スキマライフ!~トリティニア、ヤベェ。【リスター視点】~
いい馬車だった。
乗り合い馬車みたいに詰め込まれないし、揺れ自体が少ない。座面にはクッションまで置いてある。さすがは商会長の移動用。
とはいえ行商用の馬車だから、荷を載せるスペースが大半で、容赦なく積載されている。
どうせ通るし泊まるのだからと、道中の支店へ届ける商品をまとめて積み込んだらしい。
支店の宿舎に泊まれば宿代は浮くし、小分けに各街に便を出すより合理的ではあるんだろうが…。
前方に座った御者の頭の上で、その動物めいた耳がピクッと動いた。
「あぁっ、リスターさん仕留めて下さい! アレ美味しいやつなんです!」
「さん付けキメェ!」
何回言えば理解すんだ、この猫!
苛立ちのまま、無造作にハティの示した鳥へと魔法を放つ。スパンと鳥の首が飛んだ。
そのまま血抜きしながらこちらへ運ぶ。
「おぉ…あんな遠いのも仕留められるのですか。しかも獲物が自分でこちらに向かってくるとは…いやはや」
「リスターがいると道中の食生活が豊かになるわ。いい買い物したわね」
売ってはいねぇよ。
のんびりした調子の夫婦。これでやり手の商人だというのだから、人の見た目なんぞ当てにならない。
俺が下ろすより先に、運んだ鳥に飛び付いて小躍りしているハティは、何度言ってもさん付けを止めない。
鳥肌賠償を取るぞと脅してみた。怒りもせずに、横からそれを支払おうと答えた商会長は、頭がおかしいんじゃないか。要らねぇわ。
「さすが! さすがリスターさん!」
「優秀な冒険者とは仲良くしていきたいのが商人というものですよ?」
「うるせぇ」
態度がなっちゃいないと怒鳴り散らすのが商人だと思っていたがな。
はしゃいだハティがバリバリと鳥の羽をむしっていてかなり引く。
あれか、見た目猫っぽいから、鳥は好物なのか。餌付け簡単そうだな。
食事休憩を取ると言い出した商会長の妻が、鍋を馬車の外へと持ち出してくる。
…俺の冒険者生活は随分と狂ってしまった。
長旅になればなるほど、食料が簡素になるのは仕方のないことだ。食わせる気あんのかってくらい固いパンや、ガチガチでパサパサのしょっぺぇ干し肉。
冒険者のほとんどがそんなもんで胃袋を宥めながら旅をするんだ。
だというのに。
「フランさんの魔法も凄いものですなぁ」
感嘆の溜息をついて商会長が取り出すのは、シンクーパックのパン。袋越しに触るとカチカチなのに、開封して疑惑の目でほんの少し見つめる間に、ふわふわのパンに戻るのだ。潰れ気味のそれを整えるように少しつついてやると尚良い。
この透明の何かは、汁物だろうが包めるらしい。温度管理が必要なものもあるが、この謎物質にモノを入れて空気を抜く…それだけでなぜか長持ちするという。全く不可解。
ビン詰めと同じようなものだと言われても、あっちは重くて嵩張るし、割れても困る。こっちは外装の重さなどないようなもの。
ビニールという名の袋型結界は、ナイフで開封すると靄になって消えた。
食品保持特化の結界って何なんだ。効果の凄さとは裏腹に、たかがナイフでこんな簡単に壊れる。だが、破損しなければ消えない、らしい。
何を作り出してんだ。
チビという生き物、マジわからん。
日銭を稼ぐために不味い餌を喰って魔物を狩る。それだけだったはずなのに、いつからこうも贅沢になったものか。
商会長を護衛すると言っても、別にやることはいつもと変わらない。
魔獣が出れば狩る、それだけだ。
それだけなのに、潤沢な調味料と香辛料に保証された食事は美味い。全く、いい仕事だな。
いい仕事だが…元の生活に戻せるか、これ。
