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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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230/303

春が来る前に

グレンシアは魔力の潤沢な土地柄として冬の寒さが厳しくはない。

そして、冒険者は用もないのに、わざわざ危険な雪深い中を旅などしない。

だからこの時期の天候について、最新の情報を持つのは商人だった。雪が深くても隊列を組み、商人は冬用馬車で移動する。


しかし真冬もピークを過ぎるこの時期になれば、移動を考えている冒険者達はぼちぼち情報を集め始めるのだという。

商人といえば銀の杖商会。

そんなわけで燃え尽き症候群から解き放たれた私と、ハイパー介護ヘルパー幼馴染は、銀の杖商会に来ていた。まぁ、そんな改めて言わなくても日常的なお買い物で、普通にお邪魔しているよね。

市場行くより色んな物が一度で揃っちゃうし、品揃え良いから…食料も雑貨も、いいのが買えるんだもの。


「丁度良かった。こちらからも、お届け物に伺うところだったのですよ」


こちらを見つけた店員さんが、フレンドリーな感じでアンディラートに言う。

それなりに本性がバレているとはいえ、幼馴染が懇意にしている場所なので、ここでの私は比較的おとなしくしておりますよ。

今更の猫かぶりですが、何か?


「届け物? 何か注文していただろうか」


覚えのないアンディラートは、私の発注かとこちらを振り向く。しかし、私でもありませんので首を横に振る所存。特に最近は、お取り寄せ品など頼んでいない。

全力で被介護者してた。楽に生きてた。いや、お陰様で今となってはこの通り元気!


「いえ、ご注文品ではないのですが…商会長からです。こちらをラッシュさんにお渡しするように、と」


ドンとカウンターに載せられたのは籠だ。

取っ手だけが見えているので、そう判断できる。物が何かというのは包装紙…あれ、紙じゃないな、布に包まれているので見えない。

…不思議な巻き方をしている気がするな。実は結構大きな布みたいだ。一枚布で上手いこと巻き巻きして、クッション材も兼ねているということだろうか。


「さて、天気の情報をお求めにいらしたのでしたね。今年の天候自体は…例年通り、というところでしょうか。このまま順調に雪が溶けたなら、早ければ来月初旬には近隣の街間を繋ぐ乗合い馬車も出るかもしれません。しかし場所によっては急に冬型の気候に戻ることもございますから、遠出はまだ…トリティニアへ向かうのならばもう少し待たれた方が良いでしょう。城都から離れるほど、魔力の恩恵は薄くなりますから」


アンディラートがふんふんと頷くのを横目に、私は全然別のことに思いを馳せていた。

カウンターの布包みが、なんか風呂敷のアレンジ結びっぽく見えてきたのだ。


プレゼントは風呂敷包みかぁ。

わりと嫌いじゃないぞ。いっそ流行れ、風呂敷。和柄の可愛いのとか欲しい。

どうやって染めたら出来るのかなぁ。絞り染めくらいなら出来そうだけど…いや、布用の染料で図柄を手描きで頑張る? ある意味、職人ってそういうもの?

根気と気力体力の充実した今生の私ならば、出来なくはない気がするよね。


改めてじっくりと考えてみると、和柄は結構好きみたいだわ。

着物は世間的にも顔立ち的にも手を出そうとは思わないけど、小物なら。大小様々な花柄はもちろん、親近感のある張子の犬や千鳥格子から、鞠とか鶴とか水流紋とか…イイ…ふふ、一点ものか、素敵。


脳内でああでもないこうでもないとニヤニヤしていたら、店員さんがチラリとこちらを見た。ギクリ。ニヤニヤは脳内だから、顔には出ていないはずよ?

若干焦りながらも、何食わぬ顔で小さく首を傾げて見せる。すると店員さんはまたチラリとラッシュさんを見た。


そこまでされれば、さすがにわかります。内緒話がしたいのですね?

もしかしてプレゼントの中身について、私に知られたくないのだろうか。だとしたら店員さん自身が秘密にしたいのではなく、きっと商会長の指示よね。

突っかかってもどうしようもない。


「ちょっとその辺の棚見てるね」


幼馴染はきっと帰宅後には私にばらしてしまうだろうが、あえてここで暴く必要もない。

実際に興味のあったストラップ的な飾り紐コーナーへ移動。

そういや私、サトリさんに「御守は首から掛けた方がいい」的なことを言われていた気がする。そもそも、その前にだってお揃いで首飾りにしようとか言ってた気がするのに…わちゃわちゃ色んなことがあって、優先順位を下げてしまったのだわ。そしてその結果が…危うく天使を天に返す寸前に。


