バスタブに思いを馳せる
お風呂はきっかり1週間で納品された。
アイテムボックスについての詳細などは語っていないが、大物を持ち運べる手段としては既に話した相手。何も問題はない。
ということで引き渡されたお風呂3つは遠慮なくその場で収納。
ドン引き顔をされながらも、ニコニコ現金払い。
ついでに使えそうな素材や魔石も詰めておきましたぜ、旦那!
是非これでまた、何か便利でいい感じのものを作成してほしい。私が買いに来れるのかはわからないけども。
「また、お前は…これでは支払いすぎだ」
「未来への投資です。私はこの魔道具を高く評価しているので」
力を込めて宣言した私を、魔道具職人と幼馴染が揃って見つめた。
え、何ですの?
言葉がわかりづらかった?
「改良でも新作でもいいですが、今後も活躍されることを期待しているので、素材は何かの足しにして下さい」
付け足してみたら、一瞬の間はあったものの幼馴染は納得したように頷いてくれたので、何も問題はないようだ。
そうでしょ。お風呂、便利よね?
それなら、この人は更に何か作ってくれるのではと期待しちゃうよね?
「…まぁ、気に入ってくれたことはわかる。こんな馬鹿デカいものを、旅の途中に4個も買ったくらいだからな…当初は浴槽を引き摺って歩く気かと正気を疑った」
以前に買った自分の分を含めての4個だね。
ちょっと今、バスタブ4連結して歩く自分を想像してしまった。
ピラミッド作りか何かで石引きさせられてる奴隷でも一気に4個はないわね。
あとは…うん。教会で復活するまで仲間の棺桶を引き摺るRPGの図、さすがにお断りである。
そもそも、身体強化でいけるのかなぁ。
私の分のバスタブ1号だけは巨木のくり抜きでズッシリしているが、他の量産型は正体不明の謎素材で出来ているためもう少し軽い。オテル・ド・アロクークに納品されているのと同型…あ、いや、アロクークさんの宿は別にそんな名前ではないが。
私は発注こそした身だが、ディトリーリィさんが提携しているバスタブ工房(仮)とは直接コンタクトを取っていない。だから何で出来ているのかなんてわからないのだ。
強化プラスチックなんてないのにコレ何なのかしらと興味本位で問いかけたら、聞いたことのない魔物素材が混ぜ込まれているっぽかったのでそこで打ち切って追及をやめた。万が一にも、それが虫っぽい奴から取れた素材だったら許せないからだ。
多分、きっと元々バスタブ型のゴーレム。それに魔道具部分をパイルダーオン。そんなわけないってわかってる。
「さすがにもうないとは思うけど、前の街みたいにディトリー魔道具店が閉店の危機に瀕するくらいなら、トリティニアへの移籍も選択に入れてほしいものだよ」
獣人ハーフみたいなことを言っていたけど、見た目全然わからないから問題ない。
何なら雇ってあげたいが、今後私の生活がどうなるかはさっぱりわからない以上は下手な約束は出来ない。
冒険者生活を続けられたなら素敵だけど、そうなるかどうかすら一度国に帰ってみないことには…というか、やっぱり無理じゃないのかなぁ。家を継がなくっても、アンディラートが放浪生活に入るとはどうにも思えない。
騎士と一緒に出掛けて遠征慣れしていたって、私を追ってこんなに遠くまで旅をしてきたって、彼はしっかり教育された貴族嫡男なのだ。私のように平民魂は入っていない。
如何にも貴族的な生活をしなくたって、冒険者以外のお仕事を得て定住するのでは。
せいぜいがヴィスダード様同様に、休日冒険者するくらいなのでは。
すると、お隣の国くらいならまだしも、こんな離れた国になんてそうそう遊びには来られないのではないか。
旅の出会いは一期一会。ステキバスを作成した天才(!)魔道具職人とはいえ、もうここで今生の別れかもしれないよね。
万が一トリティニアに流れ来る時のために、身分保障を渡しておくべきなのだろうか。
うーん。でもなぁ。来るかな。
…彼だって好き好んでこの街に住んでいるわけだし、前と違って仕事もある。トリティニアへ来るか来ないかで言うと、来ないのではないかな。そうすると、身分保障を渡しても無駄というか。
まっ、身分保障がなくても、ディトリーリィさんならトリティニアに来て職にあぶれることはないだろう。
トリティニアは魔法使いが全然いませんので、やっぱり大国と名乗るには他2国よりもずっと遅れている。高度な技術を持つ魔道具職人が不要になることなどないのだよ。
とはいえ魔獣のレベルが違うのだから、魔石の質も違うかな。
作りたいものが材料不足で作れないとなると困る…あぁ、そこは銀の杖商会の開店で補えるのか。
自分がどうなるかわからない中で、継続してパトロンになるなんて発言も出来ない。
投げ銭的な素材投資ならまだしも、私に非もないのにディトリーリィ氏の一生なんて面倒は見られないよね。望まれもしないだろうし。
よく聞くマイ商会を起こし、自分が欲しい魔道具を作らせ、量産させてボロ儲け…なんてのは余程不便な世界でしか出来ないのだよ。
だって、この世界には既に良い魔石コンロも冷蔵庫もあるのだから。
こちらの家電は電気ではなく魔力を使う。家電ではなく家魔…なのか…。
もちろん素人には構造のよくわからないもので作られている。前世並みに便利な世の中になるためには、価格と普及率の問題がある。
ならば、私が多少足搔いたところで何になるというのか。私はとりあえず自分とその周りのごく一部が便利なようにだけしますわよ。
風呂爆買い女の出現は、この街の人々にちょっとした話題を提供したらしい。しかし、つられて買っちゃう一般人は出なかった模様。
…この発展していないお風呂状況とは、つまり…大半の人にとってお風呂はあまり重要ではない位置付けだということで…。思想がもう、私とは根本的に分かり合えないわけで。
そんなん、領主でもなきゃ改革に乗り出せないわ。内政チートのターンは来ないよ。
本来、どんなに便利でもお風呂が単品で爆売れすることはない。世間的に見ると、私はとても酔狂なお客様です。
クッ。変人で結構。今更ですわ。
おすまし顔を取り繕いながら、私達は再び帰国に向けて旅立った。