チビの飯も美味いし、正直、餌めいた飯なんか大分食ってないぞ。
戻んの辛いだろうなぁ。
「リスター、我が商会の専属冒険者のお話は考えていただけましたか?」
「…おかしいだろ。トチ狂ってんのか」
「トリティニア王都で外様の商人が簡単に馴染むことはないでしょう。当面は積極的な行商を視野に入れています。信頼できる護衛は千金に値します」
ハティは王都の店で妻の護衛に置いておきたいので、と商会長はこぼす。
他国の王都にすぐ店を構えるつもりの財力、すげぇわ。
チビとガキが身分保障とかいう封書や、俺達のこともよろしく頼んだという親への手紙を寄越しちゃくれたが、正直、そんなものがどの程度役に立つものか。
ガキどもからの保証なんて出して、衛兵に鼻で笑われなければ良いけどな。
もしも何の役にも立たなかったら、あのガキどもが無闇に落ち込む気がする。
…そうならないといいが。
グレンシアからは長い旅ではあったが、俺は元々根無し草だ、何の苦もない。
チビとガキが随分遠くから来たのだと実感して、驚いたくらいだ。
順調に旅程は進んだ。
南下するほど、その辺に漂う魔力が薄れるのがわかる。成程、トリティニアにはそうそうダンジョンができないわけだ。
グレンシアは魔力の多い土地柄だった。魔法も、いつもより軽く使いやすくなる感じ。
他所ではあまり見かけない魔法使いが、グレンシアに集まってくるのも納得だ。まるで自分が、強くなった気でもするんだろう。
だが、実力が上がるわけじゃない。土地の特性に引っ張られてるだけだ。
大した差でもないのに狩り場に固執するのはくだらないし、結局は自分だけではなく魔獣も強くなっているってことだ。どこでだって、どうせ自分より強い敵に遭えば死ぬもんだ。
逆に、魔力の少ないトリティニアに行ったからって俺の魔法が使えない訳じゃない。
行使に苦労するって訳でもないし、いつもと然して変わらない。
チビはせっかく目的地に辿り着いた俺を、自分の故郷へ追いやることをやけに気にしていたが。
確かに、前はな、グレンシアのダンジョンを目指していたけど。
取り立てて目的なんざねぇんだ。
冒険者なら目指す、魔法使いが行きたがる、そう聞いたから来ただけ。
同じ街に留まる理由がないから、ブラブラと旅をしていた。
どこでだって、生きてはいける。
城壁に囲まれた街が見えてきた。
道の先が急に幾つも分かれているが、それは身分で入口を分けてるせいらしい。
無駄だろ。平和だな。
…実際、平和なんだろう。
未開地も多く、魔獣の脅威はあっても土地自体の魔力が少ない。
強い魔獣が出ないわけじゃないが、出会う確率などグレンシア周辺とは比較にならない。
商会長の話によれば周辺には小国しかなく、もし小競り合いに巻き込まれたとしても、弾き返すだけの国力はあるという。
むしろトリティニアがポシャると周辺の国に食料が行き渡らなくなる、と。
「どこの街もあんまり田舎なんで、どうしようかと思ったが。さすがに王都は立派なもんだ」
「トリティニアは土地が余っていますから、密集して家を建てる必要がないんですよ。グレンシアのような高層階がないからと言って建築技術が低いわけではありません」
そうは言っても、通ってきた集落は普通に田舎だった。
村や小規模な町ばかりを持つ田舎国。中心くらいは栄えてるってだけだろ。
入都にはそれなりの時間がかかるようだ。
門で人の出入りを紙に控えているらしい。
どれだけ手間かける気だよ。生真面目か。
こんなところでガキの故郷感出さなくても良いんだぞ。
少なくともチビは余裕で検問破りしそうだ。
…まさか、チビの前科で厳しくなったとかじゃねぇよな?