猛省。ストラップじゃなくて男性用のネックレスの参考品が必要だ。うーん。

あのあと私が燃え尽きちゃったから、彼が切れたストラップをどうしているのかわからないな。今は…剣には何も付いてないみたい。

まさか捨ててはいないだろうから、リサイクルできるだろう。

御守本体を作り直さなくていいなら、材料から仕入れるのと違って直ぐだ。デザインには悩むとしても、加工だけの手間で済む。


如月さんはもう来ないと信じたいが、一生の長さを無闇に短縮しないための手段は、幾らでもあった方が良い。

だが、彼は私のように色々こまごまチマチマと作る趣味はない。切れちゃったストラップを自力で直す気はないだろう。

とはいえ修理に出すということは身から離すということだから、私が腑抜けていた間に実行するとは考えにくい。

…そもそもアンディラートという生き物は、私から見ると相当に気長な性格だ。

私がふと思い出して何か作ろうとするのを、無言で待っている可能性はあるかもな。


「あれ、もう終わったの?」


まだウインドウショッピングも終わっていない…どころか妄想タイムすら中途…。

隣に立った幼馴染と、カウンターからこちらに会釈した店員さん。

うん、お話は確実に終わっているな。


「待たせて悪かった。後で話す」


「全然構わないよ」


ばらさなくても、商会長がこちらに知られたくないというのなら、わざわざ暴き立てようとも思わない。

言わないぞという強い意志を込めた顔で「内緒だ!」って言い切られるのもなかなか良いものだよ。

ふふ、想像だけでもうホッコリ。


もしかしたら商会の最新の商品の試供品とかかもしれないもんね。そしたらライバル店に情報が知られないようにしたほうがいいし。

商会長、アンディラートに貢ぐの好きだからな~。

もちろん、私も好きだ、負けぬ。


しかし残念ながら、何を言わずともその贈り物…帰り道にて、既に中身を隠せない状況だった。

だってその籠、クッションが弱いのかガチャガチャ鳴るのだ。

何をどう考えても、確実にビンが入っているよ。


プレゼントに醤油や酢や油はないだろう。彼は調理に手間をかけたい派ではないし、女子力の上がりそうな飲むフルーツビネガーなんかもこの世界では見かけない。

このサイズのビン…しかも贈答用というなら、それはもうお酒じゃないのかね。

大きさと形から見て2本入りだよね。ワインでしょうよ。何なら赤白のセットと見た。


…でもアンディラートは昔、極うまラムレーズンっぽいものをつまんで「まじゅーい!」って顔になってた記憶がある。だからてっきり下戸なのだとばかり…え、実はこの子、お酒を飲めるの?

もう成人はしているのだし、知らぬ間に大人の階段を登ったのかしら。ちなみに私は登りました。

ジュースの可能性はまだ残っているが、どちらにせよ飲み物だろうね。


「アイテムボックスに収納しておこうか? それ何か重そうだし割れ物っぽいし…プレゼントなら、開ける前にうっかり割れても悲しいでしょう」


「…そうだな。お願いしておこうかな」


そんでもって受け取ったらもう秘密感、ゼロよね。

だが生真面目なアンディラートでさえも、このアイテムボックスの便利さには抗えないのだ。ふふ、堕落の女王オルタンシア様よっ!

きょろりと周囲を確認する。人影はないが…せめて、こうするか。取り出した大きめの布をアンディラートの手にファサリとかける。


「ワン、ツー、スリー! はい消えた!」


サッと布を取れば籠はどこにも見当たりません。種しかないマジックである。

アンディラートは私の突然の奇行にも慣れたものだ。ほんのり微笑んで両手のひらを上に向け、何も持っていないことをアピールし返してくれる。


いや、まだここ外だからさ。収納を提案はしたけど、万が一誰かに見られていた場合には、これで手品だと言い訳をできるよね。

一応擬態なのよ、奇行には変わらないけど。

素直な彼は何事もそんな深くは受け取っていないと思うし、そもそも、じゃあ路地裏に隠れてやれよというアレなんだけども。

人いないなら、めんどい。(本音ボロリン)


もう、普通ってよくわからん私なのです。

アンディラートジャッジに全てを委ねたわ。

彼がダメだと言わないのなら、それは私がやっても良いことなのだ。間違いない。


アイテムボックスに入れた荷物は重さなど感じないが、アンディラートはもう寄り道せずに帰ろうとしている。

美味しそうな匂いをさせている屋台に見向きもせず、まっすぐに歩を進める姿。

普段なら3軒くらいは買い食い対象店になるのでは?

こんな総スルー、腹ペコイメージの強い彼には、何だか珍しい気がしていた。


「ねえ、君、おやつに串焼きのひとつも買わないの?」


「え? お腹が空いたのか?」


問えば、私が欲しがっているのかと思われてしまった。

違いますよ。私はそんな腹ペコ要員じゃないです。


「いや、この辺いい匂いしてるから。君が食べたいかなぁと思っただけよ」


「あぁ、…そういえばいい匂いがするな」


今更、顔を上げて屋台を振り向く。

マジか。この肉臭に気付いてなかったと?

焼き肉臭って無視の難しいものだと思うのだけれど…一体どうしたのだろう。

さっきまで元気に見えたし、別に今も具合が悪そうには見えない。

…というと…鼻だけ、不調?

