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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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帰宅



見慣れた城が遠くに見えた時、急な脱力感に襲われた。

トリティニア王都。

城壁に囲まれたその姿は、紛れもなく私の故郷だと、痛む胸の奥が主張している。


前世意識の強い私だというのに、そんなにもトリティニア愛に目覚めていたなんて、何だか不思議に思える。

まして今生は貴族令嬢、本来なら貴族街区でしか過ごすこともなかったはず。

孤児のふりをしてシスターと外へ出たあの日だって王都を振り向く余裕もなく、ただ取り繕いながら前だけ見ていた。


王都の外観に親しんでいるなんて、従士隊に入って外へ出ていたからだろうか。

…こんなにも懐かしさが募るとは思わなかった。こんなにも、嬉しく感じるなんて。


描こう。

私、落ち着いたら今この目に映った光景を全力で絵に描くよ!


早くも泣きそうだが、門の兵士に怪しまれても困るので、上っ面全力発動。

一度ロールのほとんどを失ったから、昔より上手ではないのだろう。しかしそこそこ勘を取り戻しても来ているので、やる気になればそこらの人には負けぬであろう。我が面の皮、アツーイ。


トリティニア王都の外門。冒険者や商人などの庶民向けの門は、わりと賑わいがある。

他国を知らないときはそう不思議に思わなかったし、今だってそんなに他の首都を見て歩いたわけではない。

だけど…使おうとしている貴族門までの遠さを見て、何だか腑に落ちない気分になった。うち、土地余りにも程があるのでは。

田舎国だから、国土に対して人口が足りてないのかしら。


私達には冒険者タグがあるので、今までのように一般人の集う門に並ぶのでも、入れなくはない。

だけどおうちに帰るだけなら、王都内をそぞろ歩いて貴族用の街区を抜けるより、貴族門直通の方が早かった。

街中は馬車が走れる通りが決まっているので、却って遠回りになることもあるのだ。王都は広いし、街区が変わる度に門を通って何度も身分証明するのも面倒だ。


私達は王都に籍を置く貴族本人であるため、家紋のついた印章の提示と名乗り程度で貴族門をくぐることが出来る。そのためにも今朝は既に、帰宅のための身支度を終えていた。

ちょっとお忍び風の小綺麗な服で女装して…違うな、男装をしていない。

貴族門を使用する際に冒険者全開の服ではちょっと目立ちます。


悪目立ちといえば心配なのは髪の長さだったが、幸い肩くらいまでは伸びていた。

旅の間は邪魔くさいのでピン留めしたり後ろで結んでいたし、下ろしてみたら意外と伸びていたんだなぁというのが感想。

最終兵器エクステもあるので、そんなに伸び具合を気にしてもいなかったけれど、これなら地毛でも十分でしょう。

妙齢の貴族令嬢としては少し個性的な長さではあるが、髪留めを付けておけば然程見映えは悪くない。

駆け回ったり剣を振り回すのでもなければ、くしゃくしゃになることもないさ。


しかし今日は、アンディラートがよく毛先に目線を投げて来るな。多分、毛先がゆるっとクルクルしてきてるのが気になってる。

そう、このくらいになると癖毛がアピールしてくるのです。長さのわりには髪に動きが出てしまうオルタンパーマネント。

アフロ化はしない。あくまでゆるふわだ。


「…泣くなよ」


まだ泣いてないのに、アンディラートがそんなことを言う。鼻ツーンにもちゃんと笑顔で耐えてるのに。


「泣いてないよ。ちゃんと見てよ」


「ちゃんと見たから言ってる」


心の目かな?

