タン・トレーニング
ご要望に答えようと、長々と私の能力説明に前世の記憶、家出当時のいきさつから全て語ってしまったため、時間はあっという間に過ぎていった。
紅茶なんて、もう自分でお代わり出してたし氷入れてアイスティーにしてた。
喋りすぎで喉カラッカラだよ。茶葉の懐かしさをどうこう言ってる場合じゃない。水分なら何でもいいわ。(手のひらドリル)
だが閉じ籠ってもいられない…つまり、その、甘いもの(パウンドケーキ)はご飯じゃないので…一旦食事休憩を取ることになった。長過ぎて予想外。
いえ、ご希望ならご飯も出せるんですけども、さすがにこんなの使用人達がやきもきしちゃう。
お食事の用意ができたよ~!と家令がドアをトントンしたので、ぞろぞろと食堂へと移動します。
道中ひっそりと見回したが、やはり新お母様の気配はない。
部屋に閉じ籠っている線も消えなくはないが、今日は本当にご不在なのかも。
それならご対面用の気合いはまた後日に取っておけばいいよね。緊張と集中力は長持ちしないもの。結局、そうして気兼ねもポイ捨てしてしまった。
しかしもう、己のクズぶりを嘆かない。
本当にダメなら、きっと正してくれるはずの人がいる。
実はまだこっそりとビクついてはいるのだけれど、元より信用ならない自分の考えよりも、アンディラートの考えの方がこの世界基準なのは間違いない。
前世色の濃さはなかなか落ちないけれど、ちょっとずつ、ちゃんとこの世界の子になっていくんだ。頑張る。
うちは元々仲良し3人家族だったので、普段使いの食卓は、よくある貴族のスーパーロングテーブルではない。
人数が多いとか格式に拘るとか、そういう仕様にしたいときは模様替えではなく、部屋ごとまるっと変更になる。そう、部屋は余っているのだ。用途に応じて使い分けられる。
本日も仲良し3人組なので、いつものこじんまり(貴族基準)した方を使う。
今の話題は、ようやくリスターを追っかけ出した理由に触れているところ。
日本で「自分と同じ髪と目の色の人を探します」なんて言ったら正気を疑われるところだが、こちらは全体的にカラフル。とはいえ髪と目の色だけで1人を追っかけるなんてアホだとは思われるんじゃないかな。
でもあの時はそれくらいしか本当にターゲットがいなかった。見切り発車だったけど、美人なリスターを餌にテヴェルを引っかけたので結果オーライといえる。
内心の自己弁護と共にまだまだ説明。
明日と言わず、もうすぐ筋肉痛になるよ、口が。舌が攣るのが先かもしれない。
脳内はお喋りだが、リアルではそんなマシンガントークしてないからね。ぼっちタイムも長いしね。
こんなところで身体強化はしたくないものである。私のタンが鍛えられちゃう。
だがお父様が1から10までの説明をお望みである以上は、100まで話す心積もり。うう、90も隠し事はないはず。舌噛みそう。
「当初は色合いの似た、変わった魔法を使う魔法使いって噂を聞いたので、母方の血縁者ではないかと期待したんです。私の魔法は変わっているだろう自覚もありましたので」
チートだからね。私のは普通の魔法ではないと思うけれども。
会ってみたら、リスターもチートみたいなもんだったよね。むしろ普通の魔法使いがわからないままである。
「リスターの目は紫だったのか…グレーっぽいような気がしていたけれど。髪は確かに金色だったが…あまり目の色は印象がないね。まぁ、紫色の目はあまりトリティニアでは出ないから、色合いの似た魔法使いで血縁を疑うのは間違ってもいないのだろう」
そうなの!?
そんなに紫っていないものかな。あんまり他人の色合いを気にしたこともなければ、カラー統計を聞いたこともないんだけど…。
知ってる面々を想像してみれば…緑と、茶色と、青…くらいが多いのかな?
青がいれば紫もいそうなものだよ。お父様の赤とブレンドされたのではないの?
上っ面は微笑んだまま内心で動揺する私に、横から常識マニュアルが教えてくれる。
「濃淡はあるけれど、トリティニアでは赤や青や茶色が主流みたいだ。特に茶は多く、黄色みが強いほうが祖に近くて良いと思っている貴族が多いらしい。魔力が多い地域の方が混色が多いとも聞いた」
えぇー。私が真っ先に上げたはずの緑が少数民族だと? アイツもコイツも緑な気がしていたが…よく考えたら元々知り合いが少ないから、ほんの数人?
