土産を企む。
さて、紹介された物件だが、広めの一軒家ということからわかるように、あまり人気のない場所にある。また、未だにギュウギュウではない地区ということは、無秩序な建築が許されていない、ギュウギュウにしない意味のある場所ということ。
別に治安は悪くない。なぜなら、兵の詰め所や訓練場が近いから。
衛兵には捕まりかけたことのある身だが、こちらに非はない。私には、ないったらない。(オタ者拉致はお兄ちゃんで、オタ者宅破壊はリスターです)
もしかしたら私達のことを覚えている兵士がいるかもしれないが、トランサーグの事前申告により王様周辺が私の正体を知っているらしいので、大事には至るまい。そう信じる。
凄腕冒険者の置き土産だ。身に染みる報・連・相の大切さ。
私の身元報告なんて余計なことしなくていいのに!とか言って申し訳ありませんでした。
「例えば鍵が古くて開け閉めにコツが必要だったりするようなことがあるので、商品として扱うにはもう少し手を入れてやらなくてはならない家屋なのです。もちろんご不便な箇所をご連絡いただければ、随時対応させていただきます」
お父さんの隠れ家的な所持物件だったらしい。とはいえ商会長、忙しい身なのであまり使えない。たまにしか使わないから、最低限の家具しかない。そのため多少の不具合も味としてそのままになっているのだとか。
こちらとしては冬の間だけなのだから、少しくらい不便でも問題はないです。
ぶっちゃけ、屋根と壁があれば十分だよ。
しかも、掃除をすればいつでも入居可能らしいので、このまま住んじゃうことにしました。腰が軽いのが冒険者よ。
当日入居でなければ掃除もやってくれる予定だったそうなのだけれど、いやいや掃除くらいはやりますよ。まして商品でもない物件なのに、サービスさせすぎ。
わざわざ一泊を宿に泊まってまで他人に掃除させなくてもね。ほら、アイテムボックスにかかれば埃なんて一瞬で…あっ、コレあんまり貴族思考じゃない。
慌てて確認したアンディラートの顔にも、しかし否定の色はないようだ。貴族令息、一緒にお掃除してくれるつもりですね。
ん…?
主に遠征してたからご飯が作れるのは知っているし、洗濯も自分でできていた。
でも、掃除はどうなのだろう。遠征時はテント、旅の間は街では宿。彼は専属従士にはならなかったはずだけど、それでも部屋のお掃除って体験したのかしら?
ご自宅ではやるはずがないし…できるのかい、ちょっと怪しいかな。
「今は寝台が1つしか入れてありませんので、寝具とあわせて本日中に新しいものをお届けします。元々ある寝台も動かせますから、使う部屋を決めておいて下さい。その際に食材もある程度お持ちしますね」
町外れなので、レストランは近くにない。もちろんご飯は自炊がメインだ。
普通は買い食いに不便があるのかな。アイテムボックスに入れて身体強化でとっとこ走ったら、大した手間でもなさそう。
それに元々こちらも自炊希望だ、問題ない。それどころか、宿ですらないので全く人目を気にせず好きなものを好きに作れる。前世料理もツッコミ不在で作り放題。
更に怨敵が居なくなったので、もうどこから何が漏れるかと息を潜める必要もない。揚げ物もできるよ。解・放・感!
アンディラートがいるからミルクティークッキーも焼き放題だ! ひゃっほう!
春になったら帰るだけだと思えば、もう気分が軽くて仕方がない。
「何か事前に対応が必要なことなどはございますか?」
私は首を横に振る。しかしアンディラートにはあったらしい。サッと進み出ると、何か熱心に商会の人と打ち合せをしていた。
ギリギリ借りられた以上は、ここに一冬住むことは変わらないはず。
お家賃の相談かしら…値上げ交渉は無理だと思うよ? あれ、何だか盛り上がっているようなのですが。
「探検してきていい?」
そういう名目のお掃除だ。
埃も汚れもインしてしまえばすぐに終わるのだから、ササッと一回りしてきたい。
一応、前世仕様ならば掃除用具はサポートで作れるし、もしあんまり気になるところがあれば、シャドウと手分けしてやる手もある。
…まぁ、商会長が汚家をアンディラートに貸すとは思えないけどね。
「ああ。何か伝えておきたいことはないのか? 持ってきて欲しいものは?」
「特に…あっ、画材を頼みたかったんだ。手持ちを皆ダメにしちゃったから。といっても別に急がないので、明日以降お店に買いに行っても構わないのだけれど、一式揃えておいてほしいな」
色々とぶん投げて壊れたりグチャッてなったりして散々なのだ。
商会に絵の買い取りをお願いしたくっても、元がボロボロの汚い紙ではお話しにならない。
グレンシアは本店だけあって、画材も在庫はあるはずだという。揃う分だけはベッドと一緒に今日持ってきてくれるらしい。
本当に、こんな急な入居だというのになんて親切な。ありがたすぎる。
さて、探検、探検。
商会の人の目につかないように、一番奥の部屋からスタートだ。
意気込んで扉を開けた。ハイ、埃撲滅!
狭くはないね。日当たりも良さそうです。
ベッドが入っている。ここが今唯一という寝台付きの部屋だな。
しかし商会長の隠れ家…本当にあんまり使ってないね。本棚っぽい棚は空だし、布団もない。
使うときに布団持ち込むの? でも、あんまり使わないならむしろ湿気っちゃうから置いてないってこと??
