お兄様無双。
各所の蟻盗聴にて把握した内容を総合し、如月さんとテヴェルが揃って仲間と合流するというその前日。
真夜中を狙って。
予定通りに、こちらから仕掛けた。
暗殺は一殺をきちんと確認してからサポートを靄に返し、次の蟻のところでファントムさんを構築する方式を採用。一気に沢山のファントムさんを作ることは…もしかしたらできたのかもしれないけど、私が全てを把握し続けられない。
万が一魔力切れでファントムさんがまとめて靄ったら困るし、幾らオート戦闘にしたとしても複数の場所で不測の事態なんて起きたら、私が対応できないと思ったからだ。
そうしてファントムさんによる虐殺の夜が幕を明けた。
パーティーメンも引き籠りも、寄る年波には勝てず深夜には眠る。
眠りが浅い人なのか、意外にもキラキラーンだけは気配を察知して目覚め、枕元に隠していた剣で応戦してきた。
だが、ファントムアイズの向こうで案の定パニックに陥った私が咄嗟に小鳥を放ち、声を上げようとしたキラキラーンの口にミチッと詰めてしまい…。
オートモードのファントムさんはそれこそオート戦闘なので何が起きても気にせず命令を遂行。
隙は隙とばかりにサクッと斬り裂きましたね。躊躇いなどないだろ。
そもそも躊躇どころか情緒が搭載されていないのだが、それにしてもあんまりな光景だった。容赦なさ過ぎですわ。死因:小鳥は嫌ですわ。
自我などないとわかっているのに、ついお父様との類似を見出だしてしまったもんね。
ほら、「私が今、配慮してあげなきゃいけない理由があるのかな?」なんて…そんな幻聴まで聞こえてきそうね。いや、むしろもううっかり喋らせてた。素敵ボイスで。
彼こそが幻の長男、さすがお兄様。そこに痺れる憧れる。
ただ…病か事故にも見えるよう、濡れ布巾と寝具の圧コラボで上手く窒息させ続けてきたのに、キラキラーンだけが明らかに刃物で惨殺された殺人事件になってしまったのよね。
キラキラーンはよく女の子を連れ込むので音漏れしにくい位置に部屋がありました。
夜中の静けさの中で使えばきっと響いちゃっただろう枕元のお呼び出しベルも、さっさとアイテムボックスにインしてたから使用人は来ず。
日頃の行いって大事ね。
まぁ、一晩でこれだけ死ねば、それぞれが無関係だなんて思う人もいないでしょう。
そう思っていたのだが、むしろキラキラーンだけは別事件だと思われるかも知れない。そう、痴情のもつれ説だ。
だが、結果として家人に気付かれた暗殺は一件もないため、極めて静かに朝を迎えたのです。
まさに幻影。
というか、使用人の質よ。
なんでこの国の人達は全員で寝てるんだい。
うちは警備だけでなくメイドもシフト制だったから、何人かは交代で起きてたはずよ。
急な伝令が来ても皆寝てたら対応できないじゃんね。
…待てよ、もしかしてうちが普通じゃなかったのかな、宰相さんちだから?
