スキマライフ!~お父様、ヤベェ。【リスター視点】~
兵士の先導を受けて王都内を進む。
妙な街だ。
貴族の家に行くには、まだ2つも門を通らねばならないらしい。無駄に広い。
商会長夫妻が兵士に細々と質問をしている。
庶民向けの店と貴族向けの店は、離れて持たなきゃいけないようだ。門を跨ぐからな。
商会長は全く気にした様子がない。首都ならセレブと庶民の商店街は離れているのが当たり前だとか言ってる。貴族街への出店は機を見てとか笑ってんだけど、持つつもりなのかよ、2店舗。
金持ちの考えることはわからんな。
入った門からはやたらと遠かったが、ようやく貴族の屋敷があるという地区まで来た。
兵士はまだ馬車を止めない。まだまだ進む。
大邸宅がやたらと間隔をあけて建つ地区に来た。
まだ止まらない。
柵で囲われながらも公園みたいに広々としたアレは、どこかの家の庭らしい。
庭って何だっけ。
チビの実家に着いた。
辛い。
商会長達の無駄話も途絶えた。
屋敷が、でかすぎる。
まず家の門から屋敷までが遠い。
ああ、田舎だから土地余ってんだもんな。花畑多すぎだ! 屋敷の敷地内でまだ馬車で進むとか馬鹿か!
門兵が取り次ぎまで世話してくれているのが心底有り難い。身分保障を持っていることから洗いざらい話を通してくれている。
兵士は家令に敬礼すると、さらっと笑顔をこちらに投げて去っていった。
やけに、兵士の愛想がいい街だな。
それともそうするくらいの相手の、客だからか?
執事っぽい男が近付いてきた。
別の下男がハティから手綱を受け取ろうとする。
ここで全員降りろと、そういうことのようだ。
「ようこそ当家へ御越し下さいました。しかしながら、主は今、仕事に出ておりまして、不在にしております」
そりゃそうだろう。
気にしないでくれ、すぐ帰るからよ。
馬車をどっかに移動させる必要とかねぇから。
「俺は届け物に来ただけなんだ。冒険者だし、見ての通り品が良くねえ。お目通り願おうとは思っちゃいねぇよ。モノはあんたに預けて構わないだろ」
構わないと言え。
そんな俺の強い希望は、笑顔でかわされた。
「そう仰らずに。家令如きが大切なお荷物をお預かり出来ようはずがございません。さあ、ご用件は中でお伺い致します。どうぞ。玄関先でお話しだけしてお帰しするなど、主に叱られてしまいます」
おかしいだろう。
俺が今まで見てきた貴族は大体、こんな小汚ない格好の男なんかすぐに追い払いたいと態度に出してきたものだ。
うっかりハティが手綱を渡してしまったな…こうなると下りるしかないし、馬車はさっさとどっかに連れて行かれた。
諸手を挙げて歓迎しているというほどの態度でもないが…。
隣国では蔑視されていたはずのハティにも、家令は態度を変えない。
商会長もグレンシアでこそ顔は利くが、ここでは初見の見知らぬ商人で、優遇される要素は何もない。効き目のありそうな身分保障も、俺の分しか見せてない。
フードを被っている時には顔をしかめて来た貴族でも、俺の顔を見た途端に態度を変え、こちらを身綺麗にさせようとすることなら幾度もあった。
だが、家令は俺のツラに表情も変えないし、最初から一切の否定的な態度を見せていない。
誰もがうまく断る口実を捻り出せないまま、なし崩しに、先立って案内する男について歩くことになった。仕方なく、廊下を進む。
仕方なしなのは俺だけのようで、商会長夫妻は調度品を感心しながら眺めている。
のん気なの何なの、お前ら。
「こちらでお待ち下さい。ただ今お茶をお持ちします」
「いや、主人は留守なんだろ? 長居はしねぇよ、お構いなく?」
「今しばらくお待ち下さい、どうか」
「ホント渡しといてくれりゃいいから。頼まれただけだから。不審だろうから、宿が決まったらちゃんと居場所伝えに来るから」
ふと、家令の顔から笑みが消えた。困ったように眉を下げる。
上っ面の歓迎でもない、多分、本音の話。
「既に使いは出しました。お嬢様に関することですから、主は恐らく、急ぎ戻ると思います。ずっと心配していたはずなのです、お話を、聞かせて差し上げて下さい」
真剣な顔と声。
チビめ。なんで家出したんだよ。
それに、ガキは定期報告してるようなこと言ってたのに。
クソ真面目なあいつがサボっていたとは思えないんだが、ちゃんと伝わってないのか?
