チート。
武器もない割には、ドットコムさんはきっとよく粘った。
彼は彼で腕に覚えがあるつもりだったようだが、まぁ…うちの幼馴染様とは比較にならないよね。
毎朝素振りしているだけでは、令嬢にも勝てなくってよ?(ただし令嬢は霊長類最強とする)
ナイフもフォークも皿もぶん投げて椅子で応戦していたけど、ラッシュさんが抜いた剣が一撃で椅子を大破に追いやったので、「おや? 幼馴染もゴリラなのでは?」という疑問が脳裏を掠めた。
だとしても私とは違って、彼は天使だからね。
そう、ゴリ天だ。エビ天みたい。
手を汚させたくないとか言ってたのに、いざ戦えば怪我をする前に相手をやっつけてほしいと願うし、抵抗してくる相手には全く罪悪感を抱かない。
その抵抗によりラッシュさんが、怪我する方が一大事だからだ。あっという間に敵認定。
…こんなクズ娘を許容してくれる大天使ラッシュさんには、本当に感謝しかないよね。
これからは毎日のように拝もう。と思ったけど、もう頻繁にやってた。
如月さんと剣を交えるうち、気付けば部屋の隅へ、じりじりと避難していたテヴェルを見つける。
まずい、逃げられるか。
ヒヤリとしたのに、なぜか相手は近くの扉を開けて逃げようとはしない。
そこは確か使用人が行き来するための扉だ。隠し通路みたいな…部屋と部屋の隙間を通った変な位置出られる扉。
なのに、当のテヴェルは外野席から観戦体勢という風情。
…何?
思わず如月さんを見ると、微笑まれた。
…ここで、この部屋でカタをつけようと思っているということ?
なぜ?
こちらの襲撃を知っていたの?
ざっと見回したところで、ただの部屋だ。
テーブルやら家具があるから、障害物にはなるだろうが…。
「余所見するなんて余裕ね、フラン?」
レイピアがピュンと空を裂く。私の身体強化様は山盛りなのに、全然利点にならない。
地力の差が、やはり大きい。
こう言っては何だけど…これ、私がダメなんだわ。いつか危惧していたことが現実になってる。
従士を辞めたあとも、ちゃんと剣術を鍛えておけば良かったのに。言い訳だけど結構忙しくしていたと思うし…基本的に、余程暇じゃなければ1人で素振りみたいな訓練なんてしてなかった。誰だよ、ドレスで刺繍とかしてたやつ!
…えぇと、でも、それは致し方なかったよね?
トリッキースタイルで相手の隙に剣を捩じ込むのが私の戦い方だった。そんな風に力任せなまま来たから、技量負けしているんだ。
一定の場所から動かず捌く如月さんと、大立ち回りしている私。
普通の対戦なら確実に私が先にへばる。わかってるわ、動きに無駄が多いってこと。
まぁねぇ、如月さんはオバサンだからね、私より戦闘経験も豊富で当たり前よね。
どんだけ取り繕っても熟女は熟女だもん。
考えた途端にレイピアが頬を掠めた。
あら、でも事実っしょ?
若さだけは持ってないわよね?
「あれれー、あのお姉さん何だかお顔が怖いぞー? 何かあったのかなぁ?」(棒)
「迷探偵・仔ニャンかよ!」
犯人はお前ニャン!
口にした挑発にテヴェルからツッコミが入ってイラッとする。お黙り、同郷人! 私も言いながら、ちょっと思ってたんだよ!
ほら、そんな脳内賑やかにしたから、如月さんが平静に戻ったじゃん。もー…。
唐突に飛び出してきた幼馴染が、凄い勢いで如月さんと斬り結ぶ。レイピアを叩き折られそうになった如月さんが、驚いたように受け流しへと対応を変えている。
ぐぅ。ラッシュさんは一矢報いてるぅ。やはり日々の努力がいざという時に力を発揮するのだ。自分のダメさを無言で噛み締める悲しさよ。
ラッシュさんは、私が何かを仕掛けていると、得意の勘で察知したのだろうか。サトリーヌである相手の視線を奪ってくれたようだ。如月さんの目が私に向きにくい位置取りまでしてくれている。
戦っていたはずのドットコムさんはどうしたのだろうと、素早く辺りを見てみると、相手は既に床とお友達に。
どうやら、手元に牽制するための道具がなくなった時点で陥落したようだ。
しかし親子二代で必要としたほどの人員だったのに、如月さんが激昂する様子はない。特に気にしてないっぽい。
もしかして、もう目的を果たしたから不要になったのか。…特に心に残るイベントとか盗み見た覚えはないんだけど、ドットコムさん、本当に使い終わったあとなの?
…何に使うんだ、この親子を。わからない。
彼女の視線が逸れた隙に考えを纏める。
私もあちらと同じだ。精神的に揺さぶりをかけて、隙を突いていきたい派。
だから、相手が何で心を乱されたのかというデータが必要だった。ドットコムさんの死が、如月さんにとって大したダメージじゃなかったのは予想外だが、なぁに、まだ揺さぶりどころはある。
如月さんは自分に絶対の自信を持っている。
やはり攻めるなら、ここだ。
ミラクルボディに男子がメロメロするのは当然で、やろうとしたことは大体成し遂げる力もある…という、強い自負があるんだろう。
だが思春期のはずのラッシュさんは全然メロメロしないし、フランちゃんはやたらと邪魔をしてくる。
ここは、相当のお冠ポイントだと思われますよね。
よし、まずは彼女の目的の根元を潰そう。
…ラッシュさんが気を引いてくれているうちに、先にテヴェルを片付けるんだ。
決意して私が振り向くと、テヴェルは「えっ、俺?」というように目を丸くした。
え? 戦うつもりはなかったの?
