有名だから。
つまりこのお嬢様がエーゼレットさんちのオルタンシアちゃんであることは、もう商会内では既知の事実なのだろう。敢えてとぼけて隠す意味も、最早ない。
そんなことより、こんな市場の片隅で、商会トップの妻が何を売りさばいてんのかな?
いつかチラッと聞いた限り、奥様は別に副会長とかではないはずだ。好きに動きたいから、役職は邪魔くらいに言っていた気がする。最もトップに近い一般職なのかしら?
疑問符いっぱいの私はそのまま、露店奥の待機ゾーンへ連れ込まれる。
木製のコップで、お茶が出てきた。
といっても、露店だ。商会の店舗だったら冷蔵庫的な魔道具も設置するだろうけど、ここは仮店舗。水道どころかマイ井戸すらある訳じゃない。
出てきたのは作り置きのぬるいハーブティー。いや、商会だからハーブティー出てきたけど、庶民なら休憩もぬるい水だからね。
しかしオルタンシアさんは、そこへ容赦なくアイテムボックスから取り出した氷を入れました。ぬるいハーブティー、中途半端で気になる。ハーブなら爽やかであれ。
そぅれ、奥さんのコップにも入れてあげようぞー。テンションおかしくなってきた。
「お嬢様も魔法をお使いに…? 氷を出す魔法が使えるのですか?」
「いいえ、これはタネと仕掛けを用意しておかないと出せない手品ですよ。氷自体は魔道具で作ってます」
「まぁ…そんな小さな魔道具が…?」
キランと目を輝かせながらも追求はしない奥様。もちろん彼女が想像するのは冷凍庫に類するものだから、持ち歩いて使うようなものじゃない。
身軽な私のどこかに隠されている、持ち歩けるような大きさのそれは、十分に異質だ。
この世界では、一般家庭に三種の神器は揃っていない。いくら魔道具が普及していると言っても、設置型魔道具は別。サイズを部屋に合わせて作る魔道具は、高価だ。
そもそも市場にちょくちょく来ればいいだけなので、冷蔵庫のない家だって少なくない。
更に冷凍可能ともなればより高価で、庶民には手が届きにくくなる。
だが高位貴族の令嬢の持ち物ならば有りの判定。
コレクターみたいな人もいるし、ただでさえ数の少ない魔法使いを名乗るよりは、現実的と思われる。
事実、小型の魔道具を使っています。普通ならばガラクタ扱いだったけれど、魔石がチートだからこそ使い物になっているアレ。
そう、私とて、アイテムボックスに氷がなければ取り出せないのですよ。
氷自体は、サポートで出せると言えなくもないけど。
魔力の多いモノは食用に向かない。
コップに入れて飲み干しちゃう気なら、サポートでは作れない。
一旦在庫を切らしたため、氷竜印の魔道具が頑張っている。水を補充しつつ必要以上にガンガン作ってるから、例によって突然全放出しない限りは失くなることもない。
物資はあればあるだけ、安心感に繋がる。
目指せ、「こんなこともあろうかと」な用意周到パーフェクンシア!
「…終わったのか、チビ」
スタッフルームに引き上げてきたリスターが、言葉少なに問いかける。
足りない言葉は多分、他者を警戒しただけではない…お疲れか、面倒くさがりさん故に。
リスターの天敵ピンクや、アレやソレをちゃんと終わらせて帰ってきたんだろうな?という確認だろう。
彼だって被害を受けたことのある身だ、その後の様子だって聞きたいに違いない。
しかしここで詳細はなぁ。
何と答えるべきか。
全て己の手でとは言えないが、仕事人が来て片付けていった以上はむしろ、自分で何かするより完全に終わったと思える。
テヴェルの死体もちゃんとは見てないが、…回収されたということは、下手に残していけない何かがあったのだろうか。
まさか、ヘドバン野菜のサラダで魔物化していたのでは…?
首を横に振って、怖い想像を打ち消す。
私も散々サポートブドウ食べてるので、深追いしてはいけない案件。
城の開かずの間も全て開放された。終わってみれば、所詮は遺産を狙う者達が扉の鍵を探していただけだった。
忘れられた姫君は、もう、求められる理由もない。きちんと忘れられていくだろう。
こちらを覚えてるからって、あの王様を殺すのは現実的じゃないです。彼を大事にしている人がいる以上、新たな火種でしかない。
全国民路頭に迷えとか思ってないし、だからって代わりに治めたくもない。国とか要らんよ。あっち寒いしな。
色々考えたが、伝える言葉はこれだけ。
私も笑顔で答える。
「うん、終わった」
「ん」
頷いたリスターはドカッと椅子に腰を下ろした。奥さんも素早くお茶を出す。
雇われ人なのに態度大きすぎですわ。そんな、社長の奥さんに当たり前のようにお茶貰って…いや、家族経営なら奥さんがお茶出すのは普通かな。店員達は接客してるものな。
それに時代劇では、用心棒の先生にはペコペコするもんだったかしら。してた気もする。
わからーん。
とりあえず私も、急いでそこに氷を入れた。
一瞬真顔になり、次いで眉をしかめたリスターだが、何も言わずにコップを口に運ぶ。
「ガキは一緒じゃねぇのか」
奥さんは手品のタネを探して、しずしずと私の観察を始めた。不思議と気にならない動きで動き回る。隠密スキルか何か?
