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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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22/303

疑惑のピーマン



 …ピーマンである。


 私は渡された袋の中を二度見して、困惑しつつ顔を上げた。

 3個のピーマン。


 この世界にないはずの、野菜だった。

 どうやって手に入れたのだろう。


 正面に立つのは従士隊の制服を纏うアンディラート。

 ひどく汚れている。

 鎧…というか金属の胸当てに、ヘコミまで見られるんだけど…君は一体どこで何をしてきたのだね。


「…お話を、お聞きしたいのですけれど…この後のご都合は?」


「うん。まず、よろっと長くと思う」


 ん?

 …何ですとな?


「遠征が、いっぱい話したいことはあって」


 アンディラートは眠そうに目を細めて、どこか斜め上のほうを見た。

 それから、小さく唸って目元を擦る。


 確実な、おねむ。

 うちでのお昼寝は、共に堪えることなくスヤァしていたので、彼が眠さに耐える様は初めて見る。

 初…?

 めでたいかな。なんか、せっかくだから拝んどいたほうが良いだろうか?


 無意識的に両手を合わせかけ、慌てて下ろす。

 いやいや、特にご利益はないだろう。多分、きっと。いや、でも、やっぱり拝んどいたほうが良かったかな。

 過ぎてしまうと、一応やっとけば良かったのではと謎に後悔する。貧乏性か。


 どうやらアンディラート、王都には今しがた戻ってきたばかりのようだ。

 遠征中にピーマンを見つけたのだろうか。

 わざわざ帰宅する前に寄って、お土産をくれたのだというところまでは理解した。


 久し振りに見たアンディラートは、頻繁に目を細めながらも口の両端を上げている。

 一見、笑顔なのだ。


 けれど、確実に目が死んでいる。

 隈もできている。


「あの。…大丈夫?」


「どう大丈夫だ」


「肯定か否定かすらわからない!」


 こりゃ、ダメだ。

 可哀想に。見張り当番とかが、最終日の夜に当たっちゃったんだろうか。


 よくわかんないけど、彼がものすごく疲れているということだけはわかる。

 うっかり素を出してしまったけれど、使用人の手前、頑張って令嬢ロールへシフトする。


「裏庭までいらしてくださいな。お話をお伺いしますから」


「汚い」


「え、私ですか?」


「…え、何?」


 そ、そうだよね。

 わかってる、アンディラートが私をバイキン扱いするはずはない。


「ん? じゃあ、うちの庭が…?」


 そんなはずは、と辺りを見回す。

 いやいや。周りは花咲く美しい庭だよ。ゴミなんて落ちてないよ。

 裏庭には花壇こそないけど、決して天使にキッパリ汚いなんて言われるアレじゃない。


「ん…あぁ、そういう…いや、まだ家に帰ってなくて」


 ぽんぽんと自分の腕や腹の辺りを手で払ったりするので、ようやく納得した。

 多分「まだ遠征から戻ったばかりで、帰って着替えたりしてないから汚いよ」って遠慮しているのだ。


 紳士、すっごい不親切になってるぞ。

 自分ではちゃんと喋ってるつもりなんだろうなぁ、これ…。

 私との会話がいつものようなキャッチボールにならなくて、彼は不思議そうだ。


「…えぇと。いえ、まずは移動しましょう」


「でも」


「気にしないで。それとも、お話しするよりも帰って眠りたいですか? 確かに、その様子では早く寝たほうがいいようにも…」


「大丈夫、寝ながら話す」


 うん、無理だね!


