体勢を立て直す
小舅君の言い分は、こうだ。
キラキラーンからの通報により国家転覆を目論む悪者・セレンツィオ捕縛の命が出た。だが相手が全力で抵抗したため、やむを得ずこれを討ち取ってしまう。
背後関係はハッキリしないままだが、城内では突然死で調査中の重鎮も協力者なのではないかと指摘する声もあった。
死亡した男は老獪で、簡単には尻尾を出さないものの、ひどく欲深い人間だというのは周知の事実だからだ。
恐らく強力な協力者を失ったセレンツィオが自暴自棄になり、キラキラーンに見つかるようなヘマをしたのだろう。とても悲しい事件であった。まる。
…有耶無耶のうちに解決と見なされているようだ。楽観的すぎない?
黒幕、まだピンピンしてますよ。
「まだ首謀者は残っております。年季の入った2人が仲間割れで潰されただけです。油断はしない方がいい」
ジーサンの暗殺も、そっと如月さんのせいにしておこうっと。
終わったことだからと己の罪から殊更に目を背け、その後の様子など知ろうともしていなかった私だが、あちらも国にとっては大物だった。事件性を疑う者もおり、捜査をされていたらしい。
防犯カメラや指紋鑑定はないうえ、実行犯はファントムさんだ。どう考えても犯人は捕まらないと思います。
そして自分がすごい悪人な気がしてます。
完全犯罪なのに、全然イエーイ☆ってならない。やたら気が沈む。
これが良心の呵責というヤツか。
うぅ、ラッシュさんの前であまり落ち込みは見せたくないのに。へこんでしまう。
でも万が一、ジーサンがキリスト並みの謎復活を遂げたならば、絶対再殺。即座にファントムさんを放つ気満々なのだから、この呵責も偽善ってものですよね。
私の内心はまず置いとこう。
今後の対応のために、まずは陰謀を企てている如月チームへの考察だ。
如月さんはイチから画策してこの国を乗っ取ろうとしたわけではない。既に反乱の下地があったから、お手軽に玉座を摘まみ取ろうと一枚噛みに来ただけだ。
もっと手に入れるのが簡単な国があれば、迷わずそっちに行っただろう。
彼女こそ、もっとも私にこだわる必要がないはずなのだ。
だから、あのメンバーの中で誰がセンターを張っていたのかといわれると悩むところはあろうが…女王派の原動力として今回消えた2人の存在と妄執は、とっても大きかったと言えるだろう。
オルタン調べによれば、あれは悲願と言ってもいいレベル。
野望を抱くに至った詳細は知らないけれど、漏れ聞く独り言などからジーサンは本人の野望、セレンツィオは親だか祖父だかからの念願だったくらいの差。うん、誤差だね。
…そんなに玉座って素敵なもんかしらね?
私は全然、欲しくないのですが。
「正直私は病による突然死かと思っていましたので、まさか仲間割れだとは思いませんでした…貴女はなぜそんなことを知っているのです?」
「寝る間も惜しんで調べたからですよ。結果、寝不足で倒れてラッシュさんに叱られましたが。とにかく、今回の騒動は、これで解決ではありません。むしろ序章です」
取り調べというほどのものではないが、小舅君による私達の聴取が行われている。
ボロッちくなった身なりを軽く整える時間はもらえたけれど、お風呂までは許可されず。それでも私とラッシュさんから、汗臭さは決して漂わないのですが。
ドレスでなく冒険者ルックを許されたので、現在はつらっと着替えて帷子も脱いでいる。
さっき勢いでエクステむしったけど、暴れるには髪の長さが中途半端。
いつの間にやら、軽く下を向くととても邪魔してくるような長さになった。短いうちはおとなしくしていたクセ毛もそろそろカールしてきたし、ピンポイントで鼻に入りそう。一発芸おヒゲ~とかやりたくなる。
玉座よりアメピン欲しいわ。切実に。
話の合間にそっと片目だけサポート蟻の視界と入れ替え、状況を確認していく。
結果、何匹かを靄に戻すことになりました。
ヤベェ、気付かぬ間に監視対象が何人か死んどった。蟻さんは私にアラートを送らず、ただあるがままを見守っていたようだよ。
お鍋見ててねーと頼んどいたら、見てたよーでも見てただけ!(吹き零れまくり)と言われた感じ。
あれ、伝わらない例えかな。思った以上に、私、混乱してる?
えっと、要するに…眠っているだけだと思っていたレッサノールもまた、ひっそりと毒殺されていたのです。ナ、ナンダッテー!
キラキラーンの他にも、城内には如月さんの協力者がいるということだ。
しかしまさか日も高いうち、人目も憚らずに職場でそんなことをするだなんて。疚しいことは暗闇に紛れてするものじゃないの?
