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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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スキマライフ!~隣にいる意味。【アンディラート視点】~



 いつも通りに何もさせてもらえずに、その日を迎えた。どれだけ言っても、手伝わせてもらえない。

 許されるのは、隣に居ることだけだ。

 もちろん、それだって幸せなことだけれど。平時ならば、とてもとても、歓迎すべきことなのだけれど。

 側に置くことそのものが、彼女の信頼の証であることは理解した。ほぼ、俺だけの特権なのではないかと思うほどに、稀なものであることも。

 だが、それで満足できるほど、俺はもう子供ではなかった。


 過去に俺が倒したのは魔獣だけではない。対人戦闘…盗賊退治なんかも経験した。わざわざ伝えるようなことではないから言わないが、人間を斬り、命を奪ったこともある。

 後悔するような相手ではなかったので、悩んだことはない。彼らの言い分はとても自分勝手で、到底許容できるものではなかった。

 何かを施して解決に導けるような要素はなかったし、俺が何もかもを投げ出してまで助ける必要も感じなかった。相手もまた、それを望まないはずだ。


 …オルタンシアが、ちょっと、俺を善人だと思い過ぎているのには気付いていた。


 だけど俺は、好きな女の子1人のために、他の何をも犠牲にして構わないと考えている利己的な人間だ。あまり多くを語って幻滅されたくないとも思うし、わざわざ口にはしない。そういう汚いところもある。

 …本当は何を言っても、オルタンシアが俺に幻滅することはない、とも思ってる。

 ただの事実だという気もするし、そんなことを考えた時点で結構、汚い気もする。


 オルタンシアより、俺の方が手を汚すには向いているはずなんだ。

 彼女とは違って、悪人の命を奪っても俺は、辛くも悲しくも思わない。捕縛すべきものはすべき。余地がないのなら、容赦はせずに斬り伏せるべき。

 騎士になるためには、そういう訓練もある。

 護国とは魔獣退治だけを示すわけではない。国に属する以上、戦争があれば他国の人間と戦うのは当然。大半が貴族子弟で構成されているから、平民出身の兵士相手だと侮って身分を盾に逃れようとする者の捕縛…つまり、貴族犯罪の取り締まりも行う。とはいえ私腹を肥やすような犯罪ばかりでもないし、時には同情すべき理由がある。

 それでも、騎士は捕縛し、抵抗すれば斬る。裁くのは騎士の役目ではないからだ。冒険者は対魔獣が基本だが、騎士は本来は対人戦闘が基本なんだ。

 オルタンシアはそこまで訓練を進めずに従士隊を辞したが、騎士にはただ、剣の強さだけがあればいいわけではない。


 従士隊での、記憶に残る座学がある。

 3種類の人間を見分けろという話だ。


 まずは「守るべきもの」。例えば王族、例えば民衆。家族や故郷など己が何のために剣を振るうのか、その根幹を問う。

 これは最終的には「それを守るためにこそ王や国が健在でなければならない」と繋がるので、王には守り手がたくさんいるのだから俺でなくとも良いな…などとこっそり考えるような俺にはイマイチ合わなかった。

 だが周囲は次第に染まっていった。

 命を捨てて国を守る、家族よりも王族を守る。時には身内に非情な判断を下さねばならない場合もある。

 その覚悟を固めるためか、事あるごとに繰り返し刷り込まれる、それ。


 オルタンシアと出会わなければ、俺も染まっていたのだろうか。漠然と騎士を目指し、入団していたら。突き詰めれば「これだけはどうしても自分が守りたい」と思えるものが、何もなかったのならば。

 国に全てを捧げろと言われて、それは無理だと即座に断じた。

 俺がなりたいのは、子供が憧れる騎士っぽい何かで、現実の騎士ではなかったのだ。国が求めた「国の騎士」には向かない自分を思い知らされた。

 父は気付く前に騎士になったのだろうし、その強さ故に、国はもう手離せなかったのだろう。齟齬にもがいていた父の手綱はリーシャルド様が握ったが、今も父は騎士団が窮屈で仕方がないままなんだ。

 平時なら国も王族も当然に守るべきものだと思えるが…オルタンシアを守るためなら、俺は父に対してでも剣を向ける。

 しかしこの時点で既に優先順位が父だ…忠誠は王族にはないことに気付く。国の騎士としては失格だ。

 父も最終的には国より己のためにしか戦わないだろうが…リーシャルド様が宰相である間は上手くいくような気がする。

 うちは愛国心が薄い家系なのかもしれないな。父子揃って騎士団に入るとなると、周りの人達にとっては迷惑だろう。


 次に大切なのは意外にも「協力すべきもの」だ。騎士は「団」というひとつの塊。手柄ばかりを欲して、個として特出して目立とうとすれば、仲間を危険にさらすこともある。一丸となり敵と対するためにも、「協力すべきもの」が大切だという話。


 だが父や師によれば、解釈がそれだけではいけないのだという。

 言われたことに従うだけなら、教育された馬でも出来る。騎士団は戦場で突撃する馬を育てるように、騎士を育てているのだと。

 俺をそんな「大勢のうちの1人」にするつもりはないと、父も師匠も言った。誰かと比べるのは間違っているかもしれないが…期待をかけてくれたのだと思う。ならば俺も、応えたい。