 鼻ちょうちん出して眠りながら喋るアンディラートを想像し、笑ってしまった。

 若干問い詰めて良いのか悩ましい状態ではあるけれども、どうやら彼も話したい様子ではあるのだ。

 であれば、まぁ。

 ちょこっと昼寝でもしてから話せばいいのではないかね。


「ここで寝てはいけませんわ」


「起きてるよ」


 寝ぼけてる人は大抵そう言うんだよ。

 目が閉じてしまっているアンディラートの手を引いて、裏庭を目指す。

 かっくんと後ろに頭を倒すのをやめなさい。寝違えるぞ。


 手を貸そうか迷っている使用人達を下がらせた。

 フラフラしながら、何とか裏庭まで辿り着く。


 っていうか、フラフラどころじゃない。

 身体強化様がなかったら何度かアンディラートを引っ繰り返してしまっただろうと思う。

 千鳥足を超えてる。たまに、私を支点にクルンと回っちゃってる。

 スイングバイしないよ、すっ飛んでいかないで。


 周囲に人がいなくなったので、ぺいっと被っていた猫を投げ捨てた。


「アンディラート、ちょっと敷物敷くから手を離すよ? ちゃんと1人で立ってられる?」


「勝つる」


「お、おぅ。じゃあ直立で頼むわ」


 アイテムボックスから出した敷物も、ぺいっと地面に放る。

 うむ。上手に広がったので、均す必要はなくなった。

 素早くアンディラートの腕を掴んで、再度つっかえ棒役を引き受ける。


 わぁ…この子、ほんの3秒目を離しただけで自分の足踏んで倒れそうになってるよ。危ない。


「勝つって言ったじゃない! 嘘つき!」


 私が悲劇のヒロインぶってアンディラートの胸をポカポカして遊んでいる間に、限界は訪れてしまったようだ。

 遊びに付き合ってくれなかった彼は、ぼんやりと緩やかな瞬きを2回。

 …そのまま、目を閉じてしまった。


「あらまぁ。どっこいしょーい」


 瞼を閉ざした美少年を、身体強化を用いてお姫様抱っこ。

 危なげなど欠片もなく、そっと敷物に横たえて差し上げた。

 この手腕、もはやプロの王子と言っても過言ではない。

 あれ、おかしいな。お母様似の美少女としては、抱っこされる側のはずなのだが…。


「でも、「キャッ! 重いですぅ☆」とか言って落っことすよりはずっといいもんね」


 もしもうっかり落っことしたとしても、大天使はきっと私を責めたりはしないだろう。

 むしろ女の子に寄りかかってごめんね、とか言っちゃうかもしれん。

 アンディラート、女子力ならぬ紳士力高いからな。


 だけど、体力の限界を迎えた生き物を取り落とすとか、鬼の所業だよね。

 やはり身体強化様は裏切らないな。


 アンディラートは、すやすやと眠っている。

 私もそのまま、隣に寝転がることにした。


 2人でお昼寝するのは久し振りだ。

 最近は貴族らしくお茶を飲みつつの談笑か、隠れて剣の稽古をつけてもらうのがほとんどだったからだ。


 私の部屋に呼ぶことはもう許されないし、応接室では人払いはしても、扉は少し開けておかなくてはいけない。

 8歳児に何の間違いが起こるのかと疑問ではある。

 しかしながら、お陰で素の私がばれないように、注意しなくてはいけないことが増えた。

 サポートで作った蟻さんが、見張りに役立つとは思わなかったよ、ホント。何でも作っておくもんだよ。


 今日だってアンディラートのフラつきっぷりと、今までの信頼の積み重ね故に、なぁなぁで見逃されているだけ。

 お見合い引く手数多のレディなので、もう、2人きりでいることすらも本当はいけないことなのだろう。

 私の癒しをどうするつもりだよ。

 貴族の常識、マジ意味不明。


「…ふふっ」


 けれど何気なく隣を見れば、上がりかけたボルテージもぎゅぎゅんと下がる。

 あどけない。

 身長が伸びたり、ちょっと目が鋭くなったり、筋肉質になったりしちゃったけれども。

 寝顔はまだまだお子様だわ。


 金属越しの胸が規則正しく上下している。

 …あれ、胸当て外してやったほうが良かったか?

 上着脱がしたりとか。


「ぶぎゃ」


 そんなことを考えた途端、アンディラートは寝返りと共に私を潰した。


 エスパーか。シャイボーイの無意識の制裁か。

 わかったよ、しないしない。

 袖を捲ってやっただけで赤くなっちゃう子だもんな!


 おーい。エスパー?

 目の上に腕を置かれると何も見えないので、よけてほしいのだぜー。


 …違ったようだ。

 彼にサトリさん要素はなかった。


「…いいや、寝よう」


 ちぇー。こっそり寝顔をスケッチしてやろうと思ってたのになぁ。

 あっ、もしかして、そのせい? 無意識にスケッチさせまいとしている?

 やっぱりエスパーかな?



*-*-*-*-*-*-*-*-*-*



 うっかり寝過ごした私。

 慌ててアンディラートを揺り起こした時には、既に夕刻であった。


「ピーマンラート! ごめんね、急いで調理するからぁ!」


「おい、名前を間違うな。調理しなくていい、数もないし、元々渡してすぐに帰るつもりだったから」


 名前はわざとです。

 スッキリとした顔のアンディラートは、会話もスムーズに戻っていた。

 さすが三大欲求。

 睡眠が足りていないと、紳士でさえも挙動不審になるのだね。


「そうなの? 話したいことがたくさんあるって言ってなかった? サトリさんに会ったの?」


 あと、ピーマンの出所を教えてゆけぃ!

 問い詰めたいけど、病み上がり(?)相手に強くは出られない。


「…会ってない。色々話したいけど、もう帰らないと。明日の朝からまた遠征に行かなきゃならないんだ」


「また!? 身体壊しちゃうよ!?」


 帰宅の翌日から更に遠征と聞いて、悲鳴を上げる。

 さっきまであんなにボロボロだったのに。

 1日くらい休みにならないの?

 従士だよ、お子様だよ、まだ騎士職についてるわけですらないんだよ?


「ゆっくり眠れたから大丈夫。ちょっと今回は本当に色々あって…。でも、遠征に連れて行ってもらえるのは経験になるから」


「でも」


「明日の遠征は、普通なら従士じゃ参加できないんだ。だから俺も楽しみにしていて」


 アンディラートはちょっとだけ寝癖が付いた横髪をしきりに気にしている。

 あふ、と手で口元を隠して小さく欠伸をした。

 うわぁ、私なんてさっき伸びをしながら噛み殺しちゃったのに。他所ではやらんけどさ。


「…っと、失礼。とにかく俺は平気だから。…ピーマン、それしかないけど、お前が好きな料理ならご両親にも食べさせてあげたらいいと思う」


 欠伸をするのは別に失礼じゃないけど、私の女子力を上回るのはちょっと失礼だよ。

 …ん? いや、元々どう考えても彼のほうが女子力高かったか。


「お父様とお母様も、肉詰めピーマン好きかしら…」


 3人で食べたら、美味しいかしら。


「今から料理人に調理の仕方を伝えれば、夕食に間に合うんじゃないか?」


 魅力的な申し出に、ぐらんぐらんと理性が揺れる。

 作り方。作り方を料理人に説明?

 大丈夫かしら。私、おかしいってバレないかしら。


 アンディラートの家で、前に食べた料理。珍しい野菜らしいので、お肉を捏ねるところなどは側で見ていた。

 …うん、何とか誤魔化せそうかな?


「やってみる。ありがとう」


 意を決して私が頷くと、アンディラートは満足そうに笑った。




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