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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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224/303

帰宅に向けて~自覚は窓から投げ捨てろ~



「グレンシア王都なら暮らし向きには困らないだろうが、宿が取れるかはわからない。長期滞在用の借家も、この時期では冬越しの冒険者で埋まっているかもしれないな」


「そこはネックなんだよね。グレンシアは冬も野営が可能な気温だけど、一冬テント暮らしってのもどうかと思うし…。だけどさ、多分…銀の杖商会に仲介を頼めば、何とかなるような気がしない?」


 前に借りたおうちを、また貸してくれないかなぁ…などと図々しく考えている私です。

 衛兵が来たうえにキズまでつけたから、もうダメかなぁ。

 んー、ダメならダメで、最終的にはアイテムボックス暮らしという手はあるのよ。


 商会長付きでトリティニアまでリスターに行ってもらったのに、如月さんを撃破した今となっては「私、勇み足だったのでは…もうちょっと待ってもらえば一緒に帰れたのでは」との思いが拭えない。

 でもまぁ、それは結果論なんだよね。


 サトリさんが来てくれなければ、如月ゾンビアタックに私達は負けたかもしれない。

 立ち上がれなくなったところに、お父様を人質に取られたかもしれない。

 そうなれば身動きの取れなくなった私をアンディラートが庇い、予知夢は現実になったかもしれない。

 絶望した私は、如月さんの傀儡かつテヴェルの玩具にされたかもしれない。

 そう、死ぬことすらできずに。…うぅ、絶望過ぎる。


 リスターは無事にトリティニアに辿りつけたのかしら。ここまで来るのには時間がかかっているけれど、帰りは目的地がはっきりしているから寄り道しなければ早いよね。

 それに、彼らは雪に捕まるより先に到着できるよう旅程を組んだはずだ。

 商会長自慢の特製馬車を使うと言っていたから、更に速いんじゃないかな。


 もう、お父様とは会えたかな。

 さすがにまだかな。

 お父様…元気にしているかな。


 赤い目が、優しく笑むのを思い出す。お母様亡き今、もう私にしか向けられないのであろう、慈しむようなあの目。

 盲目的にお母様を愛したから、その娘である私にも甘々だったと知っている。

 私自身がどれだけ無価値なクズであっても、その優しさを全身で受けて育ったから、限定的とはいえ、家族の愛というものを理解し信じることが出来るようになった。

 あの奇跡の両親の子というだけで、幸せだ。


 だけども、一旦戻るとしても私はもうあのおうちで暮らすことは出来ないよね。何度も考えてはみるが、どうしたって元の暮らしには戻れない。

 何にせよ、いずれ娘は家を出るものだ。

 お父様も遅かれ早かれ私が嫁に行くこと自体は考えていたはず。

 家を飛び出した子供の部屋が、今もそのままだなんてのは幻想だと前世の私が主張する。お父様は違うよと今生の私が反論する。

 こればかりは帰ってみなければわからないが、ない前提で動いていた方が現実的には対応しやすいね。


 まぁ…休息を言い訳に長居するかもしれないが、私は嫁には行かないのだから、所詮は入る修道院をどこにしようか選ぶまでの滞在。

 とはいえ客間は本来お客様のための部屋だ、客でもない私が長居するわけにもいかないのかなぁ。どうしたら良いものか。


 別棟、建ててもらって居座っちゃう?

 離れなら、お父様がいずれ家督を譲って隠居する際にも使える。

 …いや、離れを用意してもらったってなぁ。お父様と、新しいお母様が仲睦まじく過ごす横で暮らすのも気を使うし…何よりも新しいお母様が私を怖がっているはずだもの。

 なるべく、いない方が安心するよね。


 それに、庶民的な自分を解放しすぎて、平時の令嬢ムーブはもう面倒くさいなぁ。使用人もいらないというか、却って邪魔だし。

 家ほしいって言ったら、建ててくれるとは思うけど…どうせなら平民の住むような地区にって言ったら、お父様は泣いちゃうかしら。

 借家でもいいけど…集合住宅はちょっとご近所付き合いとか面倒ね。

 あまり心配させると、お父様の部下がたまに偵察に来させられるかもしれないし。


 地面には、半歩前を行く長身の影。


 もう薄々、自分の気持ちには気付いていた。

 見ないふりをしていた感情は、彼がこの世からいなくなるかと思った途端、爆発的にモコモコと…無視できないくらい膨れ上がってしまった。結果として彼は無事だったのに、膨張したそいつはもう元に戻ってはくれない。

