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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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クッキー日和に、未知との遭遇。



 アンディラートのお屋敷の使用人は、結構放任だ。

 ニコニコといらっしゃいませをされた後は、2人で調理場にこもる。

 初めてクッキーを作った日と、まるきり変わらない。


「なんというか…大らかだよね、君んちの使用人」


 うち、本当に最近うるさいのよ?

 2人きりはいけませんー、ドアは開けておくのがマナーですー、まぁお嬢様ったらもう少し後ろをお歩き下さいー。等々。

 大体、後ろを歩けって何? 女は3歩下がって…ってヤツか?

 隣を歩かせろ! 話しがしにくいわ!


 そんなうちと比べたら、アンディラートの家は、時が止まっているかのようだよ…。

 隣り合ってキャッキャと笑いながら歩いていても、メイドさんが私に「はしたない!」って顔をしないのだもの。

 微笑ましそうに「あら坊ちゃま、楽しそうで良かったですねー」みたいな顔してる。


 遊びに来てもらうよりも、遊びに来るようにしたほうが気楽で良いかもしれないわ。


「…大らか、とはまた少し違うんだけど。まぁ、何と言うか。俺が良いようにはしてくれるよ」


 困ったようにアンディラートは言った。

 曰く、彼と使用人達との距離感はちょっと変わっているのだという。


 それは幼い頃からの彼の両親の関係と、幼い頃の彼と両親の関係、そして現在の彼と父親の関係に起因する。


 両親は相変わらずの別居中。

 彼と母親はもう何年も顔を合わせていない。

 彼と父親は和解した…というか、父親がとても彼に構うようになった。


 当主と次期当主の仲が良好となれば、バツの悪い者も出てくる。


 例えば散々噂話をした者。

 または、両親との関係に悩む彼を扱いきれず、遠巻きにして過ごした者。

 真意はどうであったにせよ、既にアンディラートとの間には溝があるグループだ。

 たびたび傷つけては、フォローをすることもなく放置してきた坊ちゃまに対し、今更苦言を呈せるような立場ではない。


 ましてや、坊ちゃまには今、当主の加護が全力で付いているのだ。

 下手に関わって、藪から蛇を突いて出すような真似はできない。

 ご機嫌を損ねては職を失う。そんな心理から、相変わらず遠巻きであるという。


 片や、苦言を呈すことが出来る関係ではあるが、坊ちゃまが楽しそうならそれで良いよ、という者もいる。

 幼いアンディラートに積極的に関わり、時には手を差し伸べてきた少数グループである。


 私が遊びに来た際に周囲を固めているのは、この手の使用人達だ。

 彼らはヴィスダード様以上なのではないかと思うほど、アンディラートに興味津々だ。

 慈愛過多の目で坊ちゃまを見守り、感情移入し、状況に一喜一憂する。


 つまり、どちらにせよ周りは然して口を出してこないので、大体のことは自由に出来るというわけ。


「私は助かるよ。久し振りにクッキー作るの楽しみ」


 本日はアンディラートのご希望によるミルクティークッキー作成の会なのだ。

 なんか知らないけどいっぱい作ってほしいのらしい。

 あんまりたくさん作ったって、乾燥剤がないから保存がきかないのじゃないかね?


 従士アンディラートは遠征、訓練、また遠征の日々。

 気が付けば、彼がピーマンを持って現れてから1ヶ月以上が過ぎている始末。


 …さすがにね、待ち疲れてどうでも良くなってた。入手先の情報。


 それよりは久し振りにお菓子作りが出来る楽しさを存分に味わいたいと思います。





 とはいえ、アンディラートの用意している小麦粉の量がおかしい。






「…それ全部、一種類のクッキーにする気なの?」


 一日で作り終わらないんじゃないかい、こんな量は。


「大丈夫、ちゃんと全部食べるから」


 私の態度に否定を感じたのか、アンディラートは困ったような顔をしてしゃがみ込んだ。


「オルタンシア。お願いだ」


 そんな。

 スーパーで、ダメって言われたお菓子をカゴに入れようとする子供の目している。


 小麦粉の大袋を抱き締めて、しゃがんだうえでの上目遣いとは…やりおる。

 うん。小麦粉が重たかっただけだってわかってる。

 しかし、それでも破壊力に変わりはないのだ。


 他のクッキーも作ったことがあったはずだ。

 バターとかシュガーとか、キャラメルとかアーモンドとか、基本的にアンディラートの家にその時あった食材を使った。チョコチップとか食べたいけど…何気にチョコを見かけたことがないので、なかったら困るから尋ねていない。

 アンディラートはいつの間にミルクティークッキーマニアになったのかな?

 私としては同志ができて嬉しいけれども。


「…うん。でも、あのね、さすがにそんなにも長持ちする食べ物じゃないと思うの」


 そう、「けれども」なのだ。

 手作りクッキーの日持ちは、1週間程度が目安とどこかで聞いた。

 保存料なんて入ってないからな。

 シリカゲルだってないのだし。しけしけクッキー、いと哀し。


 一瞬、サポートで作成を試みようかもと思ったけれど…シリカゲルって何で出来てるの?

