スキマライフ!~クズと私と、無双失敗
必要なのはジューだと思う、と彼は言った。
定番だそうなのだけれど、相変わらずテヴェルの心の声はよくわからない。
『攻略失敗かどうかはまだわからないよな。あのポッと出の幼馴染ってのが居なくなればシナリオは元のルートに戻るさ。なんせフランは俺の運命の嫁なんだからな。当然言うさ、「幼馴染に騙されていただけなの」ってな。試練を乗り越えて結ばれる2人…女の子って大好きだろ、そういうの。大丈夫、俺には前世の知識がある。剣なんて重いし、もー、時代遅れ! この世で俺だけが銃で無双できるんだから、剣と魔法なんかに惑わされずに、早くチャレンジすれば良かった』
どうにも想像できないからと、頑張って話を聞いてはみたのだけれど…やっぱりわからなかったわ。
それがあれば並大抵の相手には負けないだとか、数を揃えれば国を落とすこともできるとか、世界が変わるのだと彼は言う。
けれども彼の心の声が「ガンシューでは」「サバゲーでは」と楽しげに告げるのを聞く限り、何だかあまり高い殺傷能力はなさそう。
いつもながら言うことは大きいけれど、小物の典型だから…特に気にはならないわね。
そんなに必要なものなら素人が作るより、職人に指示を出して作らせた方が良いのではないかしら。
曖昧な指示でも試行錯誤してくれるような職人は今はもう手元にはいないけれど、また探してくることはできる。
そう告げてみたけれど、テヴェル本人が「作れと言ったものと違う、無能だ」と責め立てて何人も追い出してしまったからか、心の声を聞くまでもなく、目には拒否の色が見えた。
職人同士は横の繋がりも強い。
使われてなどやらないと決めた相手には、簡単には従わない。
どちらにせよ、同じ職人に作らせようと思えば、穏便な頼み方では無理ねぇ。今、この時期にそこまでする必要があるかどうか。
良い人材を上手く集めて連れてきたと思っていたのだけれど、振り向いてみると、使える人間は減ってしまった。どれだけ憤りが深かったのか、私達から距離を取るだけでは足りないとばかりに、国自体を出て行ってしまったものもいる。
困ったテヴェル。
愚かで単純、疑心に満ちながら楽観的な…自分だけは上手くいくのだと疑わない、暇潰しとして正しい人間。
異世界からの来訪者は初めてではない。
以前にも野心のあるものはいたけれど、そう、能力はいつも伴わない。
小金を稼いで複数の恋人をまわりに置きたがるのは、転生者には限らないわね。
それが今回は、周りを引っ掻き回せるレベルの魂が2つも同時に揃っているのだ。
久方振りの逸材が2つ。
どちらを潰しても、今後はもうこんなに楽しめることはないのではないかしら…?
やっぱりこの2人を掛け合わせてみる?
面白い人間が生まれるかもしれないわ。器に魂が引き寄せられることだってある。
退屈に、戻るのは、嫌だわ。
私の微かな憂鬱を感じ取ったのか、「出来上がれば如月にもわかる、作ってみるよ」と言い捨てて、テヴェルは部屋に籠りきりになった。
何日も、最低限にしか顔を出さない。
だが最終的には、やっぱり無理だったとイライラしながら出てきた。
失敗するのは予測できたことだし、むしろ早々に投げ出さずに…彼にしては随分と頑張った方だわ。
余程ジューが欲しかったのね。諦めきれない様子を見せる。
サバゲーとやらがしたいだけかもしれないわね。
宥めてやりながら、もう一度どんなものが欲しかったのかを問うことにした。
それが本当に有用なものであるならば私が理解し、職人に頼んでもいいから。
けれどもテヴェルが作りたかったのは武器だという。
火の付く薬を使ったカラクリを仕込み、小さな玉を弾いて飛ばすもの。
薬に火を付けた時に大きな音が出てしまうけど、音を小さくする道具が存在する。作り方は不明。
とにかく手のひらに余るくらいの大きさで、人を殺すに最適。
聞く限り…暗器…なのかしらね?
話をしたらまた欲しくなったのか、チャレンジを再開したのには心底驚いた。
…私の興味はあまり引かなかった。強く弾いて礫を飛ばすだけなら、身体強化でもいいじゃない。
わざわざ何かの薬を燃やして飛ばす意味も、別の道具を作ってその音を消す意味もわからない。音を立てたくないのなら、始めから燃やさなければいいじゃない?