それどころか赤なんてお父様しか見たことないのに、アンディラートの口振りでは赤目が多数派閥の様子。
絶滅危惧種だと思っていたら主力陣営だったでござる。そんなー。
…どこにいるんだい、他の赤目達よ。カラコンで隠していたりはしないのよね。同年の従士にだって1人も居やしないよ。
納得のいかなさに耐えきれず、ついジャッジを求めて隣を見てしまう。相手は正しく私の胸の内を読み取った。
「俺の同年には、それなりにいたよ」
世代差ェ…。たまたま私が赤目の少ない年次に当たっただけなのかな。まして従士時代は貴公子プレイのために最低限の社交すらもサボっていた私だ。交友関係は激狭。
そうねぇ…考えてみれば学年的に私の1~2歳上のチームとなるアンディラートは、この国の王子と同世代だ。ご学友または嫁ポジション狙いのベビーラッシュ帯ではあろう。
ラブラブな夫婦でもなければ、年子で赤目を従士に送り込んでくることもないね。
貴族は大体政略結婚だから、夫婦の意気投合は少なめ。基本が義務的なものだから、そんな子沢山な夫婦は少ない。
さて珍めの紫に、更にピンク一滴の私は、思った以上に珍獣である。このピンクポイントな目は先祖返りらしいけれど、もう密室ではなくなったのでお口チャック。今は話題に乗せられない。
代わりに、まだお父様が見たことがないらしいリスターのアイ・ビームについてでも触れておくか。
熱しやすくキレやすい魔法使いがお父様の前では目の色を変えるほどの出来事がなかったのは、喜ばしいことなんだろうね。
だが、リスターさんはオタ者の家で大暴れした前科がございます。貴族屋敷でも、キレたら容赦しないと思われる。
「リスターの目は、普段は灰紫みたいに見えますけど、感情的になると紫が強く出るようですよ。急激に鮮やかになります」
使用人の前でも大丈夫な話題にチェンジしたまま、まだ喋り続ける私達。
アンディラートは双方向でたまにわかりやすく補足説明を入れてくれるが為に、こうも私が喋っていたら帰宅時間が危ぶまれるな。
私がうまいこと説明できないときには、何か私の考えを察知しているらしい彼が、この世界の人にわかりやすい噛み砕き方をしてくれるのだ。世界の架け橋アンディラート。
でも、ご飯食べたら帰してあげようね。
ヴィスダード様も待ってるだろうに、こんな、うちで1日中拘束するようなつもりではなかった。ホントだよ。
「それは少し見てみたいね。だが、娘がお世話になった人間を、無闇に怒らせるわけにもいかないな」
お父様が笑うので、私は自信を持って、喜ばせても驚かせてもビカッとなる旨を伝授しておいた。楽しかろうともビームは出るよ。
「そういえば、オルタンシアと遠い親戚だったら良かったようなことを言っていたけれど、何か彼には困り事でもあるのかい?」
内容はどうあれ本気のようだった。そう言って、お父様は首を傾げる。
愛妻家の宰相さん相手に兄妹だと言えばあまりに雑な嘘だし、母方の遠い親戚と言えばすぐには調べようもない。まして「だったら良かった」というのは、そうではないと自分で理解している台詞。
一番わかりやすいだろう、友達とも仲間とも言わない。エーゼレットの権力を欲してゴマすりや政略婚を企むなら、言葉選びがおかしくて許可のしようがない。
好意的だというのは理解できるが、結局、私達がどうして長く一緒にいたのか良くわからないのだとお父様は言う。
…ですよね。
彼に困り事があるのかはわからないけれど、別にうちの財力や権力を使いたくてそう言ったわけではないだろうからなぁ。
やっぱり、そんな不足も甚だしい説明で「そうか」なんて言ってくれるのはアンディラートくらいであろう。
「リスターは、あまり他と同じではない能力を持ち、幼少時から孤立感を持っていたりしたので私と考え方が似ていたんです」
あ、この言い方は良くないな、心配させる。
慌てて言葉を拾い集めた。
「もちろん私にはお父様もお母様もアンディラートもいましたから、あくまで似ているだけなんですけども」
リスターのお母様はちょっと特殊っぽそうだとか、あまりプライベートな事情をペラペラ話すわけにはいかない。
出せる情報は私のものしかないのだが…オルタンシアさんの人生2つ分の拗らせぶりを伝えることの、この辛さよ。
「私もリスターも人間不信を拗らせていまして…ご存じのように身内認定した相手にだけは凄くよく懐くんですけど。それで、まぁ、コミュニケーションの訓練相手みたいなもの…だったのかなぁ?」
あぁ、言葉にしようとすると難しいなぁ。
しかし隣と向かい側からは説明を聞き漏らすまいという気配がする。
私だって、可能ならば、理解させて安心させてあげたい。
サトリさん、何かこう上手く感情共有できる手段はないんですか!
