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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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216/303

未だに、おフラン



 玄関ホールのシャンデリアは、家主の危機など何も知らずにキラキラと輝いていた。

 思えば来客が遅れて到着するかも知れず、歓迎準備がなされたままだったのだろう。

 使用人が魔石灯に明かりを付けたところは見ていなかったが、既に日の落ちた邸内で明かりがなければ、戦うのは少し困難になる。


 いざとなれば私には諸々の手段があるが、ラッシュさんが困ってしまうことには変わりがないので、明かりに感謝しながらホールを見回した。

 木製家具の有無を確認するためだ。

 取り急ぎ、目についた大きな花瓶が乗った木製の台を収納しテヴェルの上に…ちっ、如月さんが弾いた。壁にぶち当たって大破するが、それに目を遣る人間はいなかった。


 そのままテヴェルの足元に膝を付いた彼女の肩に手を置いて、ヤツは偉そうにこちらを指差す。

 まるで美女を跪かせた悪役…と言うには如月さんに足首テーピングを施されながらなので、凄味はまるでない。

 うん、まぁ、魔法を使って怪我を治すことはできないということはわかった。

 大事よね、そういう情報も。


「誤解があるかもしれない。だから言うけど、お前、そうお前。お前が幼馴染で関係ない、フランは生まれた時から俺の嫁だから!」


「ないわ」


 何を言い出したんだ、こいつは。

 言葉の先は私の幼馴染だ。信じることはないだろう。


 …そういえば過去の手紙にも唯一の理解者的な記述をしていた気がする。会いたいかと訊かれて断固拒否したような記憶があるが、その時は少し疑われていたのではなかったか。

 背筋が寒くなりながら、そっと隣を窺う。

 こちらの不安げな様子に気付いて、ラッシュさんは小さく頷いて見せてくれた。


「それは個人の主張であって、真実じゃない。だから、俺が引く理由にはならない」


 そうなんですよ、ラッシュさん!

 良かった。「それなら仕方がないから見守るよ」とか言われたらマジ泣きするわ。クールに去っていかれては困る場面も世の中にはあるのですよ、スピーディ・ワゴン!


「この、分からず屋! だからこの世界はダメなんだよ、皆ちゃんとルールを守ろうとしないんだからな! 民度低い!」


 テヴェルは怒りを隠さずに、見当違いの主張を繰り返す。

 曰く、この国は自分のために用意されたものだから、その過程で正当血統のフランを伴侶にすることは正しい。国民の苦難に目もくれずに、ただ女の子を横からかっ拐おうとするラッシュさんは空気の読めない盗っ人。