 欲張って失敗したレンチンのカップケーキみたい。マグカップから溢れてデロデロのやつ。庫内にまでこびり付くとこもそっくり。…正直、手に余る。


 彼は幼馴染に甘く、かつ、他の令嬢の区別が付かない。親同士は友達で、助けを求めれば一も二もなく手を伸ばしてくれるだろう。

 如何様にも付け入ることは可能だった。

 だとしても…それを叶える気はなかった。


 幸せになれるとサトリさんが言った。

 アンディラートが、鍵になるだろうことも。

 それはこの感情が報われるかもしれないし、一時そういうことかと期待もした。

 …ならば、その未来が有り得たものかもしれないと、知れただけで十分だ。元々そのような人生設計はしていなかったのだから。


 なぜかって、正直に申し上げれば…一定以上の接触を行える自信もないのだよ。

 抱きつこうが何しようが、アンディラートが子供だと思うから平気だった。

 …めきめき大人になっていくのを理解しながらも、まだ子供だと、思い込もうとしていた。彼は照れ屋で紳士だから、何か危機を感じるような真似をしてくることもない。


 貴族の嫁なら必ず跡取りを求められる。

 だから、結婚なんてしたくない。

 上手く貴族社会に対応できる自信がないのも嘘じゃないけれど…結局は前世のトラウマだ。


 大切な人に、幸せになってほしいのは本当。

 そんな気持ちを、私のようなクズが抱けるようになった。

 恨まず妬まず、まるで普通の人みたいに、他人の幸せを望めるようになったのだ。

 とても凄いことだ。


 十分だと思う。今生、とても良くしてもらった。大変な生でも、お釣りがくるくらい。

 更に山場は越えたという。

 …ならばもう、解放してあげなくてはね。


 お父様も、アンディラートも、リスターも。

 それぞれの幸せを祈っていきたい。

 彼らの邪魔にならないような生を送らなくては。せめてもの、感謝の気持ちに。

 見よ、山場を越えたら速やかに隠居しようとする、この危機管理能力。

 KOI? 知らない子ですね。


「…オルタンシア?」


 肩を揺すられて、ハッとする。

 アンディラートが心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「え、な、何?」


「何って…もうすぐ着くよ。声をかけても答えないし…寒くて意識が飛んだのか?」


 両頬にぬっくぬくの手が当てられる。

 うわぁ、あったかいナリぃ。

 自分の顔がとても冷えていたことを知る。思わずその手の上から自分の両手を重ねた。ぬっくいぬっくい。


 この体温が失われなくて、本当に良かったなぁ。生きてるって本当に素晴らしいよ。

 ありがとう、ありがとう。本当にもう十分。

 …鼻の奥がツンとしたけど、耐える。


「運ぶよ。もうすぐ船着き場につく。それまで少し寝たらいい」


 と思ったら、言葉と同時に抱き上げられて絶句した。…お、おおぉん?

 シャイボーイが緊急避難として抱き上げを判断するほどに、私の態度はおかしかったのですか? おいおい、待てよ。意識したての初心者にお姫様抱っこかよ。


「だ、大丈夫だよ、ちょっと考え事してただけだから!」


 姫抱っこかと思ったのに、マントで包まれるとか、コレ赤子抱っこじゃないですか? おくるみやだー!

 とてもあったかいけど、初心者にも優しいけど、さすがに子供扱いはお気に召さないのだぜー。

 魔獣が出たら戦えないし、でもメチャあったかいー、じゃなくて!