だとしたら誘拐犯だと思われてないだけマシか。
…だが…悪いが、お嬢様のお話など出来そうにない。
チビは全然お嬢様らしいことをしねぇからな。
「…チ…、あー、あいつはいつも無駄に元気だし、何かでへこんでも立ち直りは早かった、心配ない。そんなもんで喜ばれるような話は出来ねぇと思う。むしろ不快にさせたらまずいだろ。せめて、同行者は先に帰してもいいか」
ここで俺が無礼打ちにでもなったら、護衛依頼だってのに依頼人にも迷惑がかかる。ド三流もいいとこだろ。
商会長、完全に逃げる機会を逃してここまでついてきたもんな。
肝座りすぎだから、望むところだったのかもしれないけどよ。
「ご安心下さい。主は過去に冒険者をしていた経験もございます。多少のことで目くじらを立てたりは致しませんよ」
…同業者。そういやそんな話も聞いたような。
俺だって生まれた家は一応貴族の屋敷だ。
チビもガキも貴族なのに冒険者登録をしたのは、親がしていたからか?
でもなぁ。あんまり身分の高い人間だと、言葉一つで平民を殺せるんだ。
俺はいいけど、今はツレがいる。
万が一がないとは言えない。
だから、尋ねた。
「じゃ、先にひとつだけ。悪いけどオジョウサマには何も聞いてないんだ、ここの主は何をしてる人なんだ?」
貴族にも、より厄介かそうでないかがある。
警備兵なんぞに関わってる偉い奴だと、伝手のない一般人なんか、隠れてても簡単に捕まえられるだろう。冤罪も断罪も簡単なんだ。
家令は笑った。
そんなことも知らないことが、おかしいようだった。
仕方ねぇだろ、マジでお宅のお嬢様が何も言わないんだからよ。
俺も聞かなかったけどさ、なんか、色々と程があるだろ。
絶対やばい相手だなってのは俺でもわかるんだから。
「主は、この国の宰相をしております」
ほら詰んだ。
大体の権限があるやつ。大抵の無理がきくやつ。
片手間に検問されてみろ、逃げきれないぞ。
俺だけではない、全員の目が死んだ瞬間…何だと、商会長だけ逆にやる気を出している。
マジ頭おかしい。
「…チビ! ちゃんと話せよな、あの野郎!」
思わず頭を抱えて悪態をつくと、クスクスと笑い声が聞こえた。
本能的に、それが待ち人だと理解した。
商会長達は、最悪、魔法で外へぶん投げるしかない。
「チビ、ね。君はあの子をいつもそう呼んでいるのかな?」
更に詰んだ。
もはや逃げ場はない。
「構わないよ。あの子が許しているのなら、そう呼ばれる関係で正しいのだろう」
大らかかよ。まだ詰んでなかった。
いや、わからんぞ。
貴族ってのは、言うこととやることが違ってもわりと押し通せる立場を言う。
油断はせずに相手を見やる。
柔らかい雰囲気の、そして、いかにも貴族らしい腹の底が見えない男だ。
元冒険者で、毒も平らげて見せる(しかも複数回)…と聞いていたからもっとゴリゴリのを想像していたが…とてもそんな風には見えない優男。
だが、音も気配もなく戸口に立ち、動作や立ち振舞いにも隙がない。
何より異様に登場が早い。
このクソ広々とした王都内、どの段階で俺達の情報を得て動いたのか。
そういや、ゴリゴリのはずはなかったな。
チビの言葉を思い出して、口の端が緩むのを堪える。
けれど、悪戯心に勝てず口にした。
「あんたが、チビの言う世界一格好良いお父様なんだな。美形なら両親で見慣れてるって言ってたぜ」
僅かに相手は目を丸くする。
それもこちらへ見せるための動作なのだろう。
親しみやすいような雰囲気を、作っている。
そうして、お次は微笑んで頷いて見せた。
俺の態度や言葉遣い、話した内容についても咎めがないというアピール。
地位を盾にして自分の我儘をゴリ押してくるような、激昂しやすい馬鹿とは違う。
だが、余計にわかる。
どれほど表面的に穏やかであろうと、怒らせたら終わりだ。
そして、機嫌を損ねたかどうかを、親切に教えてくれるとは限らない。
「自分の顔の造作については、まずまずだとは思うよ。君はあの子の何かな?」
漠然とした問いだ。
パーティ仲間だと答えてもいいし、ただの知人だと答えてもいい。
関り合いになりたくないとアピールすれば、そのように対応してくれるのだろう。
俺は。
なんて答えようか。
まぁ、兄貴分までにはなれなくても…俺史上かつてないほど、親しんだ相手だった。
ベタベタとくっつきたくはない、いちいち相手がどう思っているかなんて知りたくもない、必要以上に顔色を窺われるのも鬱陶しい…それは事実なんだが。