 …さすがに、これは酷い。

 全てが的外れでポカーンの極みですわ。

 どうせ王位を手に入れたところで、テヴェルのやりたいことはハーレムじゃん、国民の苦難とやらは絶対に報われないよね。

 あと、なんで私が知らん人達の為に人柱にならなきゃいけないのよ。嫌だい。


「大体、幼馴染とか言って友達面してるけど、どうせフランでエロ妄想とかしてんだろ? やめてよね、俺のなんだけど!」


「キモい! 一切の事実無根なので、名誉毀損するのやめてもらっていいですか!」


「未来の旦那にキモいとか言うなよぉ!」


「…死ねばいいのに」


 ツン成分が多すぎる、とテヴェルは嘆いた。

 マジキモだわ。前回のアレで諦めてない意味がわからない。

 私は私のものでしかないわ。なんて話が通じないの。鳥肌がおさまらなくてゾワゾワする。

 しかも暴言の相手はピュアっ子ラッシュさんなのだ。こんな紳士にムッツリ疑惑などかけて…寛大な彼とてさすがに気を悪くしたのではないだろうか。


 彼の根気強さと誠実さは私への対応でわかるように天界レベルだけれども、仏陀フェイスも三度までって言うよ。

 そう、仏像すら3段階で不快指数を訴える。薄目、半目、超・開・眼!てことだ。

 カッ開いたらどうなるかは知らないけど、お怒りなんだからビームでも出るんじゃないかな、多分。

 …開眼、してないといいんだけど。

 極めてゆっくりと、気付かれないように目線だけを動かし、もっかい幼馴染の顔色を窺ってしま…うおぉ。


 凄い。

 見たことないくらいの無表情してる。


 平静を装うとか、態度を取り繕うとかいうレベルじゃなかった。思わずなっちゃったほうの無表情だよ、これ。

 他人の話はまず聞いて、自分に非がなくても「不快な思いをさせたなら」とかいって真面目に謝罪しちゃうような居直り知らずのラッシュさんも、こんな顔することあるのか。

 …これって、もう相当、内心が大荒れだってことよね。


 どうしよう。怒りのあまり彼から表情が失われるだなんて予想外すぎる。

 ラッシュさんの笑顔が失われた世界なんて、もう文明が滅んだも同然じゃん。世界を浄化しないんだから、人々も荒む一方の終末世界じゃん。世紀末なヒャッハー達しかいないよ。そのまま世界は崩壊するよね。


「…やっぱりお前がバグだってことだな。そうじゃなきゃ、結婚が条件の国取りで未だにフランが落ちないなんておかしい」


 うわぁ、リアルに吐く台詞ではないよね。

 言葉の意味を理解しているのは私だけなんだろう。嫌だな、本当に唯一の理解者ってか。冗談じゃないよ。理解できるのは言葉の意味だけで、心情じゃない。


 この世界に馴染んだかどうかという点で、私とテヴェルは決定的に違う。


 彼はこの世界の方を自分に合わせようとしている。

 妄想と現実の区別のない狂人だ。

 私は、過去の負の感情に引き摺られることはあっても、前とは違うこの場所で生きていきたいと思っている。

 私の平穏も、希望も、過去にはないのだ。


「みすみすフランを不幸にしたくはない。それから…これは俺の個人的な感情だけれど…どうしても、テヴェルに負けたままなのは嫌だ。俺に相手を任せてほしい」


 私が口を開きかけたのを制し、ラッシュさんは苦々しげにそう言った。


「植物は厄介だよ」


「それでも、どうしても」


 ぐぬぅ。そりゃあ、どちらも摩訶不思議な相手だ、1対1にできるなら、もう片方の動きに気を張らずに戦えて楽だけど。

 いつぞやの撤退戦のことを気にしているのなら、あれは仕方なかった。

 森の中でのあの能力は、どう考えても初見殺しだもの。


 人間的には誰がどう見てもラッシュさんが負けている部分など皆無。

 顔も、性格も、腕っぷしもだ。何なら地位は高位貴族嫡男だし、人脈的には騎士達も大いに味方に付くだろう。

 むしろ、テヴェルが勝てる部位を探すほうが無理でしょう。

 1ミクロンの可能性すら見いだせそうにない。おっかないのは保護者の如月さんだ。虎の威を借る狐ですよね。少なくとも狐は可愛いので、例えにすら勿体無い。


「俺だって、お前みたいな突然出てきた間男に嫁を盗られるなんて冗談じゃない。大体、お前は、フランじゃなくたっていいだろ!」


 嫁じゃねえぇぇ。ギリギリ。(歯軋り)

 無理。ホント、無理。語彙も死ぬ。

 ホント、一体こいつの何がいいのだろうか、如月さんは。


 ラッシュさんはチラリと私を見た。

 おや、「そうだよ」って言ったら私が傷付くと思ったのかな。

 私はニッコリ笑って頷いて見せる。

 いいのよ、「女子としてはナイけど、心の友だから見捨てないんだ」って言ってやって。その紳士ぶりを見せつけてやって。

 私から目を逸らしたラッシュさんは、テヴェルに向けてしゃらりと剣を構える。


「…俺だって。彼女でなければダメなんだ」


 何だか苦しそうな顔でそう言って、ラッシュさんは駆け出した。


 …え…えぇー…。

 突然の告白タイムにフランさん動揺!


 こ、これは…私のために争わないで☆ってヤツ?

 …………私、将来は修道院希望者なのに?

 そもそもテヴェルとラッシュさんなら、実質勝者はラッシュさん一択でしかないのでは?


