何かのお祝い。
一休みしようとお茶を入れて座ってから、私は預かっていた品をテーブルに出した。
満を持して風呂敷包みが解かれる。
予想は裏切られずに、ドドンと酒瓶が現れた。
「お祝いにって、アグストがくれたみたいなんだ。でも、俺は飲めないかもしれない」
お高そうな2本のワインがセットされた、アーティスティックな籠みたいなものを片手でこちらに渡しながら、彼は言う。
差し出されたのでつい受け取りましたが、これ、私にくれたものじゃないよね。それから、そんなヒョイッと渡しても…普通の令嬢は重くて落とすよ。私は平気だがな。
箱ならわかるけど、ボトル専用の籠って初めて見るなぁ。
赤ワインと白ワインが1本ずつ、上手いこと固定されている。
この世界のギフトボックス的な入れ物なのだろうか。
念の為そっと両手で持ちます。
もちろん片手でも持てるし、万が一取っ手がもげても凄い反射神経でキャッチできるけど…ハハッ、無駄なゴリラアピールは控えたいですね。
「君、えぇと、お酒の味は、苦手だったのよね。今も得意ではないのね?」
「うん…格好悪いけれど」
大人の階段は特に登っていなかったようだ。ちょっと悲しいような顔をしたので、何か言わねばという焦躁に駆られる。
本当は美味しく飲めるようになりたいんだろうな。男の子だし、見栄的にも。
こちらとしては、ハタチ前なのだから飲めなくてもよろしいという前世の常識が…いえ、こちらでは成人済だとわかってはいるよ。
わかってはいるが、無理するようなもんでもないというか。
自分が美味しいと感じるものを飲めば良いと思うの。だってお酒なんて嗜好品じゃろ?
「飲めればいいってものじゃないよ。酒乱の人だっているし、お酒で気が大きくなって失敗することだってある。体質に合わないのに無理をしたら身体に悪いだけだもの」
彼は体格的には、もう、子供だとはとても言えない。ちゃんと大人だ。
だから今更お酒を飲んだからといって、成長に支障など来たさないだろう。
そして大人になった今だからわかる。
彼はオーダーメイドしか身体が受け付けない、根っからの貴族だ。
だって、もはや市販品のズボンが穿けない、おみ足ロングぶりェ…。
それとも、グレンシア人とトリティニア人の体格差なんてあるのかしら…いや…私と並んでも普通に長い…腰の位置高い。
なぜその成長を分けてくれなかった。私も伸びたかったよ、今こそお揃いにしてよ。
しかし本当に私が身長を奪ってバスケ選手並みに伸び、そのせいで彼が小さく成長していたとしたら、それはそれで罪悪感。
いや、歴史に「もしも」はないのだ。私の身長は止まった。…それが…現実。
脳内で結論が出たところで、何食わぬ顔をして会話を続ける。
「それに、まだ好きな味のお酒に出会ってないだけかもしれないじゃない? ねぇ?」
言ってはみるけれども、本人が納得していない以上は、単にフォローされたなって思うんだろうな。そんなことを考えていたら、案の定困ったように微笑まれていた。
本当に適当に言ったんじゃないんだけどね。
お酒にも甘いだの辛いだの、濃いだの薄いだの、好みがあるじゃない。火酒が飲めれば素敵な生き物ってわけでもないでしょう。
そもそも、お酒を飲めることは別に格好良いことではない。飲めたら偉いってことはない。
嗜む程度ならまだしも、泥酔して意味不明に怒鳴ったり殴ったり絡んできたらメッチャ怖いし、とても迷惑で害悪ですらある。
…でもねぇ。
確かに、下戸の人ってあんまり見かけないのよね。
冒険者は仕事上がりに集まって飲むのがお好きなようだし、貴族だって昼こそお茶会だけれど夜にはお酒が入るものだ。
美味しくないのに飲む必要はない…そう思えるのは私に前世の記憶があって、急性アルコール中毒は怖いとか、アルコールハラスメントはいけませんとか、そんな現代知識が下敷きになっているからなのかもしれない。
この世界の男子は、飲めないと居心地が悪いのかな。
でも無理なんかして急アルになったら…そんなこと、頑張ってほしくないなぁ。可哀想すぎるよ。
御守ではお酒は毒判定されないはずだ。急アルは防げない。
「…ワインゼリーかな。お肉の赤ワイン煮込みかな。白ワイン入りのチーズリゾット。チーズフォンデュもいいね。とろっとろのチーズに腸詰や野菜やパンを絡めるのよ」
この世界でフォンデュ用品見たことないな。
サポートで作れなくはない気がするけれど…まぁ、そもそも卓上コンロがないんで、専用器具なんてなくたっていいのか。