使用人が入れ替わる前はザル警備だったので、侵入者に対しては如何に起きていようとも無駄だったけど。夜間割増料金とは…。
もちろん、夜のうちに私が害したのは彼らだけではない。そのための一斉摘発だ。
計画の全容がわからなくても、如月さんが気にかけている箇所が計画の要。慎重にした場所、手を掛けた箇所、運ぶモノ、潜ませたヒト…忘れられた姫君を利用しようとする計画など、2度と立て直せないように全てをぶち壊す。慈悲などない。
…ただ幸せになりたいだけなのに、幸せは、何だか遠退いていく気がする。
大量殺人犯と呼ぶに足る凶行。
サポートとは言わば道具だ。ナイフが人を刺したからといって、罰せられるのは決してモノであるナイフさんではないのだ。理解している。振りかざした殺意は、私のものだ。
心の中で「間違っていない」と繰り返して自分を宥める。この世界自体が、前世ほど平和ではないのだから、と。
そんな私達は早朝から身体強化を使用した早足で、街道を歩いていた。
人目に付かなきゃ馬車より速い徒歩とは…そしてノーチートで生まれたはずの幼馴染が4つのチートを持つ私と同じ速度を実現した現実をリアライズ。
芸術やら感性やらならまた違うのかもしれないが、項目によっては見ての通り努力が才能を凌ぎ得る。割と早くからそういうのがあるって知ってましたね。だから、如何にチート持ちであろうとも、異能に甘えるだけじゃいけないんだよね。
自ら仕出かしたことでありながら、今朝の私の顔はさぞや強張っていたのだろう。
さっきから幼馴染が必要以上にグイグイ前に出てくるので、全然前が見えません。
心配してくれるのはとても嬉しいが、今は自分でもまさに踏ん張り時だと思っている。だから、そんなに甘やかしてくれなくてもいいのよ。
あと、フードと幼馴染に阻まれてホント前が見えてないんで。
逆に先行き不安なんで。
シンクロナイズドスイミングの入場シーンみたいに思えてきた。動きがキビキビ私に合わされて来るし、偶然とは思えぬほど上手に視界を遮ってくる。
ラッシュさんだから、こんなにも動きというか気が合っても当然と思えるし、いっそ何か楽しい気すらしてきたが、他のどうでもいい人相手ならイライラ感あるんだろうな。
でも現実にはラッシュさんだから、やっぱり結局楽しくなった。
顔の強張りも取れてきた気がする。
今日も天使のお仕事は完璧だ。おはようからおやすみまで癒しが溢れている。
私が素早く謎のポーズとか取ったらラッシュさんも同調してくるのだろうか。土下座には合わせてきた実績があるな。
2人なのに、こんな一列の早足で動かなくてもいいのにな。
何ならラッシュさんの頭に、視界確保のための小鳥を乗せねばならぬ。
想像だけで、もう可愛い。描きたい。
沸き上がるような描きたい欲求も久し振りだわ。でも、まだ日常には戻れない。全てが終わるまでは。
そう…俺、これが終わったら幼馴染の絵を…ひえぇいっ、そそそのようなフラグは決して立てないぞ。
如月さんとテヴェルもようやく宿を出た。
首謀者一味が集うはずであった会場は人目につきにくい。王都から少し離れた場所にある、密会ドットコムさんちの別邸だ。
具体的には馬車で移動に7時間程かかります。
…遠いッス。少しの距離じゃないッス。前世の交通機関の利便性に思いを馳せては、この世界の感覚が未だに理解できぬことを噛み締めているよ。
まぁ、基本は街から街の移動をしないので「移動」という言葉自体に既に長距離という意味を含んでいるのだろう。もちろん馬車を使わず身軽に馬で駆ければ、もう少し早い。
しかし悪巧民のフットワークはそんなに軽くありません。
偉そうなヤツは大体、腰が重いものです。他者に偉そうに見せるためにも。
会場提供者のドットコムさんだけは何日も前から現地入りし、泊まり込んで準備を進めていた。
参加者は大体朝の9時におうちを出ると夕方着きますので、顔合わせがてら晩御飯食べて、翌日に打ち合わせの算段らしい。蟻情報。
先にドットコムさんを殺すと、如月チームが屋敷に近付いたときに異変に気付く可能性がある。そこで引き返して姿を消されては片手落ち。私の放浪生活が終わらない。
だから、ドットコムさんだけがまだ生き延びている。
代わりに別宅からは使用人が1人消え、2人消えしていた。
ここでも勤勉なファントムさんが暗躍。
蟻さんが吟味した「忘れられた姫君とは無関係、推定無害または情弱の使用人」に限っては生き残りのチャンス。背後から忍び寄って気絶させ、そっとアイテムボックスへ仕舞っちゃうよ。
ちなみに放り込み次第、ちびオルタンシャドウが在庫の縄と布を使って被害者達を縛り上げ、猿轡を噛ましております。意識のない相手には人型とはいえ真っ黒けのシャドウで十分よね。
元祖型シャドウは小動物達とは違って手を使って細かな作業ができるうえ、容姿の作り込みがないから省エネで便利なのだ。
少年シャドウは使わないのかって?
