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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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222/303

この情報は、所謂引っ越し蕎麦です。



 何にせよアンディラートが特に気にせず、削除する手立てもないというのなら、これ以上私が騒いでも仕方がないな。

 それなら、お別れのご挨拶を…そう考えたとき、ふと、サトリさんは真剣な顔をした。


「オルタンシアさん。貴女の人生の山場はどこだと思われますか?」


「え。山場、ですか?」


 …いや、何だか今日はよく笑っただけで、彼は元々真面目な顔がデフォルトだったかもしれない。あまり愛想笑いの印象はない人だ。

 だが、この雰囲気。

 さすがの私も今が何か大切な話をする局面であることは理解した。


 しかしどこが山かと言われても、山あり谷あり断崖絶壁な我が人生かと思われるのですが…今だって、絶賛山場真っ最中じゃない?

 むしろ山しかないわ。険しい。


「私はあまり、人生に多数の山場を持つ人間というものを見たことはありません。稀に複数のそれを抱えても、最大規模のものを越えたあとは平坦になるものです。…苦難の連続という言葉はありますが、渦中の人間にとってそうであっても、私達埒外の者から見れば1つの大きな山であったりもします」


 一体何が言いたいのだろう。

 山場なんて、沢山あった…そう思っていた。それは、間違いだということ?


 私は階段の上り下りもできないような頃から暗殺者に目を付けられていたのだ。

 辛くも生き延び続けた幼少時は、まさしく連続した山と言うに相応しいのではないかと、思っていたけれど…うーん。あれは、サトリさん的には大きな山1つの扱いなの?


 命を狙われ続けたものの、そういえば使用人の入れ換え後は減った。ほとんどなくなったと言ってもいい。

 だが…お父様の立場もスタンスもそのままなのだから、急にパタリと暗殺者が来なくなったというわけではない、と思う。

 家令を筆頭として、実行される前に対処できる人間が増えたのだろう。


 え、まさか今は対処されてるし、何度も繰り返すんならそもそも山じゃないっていう扱い? それはシビアくない? 連峰だって山は山よね。

 常態過ぎると、もはやノーカンなの? そ、そんなの酷いと思いますよ。


「…オルタンシアさんは複数の山場を持つ方だとは思います。ただ、テヴェルさんのように自らの失態を重ねて追い込まれていく方も稀におりますが、それはまた別の話ですね」


 テヴェル…確かに彼は苦難の山というより…転げ落ちて谷って感じかもなぁ。

 まぁ、私が次に山と言われて思い付くのは、両親の死のフラグか。

 あれも山場であったと、そう思う。

 結果として私は母を救うことができず…お姫様を得て自らの物語を終えたはずの冒険者リィは、悲劇の人へと転じた。

 私の、力が、及ばないせいで。


 お父様は前と変わらぬ暮らしを続けているように見えるけれど、それはきっと惰性だ。

 だって、手に入れるものも捨てるものも全て、お母様が基準だったのだ。

 お母様のためだけに生きてきたのに…今更心機一転を図るほど、自分の人生に興味は持てないだろう。


 自らの失態のせい、というなら…あれは山場ではなかったのだろうか。転げ落ちた谷?

 …予知夢は、働いたのに。


「山でしょうね…。何をしても、しなくても現実に成り得たはずのことならば、山場と言って良いかと。そもそも他者の持つ運命を覆すことは難しいでしょう。オルタンシアさんの持つ能力は、苦難の多いオルタンシアさん自身の運命を、切り開くための力なのです」


 変えられるのは、私にとっての運命、だけ。

 ならば決定的に悪いことだったのは…お父様が死ぬこと…。私の感情の問題ではなく、死か破滅か、そんな状況的なものしか予知夢の判定には入らないということなの?

 …お母様の死は、それに付随して、全く偶然に見えただけだということ?