チーズは鍋で溶かせば良いし、具材はフォークで刺せばいい。ガワがどうであろうと、味は変わらない。美味しいチーズを使うことのほうが大事。
カロリーの気配を漂わせると、思ってもみなかったというように彼は目を見開いた。
「いいな、美味しそうだ。そうか、飲めなかったら、料理に使ってもらえばいいのか」
ようやくアンディラートの頬が緩んだ。
そうよ、貰い物だからって無理に飲まなきゃ駄目ってことはないのです。
如何にもお高そうなワインなのにもったいないって? いやいや、貰った当人が美味しくいただければ問題ない。
銀の杖商会の主は、同士だ…と私は思っている。
そう、「アンディラートに癒され隊」の隊員だ。
つまりアンディラートを喜ばせたくてワインを贈ってくれたのだろうから、喜ぶ結果に持っていくのが正しい。
というか飲酒初心者に、こんな…ボトル2本も簡単に空けられないでしょうよ。
ワインは案外アルコール度数が高いのよね。
どうしてこれを手に入れることになったのだい。
「そもそも、何のお祝いなの? 銀の杖商会の会長さんからなんだよね。どうして君に、お酒をくれようと思ったのかな」
アンディラートは微笑んだが、その目線はススッと斜め上に逸れ、「うん」と言ったきり明確な答えを返すことはしなかった。
嘘はつかないまでも、確実に濁されている。全く隠せてないことは許します。
「内緒だ!」とは言わないところを見ると、どうしても隠したいってわけでもなさそうなのかな。プライベートな何か…ってこと?
悪いこと(身体に)でもなければ「このアテクシに隠し事なんてひとつも許さんですよ!」とか言わないよ。プライバシーも大事。なので私もさらりと話題を転換しておく。
「赤はお肉に、白はお魚に合うって聞いたような気がするから、今度試してみようか」
お魚が売ってるのかって? そこは、下手な市場より安定の銀の杖商会である。各地の食品を扱いたがって旅に出てしまったグルメな身内がいるらしく、食品部門も充実。
自分達で食べる分も含めて仕入れているらしいので、駄目元で聞いてみると意外とさらっと取り寄せられる。冷凍で。
食材の鮮度管理のためだけに複数の氷魔法使いを専属で雇っているらしいのだよ。
引退した冒険者の受け皿を兼ねているので、魔法使いだけでなく色々な人材がいる。
地元グレンシア民にも貢献する一石二鳥の商人っぷり。納得の大商会。
「任せる。とりあえず預けるよ」
なぜか私に一任された2本のワイン。
それに対して疑問に思うよりも先に、私は飲む場を整えようと考えていた。
美味しいお酒を飲むには、相手に合わせた下準備がいる。
例えば会場の雰囲気、照明の明るさ、参加者の顔触れ、料金プラン。
今回の場合は、料理をたくさん、だね。
前世の私、幹事めいた雑用係でもやらされていたのだろうか。即座に会をうまく回そうという発想が頭を占めてしまって、うっかり任されてしまっていた。
だけどお料理たくさん作るのは楽しそうだわ。
呑兵衛だとおつまみ程度で良いのだろうが、ご飯はしっかりお腹に入れてから飲む方が健康的。
まして相手の胃袋はブラックホール。
美味しい料理がセットされていない飲み会は、魅力も半減だ。飲み放題より食べ放題ね。
しかし、飲み会を実施するまでには少し時間がかかってしまった。
材料を手配している間に結構な時が過ぎてしまったのは、銀の杖商会がやる気を出してきたからだ。ヤツら、お勧め食材をめっちゃお取り寄せして格安にしてきたのよ。私はただ、近々お魚の入荷はありますかって聞いただけなのに。
冬なのに、超速便とか使って送ってきたよ。商会の本気。
肉も上等なのをお取り寄せされた。ただのビーフシチューを作るつもりだったから、そこそこの肉で良かったのに。
でも本気出されると、頑張っちゃう。品数増やそう。デザートも作ろう。
余った食材や料理は、冷凍保存すればいいのさ。
シチューは市場で買った肉で、取り寄せ肉はローストビーフにしようかな。うーん、いい肉ならむしろシンプルなステーキが、結局は一番美味しかったりするのかも。
そんなことを考えたら、炭だの岩塩だの粒胡椒だのを更に銀の杖商会に発注することになり。
いや、だって前世のお国柄、どうしても食いしん坊だからさ…別にそんなことないよとか平気で言う人もいるけど、君達意外と舌肥えてるんだからねっ…!
見知らぬ脳内日本人達に「それすら謙遜なんですぜ」と説きながら。
とにかく私と銀の杖商会が、全力でアンディラートに美味しいものを食べさせようと画策したということだよ。いいことなんだ…いいことなんだよ!




