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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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223/303

帰宅に向けて~現実的な話をしよう~



 ドットコム別邸惨殺事件はこの国の迷宮入り事件となるだろう。

 …いや、訴える人がいなければ強盗か魔物に襲われたかと思われるくらいだろうね。刃物の跡も蔦の跡もあるから、凶器が見つからないのなら何とも言いきれない痕跡。

 まぁ、前世ほど警察が頑張って捜査したりはしないでしょう。


「疲れただろう。休憩しなくていいのか?」


「君こそ疲れているはずだよ。何ならアイテムボックスで休んでてくれていいんだよ?」


 私は入った場所からしか出られないので、自分で移動するしかない。

 だが、アンディラートならばアイテムボックスに入れたままでも運べる。

 あんなことの後なので、こちらの気持ちとしては、見える場所にいてくれた方が安心はするけども。あんなことの後なので、身体を労ってほしい気持ちもある。


「俺は大丈夫。あれだけ遠征に出ていたんだ、お前よりずっと慣れているよ」


 さっき死にかけた割に、足取りはしっかりとして見える。

 できるだけ表に出さないように気を付けているつもりではあるが、どちらかといえば、未だ浮き足立っているのは私の方かもしれない。


 建物を出れば、早朝の冷えた空気を朝日が燦々と照らしている。

 長い一夜だった。

 サトリさんを信じるのなら、こんな夜はもう多分、後にも先にもないんだろう。そうだったのなら、本当に嬉しいのだけれど。

 この国には用事はないし、何よりももう居たくはない。やるべきことは皆終わった。


 未練なきこの身を、それでも後戻りへと(いざな)いし寒風よ。人の手が作り出した、他者との境界にしてプライバシーへの防御たる叡知、壁。

 その偉大さを存分に味わうこととなり、私の目は虚ろになった。





 明け方の外、すっごい寒いの。死ぬ。

 絶対に、この国に住むことはできないわ。

 まだ雪降ってないのに…。





 誓うぞ、ファントムさんの髪は絶対切らない。髪の毛は必要だわ、伸ばしかけているお陰で耳と首がやや守られているもの。

 もー、もー、寒すぎるんだよ。

 在りし日の私め。ショートになんてするんじゃなかったよ。長ささえあれば、エアリーカールの私の髪ならかなりの空気を溜め込んで暖かかったのではないだろうか。

 毛髪はさながら運命の女神が織り成す糸。持てる時には有り難みに気付かないが、失ってからどれほど渇望しても遅いのだ…。


 手がかじかんで辛い。暖かい空気をアイテムボックスに入れられたらいいのに。

 呼吸が出来るのだから焚き火は出来るだろうけれど、燃焼は呼吸より酸素消費が早い。空気を循環させなければいずれ火は消えてしまうだろう。氷と違って入れっぱなしということにはならない。一酸化炭素中毒も怖い。

 アイテムボックス内の常温の空気を少しずつ両手に当てることで、寒さに耐えることしかできないな。


 ふと、アンディラートがこちらに左手を差し出した。何だ、この手…おやつが欲しい?

 だが、今は手持ちにまともなおやつはない。干し肉も床に転がしたりしたから、不衛生であげられない。

 知ってるでしょ?


 意図がわからずに見上げれば、アンディラートは困ったような目をした。

 だから、何よ。おやつ、ないってば。

 見つめ合う謎の無言タイム。徐々に頬を赤く染め、唇を引き結んでいく幼馴染の有り様。

 これ即ち、照れ顔。

 なぜ今、照れた?

 首を傾げて見せると、再び手を突き出して何かをアピールしてきた。

 ははぁ、ということは接触のお許しだ。


 遠慮なく手を繋がせてもら…うわっ、なんでこんなにあったかいの。驚き。

 筋肉か。これがマッスルパワーなのか。

 出された掌に両手を乗せ、吸熱を試みる。実は指も冷たいんですよ。しかし手の甲も冷たい。もう満遍なく冷たい。

 じゃれているかのようにゴロンゴロンと手をくっつけていると、見兼かねたようにもう片方の手も貸してくれた。上下からのホカホカサンドだ。温かい。


「帰ったら、私も、筋トレした方がいいかな…この、手放せそうにない温かさは、もはや罪だよね…」


「罪ではないと思う」


「…そう? 私の努力不足かな。筋トレなぁ…どうしたら、筋肉付くかなぁ」


 身体強化様の加護があるからか、なかなか筋肉って付かないのよね。運動しても、あんまり負荷と見なされないみたいで。パッシブスキルの難点。

 でも体温が高いのは、やはり羨ましい。

 寒さで語彙が死んでいく中、最低限の口の開きでそう言うと、幼馴染は首を横に振った。


「寒さ対策の意図なら、必要ないと思う。また旅をするような予定がなければ、余計に。もしまた来ることがあったとしても…俺の手なら、いつでも貸せるから」


 ビッグな湯たんぽが手に入りました。

 恒久的な温暖の確約。

 しかし、私の手を温めるということはアンディラートの手が冷えてしまうということなので、さすがにいつもは申し訳ないよね。

 やはり自力のマッスルを…。


 そう考えていると、繋いだ手がきゅっと強めに握られた。

 うわーい、あったけぇー。思考飛んだ。


 アンディラートが温かいことはわかっているので、ついつい本能の塊となってピタッと密着してしまう。耳も冷たいから腕にくっつければ…ダメだった、上着に阻まれて耳は温まらない…。でもまぁ、直接外気に触れないという意味では保温されるかな。

 あー、この上着の中に入りたい。絶対あったかい。でも徹夜明けだし、あんまりぬくぬく安心したら眠くなっちゃうかな。


 吸熱の許諾を得たと思っていたのに、アンディラートの動きがぎこちなくなってきた。

 …そろそろ照れが限界なのだろうか。

 段々、ポカポカが増してくる。

 前にも思ったけど、彼の照れは私の冷えに打ち勝っているよね。どういう原理なのか。

 もしかすると、発熱永久機関なのでは。地球に優しい、アンディラート照れ力発電。(ただし必要食事量は未換算)

 今回は、差し出されたから掴んだだけなのにな…これは、私のせいなのかい?


