幼馴染とワイン。~おや、天使の様子が…?
そうしてようやく、その時は来たのだ。
「うわぁ、すごい」
雨でも風でも雪でも、身体が鈍らないようにとちょいちょい冒険者ギルドで依頼をこなしてくるラッシュさんが帰宅し、目を真ん丸にしてテーブルの上を眺めている。
「宣言通りのごちそうだ」
「口に合うといいんだけどね」
「合わないわけない。どうしよう、いい匂い。風呂は後にして食べてもいいかな…」
主に前世料理だぜ? わからんじゃないの。
口のほうを合わせますということ?
材料が揃ったので、今夜はごちそうだよ!と予告してあった。
素敵で豪華な何かとかは作れないので、単に手間と品数が増えるだけなんですけれども。
「いいよー」
気になる汚れはアイテムボックスさんにお任せあれ。
サッと取り除いたら、勘で気付いたのか、真っ赤になってしまった。
マント脱ぎながらそんな顔しなくても大丈夫、嗅がないって。ちゃんと埋めるって。
私は別に、前世で料理人とかしていたわけじゃない…はず。
でも圧力鍋は知っているからサポートで再現できる。料理によってレシピの詳細はわからずとも、こんな感じで作るんだなというのがわかる。
つまり家庭料理レベルで作ったことがあるってことなんだろう。
共に料理を楽しむ相手なんていなさそうなんだけど、作らされて搾取されてたのか、割り切っておひとり様を全力で楽しんでいたのか。…どちらにせよ…うぅ、考えまいぞ。
貴族のパーティー料理は再現なんて無理だけど、前世庶民のパーティー料理イメージみたいなものはあるから頑張った。
しかし…原材料が割と異なります。
グレンシア、結構、魔物肉をメインに食べるからね。ビーフ下さいって言ってるのに「煮込む? それならこっちのが旨い!」って牛系魔獣肉を出されたよ。
商会注文じゃない現地調達の素材は、事前調査と調理実験が必要だったよね。
ホルモンも手に入ったからって何となくミーソ煮込みにしてみたけど、さすがミーソ、見た目ヤバすぎて食べ物じゃない。
でも食べれば味は普通。でもかなり視覚の暴力。でも食べれなくはない。葛藤。
彩りチームに混ざれば誤魔化せるかと一応は少量、添えた。蛍光色のモツ…。レタスとニンジンの側に置くことでカラー枠に入れたはずだと信じる。
でもまぁ、ステーキにハンバーグにビーフシチューと鳥の唐揚げで肉好き男子には十分のはずよね。…肉の追加希望が出たら随時焼きます。
だって、これ以上は冷める前に食べ切れないと思う。冷めた肉、いと哀し。
ミートローフのほうがパーティー感があったのかもしれないけれど、私はハンバーグのほうが好きだ。四角より丸のが美味しそう、特にビッグな場合には。
とはいえ座布団かクッションかくらいの差です。
それと、この反動で自分的に「メッチャ野菜欲しい」ってなってシーザーサラダと、ナスとズッキーニとパプリカのグリル(もどき)を追加した。
この世界にもパプリカ的なのはあるんだよ…でも肉詰めはピーマンじゃないと納得できないんだ。ズッキーニもね、何か違う。ニンジンみたいな色してる。
パン食の世界なので主食はパン。
ホームベーカリーもないのに私にパンは焼けないので、これは買ったもの。
マカロニグラタンしちゃったから、主食にはパスタを置けないしね。
ああ。ジャンボメニュー定番のチャーハンやオムライスにして、旗でも立ててあげられたなら良かったな。トリティニア国旗なら描けるのに。
山のようなパンを食べるよりも、よくお腹に溜まることだろう。
別に白米スキーじゃないからって、今生で全く米を探していなかったのが仇となったよね。主食の幅が狭い。
魚はアクアパッツァと白身魚フライ。でもただの塩焼きも美味しいのよね。秋刀魚を大根おろしで食べたいな…圧力鍋に頼って生姜と醤油で骨まで軟らかく煮てもいい…あ、ダメ、醤油なかったわ。
私が薄ぼんやりとしている間にも、アンディラートは嬉しそうに肉を平らげている。
速い。やはり消費スピードが速いぞ。
今だ!とメインのワインも出してみた。
出してみた、のだ、けれど…案の定の結果に。