 他の乾燥剤…石灰という噂も聞いたことはある。だけど、石灰って…やっぱり何で出来てるの?

 あの辺は、食べられませんって袋に入っているイメージしかない。開けて中を見たことがない…多分。

 つまり、袋と手触りしか再現されない可能性もある。


 それに、何しろ「食べられません」なのだ。見るからに他とは違う存在感だというのに、説明しても誰かが食べちゃう可能性があるからしつこいほど書いてあるのだろう。

 アンディラートはしないと思うけど、近くにいた人とかがまかり間違ってシリカゲルや石灰を食べちゃったら困る。

 サポート解除したら無事でいられるのだろうか。


 わからない。怖いから、やっぱりダメだ。

 異物混入、良くない。


 気が付けば、アンディラートがションボリした顔をしていた。

 う、うわぁ。罪悪感がひどい。


「なかなか一緒に作れなくなっちゃったもんね。レシピ、書いていってあげようか?」


 何度も作っているのだから、最早レシピの出所を追及されたりもすまい。

 追求されたところで、彼は「内緒だ!」と言ってくれるはずだ。

 一度実際にその光景を見てしまったので、ニヤニヤは止まらない。

 隠し事をしていることすら隠せないアンディラート、プリティ・ユニバース3位は伊達じゃない。


 もう、アンディラートを大事にしてくれる使用人達の人となりもわかったことだし、彼らに作ってもらえばいいかなって思ったんだけど。


「それはダメだ。一緒に作る約束だ」


「一緒に作る時間が取れなくても、食べたいんでしょう? 私が周りに変な目で見られないための対策だったんだから、君にならレシピを書いて残しても問題はないのよ」


「オルタンシアと一緒に作る。それ以外では作らない」


 頑としてアンディラートが受け付けない。

 幼少時の刷り込みかな。

 レシピ自体は秘伝でも極秘でもないのに。


「…えっと。じゃあ、私が、家で作って持ってくる?」


「本末転倒だ」


「…そう、だけどさ…」


 今となっては、アンディラートの家で何度もお菓子作りを教わったのよ、などと言い訳できる気がする。

 アンディラートは、再び上目遣いで懇願の表情を見せた。


「一緒に作る、約束だろう?」


 やだ、可愛い。


 そうだった。アンディラートは一緒に同じことをしたい子だった。別行動も増えたし、若干大人びてきたから忘れてた。


 これを撥ね付けることが出来るヤツぁ、おにちくしょうに違いないです。

 緩む口元を隠しもせずに、私は大きく頷いた。


「うん、約束だもんね。やっぱり一緒に作ろう!」


 アンディラートの表情が、ぱぁっと明るくなった。

 この裏表のなさったら。あー、やっぱり癒されるわぁ。


 一週間程度で消費しきれる量を目安に調理を開始することにした。

 そうは言っても本人の自己申告ゆえに、やはり結構な量だ。


 …なんか、これだけ食べたらさすがに、当分作っていらないって言うんじゃないかね。

 作るだけでも甘い匂いにやられてしまいそう。


 型抜くのが面倒だろうから、包丁で切ったらどうかと思ったのだけど…どうやらアンディラートは型抜きを自分の役割と信じているようだった。

 1人でやると言うのなら、止めはせぬ。

 …と思ったけどやっぱり時間かかりすぎるから手伝います。

 ついでに端っこ集めて、手作業で猫とか犬とか作ろう。スズメも作ろう。


「…オルタンシアは、そんなことまで器用なんだな」


 一生懸命型を抜いているアンディラートが、横目にこちらを見て笑う。

 最終的に小さすぎる余り生地はシンプルにマルの形を2つ作って、味見用にする。


 ここまで出来れば、焼くのは相変わらず使用人の方々に任せて、休憩だ。

 訪ねて来たのは午前の結構早いうちだったのに、終えてみれば既にお昼近い。

 …アンディラートが出来るだけ早めに来てくれって言うわけだよ…。

 というか、小麦粉大袋って言われたらやっぱり終わらなかった予感。


 渡すものがあるというので、アンディラートの部屋に移動した。

 その際のドアの開き具合⇒閉まらなかっただけという程度の細さ。


 …アンディラートの家、楽すぎる。もう、ここん家の子になりたい。

 あ、嘘。お父様とお母様と一緒がいいので、今のナシ!


「あんまり良くはないけど、他に聞こえても困るから」


 ドアを見つめる私の視線を勘違いしたのか、アンディラートは言い訳のようにそう口にした。

 普段はこんなんじゃありませんぜ、ということらしい。

 使用人がうるさくないのはいいけど、アンディラートは紳士だもんね。紳士的にはグレーゾーンだったのだね。


「これを」


 少し落ち込んだような顔をして、アンディラートは折り畳んだ紙を取り出した。

 何だろう?

 どうして急に元気をなくしてしまったのかわからないままそれを受け取って、開く。


 そうして私は固まった。


『親愛なる日本人のかたへ』


 そんな書き出しで始まった、それは私宛の手紙。


 まごうことなき、日本語で書かれた、手紙だった。



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