正規の手続きとは。
行きとは違う帰国ルート。
グレンシアから南下して、幾つか国を跨ぐ。しばらくは冒険者タグを見せるだけで簡単に通り抜けていたのだが、突然根掘り葉掘り問い詰められる関所に出会った。
…え、何ここ…疑い深い人達の国なのかな?
私が内心で戸惑っている関所での質疑応答にも、アンディラートは当たり前のように淡々と対応している。
えぇ…? こ、こんなこと聞かれたことないよ、家族構成に、過去に討伐した一番印象的な魔獣? 犯罪歴ならまだしも、そんなの知ってどうするのか。何なら好きな食べ物も言おうか? あ、ホントに訊いてくるのね…そ、そっか…。
急に身元を疑われ出したのかとも思ったけど、それにしては質問の内容がおかしい。
なんでこの国は冒険者タグだけじゃダメなのかな。今までなんて、街の出入りの方が国境よりも厳しい気がしていたじゃないの。
疑問は満載だが、わかりやすい疑心暗鬼の顔など見せはしない。別に疑われていないというのなら、わざわざ怪しまれる真似をして気を引くなんて、避けるべきだからだ。
しかしこちらとの関係を聞かれたアンディラートが、なぜか冒険者パーティではなく「俺の…婚約者…?」と小さく呟いて自信なさげにこちらをチラ見してきた。
そして怪しまれる私。
言い方が挙動不審になったことにより、私が何か指示した黒幕みたいな目を向けられた。
まるで婚約者って言えって指示出したみたいになってる。
普通にパーティって言ってくれれば良かったのに、どうしたんだい。裏目に出てますぜ。
「婚約の申出はどちらから?」
「おっと、彼女への質問ですから貴方は答えてはいけません」
兵士の連携! パーティは分断された!
しかし兵士達の顔は真剣だ。お仕事中の顔してる。別にからかうつもりではない様子。
何か意味はあるのですかね、これに答えることって。そんなこと貴方達になんの関係があるのかと問い詰めたい。
対応に悩みはする。
とはいえ答えないと、ここを通してはもらえないのだろうし。
うーん…どちらから…?
最終的には私だが、散々言われた後のくせに「私だ!」とは言いにくいぞ。
めちゃんこ嫁に来いアピールを受けたからな。やっぱ向こうだろう。
だよね?
チラッと様子を窺う。
ほら、アンディラートも明らかに自分だと思ってる顔してる。ちょっとソワソワを隠したお澄まし顔で、ご指名待ちしてる。
そう、私が落ちたのは君の粘り勝ち。君のお手柄…お手柄?
混乱してきた私は、何とも言えず、そっとアンディラートを指差すことにした。
だが、信じてもらえない。
まぁね。今の私の逡巡の間と、彼の隠せぬ期待顔。それを目の前にして、あっさり信じるくらいなら訊かないよね。
「彼は貴女のどこが好きなんですか?」
…な…ぬ…?
私が彼の、じゃなくて?
婚約者は嘘じゃない。決して天使を脅して言わせたりはしていない、本当なんだ。
私は無実ですよ。
そしてその質問に意味は…しかし答えないと…(以下略)
「どこ…。どこかな、私、人に好かれるところなんてないんだけど………顔かしら? でも彼に限っては長い付き合いだから、今更顔なんて見慣れてるよね…?」
大いに悩み始める私。
それをどう解釈したのか、兵士達がアンディラートに視線を向ける。
悩む時間が増えるほど、それは次第に気の毒そうなものになっていき…。
「…でも、やっぱり、顔と胸かな? ここならお母様譲りだから私も自信を持って自慢できるし、思春期の男の子なら受ける影響も大きい部位なのでは…」
「貴方は答えてはいけま…あ、答えないな。パクパクしてるだけか…」
アンディラートは真っ赤になっている。
ゆるゆると首を横に振っているので、私の回答は不正解らしい。
うん、そうだね。言っておいて何だが、私もアンディラートがそんなことで私を追いかけては来ない気がする。そもそも胸が育ったのは後半戦だしな。
兵士達は意外にも紳士で、胸をあまり見ないようにしていた。不自然なほどに視線が固定され、顔だけ見られている。
「違うの? じゃあ…他では食べられないテイストの手料理が出てくるとこ? これも違うの。うーん。君は良いとこいっぱいあるけどさ、私にはないのだよね…わかんないよ…」
多分、ひとつってことはないと思うんだよ。私だって一口には彼の好きな部分を言い終わることは出来ない。
いや、どうしてもと言うなら「可愛い」に全てを詰め込むけれども。
でも、だけど。
厄介事しか運んでない私だ。
厄介事より、好きの比重が高くないと婚約までは行き着かないよね。
私の性格で、アンディラートが好きそうなとこ…ホントにどこだい…? ないよね?