 例えばそれが上司や同僚であっても、如何に言葉巧みであっても、「己が真に協力すべきもの」かどうか常に疑いを持て。

 騎士であれ冒険者であれ商人であれ、人間がいれば腐敗汚職はどこにでも涌き、質取られば誤る命令もある。

 所属したならそこは自分の身体と同じ。内患著しければ、誰に恨まれようとも病巣を取り除くこと。独りで抱え込まずに、信頼できる相手を頼ること。

 その為にも、常に、背中を任せる相手についてはよく見極めること。

 剣を持つ以上はいつ死んでも仕方がない。

 それでも諦めず、託し繋げる相手を間違わなければ、死神は不意にこちらに興味を失うことがあるらしい。


 続いて「倒すべきもの」。国に害なす悪漢を、見極めること。そんな壮大な敵はそうそう居ないとその時は思っていたのだけれど…遥々と遠い他国にまで来て、そういう存在を目の当たりにするとは。

 だが、もっと身近な例でも同じことだ。

 悪人をそうと知りながら放置すれば、後続した被害者が出ることもある。俺の剣の届く相手なら、本来、見て見ぬふりはいけないことだろう。可能な限りは対応したいし、そうするのが治安維持への貢献だと思う

 けれども守りたいものがあるのなら、倒すべきものをも見極めるのは大切なこと。

 騎士でもないのに騎士を気取り、まして習慣の違う他国で、手当たり次第の状況に己の正義を押し付けて酔ったりはしない。

 唯一の守るべきものを疎かにして正しさを語るなど、愚かでしかない。


 …だから、オルタンシアにこんな顔をさせている俺は、本当に役立たずで嫌になる。

 学んだ何もかもを、役立てられていない。


 まるで世の中の汚いことは全て自分が片付けないといけないとでも言うような姿は、時にとてももどかしい。

 今回のことだってそうだ。

 あんなに吐きそうな顔をして、俺の見えないところで人を殺して。泣きそうな顔をしてこちらを見るんだ。

 俺がいつ自分を断罪するのかと怯えているようだ。…可哀想でたまらなくなる。


 それくらいなら、一言頼んでくれたらいい。

 いつでも手を汚せる。覚悟ならできている。

 例え相手が女子供でも、排除できる。何事もなければ「か弱きは守るべき」と思えるが、それらが無垢で誤りを持たないなんて幻想自体は抱いていない。

 相手が誰であっても対峙できる。そのために剣を手にした。俺は他でもないオルタンシアを守るためだけに、強くなりたかったんだ。…だから、守らせてほしい。本当に。


 もう子供ではないから。

 世の中が理想だけでは動かないことも、綺麗なものばかりで出来てはいないことも知っている。自分の醜さも、取り繕った継ぎ接ぎの誠実さも、知っている。

 昔例えてくれたような「物語の中の騎士様」…そうあれたら良かったけれど、俺はそんなに高潔になれない。

 それでも側に居たいんだ。


 どの道、彼女の敵は何の罪もない人達ではないだろう。誰をどのように害したとか、理由は何だったのかとか、彼女はそういうことを口にしたがらないが、街の噂話というのも情報源なのだと教えてあげたい。

 宿から出ずともサポートという能力を使って必要な場所から情報収集が出来てしまうから、余計に知らないのだろう。


 宿に滞在した間だけでも収穫はあった。

 燃料を放り込まれた「民意」は結構な大きさにまでなっていたはずだ。先頭で「さぁ、王を倒そう」と言う人間が現れたのなら、クーデターは成ると感じるほどに。

 …なのに、一転。忘れられた姫君の噂は変わらずに噂のままでしかない。結局こんなものは嘘だと、誰かが酒の席で誇張した話だったのだと、そう判断する人間も出始めた。勢い付いたそれが爆発の好機を逃したのは明らかだ。


 王城の開かないはずの扉が開いたことは大々的にはされていない。

 だが、政策に金をかけられるようになったのが少しずつ功を奏している。それが実際の施行前でも、救済策があることを知るのと知らないのとでは違う。

 機を逃したのはそのせいだけではないだろう。

 当然に考えられることとして…この変化はセレンツィオの没後だ。命令を下す者と遂行する者のどちらか、或いは両方。扇動者側に、声を落とさねばならないような変時があったから、街の噂まで管理しきれなくなった。

 不安や不満の種はどこにでも埋まっていて、少し水を与えられるだけで簡単に発芽し、真偽を問わず大きいだけの声に鼓舞されてぐんぐんと成長する。

 もっと困窮している人々は蔑ろにされたまま、それほど苦労していそうにも見えない人々の苦労が叫ばれて、顔も名前も知らぬ「姫君」を救世主に仕立て上げる。

 …元々、煽る人間がいなければ、愚痴れば終わる程度の不満だったということだろう。

 彼女が同情する前で、すがり付いて訴えるような人間が出る前で、本当に良かった。

 何だか歪な国だが、それは口を出すことじゃない。オルタンシアを捕らえようとしないのならば、俺の敵対者ではないと割り切る。


 ふと、オルタンシアに変化が見られた。微かに眉が寄せられている。

 よく見ないと見逃しそうな、平静を装った、少し苦しそうな顔。


「動いたか?」


 頼りなく小さな頷き。躊躇うように、こちらへ流された視線。

 顔色を窺うような目。

 そんな顔、しなくていい。

 誰が否定しようとも、俺だけは、お前が何をしても許そう。どんなに辛くても「それがやるべきことだから」と歩みを止めないお前を、決して否定しないでいよう。

 しっかりと目を合わせて、俺は味方なのだとアピールする。

 苦しさも悲しさも拭ってあげられないのならせめて、同じことを、できるだけ、一緒にするよ。


「では、行こう。終わらせて、トリティニアへ帰ろう…一緒に、帰ろうな」


 今度は力強く、頷きが返った。

 オルタンシアは帰りたいんだ。それを確認するだけで安心する。

 俺の心がどうであれ、敵がどれ程であれ、何も問題はない。やるべきことがわかれば、あとは行動するだけ。


 キサラギとテヴェルが、「囲いの中」に到着した。




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