直接対決、開始。
如月さん達が疑念を抱かないほどに屋敷内部へと入り込めば、もう使用人を並べておく必要はない。
お客様の視界に入らない位置にいる使用人を、蟻から変化したファントムさんが背後から屠り、アイテムボックス経由で3階の物置部屋に詰め込む。
もう、何人殺したかわからない。
私ではない、私の手で。
前世でも私は、チートさえあればこうしたのだろうか。
気に入らない人を排除する力があれば、振るったのだろうか。
あれだけ責められたのだから、非があるのはきっと自分のはずなのに?
今現在していることを、昔ならばしなかったとは言えない。ましてや、前世の方が荒んでいたのだから。
「ぅわっ、庭師が気付いた」
ハッとして口にする。
警備を兼ねている庭師が、邸内で何かしらの異常が起きていることに気が付いた。
誰にも悲鳴すら許さなかった、完全犯罪だ。
音など聞こえるはずがない。なのにいつの間にか庭仕事の手を止めて、じっと物置部屋を見上げているという。
何あれ、なんで? 第六感?
庭園管理者としてはやけに冷たい目で、足音もなく裏口へ向かって行く。確実に「違う仕事」をしに行く雰囲気。
…まずいな。
ジェノサイドならまだしも、メインイベント以外は、建物の内部に入り込んでの戦闘はなるべく避けたい。まして相手は腕の立ちそうな庭警備員だ。
負けるとは思わないが、抵抗が長引くほど音や気配や諸々で、如月チームに感付かれる可能性が高くなる。それが、まずい。
彼女達を逃がすわけには行かない。
お客様をお帰しするなど論外。この屋敷からは、もう誰も外へは出さないのだから。
そうだ。最悪、アイテムボックスに幽閉して、後でゆっくりと始末すればいいのでは。
いや、アイテムボックス内に扉のない部屋を作ることはできる。密室で閉じ込めて酸素を抜けば…あっ、逆に水で満たしてしまえば溺死に。そのまま水辺で捨ててしまえば事故死っぽく偽装も可能じゃない?
…アイテムボックスって怖い。怖いよ。
でも…持ち歩きたくはないけども、出来なくはないはず。私さえ頑張ればいいんだ…そう、殺ればできる!(後の祭りという意味で)
「ちょっと私、庭に…」
「俺が行く」
止める間もなくアンディ、ラッシュさんがスッと走り出す。
速いな!
私は慌てて…お喋りメイドさんのファントムタイムを、何とかこう、急いで切り上げ、ちょっと待ってそんなすぐ襲撃チャンスは、ふぬぅ!
…終えてから後を追った。
ファントムさんに気を取られている隙にダッシュかけるとか、止めようもないわぁ。
しかも踏み込み直後にトップスピードに乗ってるとか何だい。私より身体強化様を使いこなしてるよ。
サポートで各所を警戒する私は、どうしても本体が一番疎かになりがちなのだ。
4つもチートがあろうと、流行りの並列思考なんぞ凡人には無理なのですよ。蟻が寄越すアクシデント判定もガバガバで困るけど、それが幾つか重なったら私の頭の方が処理しきれずにパンクしちゃう。
案の定、生身の私より先に、現地の蟻が幼馴染みの姿を捉えた。
当然のように蟻連絡網はその情報をスルー。異常判定が出されていない。
蟻よ…蟻達よ…確かにラッシュさんは敵じゃないけれども。
やっぱり小鳥の方がオート警戒には向くんだなぁ。本能の差か何かなのかな?
ラッシュさんは速度を落とさずに、勢いのまま庭師に攻撃を加える。
ウワァ~、うちの天使、フットワーク軽くて大変。さすが羽根生えてる。空も飛べるはず。飛べませんね、知ってます。
彼を巻き込むと決めたのは私だ。
それでもなるべく、手を汚させたくない。彼を汚したくはない。
なぜなら彼は癒しの天使で誠実な騎士、君はライトで僕はシャドウ………あ、あれ、ラッシュさんって騎士でなく暗殺者でしたっけ?
追い付いてみれば、そんな感想を抱くほど、苛烈な割に音の少ない戦いが。
庭師の武器は草刈り鎌。確かに除草作業中でしたね。なぜか庭師がジャパニーズホラーなイメージに。元々武器だと思っていないものが武器になると、異様に怖く感じるのって何なんだろう。一揆感?
ラッシュさんは短剣と、いつもの長剣ではなくソードブレイカーの二刀流だ。
互いに獲物が短い。
あまり音高く剣戟を響かせないでくれるのは助かりますけど、鎌相手にソードブレイカーで大丈夫なのかな。折れないのかな。
不安がよぎるなら、そんな状況が来る前に鎌をポッケにナイナイしてしまえばいいのか。
…上手く介入できるかしら?
下手に邪魔をして、万が一にもラッシュさんが怪我したら困るのよね。
ファントムさんを庭師の背後で作成し、ラッシュさんに認識させてから近付ける。
特に嫌そうな顔はしていないので、介入しても良いのだと判断します。
庭師は、天使の視線か幻影の気配かを察知したらしく、背後に警戒を見せた。
ラッシュさんを気にしつつも背後へ目を流し…その隙を見逃さずに一歩踏み出すラッシュさん。更に私が駆け込み乗車だ!