 お母様が亡くなることで、お父様の死が誘発される。だが大前提たるそれは、お母様自身の運命であるゆえに覆すことが叶わなかったとして。

 お父様が亡くなれば一人娘が残される。

 …成人前の子供、親族のない私の身は誰が引き取ったのだろう。


 父の友人であるヴィスダード様は率先して手を上げるのかもしれないが、自身の妻子への扱いを見れば…正直なところ烏滸がましい。生き物は引き取ればそれで終わりではないのだ。心ある大人であるほど、反対するだろう。絶望的に子育てに向いてない環境だ。


 お父様という壁なくしてエーゼレットの遺産も美少女も手に入るというのなら…最も外面が良くて口が上手くて欲深い者が、結果的には打算で私を引き取るのだろう。

 継子に優しくする必要もないのなら。両親を失い失意の中にある私なら。それが、お父様に良い感情を抱いていない相手だったら。

 …前世の死に様を繰り返してもおかしくないと、そういうことか。


 不安げな顔になってしまう私を、アンディラートが心配そうに見ている。

 どうしてサトリさんは突然こんな話を始めたのだろう。

 私はまだ、トリティニアへ帰れないの?

 まだ、何か悪いことが起こるの?

 結論が見えなくて、辛い。


 チート持ちの人生はちょっと大変で…その数が多いほどに人生の難易度は上がる。

 けれどもチートは、その苦難を乗り越えていくための力だから。

 だから、例え山が1つでも2つでも、幾つであろうとも、私は全力で頑張れば良いだけ。

 そうすれば、乗り越えられるのだと。

 …サトリさんが仰ったのではないですか?


「オルタンシアさん。これは一般的な傾向のお話なのですが…能力を使いこなせていない転生者は、どうやら山場を越えられないようです」


 唐突な、その言葉。

 意味を問う前に、サトリさんは口を開く。

 重ねて、紡ぐそれが。


「山場を越えられなければ、結末は望むものにはならないでしょう。例えどんな強大な能力が与えられたとしても、上手に使えなければ、ないも同じ。己の能力で何が出来るかをしっかりと把握していれば、望まぬ未来を覆す手立てとなるのはご存じの通りです」


 肯定だと、気付く。

 これは、長年の私のチート訓練への肯定だ。

 同時に、テヴェルが私に勝てなかった理由。


 テヴェルは前世の作物貢ぎマシーンとしては、優秀だった。彼が未だ前世にこだわったから、練度は高かった…そういうことだろう。

 そして、今回は、戦闘向けに植物チートを鍛えてきた。

 彼なりに真剣に取り組んだのだろう。冒険者としては弱いくせに訓練もサボる駄目な奴でしかなかったが、こちらを追い詰め、私を絶望させるに足る成果を上げた。

 …だが、結論。それも、私が自らを鍛えてきた努力に及ぶものではなかった。


 サトリさんは、珍しく頷いた。

 私の心の声に対して、取り繕わずに応えることなんて今までなかった。ということは。


 …ああ。

 それだけでは、ないのか。


「そうです。今回は埒外の私から見ても大きな山場…恐らくは、貴女の命を脅かすような危機は、もう、やってこないのではないでしょうか。私はそう思います」


 私にとって、サトリさんの言葉はとても大きい。

 生まれ変わる前に、貴方の言葉で希望を持った。

 ダメかと思った今回も、結局は貴方がアンディラートを助けてくれた。

 刷り込みみたいに、信じてる。


 だから、息が止まりそう。

 泣きそうになりながら、浅い呼吸を繰り返す。


 いいんですか、そんなこと言って。

 埒外だと思うからこそ、貴方は今まで、黙っていたはず。

 私が純粋なこの世界の人間ではないからこそ、一定以上に関わってはいけない。

 そう思っていたのではないですか。


 アンディラートを協力者にできても、私には近付かなかった。

 テヴェルも如月ピンクも、アンディラートよりも私の方が理解も簡単で、話が早かったはずなのに。


 震える唇からは、何も言葉が出ない。

 アンディラートがそっと肩を抱いてくれている。彼は、私に巻き込まれた被害者だ。

 私が平凡な幼馴染であれば、彼がこんなに苦労することもなかったはずだ。

 この世の中に有るのが稀有なほど、綺麗な生き物なのに。


「…そうですね…しかしアンディラートさんも、重要なファクターであると考えます」


 重要な…?

