人外ゆえに。
テヴェルとラッシュさんは大暴れしていた。
玄関ホールなら結構な広さが得られると思っていたけれども、このくらいじゃ全然足りなかったのだね。
だが、仕方がない。仕方なかった。貴族の屋敷といっても、体育館なんてものはないのですから。
パーティーをよく開く貴族なら、おうちに広いダンスフロアがあるのかしらねぇ…。
少なくとも実家にはないな。花しかない。
考えてみると「敷地広いけど特に建てたいものがないから、とりあえず荒れないように花植えて管理してる」って感じ。お父様の、興味ないことには大雑把な一面が出ている。
庭師がとても大変よね。
そんなことを考えていたら、私の後ろから鞭のようにうねる蔦が現れた。見切れつつも視界に納まったが為に、セーフ。身体強化様々。
更に追い抜くように走り抜けていく緑色を、ギリギリで躱す。だが、こちらは視界外からの襲来であったため髪の毛が数本切られた。おのれ。せっかく伸ばし始めたのに。
大振り空振りの反省を生かし、なるべく最小限の動きで躱してはいるが、植物チートは結構厄介だ。
如月さんも、ひらりひらりと舞うようにテヴェルの蔦を躱している。
お分かりだろうか。
そう、これ、無差別攻撃なのです。
「それは有りなの? 一緒くたに攻撃されて、怒らないの?」
飛ばした軽口に、如月さんは口許を笑みの形に歪める。
別に怒るようなことでもないってことか。
テヴェルに甘すぎないですかね、本当に。
縦横無尽に走る蔦。出所が特定できれば排除できるかもしれないのに、蔦は色んな場所から飛び出しては色んな隙間に消える。
気になるけど観察してる暇もない。あれは一体、どうなっとるん。
ラッシュさんの無事を目の端で時折確認しながら、蔦と如月さんの攻撃を躱す。
私の長剣はといえば未だ空を斬り続け、悔しい限り。
長剣使用の分、リーチは私の方が長いはずなのに、あんな細身の短剣で逸らされる。
落ち着いて。狙って。大丈夫よ。
きっとチャンスは来るから。
そう自分を宥めながら、何度目かの空振り。
不意に無差別蔦が私達のフィールドを薙ぎ払う。
咄嗟に私と如月さんはジャンプした。
滞空。
ほんの数秒の…互いに、無防備な。
…今!
マントの内に手を入れて、即座に出来立てホヤホヤの短剣を掴み取り、素早く狙いを付けて投擲。
しかし如月さんは空中で身体を捻り、マトリックスばりの体勢。
そう、当たらなくても構わなかった。
私から、目が逸れた。それこそが好機。
出番です、ファントムさん!
如月さんの背にぶわりと現れた黒靄が人の形を取った。おおぅ、意気込み過ぎて無駄な魔力ががが。
サポートは蟻から姿を美男子に変えて跳ね、近距離で、その手の長剣が振り下ろされる。
驚いた顔の如月さんはそれでも逃れようと身を捩った。
だが、長剣の刃先が、彼女の胸に差し込まれる方が早い。
如月さんはそれでも諦めない。
突然現れた男、そのひとつに纏めた金色の髪を引っ掴んで顎を上向かせると、細い短剣で喉を一突きにした。更に、絶対殺すウーマンと化し、そのまま短剣を横に引く。エグい。
おぉ…長髪よ、やっぱ邪魔だったのか…。
もうイメチェンで切っちゃう? 金色しっぽ、平時は可愛いんだけどなぁ。あ、着脱式ってどうかな? でも、それってヅラ?
鎧レイヤーのない部分を裂かれたため、一撃で破損判定。ファントムさんは損壊した首の辺りから黒靄と化していく。だが、どんなことが起ころうともオートモードは怯まない。
彼は動ける限り、オーダーに従う。粛々と命令をこなす。結果、それが崖下への無意味なダイブだったとしてもだ。いつぞやは本当にすみませんでした。
与えた命令は「隙有らば少しでもダメージを与えろ」というものだ。
ニヤリと笑ったファントムさんは隙を見つけたのだろう、己が消える直前に、長剣の柄を踵で蹴り込む。
如月さんの胸に刺さっていた刃が、その身を裂いて背中側から飛び出した。
殺った!
ドッと音を立てて如月さんは床に落ち、二度転がって止まった。
刺さっていた剣はモヤッと消えた。
なぜならあれはファントムさんのサポート製装備であり、たった今ファントムさん自身が完全に消えてしまったから。
だがファントムさんは決して滅びぬ、何度でも甦るさ。
心臓を一突き。しかも背中まで突き抜けたのだから、生きてはいまい。
こうなれば、後から出現して「お、お前はあの時死んだはず!」からの「実は防具の隙間に雑誌を挟んでいたから無事だったのよ」「何だってー!」などというオチもない。
完璧だ。オペレーション・ファントムメナスは成功だ。
さぁ、テヴェルを仕留めて、帰ろう!
意気揚々と振り向いた、その先には。
こちらの様子など目もくれず、ラッシュさんを近付かせまいと蔦を取り出してはブン回すテヴェル。ラッシュさんの行く手を阻もうと、盛り上げ役かバックダンサーのようにその場でブン回っている幾つかの蔦達。
似たものを知っている気がするな。あれは…凍えそうな季節に、ネクタイをブンブンして愛をどうこう歌いそうな動き…?