一応窓を開けて換気してみる。
うん、町外れなので近くにおうちはありません。少し離れてポツポツある。
冒険者が早朝や夜中にガヤガヤ戻ったり、仲間と酒盛りしたりしても迷惑をかける人はいない感じね。
おや、あっちの柵の中に馬が放牧されてる。牧場か貸し馬屋さんかしら。
確かに、動物を飼うなら人の少ない場所になるよね。
商会の人に聞いてみようかとトタトタ戻るが、どうやらもういない。
玄関にてお見送り風の幼馴染を見つけたことで、帰っちゃったことを察します。
どうせまた後で来てくれるけど…そもそも自分で馬の家に行ってみればいい話だ。時間は一冬たっぷりとあり、リスターと違って、私は歩くのが嫌いではない。
「あれ、探検していたんじゃないのか?」
こちらに気付いたアンディラートが微笑む。
一緒に探検するか問えば、「そうだな。借りた時点の状況をきちんと確認しておこう」という真面目な返答が返ってきた。
まぁね、元々壊れてたのに、お前が壊したんだろうとか後で言われないようにしておかないとね。…彼の中では多分違うだろうけど。
私と違って手近なところから見ていく派のようなので、ちょろちょろと付いて歩く。
玄関、ちょっとした荷物置き場、リビング、ダイニング。ガサツな冒険者が使っていただけあって、荷物置き場なんかにはそれなりに傷みがある。いや、前住者の情報なんて何も知らないけど。
ついでだから、魔石が必要なところには手持ちのものを嵌めて歩くことにした。
魔石灯や冷蔵庫の動力だ。
これはサポートじゃなくて、ちゃんと本物を入れときますよ。
しかし当然、魔石もぶん投げ紛失…特に小さめのはなくしたものが多いです。あんなに貯め込んでいたのにな。
ほんのりテンションを下げかけたが、次はお風呂の確認だ。
色々疲れたから、ゆっくり浸かって癒されたいなぁ…いや、まずはアンディラートに一番風呂を譲ろう。彼こそ死にかけるような目に遭って疲れているはずなのだから、芯から温まるべき。荒む前に是非。
「お風呂は…薪で沸かす式かな。え、うわ、これ外に火元があるんだ…もしかして雨の日は使えない感じ?」
予想外に面倒な作り。平民用家屋のお風呂は一般的にこんな感じなの?
家の外側に窯が付いてるみたいな…だが、確かにあんな窯では家の中で焚き火をするのは現実的ではない。燃やす場所は煙を逃がせる場所がいいに決まっている。
煙突通せなかったのかな。もしかして、お風呂は後から増設したとか?
それなら理解できなくもないかな…。
「どうだろう。一応あちらも屋根は付いているようだ。きちんと外側も確認しないと何とも言えないが…ここに水を貯めて沸かして、浴槽にはここから湯を入れるのかな…」
何気に、室内風呂を薪から沸かしたことなどない私達だ。せいぜい、過去の私のアイテムボックス内ドラム缶風呂か。あのチャレンジは失敗で、浸かれなかったのですがね。
しかもこのお風呂、変な形しとるね。
四角く変形した浅い漏斗みたいな…一番低くなった中心に水抜栓。これは段差の小さい段々畑…浅い蟻地獄?
お湯が少なくても入れるようにってことだろうか…妙に落ち着かない形の浴槽だ。座る前提っぽい。足を伸ばしてのびのび入れない感じ。でこぼこ気になりそう。
水と場所の節約? お国柄の違い?
お湯を通す管が壁際で目立たない割に、本体で芸術点を取りに来たのかな…タライの大きいヤツみたいなのでいいのに。
「あるだけいいと言えばそうなんだろうけれど、オルタンシアの魔道具に慣れてしまうと、少し大変そうに思えてしまうな」
「だよねぇ…」
所詮、我々は貴族である。
基本的には便利最前線を生きているのだ。
そう考えると、私とテヴェルの生活環境には大きな差があったわけで…いや、クズは欲しがりさんだ、何がどれだけあっても足りるということを知らず、文句を付けるのだ。そういうものと割り切らないと。
終わったことは忘れるべきと信じる。(安眠枕が私を悪夢から守ってくれています)
動線は考えてあるようだけれど、そもそも井戸から水を汲んでお湯にして、お風呂に張り終えるってだけでも大変…加えて薪を伐りに行くのは、ちょっと面倒かもなぁ。
薪は買ってもいいんだけど、一度でどれだけ消費するものなのか検討もつかない。
しかし、浴槽は独創的な形をしているが、床や壁がおかしな形をしているわけではない。
連結部にさえ気を付ければ、そのままスポンとアイテムボックスにしまえそうだ。
「後で商会の人に取り外していいか聞いてみようよ。もしもいいって言ったら、これは入れ替えて、冬の間だけ私の浴槽さんを設置して使うことにしよう?」
ダンジョン行って帰ってきてから井戸まで何往復もして水入れて、メッチャ火を焚いてフーフーして…って、燃やしっぱなしで放置もできないよね。
もしかして、交代で入りつつ1人は火の番しとかないといけないヤツ?
途中で疲れて寝るオチまで予想しました。
庶民にとってお風呂というのは、重労働で贅沢なものなのかもしれない…私、冒険者やってる間も別にお金には困ってなかったから(セディエ君お助け代)一定以上質のいい宿取ってた…。
テヴェルと一緒の時はお風呂なしで…お湯もらって身体拭く宿。
同行した商人が泊まるのだから、客層は普通からちょい上の層じゃないのかな。身体を拭かない人の率は知らないけど、でも、宿内はちょっと臭かった。
…自分でお金払うなら、割高でもお風呂付きがいいよね! 後悔はない!
銭湯文化も仕方ないのだな。
というか、トリティニアはどうなのだろう。あちらでは庶民のお風呂事情まで知る隙はなかったけど、うちのお風呂も薪式のはず。
お嬢様だから、深く考えたことなかったわ。
うーん、こうなるとやはり、帰りに浴槽をお土産に買って帰りたいな…。