「…ありがとう、十分に温まったよ」


 やはり気の毒になってそう言えば、ササッと大きな手は逃げていった。

 あっち向いて手でパタパタ顔を扇いでいるので、この寒風の中でも本人は暑いようです。

 温度足りてるのだから、そりゃあ理由がなければ、私と手を繋ごうなんて思わないよね。

 振り払われた腕の勢いから、これがただの親切心であったことがよくわかるぜ…やはり例のアレは、ただの成長記録なのだな。わかってました。

 うん、十分。君が生きててくれれば十分よ。


 お尋ね者(になる予定)なので街には寄らずに、スタコラサッサとグレンシア行きの船を目指す。

 散らかした物品はきちんと回収してきたが、これから帰宅するには旅食が心許ない。

 南端トリティニアを目指すには、改めて入念な準備が必要となる。


 …私が、大放出してブン投げたせいだよ。

 後片付けの際に、中身の転げた鍋を見たアンディラートの絶望的な顔と言ったら…もう、本当にすみませんでした。

 二度と食べ物を無駄にしたりしません。

 今度は鍋を投げても蓋が開かないように、なるべく紐か風呂敷で縛ってから冷凍しておくから許して!(ぶん投げないという約束はできない)


「冬場でもグレンシア内は結構な広範囲で移動ができるはずだ。できるだけ南の方の町で冬越しをしようか?」


「ううん。いいよ、グレンシア王都で」


 残念ながら季節は本格的な冬目前。

 このまま南下したところで、トリティニアまでまっすぐには帰れない。

 必ずどこかで越冬する必要があるのだ。


 一刻も早く帰りたいだろうとグレンシア南端を提示する幼馴染に対し、こちらは冬場でも確実に実入りのいい仕事にありつける王都を推す。

 ダンジョンに入らなくても、大都市なら絵を売ったっていいからね。


「ダンジョン大国とはいっても、さすがに端の方じゃ害獣駆除や食肉調達がメインになるもの。君も、冬の間中ずっと人喰い熊や白兎を追うより、ダンジョンに潜る方が楽しいでしょう。それに、銀の杖商会があれば私も絵を卸せるよ」


「だけど…」


 しまった、アンディラートならば「村人のためになるならやるよ」って言うわ。苦とも思わないに決まってたわ。

 しかし私としては、彼には誰かの都合のために使われるよりも、自分のことで楽しんで生きてほしい。

 うん、別の理由付けが必要だ。


「あっ、冬の間にレンタル屋さんで馬や馬車を見せてもらったらどうかな。サポートで再現できるようになるかもしれない。そうしたら、帰りの旅は早くて楽になるのよね?」


 グレンシアにはダンジョンが多いから、移動するための乗合馬車も頻繁に出ている。しかし気ままに動きたい冒険者は自ら馬を操って西へ東へ移動したり、いちいち戻るのが面倒だからできるだけ纏めて獲物を運びたいと荷馬車を借りたり、混成パーティで移動するために箱馬車を借りたりする。

 サポートを出し続けることが、どの程度私の負担になるのかがわからないと悩むアンディラート。

 正直、負担はないです。過負荷の場合は、私が負担だと感じる前にモヤッと消えちゃうんで。そして私は元気なままッス。

 ただ、作る前提なら詳細を観察したい。

 失敗するとクレヨン落書きみたいになるからね。機能としては使えなくはないんだけど、人に見られるとまずい。


「無理せず、馬を購入してもいい」


「いや、面倒見きれないよ、馬は。馬車も持ち運びはアイテムボックスに入れるって手はあるけど、必要に応じて作れて咄嗟に消せるサポートの方が楽じゃん」


 そうだ、良い案に思えるぞ。早期帰宅を目指すつもりなら、馬車はあった方がいいに違いないよ、馬付きで。

 サポート馬なら疲れ知らずだし餌も要らない。昼夜を問わず走れる。

 ファントムさんのおんぶよりも現実的な移動手段だよ。


 身体強化で走った方が速いと思うじゃん?

 しかし一口に身体強化と言っても、実は私とアンディラートのそれには差がある。

 私のは正直…常時疲れ知らずだ。必要以上に強化しても周囲の魔力から補充してくるという、無茶の効くヤツ。チートだから。

 しかし努力の末に体得したアンディラートの身体強化は、一時のブーストにはなるが常に発動し続けるようなものではない。当然のように、使った後はそれなりに疲れる。

 つまり帰り道に限っていえば…極論、私なら延々と走り続けられるけれど、彼には適宜休息が必要だということだ。

 いや、実際には私も飲まず食わず眠らずとかは嫌だし無理よ。長旅に無茶は禁物。


 調理はさすがに無理だけど、アンディラートがちょっと小腹空いても安心。馬車の中で、作り置きのご飯を落ち着いて食べながら距離を稼いだりってこともできるよね。

 魔獣が出ても、ファントムさんで対応して、自分達は進むとかもできる。視界共有すれば倒した後の素材だってアイテムボックスに入れられるしね。



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