そうか。鼻づまりだね。


「風邪か鼻炎か…ストレスか疲れで匂いがわからなくなることなることもある? 鼻声ではなさそうだけど」


「や、やめろ、鼻を覗こうとするな、別に詰まってない、違うことを考えてただけだっ」


私の方が背が低いので見上げ放題のはずなのだが、後退ったアンディラートの両手がサッとこちらに向けられて視界を塞ぐ。

お断りの手のひらしか見えないぜ。見事なパパラッチ防御術。


覗いてどうする気なんだ!と叱られれば、別にどうする気でもなかったのは確かだが。

幼子でもないのに他人が鼻チーンしてあげるというのもな…あれ、でも自分でやってないのだし…それでスッキリ開通するならいいじゃん。試しにしてみるか?


…そんなんしなくても、もっと簡単に…直接アイテムボックスに入れるか?

見えればやれるわ。

よし任せろ、すぐにお鼻スッキリないつもの君に戻してやるからな。


「の、ぞ、く、な!」


それでも鼻を見つめていると、ついに私の顔に手を掛けられてしまった。

これは鉄壁の目許ガードだ。


「あっ、ハイ、スミマセン」


ヤベ、本気で嫌がられている。つい心配が勝ってしまったが、普通に嫌か、確かに。

しかしながら本気の対応が目を隠すだけ。

相変わらず、手が、温かい。


「なんか、疲れ目の治療だと思う」


「…何の話をしてるんだ?」


温かいものが目許を覆うことについてです。

私の言葉は理解されることなく、目を隠されたままクルリと向きを変えられた。

え、このまま帰るのですか?

難しくないか、目隠し帰宅。

私、心眼とか持ってないけど平気かな。


しかしながらダンジョンやらの危険がある場所でもない。ただの遊びだ。

スイカ割りみたいに「右に曲がるぞ」「まっすぐだ」なんて指示に、時折わざと反してみたりしながら、2人で笑いながら帰路を辿った。


「雪解けを聞いたら、まずは護衛の仕事がないか探してみようか。冬用馬車のない小さな商会や行商人が動くかもしれない」


言葉と共に視界が解放された。もう借家の前だった。遊びながらだとあっという間だね。

扉の鍵は2人とも持っているのだが、今回はアンディラートが開けてくれるらしい。


「移動するための暫定パーティの募集があるかもしれないが、そちらはやめた方がいいだろう」


「…なぜ?」


「道の悪い内に進みたがる冒険者の中には、急いでこの地を離れなければいけないような者も混ざっていると聞く。万一面倒事に巻き込まれては、帰国が遅れてしまう」


扉を開けたらレディファーストか。別にそのまま家の中に入ってくれていいのに。

しかし扉を開けたまま押さえてくれているので、促されるままに入って上着を脱ぐ。

自分と幼馴染の上着にサッと目を走らせることで、アイテムボックス内へと埃を取って、それからコート掛けへ。


「…サトリから、オルタンシアは面倒事に巻き込まれやすいのだと聞いている。護衛依頼がなければ、無理に馬車持ちの仲間を探さず、徒歩で帰国しよう」


乗り合い馬車とは商売だ。街中ならまだしも外を行くとなると魔物の問題がある。だから比較的近くて、人の行き来がある集落の間でしか運行しない。

元々この世界の一般人は、あまり移動しないのだ。常時お金を落とすようなお客様がいなければ、路線バスは動かない。

トリティニアと比べれば、ここは度々ダンジョン行きの乗り合い馬車が出るだけ、人がよく動く交通の便が良い場所と言える。

ダンジョン行きは私達の進行方向と合わないので、今回は使えないけどね。


「馬車を描けるようになったから、徒歩じゃなくても大丈夫だよ」


「そうだな。集落から離れて人目がなくなってからなら出してもいい」


「最初からは…そっか、銀の杖商会の人たちに見られちゃうかも知れないからか」


馬車を売ってくれるような店というのは限られている。懇意の商会が知らぬ間に、どこかの店とそんな大きな商談が済んでいると思われたら、関係悪化は必至だよね。

グレンシアで銀の杖商会を敵に回したい店なんかないだろうし。


歩くのは別に苦じゃないからいいが、春先は状態のいいキャンプ地の確保が難しい。

できれば寝るときは馬車が使えた方がいいのだね。

アイテムボックスでもいいけど、チートを持たないアンディラートは基本的に一般冒険者として正しい手段を使おうとする。

その方がいいのだろうと私も思う。この世界の常識が学べるという点で。


今後は令嬢として必要な知識ではなかろうが、いつまたこんな出奔劇があるかもわからないし…サトリさんの手前、ないとは思いたいけれど。

いきなり「そして世界は平和になった」と言われてもね。信じるかどうか別問題よね。

そうそう、私はこのくらい用心深くあるべきだ。

先日のように腑抜けるのはイクナイ。



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