 聞き捨てならないその台詞を、私よりも先にアンディラートが問い返す。


「俺が、何…?」


「悲観に傾き易いオルタンシアさんが、アンディラートさんの存在で持ち直したのは一度や二度ではないようです。お陰で努力の歯車が幾つも運命に噛み合いやすくなった…そのように見受けられます。今後も側におられるのであれば、きっとオルタンシアさんの悲願は叶うでしょう」


 私もアンディラートも息を飲む。

 そ…そんなこと私に教えてしまっても、大丈夫なんですか。サトリさん、上の人に怒られたりしませんか。

 だってそれはつまり、もう山場がないってことなら、私の今後の人生はチートの助けも不要なほど危機なく過ごせるかも知れなくて。

 私の幸せの定義は、生まれる前にはとても漠然としたものでしたけれど、今生では既に享受したものでもあって。

 しかし今はもう失われたものでもあって。


 胸によぎるのは裏庭。

 優しい両親の庇護下で。絵を描く私と、隣で眠る幼馴染の記憶。


 私の、戻らない楽園。

 幸せというのは、私にとって…。


「貴女は、幸せになれます」


 啓示のように与えられた言葉。

 思わず胸の前で、祈るように両手を結んだ。

 希望と共に、不安がわいてくる。


「…そんなことを、言って良いのか?」


 アンディラートも同じことを思ったらしい。

 自らを埒外だと言いながら、サトリさんがアフターサポート以上のことをしているのは明らかだ。


 越権行為と言っていい。

 今までのスタンスとは違う。

 上司に怒られるし、下手をすればクビなのでは。それどころか。

 場合によっては、如月さんと同じように…。


「どうなるかは、私も初めてのことですからわからないのですが…機を逃さないよう、急いで片付けて参ります。アンディラートさんには、私の協力者としての印が魂に刻まれた状態にあります。そして、アンディラートさんはやや不屈の傾向があります」


「不屈?」


「ええ、多少の時間は掛かれども、望む結果のための努力は惜しまない方だとお見受けします。だからこそ、貴方だと思っているのですよ。またいつか、お2人にお逢いできることを願っています」


 ん?

 話の転換についていけなかったのは私だけではないようだが、幼馴染は持ち前の寛大さでさらりとそれを受け入れた。

 いや、待ってよ。流せないよ。

 私はついていけてないぞ、ずるいぞ。

 サトリさんっ、何で急に…


「ご安心下さい。その時には、私は私ではなくなっているでしょうから」


 どういう意味?

 呆気に取られる私達の前で、サトリさんはどこか楽しげに言って消えた。

 先程まで揺れに揺らされた私の感情も、転がしたばかりの話のオチも何にもなく消えた。


「まるで逃げるみたいに消えたけど」


 アンディラートが呟いた。

 正に、それ。


 何だろう。如月さんに対するサトリさんみたいに、追っ手でも掛かったのだろうか。

 だとしたら、私に、教えてはいけないことを教えたせいなのでは。


 どうしよう…もしそうだったら。

 あんな風に消えるサトリさんの身を、守るためにできることはあるのかしら。

 思わずアンディラートを見上げてしまう。


「…どちらかというと、俺たちの追求から逃げたんじゃないかと思う」


 勘だけど、と。

 アンディラートが言ったので、私はそれ以上を、口にすることはできなかった。

 誠実と常識の天秤。君が言うならそうだと思います。


 サトリさん。

 私は貴方より幼馴染のほうを狂信(しん)じているのですが…もしかして、なんか私達から逃げました?




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