駄々っ子連撃のようなそれをいなしたり斬り捨てたりしながらも、しかしなかなか有効な一手を繰り出せないラッシュさん。
斬った蔦は案の定ウネウネと戻ってきてはくっついて再生している。
細かくなるだけで死なない魔物だ。キリがないのだろう。
これではこちらの体力を削がれているだけとも言える。
…うーん。ラッシュさんは1人で戦いたい風味だったけど、このままでは良くないよね。
ここは…テヴェル本体に対する攻撃に加わるより、周りの蔦斬りに参戦して、植物を損耗させた方がいいか。どのみち、蔦に守られていては本体に攻撃が届かないかもしれない。
ラッシュさんが斬り捨てた蔦を、早速アイテムボックスに放り込んだ。
資源というものには、必ず限りがある。
どんなに沢山の植物を用意していたとしても、私のアイテムボックスの容量を越えることはないはずだ。
その内に気が付いた。
無差別蔦は、本当に物も人も関係なくテヴェル以外を無差別に攻撃しているけれども…その動きにはどうやら、規則性がある…?
そうだ、テヴェルの植物チートで動く魔物も、単純な命令しかこなせないはずだ。
全部が1本の同じ蔦なんじゃない。何匹かの組み合わせで、なるべく隙間時間を作らないようにブンブンしているだけなんだ。
如月さんという邪魔が入らなくなった分、観察も思考もやりやすい。
床を這って襲い来る無差別蔦Aは、どうやら一定の位置でブン回しに入り、階段下でUターンしては使用人の待機室に消える。
そこで何をしているかは知らないが、多分攪乱のために使用人用の通路を通って移動し、また別の使用人用の扉から這い出てきては置物の影から進軍を再開していた。
その間に壁から飛び出る無差別蔦B、どうやら根元は額縁だ。
額縁から生えているくせに、天井や壁の端を移動して出所を隠蔽し、天井にサッと張り付いては消えたふりをしていたんた。
気付いてしまえば簡単なカラクリだが、戦闘中に、あれこれ分析することは難しい。
更には時折、床から突然出てくる無差別蔦Cがいるのだが、コイツは観察してもよくわからない。もぐら叩きのようなそれは人の真下からというわけでもなく、足を絡め取ろうとするでもない。
雨後の筍といわんばかりに突然ズバァッと生えてはこちらを驚かせ、シュルル~ンと同じ場所に引っ込んでいく。
効果はひたすらに絨毯に穴が空くだけ。ドットコムさんちの絨毯に、何か恨みでもあるのだろうか…。
次第に薄くなる蔦弾幕。ラッシュさんの攻撃が近くなるにつけ悲鳴を上げていたテヴェルが、ようやく異変に気が付いた。
こちらを見て、周囲を見て、如月さんが倒れていることを知る。
「如月! マジかよ、ウッソー!」
感想が軽い。
そこにラッシュさんが勝負をかけた。
袈裟がけに蔦を打ち払って踏み込む。私はそれを回収したり、ラッシュさんの元へ向かおうとしたその辺の蔦を刈り取って収納する。
テヴェルの守りはもう風前の灯。
「如月、撤退だ! お持ち帰りで!」
そんな必死な声に、私は憐れみさえ覚えた。
如月さんが死んだことを認められず、自分が負けることを受け入れられず、最後まで主人公気取りの異邦人。
彼が生き延びるためにチートを手にしたのなら、その障害は本当に私だったのだろうか。
彼には、私のような隠された血筋も、幼い頃から現れる暗殺者もないのでしょう?
昔は服がボロいとか、ご飯が足りないとか、そんなことを書いてはいた気はするが…それは常識と良識の我が幼馴染殿が助けようとするほどじゃなかったはずだ。
お持ちの能力も、農村で生きるには都合の良さそうなチートだ。思い上がらずに今生を受け入れ、上手く使いこなせさえすれば、もっと別の人生があったのではないか。
どこかでスローライフに勤しんでくれていたならば。
あちらが積極的に関わってこようとしなければ、こんなことにはならなかったのではないか。
生まれながらに他人とは違う能力なんて手に入れてしまったから、逆に苦難の道を選んだのではないの?
今生に希望を見いだせていなければ、ああなっていたのは私なのかもしれない。
そんな感傷が掠めて。
だから。
むくりと如月さんが身を起こしたことが理解できずに、私の行動は遅れた。
「…は…?」
なんでだい。
確実に心臓破れてるでしょ、貴女。
ゾンビ。いや、目には正気があるか。
魔法のある世界だからって。
え、何。復活アイテムとかあるの?
聞いたことないよ、そんなの。
いや、ズルは困りますよ、ちょっと。
そういえば…あの時、流れる血を目にした覚えがない。
「フラン! 危ない!」
立ち上がろうとする如月さんを見つめてしまっていたから。
幼馴染の声にハッとして振り向くが、如月さんが動く。慌てて、また如月さんの方を向くがもう遅い。
失敗を悟る。
別々の方向にいる如月さんとテヴェルを、同時に視界に入れることは出来ないのだ。
テヴェルの周囲から、蔦が溢れ出したのが見えた。