もう「破天荒すぎて放っておけない」からの「手がかかる子を面倒見ていたら情が移っていつしか」みたいな奴では。部位別指定は、無理なのでは。
「何かもう見つかりませんが。もし聞いていたのに忘れたのなら、私にとってはその程度の部位。離す気はないのだし、正直、一緒にいてくれるならどこが好きでも構わない」
「…おい、何見せられてる、質問変えろ」
「ああ。男の方を見れば惚れているのだけは一目瞭然…どこを上げても結果は一緒だな」
真剣にグルグルした結果、男らしさにまみれ出した私に、相手方は質問を変えることになった。
隠し事の出来ない赤面ぶり、アンディラートのその可愛さが関所の兵士をも無言で説得したのだ。さすが天使。
「では、簡潔に出会いから結婚を決意した経緯までを説明して下さい」
エェー…。
冷やかしでは…やはり、ないらしい。質問内容をおかしいと思いつつも、答えないわけにはいかない。
「え、えぇと父の友人の子である幼馴染が、家出した私を追いかけてきて、様々な障害物とトラウマを取り除いてくれた、ため…?」
「追いかけただけなら、他の人でも良かったのでは? 誰でも良かったですよね?」
ちょっ!
アンディラートがショック受けた顔した!
「ないよ! こんな天使、他にいるわけないじゃない、唯一無二の奇跡だよ! 人間不信の私ですら結婚を決意するレベルだよ! 誠実と信頼の癒し系男子だよ! 彼はこーんなちっちゃい頃から紳士で、うちの国の騎士が何人も一目置くくらい努力家で強くて、優しくて可愛くて格好良くてっ…」
…思わず意気込んで無駄に叫ぶ、どころかそのまま良いとこ語り突入というアクシデントはあったが、私達は無事国境を通過した。
婚約者であることはよくわかりました、等と最終的にはえらい冷やかされて2人ともホッカホカで関所を出るハメになったわ。
冷やかしじゃないのではなかったのかい。
婚約のお祝いにって兵長さんの私物のおやつ貰ったわ。ミックスナッツだったわ。
「あんな質問に意味はあるのかしらね。君、全部正直に答えてたけど。私は家族構成に虚偽を混ぜたのに、最終的には通れたよ」
どうせわからんやろと思ってファントムさんを兄として追加したのだ。
なぜか兵士が2人くらい納得がいかなさそうに首を傾げたので、慌てて「厳密に言うと私の両親からは生まれていないのですが」と続けたところ、フーン?て流された。謎すぎ。
そんなにも両親の愛を一身に受けた一人っ子の相をしてるのだろうか、私は。
無心にポリポリとナッツを噛んでいたアンディラートは、一旦こちらを見た。聞いてはいるけども、モグモグ中だから答えられないというアピールだ。
待っていると水筒の水を呷り、しっかりと飲み込んでから口を開く。
「家族構成の申告が真実かどうかは問題ではないんだ。あれは反応調査という。織り混ぜた質問の中に一つか二つ本当に聞きたいことがあって、それに対して真実を答えたかを見るためだけのものだという話だ」
本当に聞きたい、こと…。
それっぽい質問なんてあったっけ? 得意な武器かな? それとも休日の趣味?