思わず助けを求めてしまうがしかし、サトリさんの能力は受信特化だね。私は今、発信側であった。通じないわ。無念。
「お父様達がいると、頑張ろうと思うのですよね。私がダメな子でも見捨てないでくれる安心感、生きる力みたいな。でもやっぱり、どんなに相手が許してくれても、ダメなことはダメだし、自分が許せない時もあるじゃないですか」
例えば私が意識しないままにアンディラートを傷付けるとする。許してくれたって、したことはなくならないし、逃げ出したくもなる。逃げ出せば追って来てもくれるだろう。
でもそれは、アンディラートが特殊なのだ。
本来ならば他の人だって傷付けず、許しを乞う事態を起こさない方がいい。
かといって…まぁ、簡単には出来ないよね。
「リスターは私が如何に卑怯でも間違っても逃げても裏切っても、私が許せるというか。弱さや臆病さの許容点みたいな」
逆ギレしたり、ひねくれた対応になっても「あー、そうなっちゃうよね、わかるわかるー」とライトに躱せるという相手である。こんなもの、どう説明すればいいのか。
ダメでも受け入れる、ではなくて、ダメなのは仕方ない、みたいな差異。
ポジティブなエネルギー源とネガティブなエネルギー源とでもいうか。根本の方向性は違うが、大切なことに代わりはないのよ。
「ただ、思っていたよりも…彼は私よりもずっと献身的のようなのです。リスターには、私にとってのお父様もアンディラートも、側にはいないですから…」
私はなってあげられないし、リスターも欲してはいない。
微かに何か繋りを感じられれば、リスターには十分なのだろう。
自分が報われることを望まない。そういう点が、私よりもずっと献身的。
私は…結局は欲しがりさんなのでな…。
リスターに何か望みがあるのなら手助けしたいのは山々なのだけれど、多分彼は彼で結構拗らせている。
私には最初からあった宝物、己の行動の核になるようなものが、彼にはないのだ。
それすら諦めているのかもしれない…。
「お前が無事に帰ったのだから、リスターにも相応に報いたいと思っているよ。何か彼に必要なことやものがあれば遠慮せずに言いなさい」
終始穏やかに私の発言を受け入れてくれるお父様のお陰で、私のトラウマは刺激されることなく一部説明を終えた。
ここから先は使用人の前ではちょっと。
忘れられた姫君のことが、他人の耳に入ればまた忘れられなくなってしまう。
お父様はそれはそれは丁寧にアンディラートを労い、改めてお礼の機会を設けると言う。頑なに固辞していた彼も、スッとお父様の笑顔の質が変わった途端に危機を感じたのか、迅速に手のひらを返した。
危機管理。
これからアンディラートはおうちに帰るけど…ついていってあげなくても平気かしら。
弟君ができたとは聞いたが、私と共にいた以上は帰宅後が初対面だ。
つまり、長くすれ違っていたお母様とも、落ち着いてから会うのは初めてになる。
こんなに私は助けてもらったのに。私に出来ることはないだろうか。
一緒にいるだけでも心強かったりするよ。
行こうか?
しかし察したらしいアンディラートは、私が何を言うより先に微笑んだ。
「改めて、挨拶に伺う。その…今後のことも、リーシャルド様にお話ししたい」
そっと私の頬を撫でる指先を受け入れつつ、曖昧に頷く。私の態度にふと眉を寄せた彼はこそりと耳打ちした。
「婚姻の許しを得るために来る」
それか!!
今、コイツわかってないなと思ったから、そんな微妙な顔したんだね。うん。わかってなかった。ええ~、はいはい、勝手に結婚する気満々だった。そんなわけにはいかないね!
アワアワと赤面した私を満足そうに見て、アンディラートは帰っていった。
「…おやおや。まだ話さなければならないことが山積みのようだね? 休暇を取って正解だった。私は本日、全て娘のために時間を使えるからね」
何だろう。
ちょっと感じたことのない圧を、お父様から感じる。滅多に見られない腹黒バージョンが降臨なさっているのかしら…?
気候の温暖なトリティニアの中だというのに、なぜか寒いような。自分の頬がヒクついているのを自覚してしまいながら、私はお父様の部屋へと連行された。