何だか変だ。
決して強くはないくせに、武器も下げてはいないくせに、どうしてヤツはあんなに余裕な態度をしているの?
不気味だが、やることは変わらない。速やかに斬ることだけを考えなくては。
テヴェルはポムッと手を打った。
「あぁ、そうか。確かに、そろそろ頭も冷えて考え直した頃なんじゃないかなとは思ってたんだよ。フランも、やっぱり俺しかいないなってわかったんだろ。大丈夫、俺は結構優しい方だから、この間のことは許してあげるよ」
「要らない」
「即答すぎるゥ!」
ざっと部屋を確認したが、室内なら植物もいないし、剣もない相手に手間取る気はしない。
その首、もらった!
振り回した剣で、相手の首元を狙う。
テヴェルの足元から、緑色が立ちのぼる。
咄嗟にターンして躱し、距離を取る。
と、ズダン!と叩き付けたような音。思わず身を竦めながらも音源を探れば、丁度先程まで私がいた辺りに、蔦がいくつものたうっていた。
どこから出た、これ!
隠しきれない私の動揺を見て、テヴェルが得意気な顔をする。ゾッとして距離を取った。
出所を探ろうとその先を視線で辿るけれど、辿り着く前に蔦が飛び掛かってくる。
普通の服装に見えるのに、どこから隠した蔦が発生してきているのか。小賢しくも時折、私の背後から回り込んで仕掛けようとする。
窓ガラスさん、本当にありがとうございます、そちらに映ってくれているお陰で何とか躱せております。
ふと、ラッシュさんが壊した椅子が視界に入った。
ちろり、とその椅子に緑色が揺れた気がした。この部屋には花瓶に花も飾っていないはずなのに、植物なんてどこから生えて…る…、考えかけた途中で、理解して、青ざめた。
家具から、蔦…!
嘘でしょう、どの家具が偽物なの? 見分けろってこと?
椅子、テーブル、飾り棚、オーナメント、…そのどこまでが…まさか、木製に見える品、全部? だとしたら。
…ダメだ、ここでは勝てない。
「場所を変えて!」
ラッシュさんに叫んで扉に向かう。
余裕なわけだわ。
普通の家具みたいな状態でも、操れるんだ。
魔物化した植物を殺さずに上手く家具を作ったのか、木材に寄生する植物を作ったのかはわからない。
だがこんな狭い部屋で、いや前世感覚では狭くないんだけど、もしも家具全部から植物の蔦がニョロンしてブン回されれば、とてもじゃないが対応しきれなくなる。
蛇のようにテヴェルの首元で蔦が揺れた。あれをネクタイのように振り回せば…白き吐息のTMレボリュー…。
「ほらね! 考えたんだけど、俺に足りなかったステータスは強さだろ。あの時は、フランに護衛してもらってたとこがネックになって、数値の不足で落とせなかったんだよ。フランは隠された亡国のお姫様って設定上、捕まらないように強くならなきゃいけなかった。だから自分より強い男しか認めないんだろ? 戦う姫あるあるだよな。なんせ、それくらいしかそいつといる理由なんかないもんな! …こんな農民チートなんか嫌で仕方なかったんだけど、この世界にない好きな食べ物も作ってやれるし、こういう使い方をすれば守ってやれるよ!」
ステータスとか、設定とか。
何言ってんの。数値で落ちるって、何だ、好感度か。ゲームじゃないんだぞ! つか、お前が敵だろ!
何より、ラッシュさんは親切とか優しさで私と居てくれてるんだし! あー、もう。あー、もう。怒りが言葉にならない。
つまりはお前もわからないのだね。全く…嫌になるほど同類だわ。
シナリオと上昇数値で展開が変わるっていうのなら、わかりやすいものなぁ…他人の気持ちがきちんと思いやれないクズな私達には、その方がさ!
せっかくラッシュさんが飛び込んで稼いでくれた時間を、上手く有効に使えない。私はなんてダメなヤツなの。
自己嫌悪は底無し沼のようだけど、今ははまっている場合じゃない。
あぁ、扉からも蔦…成程、逃げ場を失うわ。そうよね、諦めるかもね、普通なら。
でも…えぇい、女は度胸!
窮鼠反逆、ウクスツヌブレード!
右手に取り出したそれを一閃。
壁も扉も区別せずに叩き斬る!
ついでに瓦礫を収納して目線だけ振り向く。
それをテヴェルの頭上から降らせてやれば、素早く駆け寄った如月さんがガードした。重力さんが味方した瓦礫は受け流しきれなかったようで、レイピアの先が折れ飛んでいる。ざまぁ!
武器をダメにしたくらいで油断はできないってわかってるけれど、先程まで全然良いとこナシだった私は、それでも少しスッとした。
「ナニ、今の!? ズルい! チートだ!」
身体強化付きの速度だったためか、テヴェルにはあまり詳細は見えていなかった模様。
説明を求める声を宥め、こちらを追おうとする如月さん。
ラッシュさんは私が瓦礫を排した壁の隙間を上手く抜け、予定通りに玄関ホールへ走ってくれている。
もう隠し球を2つも切ってしまった。
それでもあの部屋で戦わなくて良いのだから、その価値はあったはずだ。あんな罠が仕込まれていたから、夢の中で、私は負けたのだろうか。
不安だ。まだ、脱した気はしていない。
悪夢は終わっていない。
気を引き締めなくては。
どうやら、あちらも、今日決着をつけてしまう気でいるらしい。
如月さんに肩を借りたテヴェルが、右足を少し引き摺りながら追いかけてきた。
決戦の場は、夢とは違う。
それだけを心の支えに、私はラッシュさんと並んで、彼らと対峙した。




