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おるたんらいふ!  作者: 2991+


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209/303

作戦会議は明日にしよう。



 夜更かしアンディラートは全然眠そうな顔をしていなかったので、私は驚いた。

 今生の生活に慣れきった私でさえ、基本は早寝なのだぞ。現代日本人としての前世では多分、もっと睡眠時間は短かったはずなのに。

 生粋の異世界人たるラッシュさんなら、どう考えたって、おねむタイムだろう。

 心配してそう問えば、相手は呆れたように首を横に振って見せた。


「忘れてるのかも知れないが、俺は従士時代に騎士にくっついて歩いていた。野営の見張りだって交代でやっていたし、夜間行軍だってしていた。そもそもオル…んん、お前が頑張って偵察しているのに悠長に眠るだなんて、それは有り得ないことだ」


 そういえば遠征にいっぱい行ってた。

 従士はお子様なのに、甘くはなかった模様。そりゃあ当然なんだけども。

 騎士と全く同じだけ働くことはできずとも、そこそこ大人扱いだったのか。


 …そんなに頑張ってたのに…周囲の期待の星だったのに、私のせいで。

 苦く思うが、これ以上この件を謝っても彼は頑として自分の選択だと言い張るだろうと、もうわかっていた。


「あのね、色々話したいのだけれど…眠気目覚ましにコーヒーでも淹れようか?」


「…いや、もう夜も遅いから明日にしよう。疲れただろう? 俺も部屋に戻るから、詳しい話は改めて聞かせてくれ」


「ええ? 平気だよ?」


 しかしラッシュさんは首を横に振る。握っていた手も離されてしまった。何があるわけでもないのに、急に心細くなる。

 夜を徹して語り明かそうとは言わないけれども、実はもう寝たかったのかな?


「先日寝不足で倒れたばかりじゃないか…。今でも後でも、数時間しか変わらない。無理はいけないと思う」


 違った、私の心配だった。

 私の幼馴染は天然物の優しさでできている。すごい。

 己の優しくなさをチラリと肩越しに振り返り、すぐさま視界の外へと追い出した。私にガンジーを足したとしても幼馴染の優しさには届かないだろう。マイナスが振り切りすぎてる。

 そういえばリスターにも優しさ自体はあるけども、向ける相手と方向が極端なのよね。

 今考えたんだけど、私達のユニット名は『両極端』なんてどうかしら。アンディラートが両、リスターが極、私が端であろうか。合ってる気がしてきた。

 何の活動に使う気なのかもわからないそんな言葉は飲み込んで、パジャマパーティーを提案してみる。


「それならこのままお布団でゴロゴロしつつ話して、明日はそのまま添い寝デーにすればいいんじゃない?」


「…なっ、…そ、それはできない。お互い、もう子供じゃないんだから」


「大人だからこそ自己判断で行動できるのですわ」


 なんで即座に立ち上がっちゃうの。そこまでお断りか。

 ほんのり照れ顔の意味がわからない。どうした。

 いやいや、でも君が起きてられるなら情報が新鮮なうちに共有したいわよ。逃がさんぞ。背を向けようとした幼馴染の腕を捕らえて強めに引っ張る。


 だが、相手は全くふらつかない。

 えっ、身体強化で耐えられたの?

 …に、逃がすもんかぁ!!


「わ、オルタンシア危ない!」


 謎の闘争心に火が付いて、突然マシマシの身体強化様を発動する私。

 そう来るとは思わなかったのだろう、彼はあっさりとこちらへ倒れてきた。


 ハッとした。

 いかんよ、ドーンてなったら可哀想!


 下はお布団だからもしかしたら痛くないかもしれないけれど、それはもしかしたら痛いかもしれないというのと同義。シュレディンガーさんがニャー!

 私も慌ててキャッチ体勢を取る。


 オーライオーライ。何とか上半身を使って、相手の上半身を上手に受け止めた。上々。

 我が身体強化は衝撃に耐え切り、背中からベッドに倒れ込むような無様もさらさぬ。シャイボーイが「ベッドに女子を押し倒した」などと気に病む余地もない、見事な対応よ!


 普段はわりと高い位置にあるラッシュさんの頭が、今は私の目線より下に。

 あっ、希少部位だ。

 身長差でなかなか届かなくなった頭が今なら撫で放題。だというのに。

 胸に抱き込んだまま、私も硬直するよりない。せっかくナイスな後頭部を撫でるチャンスだと言うのに、両手で支えていないとラッシュさん、ずり落ちちゃいそうなんだもの。


 なぜホールドアップしているのだい。

 転がした私が言うことではないけれど、しがみついてくれても構わんので、体勢を立て直してくれた方が助かりましてよ?