一舐めして、やっぱり盛大に顔をしかめたうえ「せっかくのご飯が美味しくなくなってしまう」と言って水で口直して以降は全く口を付けない。
放置ワイン。可哀想。
そもそもコレ、お酒を飲む会のはずだったのに。赤白共にまさかの「食事に合わない」判定だ。
これは…、出番が来たな。広口の瓶を2つ、アイテムボックスから取り出す。
「ちゃんと飲む前に開けちゃ悪いかなって思ったんだけどねぇ。一応、半分ずつ『サングリア』にしてみたから飲んでみない?」
料理に合おうが、きっと普通にワインだけじゃ飲めないだろうなと思ってたんだよ。
アイテムボックス内で真空にして作業したから酸化はしてないはずだよ。許してくれい。
耳慣れない言葉だったのか、アンディラートは首を傾げた。
令嬢的にも冒険者フラン的にも酒場に入り浸ったりしないので、こちらにサングリアがあるかどうかは知らない。
しかし個人的にはサングリアは美味しいと思います。
ジュースっぽいし、何より割ってもただのワインより違和感がない。普通のワインを水で薄めるって、何となく受け入れにくいのよね。前世酒飲みだったのかしら。
赤も白も用意しましたよ。果物を漬け込んだ瓶をテーブルに乗せる。
「水割りもできるけど、まずはこのまま味を見てみようよ。私もまだ味見してないから、一緒に飲もうね」
キッチン行くの面倒だからアイテムボックスでいっか。
ワイングラスをテーブルから消し、2つのコップにサングリアの赤を注ぐ。
おぉっと、オレンジが転げ出た!
飛び出しかけたサングリアはササッとアイテムボックスで回収、瓶に戻して…っと。
セーフセーフ。
「果物を漬けたのか。こんなに色々…冬なのに大変だったろう」
「そこは銀の杖商会様々。市場になくても商会になら有る。…普通にワインだけ飲むより、飲みやすいと思うの。きっと飲めるよ」
コップを渡すと、じぃっと赤い液体を見つめるアンディラート。
…あの、もしも飲みたくなかったら無理しなくてもいいんですよ。
私が言うより先に、彼は決意したような顔で口を付けた。
可哀想。戦士の顔をして挑まねばならないほどに、お酒は苦手なものなのだな…ホント可哀想。泣けるわ。
だが、すぐに彼は弾んだ声を出した。
「美味しい!」
目を真ん丸にしているから、驚いて思わず出たのだと思う。
ということは、お世辞ではなく本当に美味しく飲めたのかな。
「良かった」
ホッとして私もコップに口を付ける。
うん、サングリアは良いものです。
「確かにワインの味もする。けど、飲み込むのに苦労しない。すごい。これなら飲めるよ、ううん、好きだ」
飲みやすい、と嬉しそうにアンディラートが笑う。
これで駄目なら薄めて、それでも駄目なら諦めて酒精を飛ばしたワインゼリーを。それでも味が駄目なら料理にブチ込みだなと計画立てていたのだが、残りを全部サングリアにして飲んでもいいかもね。
飲めなくて料理にしたよと悲しげに言われるより、美味しく飲めたよと笑顔で言われるほうが、商会長さんも喜ぶことだろう。
「私もサングリア好き。一緒に飲めるね」
「…オルタンシア。ありがとう」
一言に色んな重みを込められた感触。
ほんのり頬を染めて笑う幼馴染の可愛さよ。
だけどお酒が飲めないことをそんなにもプレッシャーに感じていたのなら、これで第一段階はクリアしたわけですよね。
無理しなくていいんだとわかれば、のんびり自分に合うものを探すこともできるでしょう。
もしどこかのパーティーやらで飲まないといけなくても、好きな銘柄を先方に伝えておくことは普通にあることだ。用意してもらっておけば恥をかくこともない。
グラスに入れてしまえば、見た目もただのワインだしね。
カクテルとかも提案してあげてもいいかもしれませんね。
世には他にも似たような人はいるはず。
トリティニアで流行らせるか、カクテル。お父様パワーで流行発信するのだ、金と人脈で。流行れば気兼ねなく飲める。
肩の荷が下りたのか、アンディラートの食事ペースが更に上がった。
初めて美味しく飲めたことが嬉しいのか、セルフサービスでかぱかぱとおかわりも進む。
…え…ペース速くね? 気のせい?