全然関所を守りそうな真面目な質問が思い出せない。
本当に訊きたい質問を埋没させるための策だというのならば、大成功だな。実際、どうでも良さそうなのしか思い出せない。
ところで私、本命の質問にはちゃんと答えられておりましたかね…。入国できたから、上手く出来たってことかな。
「…どうして真実かどうかがわかるの」
「性別なんかの見分けが簡単な質問をまずするんだ。それに対する反応を魔道具に登録して、それと比較して真偽を判断するらしい。まぁ、あくまで噂だ。もし本当にそんな魔道具があるとしても、防衛の要所だけなんじゃないかな。…初めてなのか?」
何か言いたげな顔ね…なんて思っていたら、そうでした、私、大体山越えて密入国してた…。
身体が男子で心が女子の冒険者はどうなるのかしらとか考えてる場合じゃなかった。
同じだけの距離を移動しておきながら、私のこの明らかな不慣れさ。これは密入国常連だって感付かれたね。
まともな関所体験が敵とのグレンシア同伴時くらいしかない。そんな事実に愕然としてしまうが、表面的には何でもない顔を取り繕っておく。
ちなみにグレンシアとその隣接諸国では、魔物を倒す冒険者は大歓迎。それを護衛に連れた商人は更に熱烈歓迎。
いっぱい来て魔物を倒してもらえるようにと、国同士で結ばれた冒険者保護協定により、手続きは簡単スルーなのだとか。
関所の手続きの記憶があるの、グレンシアくらいだなぁ…まとめて商人がやってたわ。私、自分では何もせず。
「保護協定って言っても、冒険者タグさえ持っていたらオッケーっていうなら、犯罪者が越境し放題なんじゃないかって思うんだけど…平気なの?」
「逃走と潜伏だけならば、見つかりにくいのは確かだ。戦えて、まっとうな人生をやり直したいと思っているのなら、これから冒険者として生活を始めるのは最適と言える」
えぇー。やっぱり犯罪者に有利なのか。
そんな荒れた国には見えなかったけれど、長く住んだら住みにくいのかな。
まぁ、冒険者は騎士と違って規律も何もない。個人の常識任せだものねぇ…。
ガッカリしかける私に、しかしアンディラートは首を横に振った。
「元々冒険者として登録しておきながら犯罪を起こした場合は、逆にギルドと国が結託して追い込むこともある。一般の冒険者こそを保護するため、協定のない国よりも罰則は重くなるはずだ」
あんな事例やこんな事例を説明してくれる。
トリティニアにはそんな協定なんて適用されていないはずなのに、一体どこで覚えてくるのだろう。
疑問には結構答えてくれる物知りアンディラート。同じ貴族でありながら、彼は色んなことを知っているのだな…。
「そうなの。偽名での登録が通り放題なのに、ちゃんと捕まえられるの?」
「登録に必要なのは便宜上の名前と魔力登録だから。ギルドカードこそ本人が確認できる最たるものだ。他人のカードなんて出せばすぐにバレる。ギルドを利用するつもりなら、偽装なんて簡単に出来るものじゃない」
エルミーミィに簡単に成りすましをされた私の立場ェ…。ド田舎のサボり門番だから通ったけれど、そうでなければ直ぐ様しょっぴかれる案件ってことですか。
ふーん。ぬーん。まぁ、エルミーミィとは結果として仲良くなったのだし、別にいいですけども。ちょっぴり拗ねモードになりかけた私に、彼はポツリとこぼした。
「もう既に追跡は解かれているけど、ほら、グレンシアで衛兵に追われた時は追跡もしつこかっただろう。冒険者ギルドが衛兵に協力しなかったとはいえ、通常ならそう簡単には逃げ切れないものらしい。危なかったのかもしれないな」
そんな、今更聞いても…いや、だからトランサーグが上層部まで根回ししていたのかな。トラブルが起きたらその代償が大きいから。
もちろん捕まる気は毛頭なかったけど、場合によっては捕まった後に隙を見て逃げ出そうとか考えたかもしれない。
でも、予想以上に強固な捕えられ方や重い処罰を食らって身動きが取れなくなる可能性もあったってことなのね。
なんで私の身元を、しかも国のトップなんかにバラすのかと思ったけれど、意味はあったのだ。嫌がらせじゃなかった。
さすが凄腕冒険者さん、色々ありがとう。
やっぱりその内、マジカルシスターのところへお礼を送らなくてはいけないね。