ようやく順番が来て、馬車が門の内側へと通される。
大体の項目には商会長が答えている。
入都目的、滞在予定、それから保証人の有無。
「トリティニア出身の奴に身分保障とかいうのを貰ったんだけど、ここで使うのか?」
「ええ。他国からいらした方がお持ちなのは珍しいですね。拝見しますよ」
トリティニアではメジャーな制度なのか、門兵はニコリと愛想良く笑った。
商会長達に確認する様子はない。
これを出すのはグループ内の1人で構わないようだ。
「失礼、私も同じものを持っているのですが、これはどのようなものなのですかな?」
しかし商会長がしゃしゃり出てきた。
…国を跨いで手広く商売しているコイツが知らないということは、トリティニア独自の文化なのかもしれない。
「身分保障は家の名で行われる保証です。元々は離れた集落の者に対して人を紹介する際、この人は怪しいものではありませんよ~と伝えるために作られたのが起源ですね。具体的な効力ですか? 庶民なら、ご近所付き合いがしやすくなるくらいですかね」
田舎だもんな。
相槌を打ちながらも、きっと商会長は興味を失っただろう。
まぁ、閉鎖的な田舎で親切にされるなら十分な効力と言えるのか。
2人して一生懸命な顔で差し出してきたものが、あんまりにも平和な保証書なのかよ。笑っちまうな。
「2つあるぜ。頼む」
「おや、2通も? 随分と信頼された冒険者な…」
封筒を裏返した兵士が固まった。
何事かと横から手元を覗き込んだ別の兵士が青ざめた。
…平和な、保証、なんだよな…?
おい、どうすりゃいいんだ、これ。
事態の予測がつかない俺と商会長夫妻は顔を引きつらせ、ハティだけがフンフンと鼻を鳴らして何かを嗅ぎ取っている。
「…なんか、まずいのか? こいつんち、このまま訪ねるつもりだったんだが」
「とんでもございません。直ぐに先触れを出します」
もっとライトな扱いのもんだと思っていたんだが。
いや、先触れる程の相手なのか?
知ってたな。貴族だとは知ってた。
けど、チビなんて特に、身分の高い奴らの態度じゃなかったぞ。
どっちだ? どっちの親が大物なんだ?
…チビだろ。
やらかすなら、あいつだ。
だが、ガキにも気にした素振りは見られなかっ…いや、待て。あいつら、幼馴染みだったな。
つまり家格は同レベルの可能性…おい、マジか。
嫌な予感しかしない。
「案内を付けます。エーゼレット家へ行かれるのですよね?」
「あぁ、うん。届け物を頼まれていてな」
やべぇ。態度は変えられねぇぞ。
俺はあの男の嫌がることを積極的にこなしたいタイプのガキだった。貴族教育なんかサボって受けないし、無理に近付こうとする教師は吹き飛ばして、言葉遣いはわざと崩した。
母親が死んだら金目のモン持って屋敷を飛び出したからな。
見事に庶民に馴染んだ、下町育ちだ。
…あいつらには悪いが、門前払いも視野に入れとくか。
どうせ手紙と小包を渡すだけだ。その後は関わらなけりゃいい。下手な欲さえかかなきゃ、相手も末端の冒険者1人を手間かけて潰すほど暇じゃねぇだろ。
何やらゴチャゴチャと相談したあと、1人の兵士が進み出た。
「ご案内します、リスター様」
………。
這い上がる不快。
まだ、境界だ、王都内じゃない。怒鳴り付けて入れなくなっても、まずい。
堪えようと思ったさ。思ったがなぁ。
「すごい鳥肌です。顔まで来てます」
「門番さん、彼はただの冒険者ですからしてな、それでは居心地も悪いでしょう」
「呼び捨ててあげて下さい。リスターがあまりにも可哀想です」
同行者から全力でフォローされるほど、表に出まくっていたらしい。
我慢とか、あんまりしたことないしな。
無理だったな。