むにむにと頬を揉んで表情筋を解す。うーん。笑ってるはずなんだけどなぁ…。

貴族用の門では普通に鞄から出したふりをして、家紋入りの懐剣を見せる。

ロマンポケットの使いどころは今ではない。さすがにお父様に筒抜けたら困るからな。

さあ、ご覧あれ。宰相さんちの家紋を知らない門兵なんて、モグリもいいとこであるぞ。


「これは…!」


御老公の印篭並みの反応。

しかし、ハハー!とはされない。反応の良さに一瞬期待してしまったが、私自身は特に偉くなかったぜ。

兵士が驚いたのはきっと決闘従士という色物に対してであろう。…いや、もう時も経ってるし関係者でもなければ覚えてないか、そんなこと。

外から来たはずのご令嬢が意外と高位貴族だったんで、驚いただけだろうね。

王都の令嬢は家族全員で領地に帰るときくらいでないと、城壁外になんて出る用事がない。国で一番の都会が王都ですし。


「私はオルタンシア・エーゼレットです。こちらは同行者のルーヴィス様。道中の護衛をして下さっているわ」


「ルー…えっ! アンディラートか!」


「すっかり大きくなったなぁ」


アンディラートは家紋もちゃんと見せていたが、その前に顔パス余裕であった。ちゃんと兵士も確認と記録はしているけれど、空気が急に柔らかくなったよ。

遠征尽くしの日々はこんなところに知り合いを作るものらしい。


私のことをご存じの方はいらっしゃらないようだ。ぬーん。私だって従士やってたし、性別で悪目立ちしていたはずなのにな。

尽くしじゃなくても遠征出てたし!

いや、別に知らない人に絡まれたい訳じゃないんだけれども。つい。


アンディラートが王都を離れている間…身長がグングン伸びたことに顔見知りの兵士が大反応したらしく、あれよと兵士が増えた。ブランクを物ともしない可愛がられっぷり。

こちらはポツンと放置ンシア。

だが、本来ならもっと彼らとも仲良く過ごすはずだった時間を奪ったのは私なのでおとなしくします。


帰宅目的なので、入都手続きもすんなりだ。

怪しまれる隙もなかった。私一人なら、お迎えを寄越すために家に連絡しますよとか、そんな話になったのだろうか。

連絡されて困ることもなければ、普通に歩いても帰れるけどね。


そういえば、そろそろ本気で馬車のしまい時を見失っている。

もうこのまま家まで乗っていくしかない。夜中に人目を盗んで消すか。

入都前に消すべきだったかな。

でも用事で出掛けていた体にするなら、城壁外から現れる徒歩の貴族令嬢はちょっとおかしい。途中で盗賊とかに馬車を追い剥ぎされているのでもなければ、逆に怪しまれる。


アンディラートは何の確認も疑問もなく、うちに向けて進路を取っていた。

ルーヴィスさんちの息子さんを散々他国へ連れ回してしまったので、何なら先に彼をおうちに送り届けた方が良いのではないか。そんな気持ちもチラチラしている。

何度もそう言ってあげたい気持ちになりながらも…しかし、女の子を先に送り届けるに決まってるだろうな、紳士だからなぁ…と思い直し。口に出せないまま、今に至ります。


やがて辿り着いたエーゼレット家の正門。

泣かないよ。泣かないけど、結構来るなぁ。鼻にツーンと来るなぁ…。

新お母様が先に出てきたら、どうしたらいいのか。仲良くもしてこなかった使用人達は、私のことがわかるのか。

もう、私は要らない子なんじゃないか。

お父様にだけは会いたいが、家があるのに職場に押し掛けるわけにも行かない。

不安げに前を見つめる私に、御者席のアンディラートはあっさりと言った。


「あぁ、家令が外で待っているな」


「えぇ?」


予想外の台詞に、私も目を凝らす。

…見えませんけど…あっ、本当だ。門の奥、玄関に人が出てる。

でもこの距離では家令がどうかまでは判断が付かないな。アンディラート、目が良い。


門の前にて馬車を止め、名を告げてお父様へのお目通りを願うアンディラート。

他家への訪問を告げる口上は、帰宅の申し出とは違う。なぜ私を前面に出さないのか。

そんなことを考えているうちに、門番はサッと振り向いて赤い布を振った。

誰に対して…あっ、家令だ、家令が引っ込んだ…がすぐに出てきた。


門扉が大きく開いて馬車が進み出したことを、認識できなかった。

玄関から、出てきた人が、手を振ったから。


お父様!


声にならずに、私の視界が滲み出す。

どうして。

どうして家にいるんだろう。お仕事は?


変わらない…いいえ、少しお痩せになったかしら。お父様、お忙しいから。ちゃんとご飯食べてらっしゃる?

あぁ、貴族ロール、令嬢ロールしないと。

どうやってするんだっけ。

お父様から目が離せない。多分私は切羽詰まった顔してる。

馬車が止まったことには全然気付かなかったけれど、アンディラートが手を貸してくれるから、無意識にエスコートされながら馬車を降りた。ロールではなく躾で覚えた令嬢所作は、意外と身に染み付いていた。


「おかえり、オルタンシア」


疎む色は欠片も見えない。

優しい声と柔らかな微笑み。幼い頃から、見守ってくれていた、赤い目。

心からそう言ってくれているのだと、わかったから。


「お父様!!」


私は知らず駆け出して、広げられた腕に、迷わず飛び込んだ。



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