暗器は地味だわ。礫なんかじゃ貫通したって血も大して出ない。派手な方が楽しい。
…武器自体は派手じゃなくてもいいのよね。
いつか戦場で見た人間を思い出す。
大きく剣を振りかぶって、人の身体を真っ二つにしていた。あれほどの力と技量を持つものは、そういない。
残念ながら敵方だったので私が殺したけれど、今ももったいなかったと惜しむ一握りの人間だ。
とは言えあの時は、ついた側の人間もそこそこ滑稽に踊ってくれたのだから、仕方なかったと思えるわね。楽しむために代償は付き物だもの。
テヴェルが扱えるのは植物だ。残念ながら、素材としては良く燃えた。
…だから試作品も、良く燃えた。
始めから燃えにくい材料にしていなかったことには驚いたが敢えて口は出さず、余興と思って見守ることにした。
また、ある時には暗器を弾くために燃やす薬の代わりだと、衝撃で破裂する種子を仕込んでいた。
作業中に物の見事に暴発。
オデコに切り傷を作って泣いていた。
そういう予想外に笑わせてくれるところ、本当、嫌いじゃないわ。
過失で焦がした宿の絨毯は弁償した。傷を付けた家具も。でも楽しかったから、それくらいは出してあげる。頭の悪い人間は、意外なことをするから面白い。
何とか試作として出てきたのは、異能を以て作成された武器。
弓としては随分と小さいし、セットされているのは小型の投げナイフだ。それでも重くて上手く飛ばないらしい。意味、あるのかしらねぇ。
元は礫を弾いて射出するというから、機構はスリングショットに似ているのかしら…そして、なぜスリングショットではいけなかったのかしらね。わからない。
どちらにせよ、弓の形に近付けなければそのナイフは飛ばせそうにないわね?
当初は木製の球体を飛ばそうとしたようだけど、押し出す力に負けて壊れてしまうこともしばしば。
小さいから狙いが付けられずに見当違いの方向へ飛んだり、または飛距離自体が足りずに的には当たらなかったり。
飛ばすことをまず目標にした結果、こうなったのだと彼は言う。
夢中になっている間は良いけれど、多分最後に気付いて「これじゃないよ!」って喚くのでしょうね。楽しみだわ。
構造のよくわからない部分は、魔物化した植物を使役することで無理矢理補われた。
その後も諸々を試す彼に横から助言してみる。
飛ばす武器を麻痺毒や猛毒を含む枝に変えることで飛距離にも折り合いがついた。
いよいよただの小型の弓ね。したいことが同じなら問題はないと思うわ。
まして植物なら彼の言うことを聞くのだから、使わない手はないでしょうね。
「もっと早く装填して連射できれば、もうちょっと良くなると思うんだけど。使えないんだよな、この草が」
「根を詰めすぎてはダメよ、テヴェル。少し休んで? 身体を壊してしまうわ」
「ん、うん、そぉだな。如月がそう言うならちょっと休もうかな」
それほど期待はしていなかったから、今更無理なんかしなくても構わないわ。むしろ予想外のおかしな失敗をしてくれることに期待をしている。
告げれば怒り出すのが目に見えているから、言葉にはしないけれど。
テヴェルは剣を真面目に学ばなかったし、辛い訓練はしたがらないから筋力もない。
何を考えてこれを作ろうと思い立ったのかはわからないけれど、遠距離武器の方が向いているのかもしれないわね。
小さな玉を弾いて飛ばすだけの武器、ジュー。
異世界ではそんなもので世界が変わるのかしら。
テヴェルの話では、こちらとは比べ物にならないくらい便利で先進的だということだったのに…どこがいいのかしら。さっぱり理解できない。
少なくとも随分と平和なのね。魔法のない世界だとそんなものなのかしら。つまらなさそう。
でも…その分、人間の内面が歪んでいるのかもしれないわ。
負の感情値がおかしな魂ばかりが送り込まれてくるのだから。
結局は小型化された連射弓を作り上げて喜ぶテヴェルは、目的のものと逸れていることにはまだ気が付かない。
つまらないわ。
ずっと気が付かないのかしら。それ、並大抵の相手に負けるわよ。