 あー、せっかくの後頭部が。生殺しとはまさにこのこと。手の届く位置に、まるっとキュートな希少部位がぁ。

 撫でたい。しかし欲にかまけて幼馴染を床に落っことすなんて選択肢は、絶対にない。


 とはいえ落ちてきた無理な体勢では踏ん張りきれなかったようだ。

 ややしばらくして、ズリズリと音を立てながらラッシュシューズが床を滑っていった。

 結果、私の前面をスライドし、お膝に突っ伏す形で収まったラッシュさん。

 強打は免れたよ。セーフ。


「…離して、くれ…」


「えー。上手に捕獲したので、君は今、私の捕虜なんですけどー」


 ふはは、跪けー、命乞いをしろー。

 小僧から石を取り戻せー。

 キャッキャと優位をアピールしてみた。


「…捕虜でいい、大人しくするから、離して。お願いだ…」


 しかし冗談は通じなかったらしい。やたらと悲痛な声音で懇願された。

 ラスボスごっこ、失敗。

 全然照れ声じゃない。マジで泣きそうじゃん。なぜだ。


 如何にも可哀想な声だったので渋々解放した。なんだい、そんなに嫌だったのか。

 失礼しちゃうな、美少女のハグだっていうのにさ。あ、もう成人してたんだった。これはもう美女を名乗っていいんじゃないの、私。


 …待って、照れじゃないってことは痛かったの? 力の入れ方を間違えた?

 美女の…ベアハグ…。

 それは悲痛にもなる。


「ご、ごめんね、どこが痛かったの? 肘ぶつけた? それとも顔を擦り剥いた?」


 治します。癒してみせますよ。

 むいっと彼の顔を両手で顔を上げさせる。顔には、怪我は恐らくない。

 下がり眉になってしまったラッシュさんは、カーッと赤面している。ほっぺがとても、あたたか。でもまぁ、それは通常運転ね。いつものことじゃわい。


 彼はようやく左手をベッドにつくことで身を支えた。が、右手は胸の辺りを…服がシワになるほど握り締めている…。

 うーん? そんなとこなんて絞めた覚えはないし、ぶつかったかなぁ。

 あ、私じゃなくてベッドの木枠か?

 打ったか、段差が刺さったまま私に押さえ付けられていたのだろうか。それは痛い。


「胸痛いの? 『マザータッチ』…あれ、治んない。打撲はダメ? そんなはずは…」


 ラッシュさんは下がり眉のまま「怪我はない」と返す。じゃあその顔は何だ。

 強がっているに違いないのだからと、顔を左右に向けてもう一度じっくりと確認。続いて肩から胸、腹をペタペタと撫でて痛む場所を探す私。触っても痛がらないな。

 治まったの? それとも根性で耐えてる?


 しかし、このマッスルの盾が衝撃を弾き返したりしないのかしら。

 こんなに腹筋固いのにねぇ。ボスボスしてみちゃう。そんなことをしていたせいか、後退りで逃げようとするラッシュさん。逃がさんですよ!(3度目の正直)


「ちゃんと言わないとわかんないよ、どこを痛めたの。君の饒舌じゃないところも結構好きだけども、私のせいなんだから遠慮は…」


「っ、な、何でもないんだ、本当に」


「うーそーだねー!」


 子供かよ、と内心ツッこんでしまうレベルの己の言動よ。

 しかし遠慮してほしくないから! 私は! 誇りを持って駄々を捏ねる!

 無駄にキリッとした私の前で、ラッシュさんは乙女のように両手で顔を覆った。いつも思うが、彼の方が女子力高いな。世のユニコーンが群れで押し寄せても不思議はないくらいだよね。


「ごめんなさい」


 思考が別の場所に羽ばたきかけていたら、突然謝られた。

 おお?

 何があったんだい、天使よ。謝るのはいつだって私の方なはずよ。専売特許。


「…ど…どうしたの?」


 咄嗟に5パターンくらいの最悪を想定した。

 え、「最も悪い」なんだから1つじゃないのかって? そんな細かいこと言ってたら、同着2位とか存在しなくなるじゃん。1つしか選べない最悪なんて「もはやお前の存在を許容できません、ごめんなさい」って意味…イヤだぁ、泣くぅ…。


「許してほしい」


「アッ、ハイ、許しました!」


 訳がわからぬまま、しかし何か許してほしいらしいので許した。案ずるな、友よ。君には無限に免罪符が発行されているよ。足りなければ言いたまえ、幾らでも刷るから。(成金ぽく)

 だが、何のことかよくわからない。

 即行で許したためか、ラッシュさんは一応顔を上げた。が、そっと私の膝から離れた。

 図体はでかいのに、なんか叱られた仔犬みたいに小さくなってる。


 これはこれで可愛い。まぁ、いつでも可愛い。むしろ可愛くはない時というのはイコール格好いい時のことなのでは。負の要素がないよ、さすが正の生き物。

 なのでションボリ顔の可哀想ぶりは心の奥底まで抉られるようです。


 許しが足りてない?

 もっと敬虔にやるか?

 そうか、天使が懺悔しようと言うのだ。確かに令嬢程度の軽口で許された気にはなれないかもな。よぅし、任せろ。


 一度目を閉じて、ゆっくりと瞼を上げた。

 慈愛の笑みを浮かべ、そっと彼の両手を包み込む。斜め下から見ても美しい角度はこんな感じか。宗教家ロールは初めてかなぁ。

 ゆっくりと、一言一言に慈しみを込めて、しっかりと目を見つめながら。


「…アンディラートよ、貴方は許されました。全ての罪は浄化されたのです。安心なさい。もはや誰も貴方を非難しません」


 成功だ。

 幼馴染の肩から、力が抜けたのがわかる。

 今度こそ、許しは伝わったらしい。これは私、シスターとしてやっていけるのでは。

 修道女人生が現実味を帯びてきましたね。


 でも、何だか目が潤んでますね。感動したの?