 あっ、そうか。この違和感…ラッシュさんが、状況に合わせて自発的な嘘がつけるようになってるということか! これが成長か!


 やだなー、うっかり「貴族社会に馴染めないから貴族に嫁入りは無理だし、じゃあ駆け落ち」辺りまで想像したわ。冒険者として2人で暮らすの楽しそうとか、いかんいかん、私の面倒を一生見させるわけにはいくまい。

 親友でなく寄生虫になるのはイクナイ。


 修道院はそりゃあつまらなさそうだが、貴族令嬢である以上はお父様の面子もある。

 嫁にいくのが無理だと思っているのだから、それなりの結末にもなるだろう。


 私はもう成人してしまった。

 子供だからという言い訳で許される一定期間は、既に過ぎているのだ。子供の内に終わらせられなかったのは失敗だったと思ってはいるが、結末は変わらないだろう。

本来なら…子供とはいえ決闘をやらかした令嬢を欲しがる貴族もいないだろうが、お父様のネームバリューで皆無とも言い切れない。

 だが、それこそ王命でもなければ、お父様は私に無理を強いないだろう。

 嫁に行くのを拒否っても、嫁取り希望者がいなくても、どちらにしても結局は行き遅れて修道院が最適解なんだ。


 それにしても、そうかぁ。これが成長なのか…いつの間にそのようなリップサービスができる男になってしまったのか…。

 でも君、そういうアレは簡単にその辺の女子に聞かせると危ないんだよ。

 私じゃなかったら信じちゃうとこだぜ。肉食系のお姉さんなんかガツガツ来ちゃうぜ。

 あとで、如何に自分が優良物件であるのかを、ちゃんと教えてあげねば。


 そう考えればあの表情も理解できるな。

 棒読みではなかったが、正直者な彼には嘘をつくということ自体が心苦しくて、あんな顔をしたんだろう。

 本当は多分きっと、テヴェルを挑発して、剣の腕など皆無な相手の動きを、更に乱雑になるように仕向ける戦術。

 そう、さっすが、ラッシュさんじゃあ。


 そんなわけで、テヴェルを仕留めに行った幼馴染から目線を外す。

 私の相手は如月さんだ。


 剣が折れたからといって戦意にも自信にも陰りは見えない。

 今は細身の短剣を手にしているようだ。

 あんな細い短剣で花瓶乗せてた台を打ち払ったのですか。身体強化した張り手だったと言われた方がまだ納得できたよ…。


 テヴェルが自力で戦うつもりなのは少し意外だったが…先程とは違って玄関ホールは空間に余裕がある。

 これだけの広さがあれば、ラッシュさんならうまく躱して戦えるだろう。

 私も剣を構えた。


「面白いわ。フランにとっては、好意とは簡単に与えられるべきものではないのね。だから軽々しい口をきくテヴェルは信じられないし、あんなにわかりやすくて近しいはずの幼馴染の言葉でさえ理解できない」


「何なの。無駄な考察だわ」


 抉りに来てんの?

 他人に好かれるような人間じゃないことを自覚しているだけだし。そんな「与えられるべきではない」とか謎の十字架を背負ってるつもりなんて一切ない。

 第一、ちゃんとラッシュさんに好かれているという自信はあるのだぞ。

 なんせ家を捨てて、遥々異国の地にまで私を探しに来てくれたのだ、泣く子も羨む大親友のはずだ。そしてそれはイコールで、私という面倒な生き物にすら与えられたラッシュさんの寛大さの証明なのだ。崇め奉れぃ!

 …おーい、今なんで鼻で笑った?


 まぁ、ラッシュさんのことは、裏社会に生きてそうな如月さんに理解できなくて当然だ。彼は太陽の光の下で、眩しく真っ直ぐに真っ当に生きているのだからな。

 夜の蝶とか言葉を装飾しようとも、如月さんのような蛾とは住む世界が違うってことよ。

 おや、お気に召さない顔してるけど考えてもみてよ。貴女、どう考えたって毒持ちの危険生物でしょ? 毒を持ってる蝶って、つまりは蛾であると思わない?