庭師は鎌を振り上げたが、振り下ろした時には既にそいつはアイテムボックスの中だ。武器が手から突然すっぽ抜けたことに驚きながらも、徒手戦闘に切り替えた素早さは素直に凄い。
しかし、この場には「相手に手を汚させてはならない!」という使命感に燃えた故に、まるで己が一番槍と言わんばかりに武器を突き出す3つの影(2つは私でズルっぽい)が。
…全部刺さって即絶命。
ま、まぁ、結果的に使用人の中で一番手強そうだった庭師が、とても早く片付きました。
サッとアイテムボックスへ放り込み、死亡を確認してから物置部屋へリリース。
「次はどこだ」
「…厨房が、料理をメイドが運ばないので訝しみ出してます。でも…」
でもドットコムさんも、給仕をしているメイドが次の料理を取りに出たまま、戻ってこないことに少しイラついている。
給仕の排除はもう少し待てば良かったか。
どうしよう、失敗した?
「落ち着け。キサラギ達は3人固まって食事をしている最中なのだろう? 帯剣していないのだろう。俺が先に斬り込む」
そう、か。帯剣してないかも?
それならそれで。
「…うん。うぅん、厨房はファントムさんに任せる」
敷地から逃がさなければそれでいい。
ここで騒ぎになっても、残っているのはもう、ドットコムさん達がいる部屋だけだ。
深呼吸して、幼馴染の目を見て。
「ごめんね。一緒に斬り込んで。…テヴェルはまずは放置して、二手に分かれる。私は如月さんを。君は、ドットコムさんを」
3人一度は私1人では無理だ。
ラッシュさんは頷いて長剣を抜いた。
「館の主を斬り次第、テヴェルを狙う。キサラギは簡単にはいかないだろうからな」
手を汚させる。
こんな、私のことで。
大事な君に。
「…やっと役に立てて嬉しい。ずっと、お前のために戦いたかったんだ」
私が悔やむのを見透かしたか、そんなことを言って彼は微笑む。
偽りない、曇りない、目。
思わず俯いてしまいながら、それでも伝えた。
「…いつも助かってるのに」
「それはそれ、これはこれ。だろう?」
それ、私がいつか言った気がするよ。
確実に君っぽい台詞じゃないものね。
こんな時なのに少し笑ってしまいながら、私達は会食場へと静かに移動する。地図は描いて説明はしたけど、ラッシュさんの頭にも完全に入っているらしい。
如月さんには、ドアを開ける前に気付かれる気がする。
それでも、いつかは行くしかないのだ。
ラッシュさんに目で合図し、扉を蹴破った。
同時に厨房にファントムさんを生成。何者をも逃がさずに殺すことだけを命じた。キリングドールと化した着ぐるみ(サポート)は何を相手にしても怯まない。
あぁ、せめて何かで勝手口側なりと扉を塞いでからにするんだったかな。だがもう、遅い。あちらはオートの力を信じて、意識の外に放り出す。
何かを叫んだドットコムさん。
すぐに立ち上がってラッシュさんに立ち向かうが、私の相手は如月さんだ。
「フラン。私の邪魔をするの?」
彼女も既に立ち上がっている。
席に着いたまま動けないでいるのは、やっぱりテヴェルだけだ。
「違いますね。まず前提が違う。如月さんが私の邪魔をしたのよ。貴方達が国を乗っ取ろうが何しようが、関係はなかった。私は正義の味方じゃないもの」
「あら。でも、仕方ないわね? 私は私の好きなようにやるわ」
答えずに、斬りかかる。
身体強化様を大盛りに乗せたそれは、常人相手なら十分な重さとスピード。
だが、彼女は躱した。
「右、返して左下から切り上げ、右、右、フェイント」
読まれてる。
マジ何でなん。
そんなこと頭で考えて攻撃してないし!
カッと来ながら剣を振るう。
「上、下、右、フェイント、下」
あぁ、もう!
当たらなくてイライラしているところに、更に追い討ちをかけるテヴェルの声。
「上上下下、左右左右BA」
「隠しコマンドじゃないわ!」
思わず突っ込んでしまい、テヴェルがニヨニヨしている。ぐわあぁ、腹立つ。
「動揺を誘う狙いだろう、落ち着け!」
ラッシュさんの声。
そ、そうか、そうよね。
視野が狭い自覚はある。これ以上狭めてもいいことなんかあるはずがない。
本当にそんな狙いだったのか、如月さんが舌打ち。
「本当に、邪魔ねぇ…消えて?」
「今、忙しい」
ラッシュさんがソルト!
彼は、ドットコムさんがぶん投げてくる皿を叩き落としながらも冷静だ。
なんという貴重な塩対応…いや、でも落ち着いたわ。あれが自分に向けられたら、確実に心が折れる。
期待外れだと思われないように頑張りたい。