しかし横から見ても後ろから見ても、タネは見つけられない。
氷を取り出した右手を怪しんでいるのか、右斜め後ろを陣取っている。
「うん、今日は取り急ぎリスター見に来た」
「んじゃあ、ようやく客寄せも終わりだな。あー、ダルい…」
そうなの?
奥さんを見てみると、苦笑している。
「道中の護衛が終わってしまったら契約終了ですもの。お嬢様がお戻りになるまで、繰り返し短期で契約を結んでいました。専属にはなかなか頷いていただけなくて」
今度はリスターに目を遣る。
あンだこらぁ…と脳内アテレコ。無言ですんごい表情筋の駆使を見た。
久々だわ、この顔芸っぷり。
理由に突っ込まれるのはお嫌のようだ。
う、うん、まぁ、プライバシーの侵害は良くないよね。突っ込みませんです、ハイ。
「契約満了なら、商会のお世話にはなれなくなるのかな。リスター、宿はどうするの? うち来る?」
「ゼッテェ嫌だね」
ですよね。出奔した貴族子息なんだから、おうちトラウマとか出ちゃうよね。
多分すごく外区の宿を取りたいのが本心だと思う。
「ご安心下さい、リスターにはこのまま客間をお使いいただくよう、主人からも言付かっております。ルーヴィス様ともお会いになりますでしょう?」
あ、身元はもうバレバレね、了解ース。
確かにアンディラートもリスターに会いに来るだろう。居場所を変えてしまうのは入れ違いの可能性になる。良くない。私は逸って即行来ましたけど。
いや、一緒に来るったって帰ってきた以上は私も貴族令嬢。つまり「アンディラート君、遊びましょ!」なんて簡単に玄関は叩けないんだもの。
以前なら私から連絡すること自体さえもあんまり体裁がよろしくなかったが、今は、こ、婚約者だしィッ?
令嬢としては手順を踏んだ婚約が未対応なので仮免ではあるが、詳細未定ながら嫁に行きたい旨はお父様に伝えたので平気なはず。
きっと近日中に手続きしてくれるだろう。ヴィスダード様の猛反対がなければ。
…平気よね…? こんなお転婆よりもっと慎ましやかな娘さんがいいとか言われたら、私…即座に全力でお淑やかロールですわね!
えっと、ずれちゃったけども、つまり私がアンディラートとお出掛けしようと思ったら昔のように向こうから来てもらうか、ご令嬢シップに則り、貴族的な装飾文面を駆使して「○○の件でご相談があるのですが、○日辺りにお屋敷の近くへ行く用事がございますわぁ、チラッチラッ」と先触れからの日時相談の流れで合流しないといけないのだ。
しかも互いに「都合悪い。この日はどう?」「その日ダメ」みたいなやり取りを数度して男性側から指定された日でようやく頷くのが仲を深めるまでの様式美。マドロッコシー…ンシア!(様式美)
そうするとホント時間かかっちゃうからね。
女子からのお誘いがはしたないとか破廉恥だとか、時代錯誤なのが貴族社会よな。生き急いでるオルタンシアさん的には直球勝負してほしいもんだわ。
その点、今日は「取り急ぎ」のご機嫌伺いだからね。お父様と和やか朝御飯の後に1人で出てきたのですよ。
立派に家出して冒険者してきたので、お忍びについてはもう黙認となった。イエイ。自由最高!
「何から何までお気遣いいただいて。こちらにも何か出来ることがあれば仰って下さいね」
顧客も店舗も用意してあげられないが、お父様に頼むことだけはできる。
お金と権力とコネは、宰相パワーがあれば大体何とかなるだろう。
逆に純粋なパワー(物理)であれば、私の身体強化が光って唸ります。
任せろ。まさかり担いだオル太郎だ。バスタブもブン投げるよ。
「おい、騙されんなよ。そいつ、商会長よりエグいから。最初は出先の護衛だったが、お前のお父様の名前バンバン出してたからな」
リスターからの直訴状が提出されました。
それを受け、また奥さんへと目を遣る。
何か私、首振り人形みたいになってるんですけど。
私を間に置かないで、会話相手チームは1ヶ所に纏まっといてくれませんかね。
エグっ子扱いされた奥さんは、照れ笑いのような可愛らしい笑顔だ。
やはり、出来る女性は笑顔が違うな。
「構わないよ、私だって銀の杖商会にお世話になったアピールいっぱいしといたもの。お父様、率先して便宜図ってくれると思うよ。嫌なら速やかにやんわりグッサリ注意してくるだろうし」
放置するわけナイナイですわ。
お父様自身には興味がなくても、お父様の名が動いてるなら家令が情報仕入れてるはず。知らないってことは有り得ない。
今まで見逃されてるなら今後も大丈夫ってことだよ。
むしろ、バイト君とかもう家令の手先かも知れないよ。