「ねぇ、何かあったら、君が、剣を振れないでしょう! 危ないから!」


 ふと、アンディラートが真面目な顔をした。

 こんなに近くで顔を見ることも、なかなかない気がするよね。


「オルタンシア」


 照れ顔もせず、赤面もせず、彼は言い聞かせるように、じっと私の目を覗き込む。

 真ん丸おめめじゃなくなっても、ふくふくほっぺじゃなくなっても変わらないと、思っていたのだけれど。

 咄嗟のマスク・オブ・グラス。

 心の動きよりも早く、何でもない顔を装う。ヘイ、オルタン、パス! 任せろ、得意だ。


「…黙ってほしい。お願いだ」


 はい、お願い入りました! 黙りますともモチのロン!

 こちらがハの字眉になっちゃうけど、いい子で抱っこされときますわよ。


 くそぅ。危ない。

 …真剣な顔、キュンときた…。私の乙女回路って、まだ生きていたのか…。

 しかしその存在は無駄なので、もう永遠に眠っていてくれていいのよ。お疲れッシタ。


 それにしてもなぁ。

 そうだよなぁ。これは世の女子が放っておかないはず。

 くー、この近さが許されるうちに観察してやんよ。こうなったら大人アンディラートの絵を描いてやるんだ。いっぱい描くぞ。

 よーし、お見合い用の肖像画は私に任せろ、照れ屋な君の魅力を存分に描いてやる!


 絶対に、貴族内で上手く遣れて、可愛くて優しくて、君を大事にするような上玉令嬢を引っかけるのだよ。幸せになれよ!

 その目の下のうっすい傷跡ひとつ見逃さずちゃんと描いて…って、あれ、こんなところに傷跡だと?


 …待って。

 この高代謝の成長期男子に治せなかった傷って何。

 抉れたぽい? この感じからするに、鋭利な刃物ではないよね。


 訓練自体はフルボッコ式だけど、綺麗に斬れた方が綺麗に塞がるとかいうヴィスダード様の独自理論で、結構ずっと真剣使用だったよね。つまりこれ、訓練傷じゃないよね。

 ちょっとコレいつのよ。

 さっきマザータッチしたのに消えてないってことは完全に跡だよ、もっと前のだよ。


「やだ、嘘。何、顔に傷とか! なんで!」


 抜かったァー!

 再会してから、身長差で観察が甘かったんだ!


「…オルタンシア。そんな擦っても消えないよ。よせ、くすぐったい」


 跳ね起きてしまった私を危なげなく支え、アンディラートは顔を背けようと四苦八苦している。

 待てぇ、逃がすか! 跡ってどうやって治せばいいの!?

 代謝は良さそうだしタンパク質もとってそうなのに! なお足りないってこと?

 …アット◯ン! アッ◯ノンを持て!

 ◯林製薬よ、ここにお客さんがいます! 日本円ないけど売っておくれよぉォ!


「こら、登るな、危ないから。擦るな、もう、どうして大人しく出来ないんだ。そんな大きなものじゃない、今まで気にならなかっただろう」


「だって、一大事! 目の下なんてっ、危うく失明するとこじゃん!」


「そんなギリギリじゃない、ちょっと魔獣の爪の先が掠っただけ…わぁっ、泣くな、もうずっと前の話だぞ!」


 ずぅっと前! 年単位か!

 私が! 家出なんてしなければ!

 いや、家を出てないと回復魔法習得してないけど、うえぇん、可哀想にぃ。


 ワチャワチャしてると、遠くから男が1人走ってきた。

 私を宥めたアンディラートが対応しようとしたところ、相手はひどく呆れた顔で問いかけてきた。


「もうすぐグレンシア行きが出港なんだが、あんたら、見えているのにいつまで経っても来やしない。船に乗るの? 乗らないの?」


「…の、乗ります。すみません…」


 船着場の人だった…親切。

 ご、ご迷惑お掛けしました…。



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