あれはもう、多分そんなに使わない。ファントムさんに進化しちゃったイメージ。
さて、拉致した使用人達だが、ずっとポッケに持ち歩くのは無理だ。
乙女の秘密のアイテムボックスを知られたいわけじゃないからね。
だが放出場所にもやや困った。
すぐに邸に戻って来られては場が混乱するだけだし、人目のある場所で騒ぎ立てられてこちらに兵士なんか差し向けられても困る。
森の中やらに放置して、獣や魔物や盗賊の被害にあっては、彼らを遠ざけようと拉致した意味自体がなくなる。
妥協案として、別宅よりは王都に近い位置の農村をチョイスしました。農村なので、お客さんというものは基本的には来ません。
人数的には馬車がなければ全員では動けないが、村にあるのは荷馬車のみ。王都で朝イチに野菜売りにいくためのものだ。
使用人とはいえ平民の出とは限らないので、借りられても気兼ねなく乗り込めないって人も中にはいますね。
行商人は何日かおきに来るから、陸の孤島というほどではないが、徒歩での帰宅は困難。
誰かが代表して伝令係となるにも、地図もなく武器も護衛もない慣れぬ徒歩旅に挑むには命がけの覚悟がいる。そうまでして即日何とかしようとは…さすがにしないと思う。
荷馬車があるのだからそれを引くための馬はいるが、恐らくこれも村の共有資産。
馬に乗れる誰かが伝令役を買って出る可能性はなくもないのだが、仕事中の拉致だから、使用人全員で手持ちを出し合っても馬を譲り受けるお金はないだろう。お財布を持っているかどうかも怪しいです。
そもそも裕福でもない農村には、予備の品など野菜しかない。馬だって育てられる最低限必要な数しかいないはずだ。それを突然現れた謎の集団に、無償の親切で譲れるとは思えない。村全体の生活がかかっている。
顎で使うことしか知らない貴族より、使用人達は現実を知っているだろう。
ムラは村人のテリトリー、貴族邸に仕えているからと無闇に強く出るのは無謀の極みだ。
突然現れたのは皆「使用人」の服装。排他的農村だった場合、そっと畑の肥料として存在をなかったことにされる可能性もある。
不敬罪?
相手があからさまな貴族じゃなければ、貴族籍を持っているかどうかなんて一般人から判断はできない。事の後で知ったとしても、集落を守るため結束して「来てません、見てません」と口を揃えることは簡単。肉体労働者の腕っぷしもなめてはいけない。
盗賊や害獣は城壁のない場所にこそ出る…そう、のうみんつよい。
そんなわけで、無駄に敵対せず親切な人に頼めれば、翌朝の新鮮野菜と共に王都の衛兵へお手紙くらいは届けてもらえるだろう。
だが、逆方向のドットコム別邸には、身の証の立てられる使用人本人が出向かなければならない。
農民では、あからさまな貴族邸になんか近付けません。身分差、いのち危険、それは知ってる。
いかがでしょう。ヘルプコールを送るにも、すぐには情報の届かない距離の、安全な場所。これ以上の条件はないのではないかな。一応山奥でもないから、排他的ではないと思うよ。ムラ社会だけど。
そんな農村の廃物置小屋に、小鳥が侵入。
意味もなくチュンと一声鳴いて、使用人達を取り出してやった。
そのうち目が覚めて、むーむードタドタとうるさくしていれば、異変に気が付いた村人達が保護してくれようぞ。
残っているのは、手が足りない忙しさで余裕がなくなり、いつの間にか姿の見えなくなった仲間の心配なんてする暇もない使用人。
メイド長は全てを知っているから逃がさない。執事も当然ダメ。料理人は持ち場を離れず、拉致する隙がない。誰が来るかを知ってしまった噂好きのメイド達も、もう帰してやれない。寡黙な庭師は、しかし実は館の守り手を兼ねているようだから最期まで逃げ出しはするまい。
懇親会からの決起会予定の地に、現れるはずの参加者が来ない。
その事実を初めに訝しんだのは執事だった。
時間が近付いているのに招待客が1人も訪れないなんて、異様な事態。
ちなみに如月チームは、出発前のテヴェルの駄々(お弁当はあっちの店のご飯がいいにゃ~)により遅れが生じております。もう買ってあったんだから諦めて黙れよ。
「ここで待機しようか」
私がそう言えば、幼馴染はゆるりと辺りを見回して頷いた。