「困ったわねぇ、ある程度否定できないのも面白いのよね。私にそんなことを言う人間なんてそういないのだもの。大人しく仲間になって、一度あの子を信じてみるところから始めてみない?」


「…テヴェルを? 信じろって…? いや、それは無理じゃないかな」


 アレのどこをどのように信じるのか。そもそも何を信じろというのか。

 信用という言葉の意味を、辞書でひき直して下さいまし。一昨日いらっしゃいませ?


「あんなに求められているのだから、女冥利につきるでしょうに。頑なよね。でも、不思議で楽しいわね。何があって、何を思って、現在の貴女が出来上がったのか。それを、敢えて捻曲げたり、価値観を壊したらどうなるか、知りたいわね?」


 うわ。ちょっと。ドン引き発言だよ。

 見方変わったわ。え、何、この人、悪魔なのか。

 如月さんって、実はテヴェルがお気に入りなんじゃなくて、最終的に破滅するところまでを見て楽しみたいの? そゆこと?


 色気満載の笑みと流し目が寄越された。

 ひえぇ。魔物がいて魔法のある世界だ、ガチで悪魔がいても不思議はないかなぁ。

 ただの悪女というよりは、うん、納得できる気がする。相手の心を読むなんてのも固有能力じゃなくて種族特性だったのかも。


「そうねぇ、当たらずとも遠からず…フランの発想力はやっぱり面白いわね? ねぇ、一国の主…本来なら女王ではあるけれど…王妃というのは人間の女が潜在的に憧れるものだと思うのよ」


「最大の玉の輿って意味で? 性根が小市民なのに高位貴族の娘である私には、これ以上の贅沢願望なんてないね」


 玉の輿とかいうけど、根本として義務を果たさない王様なんか嫌だよね。

 見知らぬ国の人々から無闇に搾取して生きたくはないし。


「でも、虐げられていたのでしょう? その割に父親に懐いているのは不思議…でもないかしら、憐れなまでに親の愛を乞うのは虐待された子供には有りがち。幼少時に心が歪んだせいで、一定範囲までは弾く人間不信でありながら、一定以上の相手には盲目的な認識を持つのかしら。だとしたら、テヴェルも貴女の心に上手く滑り込めさえすれば、あとは安泰なのね」


 …考察、余計なお世話だい。

 テヴェルは無理だって言ってんでしょ。

 そこが万が一億が一クリアされたってね、大体にして、この国は寒すぎるのよ。

 本格的に冬が来たら、南国育ちの私には生きていける気がしないわ。

 普通に無理ですね。平気な要素がない。


「あら、貴女、寒いのがダメなの。テヴェルの言う「攻略」には、相手が欲しがる、好感度の上がるプレゼントやイベントが必要だったらしいのだけれど…果物じゃなくて、毛皮か質の良い暖かな衣服が好みだったのね。そうよね、欲のない人間なんていないわ。適切な贈り物が不足していたというのは、あながち見当外れでもなかったのかしら」


 …無理。

 何がどうとかない、ただ、無理。

 思わずその単語一色になった私の思考に、如月さんは笑う。


「いい加減に降参なさいな、フラン。貴女さえ降ればあのいけ好かない幼馴染は見逃してあげてもいい」


 げんなりしながら距離を詰め、振り下ろした剣は空を斬る。

 また、刃先が届かない。


 本当に、余程ラッシュさんが気に入らないと見える。

 策略の人だから、騙されない実直な相手は苦手なのかしら。


「私は貴女を見逃さない。だから、その説得は意味がない。私が穏やかに暮らすためには、秘密を知るものは始末しないといけないのだから」


 そう、バレてしまっては仕方がない。ここが地獄の一丁目。

 そのように「オフランシア」は思考致しました。

 亡国の忘れられた姫君、だからこそ。

 我が身を暴き立てんとする輩は、今夜ここで討ち取ってくれる。討ちてしやまん。


 あまり固める暇はなかったけれど、棚ぼたロールが落っこちてきたのなら無駄にはしないのがフラン様だよ。貪欲。


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