俺はやりたいようにやるし、あっちもやりたいようにすればいい。切り捨てではなく、それを互いに許容できる、と、思う。
ただ、なんか苦境にあるんなら手伝うくらいはする。気まぐれで盾にもなるだろう。それで死んだところで別に悔いもない。
だが逆は嫌だ。チビでもガキでもだ。
そう考えると、信頼とも違うよな。
「…チビとは…、遠い親戚だったら良かったな、という話になっている」
言っても意味はわからないだろうが、他に言いようがない。
何だろうな。この関係につける名前がわからない。
どちらにせよコイツは誤魔化すと、誤魔化したこと自体を察するタイプと見た。正直に告げておく。
怒るかとも思ったのだが、どうやら『お父様』は話のわかる男のようだ。
「そうか。…今日はこれから、何か予定があるのかな。そちらの同行者は商人だと聞いているけれど、急ぎの商談は?」
急に話を振られても、商会長は慌てない。
「いいえ、我々もついたばかりですから、まずはどこか宿を取って休むつもりでした」
「なんだ、それなら客間を用意させるよ。荷を置いて楽にしてから、話を聞こうかな。しばらくうちでゆっくり滞在するといい。もちろん、街へ出たければ馬車も用意させよう」
ヤバイ。退路を塞がれたんじゃないか? …なんで嬉しそうなんだよ商会長、やっぱりあんた大物だな。
改めてこちらへ向き直った男は、にっこりと笑顔で俺に狙いをつけた。
「私はリーシャルド・エーゼレット。娘が世話になったね。少し休んでからで構わないから、オルタンシアの話を聞かせてほしい」
知らんぞ、オルタンシアお嬢様。
俺が知ってるのはチビのフランだ。
微かなこちらの動揺を宥めるように、相手はウインクをした。
「君のことは聞いている。だが、アンディラートからの報告はどうも簡素すぎて、無事であるということしかわからないんだ。あの子達が無事ならば、確かにそれ以上の朗報はないのだろうけどね」
偽名コンビの本名がぽんぽんバラされている。
しかし、ラッシュを名乗るガキも、商会にてチビが盛大に誤爆したため偽名であることは知られているという。何食わぬ顔の商会長に隙はなかった。
とりあえず、先に手紙を渡すか。
ほんの数時間の間に、やたらクソ重い荷物になり果てたチビからの手紙と小包を、世界一格好いいお父様とやらにお渡ししておく。
良かったな、お父様はお喜びだぜ。
任務は果たしたぞ。これ以降はもう好きにさせてもらうからな、文句なんぞ言うな?
もうダルイ。寝たい。
客間に案内された俺達だが、荷物を置くとなぜか全員が俺の部屋に集まってきた。
「…なんで来るんだよ」
銀の杖商会チームで固まってろよ。
それか、そっちが依頼人なんだから、素直に護衛として呼びつけろ。
部屋の壁にかけられたやたらと綺麗な空の絵を、商会長が値踏みしている。
「さすが、ご生家だけあってフランさんの作品が豊富だ。部屋ごとに違う絵が掛けられているようなので、気になりましてな」
チビの絵だったのか。
俺には誰の作品かなんて見分けは付かない。
良し悪しがわからないから、何となく好きか嫌いか、その程度でしか判別はできない。
「予想外の大物でしたわね。本当に何も聞いていなかったのですか?」
商会長の妻が問う。
俺が興味を持たずに、聞いたことを忘れたのじゃないかと言いたげだ。
「元冒険者ってことなら聞いてたぜ。あと、チビにとっちゃあ世界一だってこともな」
自慢の親なんだ。だから尚更喋らないだろ。
直接顔を知っているらしいガキには、当たり前のように自分の父親の良さについて同意を求めていた。
だが、あの男が嫌で家を出た俺に対して気を遣ったんだ。
何をどうこうしようって気はないが、確かに俺には、家族というものに対する複雑な思いがないわけじゃない。
チビはほぼ家族のことを話さなかった。
漠然と、世界一の両親であり、美男美女だと告げただけだ。
あれだけ自慢げな顔をされれば、却って何の腹も立たないんだけどな。
無駄な気遣いってヤツだ。
「うちの子供達は、私達にそんなことは言ってくれませんねぇ」
商会長が、ややガッカリしたようにそんなことを言う。
彼の妻も同意するようにウンウンと頷いていた。
「可愛げなんて、赤子の頃くらいにしかなかったのでは?」
「そうね。子供の頃だって、どうやってお小遣いの値上げを交渉するか、そんなことばかり。無邪気さはわりと早い段階でなくなって…まぁ、小さな商人だったわねぇ…」
頼もしいものだけれど、と彼女は笑う。
そこには家族を否定する色など見えない。穏やかな信頼関係。
…別に今更、何も羨ましくもねぇけど。