あまり近付けば見つかってしまう。街道を行く徒歩の冒険者というものは珍しくはないが、貴族所有の屋敷に向かう様は目に付くだろう。
狩りに来たんですよ、目的地はこっちッス。
誰にともなくそんなアピールをするため、私とラッシュさんは付近の森に入り、そこから屋敷の見える位置へと移動した。
これから、絶対に見つからないアイテムボックス待機です。
ドットコム屋敷に馬車が近付けば、小鳥センサーが反応する手はずだ。森は良いぜ、鳥、放ち放題。いや、そんなに要らんけど。
まだ会場への侵入はしない。
如月チームが到着してから、使用人達をファントムメナスしつつ会場入りする予定だ。
なるべくなら下っ端の料理人達を解放したかったけれど…もう余裕はないかもしれないな。現在のドットコム邸は、長居すればするだけ命を縮める職場です。余計な情報を見聞きしてしまえば、もう逃がせない。実際、そういう料理人は増えた。
噂好きな人間って本当に害悪だわ。親切のつもりで、相手を窮地に押しやるんだから…お前のことだぞ、噂好きのメイド。増やすな、標的を。
ドットコムさんちには、既に蟻部隊が集っているのだ。他の暗殺諸々が終わって、余裕ができたから。
記憶を奪う魔法とかあれば殺さなくても済むのかな。でも私には使えない。待てよ、頭を狙う記憶を奪う魔法(物理)なら…力加減が難しくて死と隣り合わせだが、怪我なら治せる。…いや、相手が意識を取り戻すまで待って状態確認をしなきゃいけないし、失敗してたら再攻撃する必要が出てくる。
助けたかと思いきや一転して襲ってくる私、完全に狂人である。希望の見えた直後の絶望は辛すぎる。私なら「素直に一回で殺しといてくれよ」と思うだろう。うん、諦めよう。
まともな雇い主を選ばなかった自分か、策略の如月チームを恨んでほしい。
無理よね、恨まれるなら私ですね。
私が使用人を最小限にするべく拉致を視野に入れたのには理由がある。
もちろん殺さなくていい人間を、わざわざ虐殺する必要なんてない。私の心の小市民が出来るだけ罪を軽くしたかったのも確かではあるのだけれど。
でもね、覚悟はしている。場合によっては…標的が感付いて逃げるくらいなら、全員に犠牲になっていただく案もあった。
だが、それ以上に。
私はこの邸に因縁がある。
間違いなく、予知夢の舞台はこの邸の…会議予定の会場。
私目線の夢はいつも、確実に先手を打てるような情報を寄越さない。殺される私が知り得ないことは、夢にだって現れない。このチートを使いこなすためには、名探偵並みの推理力を必要だ。要求能力が高すぎるが、私は名探偵ではない。わりとポンコツだ。文字通り「その時」までの必死さが足りなければ死ぬのだ。
フローリングと絨毯の境目。シャンデリアから落ちる影の形。記憶のどこかを掠める、ごく僅かな手がかり達。
今回、先に場所を特定できたのは、僥倖だった。蟻を崇めそうになった。
蟻部隊のたゆまぬ探索により、邸内地図の把握は完璧。
敵との対峙後はなるべく早く会議室を離脱し、玄関ホールへ走る計画だ。
悲鳴を上げる、足止めをする、斬りかかってくるなど、一歩一瞬でもその邪魔になりそうな人間が使用人だった。その対策として、別宅にいる人数自体を絞る。
外でなくとも、剣を振り回せる広さのある空間であれば戦える。外まで出れば、却って人目に着く可能性を誘致する。冒険者、商人…旅人は皆無じゃない。乱入者はごめんだ。
ホールに邪魔になる障害物があるなら、アイテムボックスへナイナイすれば良い。
予知夢様のお告げを阻んで場所を変えれば、事が起こるタイミングは予測できなくなり、…そう、結果にズレが生じるはず。
ジーサンが生きていても会場はここだったはずだ。
殺しても変わらなかったのは孫…じゃなかったな、息子が同じ椅子に座ったから。
ドットコムさんは後を継ぐまで、私からは見えない存在だった。多少狂った歯車があるはずなのに、それでも会場は変わらなかった。きっと如月さんの計画には、ドットコム家が必要なのだろう。
予知夢はあくまでも、この日この時を指定しているに違いなかった。
もはや避けられないのならば、激突する場を移すより未来を変える道は…思い浮かばなかった。