 そんなに気に入ったなら、もっかいやろっか?

 赤面ぶりも真っ赤じゃなくてほんのり頬を染める感じが、なんだこの可愛い生き物。ここから世界が浄化されているよ。これ貰って帰っていいかな? 是非お部屋に飾ろうぜ。


「…あのね、でもね、実は君の悪事に一切の心当たりがありません」


 追求したところ暫しの沈黙を経て、彼は「あの…胸が…、…本当にごめんなさい」と悲痛な顔をした。

 予想外の台詞に変顔になりかけるのを堪え、聖母スマイルを維持する。


 胸ぇ?

 確かに、さっき診察的な意味でラッシュバディを超お触りしましたけれども。謝られることかな。むしろ逆セクハラで訴えられたら、負けるのは私なのでは。幾らで示談にしてくれます?


 ついついじっと見つめたところ、やっぱり赤面して両手で顔を隠してしまった。

 抱き締めて頭ワシワシしたい。

 だが、今したら嫌われるかもしれない。何せ彼は今、私にセクハラ被害を訴え…違うな。


 そもそも被害者ヅラはしてないぞ、加害してないのに加害者ヅラをしてた。

 しかもなぜか乙女になりながら……あっ、もしや私の胸にダイブしたことを気に病んだのか。ならばこの反応も理解できる。着々とロマンポケットを形成しているからな。


 だけども、それこそ私が引っ張ったせいなので、本当に彼に非はないのでは?

 …世のリーマンが怯えるという痴漢冤罪か。それは職も家族も周囲の信用も奪われ、人生がメチャクチャにされるという悲劇。それが彼の悲痛さの根幹か。

 そんな気にせず、ただのラッキースケベくらいに捉えてくれて良かったのに。


 でも、それが出来ないからこそのアンディラート。だからこその信頼と実績の紳士。ラッキースケベも、彼にかかると一切のラッキー感がないんだな。

 考えてみたら幼少時からそうだったわ。

 すごいな。一切ぶれずに変わらない彼は、正にこの世の奇跡。


 …困ったな。キャッチしただけなのに、やたら落ち込ませてしまったぞ。

 完全に私のせいであった。


「正直、気にしてなかったよ。君は私に引き倒されて転んだだけなのだから、何も悪くないじゃない?」


「女の子に腕を引かれた程度でそうなることが既に問題だ」


 ふるふると首を振るラッシュさん。

 なんで、こんなにも気にしてるの?


「おらぁー」


 気の抜けた声を出しながら、身体強化様で腕の力を増量。慌てたようにラッシュさんも身体強化を発動。引っ張ったけど、倒れてはこなかった。

 同じ過ちは繰り返さない。そんな覚悟が見て取れますね。

 信頼度が上がるだけなのだが。


「さっきだって一度は身体強化で耐えたんでしょ?」


「いや、単にバランスを取っただけだったんだ。だから身体強化で引っ張られて耐えられずに、その、…始めからちゃんと身体強化すべきだった。ごめんなさい」


 むしろメスゴリのパワー力を体幹だけで耐えたことに驚きである。

 この筋肉は伊達ではないということか。

 でも、あんまりムキムキにはならないでほしいなぁ。

 ラッシュさん、まだ下がり眉だよ。


「もう許したよ?」


「すまない」


 あぁ、見たことあるわぁ、この沈痛な悔恨の表情。

 私の口許がつい笑ってしまうのは、彼にとっては不本意なのだろうけれど。


「その後で私も君をペタペタ触ったので、それでおあいこということに」


「怪我を心配してくれただけだ。だが俺は」


「はい、仲直りー」


 言い募る彼を抱き締めて背中をポンポンする。

 丁度良い低さと距離にいたら、そりゃあ私もハグしますわ。

 明らかにギシッと固まられたが、痴漢冤罪の後では仕方のない反応だったかもしれない。


「…オルタンシア…一応、」


「他の人にする予定はないったら。したの見たことあるの?」


 いつものお説教の気配を感じて、素早く封じる。この点、私は信用ないよな。

 どれだけ私を人類皆兄弟の博愛主義者だと思っているのだ。むしろ性悪説支持者だわ。

 ラッシュさんのほうが性善説を支持していそうなのに…その辺は貴族教育の賜物かしら。


「…ない、けど、あんまり警戒心が薄いから心配になるんだ」


「私の警戒心をここまで取っ払った自分を褒めてあげて下さい」


 ラッシュさんは溜息を付いた。


「嬉しいのか悲しいのかわからない」


 一人言のような呟き。そこには、本気の苦悩が込められていたように思う。

 …懐かれすぎてウザかったのだろうか。

 少し、自制した方がいいのかもしれない。




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[一言] 信じられるか?付き合ってないんだぜこいつら
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