「アンディラート、もっとゆっくり飲んだら? コレお酒だから酔っぱらっちゃうよ?」
私は遠慮して、おかわりしていません。
瓶の中身、いつの間にこんなに減ったの。
「全然問題ない。美味しいよ。料理はどれも美味しいし、サングリアは白も赤も何にでも合うと思う。とっても幸せだ」
小さめピザを瞬く間に平らげてのエンジェルスマイル。うぅん、プライスレス。
喜んでもらえたので、用意した私もすごい満足感あるけど、大丈夫かな。
まぁ、味が嫌いなだけで、弱くはないのかもしれないよね。父親のヴィスダード様だって、下戸だなんて話は全然聞いたこともないし。
バランス良く全ての料理を大量に食べ、サングリアもほとんどを1人で飲んだアンディラートさん。一応お水も側に置いてみたんだけど、気に入ったらしいサングリアしか頑なに飲みませんでした。
もし食事が余りそうならあの辺を残してもらえば次の日に味変できるかなーとか色々考えてもいたんだけれど、…何にも余らなかったよ。驚異。
うちの天使は、やはりフードファイターなのだろうか。
「えっと…デザートはどうする? チーズケーキなんだけど」
「食べるよ」
うわ、食べるんだ。
その身体の中身は、もしかしてほとんど胃袋なのだろうか。
普段のご飯、もしかして足りてない?
君を飢えさせない方法がわからない私ですよ。…うーん。
でも依頼を受けて運動してきた後だと思えば…お腹減ってて当然?
運動部系男子の食欲、際限が見えない。
食べているから負担は少ないのか、あれだけ飲んでも顔色も変わっていないようだし、呂律も怪しくなったりはしていないけど…急アルで倒れるのだけは、やめておくれよ?
ちょっぴりどきどきしながら、空いた皿をキッチンへ片付ける。
ちょっと目を放した隙にバターンてしたらどうしよう。
しかしデザートを持って戻ってきても、アンディラートは機嫌が良さそうに微笑んでいる。良かった、本当に平気そうね。
ああ…サングリアも…目を放した隙に全消費しましたね。飲み続けてましたか。
空のグラスに目を向けたことに気付いて、彼はそれを隠すように両手で握る。
いや、なんで隠すの。怒らないよ、別に。
君のために作ったもんだよ。倒れないなら好きに飲んでいいんだよ。
「ごめん、俺ばっかり飲んでしまった。美味しかったのに、独り占めした。…また、作ってくれる?」
そんな上目に問われたら、そりゃ脊髄反射で頷きますわ。今すぐにでも作り始めたいですわ。
ニッコリしつつ、紅茶とチーズケーキをアンディラートの前に置いた。
「もちろんだよ。さっきのワインも半分くらいずつ残ってるから、またサングリアにして飲めばいい。でも、デザートのチーズケーキは、酔い醒ましに紅茶で食べようね」
「うん」
あー、可愛い。今日はいい日だわ。
などと考えながらトレイを持ち上げる。
テーブルの向かい側、自分の席へと移動しかけた時にそれは起こった。
トレイ、引き止められてる…。