セレンツィオを陥れる前に、邪魔になりそうな忠犬を処分したということだろうか。
これもまた私の落ち度ではあるのだが、食事やらに睡眠薬と毒薬なんかが混ぜられたりして、こう、眠るように息を引き取られると…蟻んこでは異常が起こっているとは気が付けない様子。
せめて毒の苦しさに暴れるなりもがいてくれれば、状況が急変していると蟻んこも教えてくれただろうに。
こんな弁解はとてもアホっぽいのだが、蟻んこは監視対象が生きてるかどうかなんて、観察していないのだ…。
そしてレッサノールの動きを見ていればセレンツィオは見なくてもいいと思っていたのも失敗。
今までも重要な情報はこの腹心が自ら運んでおり、また、何かあればセレンツィオは護衛の忠犬を連れ歩くと思っていた。
だから、セレンツィオが通常業務を淡々とこなしているところなんか、わざわざ見張らなかったよね。 概ね平日は仕事をしているセレンツィオだ。机に向かう相手を延々と監視したところで時間の無駄だと思ってた。
まさか、そっちで大捕物が起こっていたなんてね。反省である。
「情報を全て吐く気はないんですか?」
「裏付けが取りにくいか、取れないと思うので。確認するまで動くなと言われてもそういうわけには行きませんし。正直、そちらを納得させなければならない理由は私にはない」
現王派には、後ろから刺されないためにと接触しただけだ。手に手を取って仲良くとまでは、元より考えていない。
例え害するというほどの意図がなくとも、私の囲い込みを諦めないなら、そんなに愛想良くする利点はないな。
何度でも言うが、忘れられた姫君は、忘れ去られなければならない。どうしてもだ。
君達が忘れられるようにと、私は開かずの間をひとつ残らず開けてあげたのだよ。閉まってたら、いつまでも不満と共に思い出しちゃうだろうからさ。
ババーンと大っぴらだろうがヒッソリコッソリ内緒にだろうが、女王の血を飼い殺そうとするなら、セレンツィオ達と何も変わらない。潰すべき敵だ。
斬るぞ、城を。物理的に。
「ひとつ忠告するのなら、ピンクの髪の女性にはお気を付けて。心を読んでくるので、何を言わなくても弱みを握ってきます」
城内に潜む如月関係者を特定することは、私には無理だ。各自で自衛して下さい。
握られたくない弱点があるのなら、そりゃもう厳重に隠すといいよ。
私の弱点はもう漏れてしまったからね。
…お父様は無事だろうか。
銀の杖商会の馬車がどれほど高級品だと言っても、引くのは生身の馬だ。最短距離を爆走したとしても、リスターはまだまだトリティニアには着かないだろう。
だが、それは如月さんの手の者であろうと同じこと。故郷がトリティニア王都とまでは絞り込めても、身元まではバレていないから、実家の位置は知らないはず。
もしもどうにかして私の身元を特定したとしても、トリティニア王都は門で街区が仕切られている。内部へ入り込むほどに、門兵が出入りを厳に管理している。
他国人の如月さんには特に難関のはずだ。トリティニア人だとはいえ、王都民ではないテヴェルも、身分の保証をお持ちでなければ中街区ですら入れない。物理的な壁を前に、立ち往生することだろう。
更にエーゼレットさんちは高位貴族だから、まずは貴族街に入る伝手を得ないとお父様には辿りつけないぜ。
…うん。門番が、仕事してくれさえすれば。
いや、色仕掛けには耐えてくれると信じているけど、呪いをかけられたら終わるなって思い付いちゃって…。
身分保証も何も、呪われたらおうちまで案内しちゃうくらい言いなりッスね。
それでも穏便に潜り込もうと思えば手間がかかるのは確かだ。トリティニア貴族の住み処は、何だか今まで見てきた他国の王都より引き籠り感が強い。
万一入国を先んじられたとしても、お父様へと辿りつくまでに猶予はあるだろう。
それに如月さんレベルで対処しにくい人間がたくさんいるとは思えない。
トリティニアでは魔法使いなんてそうそう見かけない、大抵が剣士だ。現地で悪漢が雇われたとしても、然したる脅威ではない。
騎士にも一目置かれるうちのお父様は、そこらの雑魚になど負けないからだ。
なんせ、世界で一番☆お父様!である。心得てよねっ。
つまり如月さんが直接出向かない限りはそうそう危機にならない、と信じたいのです。
如月さん…瞬間移動とか転移スキルみたいなの持ってないよね。それだけが不安。
テヴェルと別行動してるときは、ちゃんと馬車使ったり歩いたり、普通に移動している感じの時間はかかっていた。大丈夫だとは思うけれども。
うぅ、商会長…マジで馬車の速度は急ぎめでお願いしますね。
お父様と合流さえできたなら、並大抵の敵はリスターが吹っ飛ばしてくれるだろう。
あの謎魔法なら近付くことすら無理。渡した御守りで、呪いも防げる。大分安全なはず。
そして珍しくて気性の荒い魔法使いがトリティニアで何かやらかしたとしても、後始末や隠蔽はお父様がやってくれるから、それほど騒ぎにはなるまい。
御守りの効果は、身を以て確認した。
不自然なほどに目を覗き込んできたあの時、如月さんが私に呪いをかけようとしていたのは確実だ。
しかし幾ら熱烈に見つめられても、私の意識はしっかりとしていた。
前回の呪いでロールを大量に奪われた私は対策のため、日々コツコツと、細部だけがちょい違う類似ロールを作り続けていた。日常的に、あまりかけ離れたものを演じる場面がなかったからね。仕方ないよね。
フランだけでも冒険絵師バージョンと令嬢バージョン、そして無感動令嬢おフラン零号から鉄人令嬢おフラン28号まで用意していた割には、幾ら如月さんと目を合わせてみても吸引力のキュの字も感じなかった。
お陰で変なロールが在庫の山だよ。もし私が商人なら読みが甘かったからと、経営が引っくり返っちゃうわね。
だが、あの如月さんが余裕ぶったキャラを崩壊させていた。それだけでも快挙。
実にいい気味ですわ。オーッホッホッホ!(悪役令嬢バージョン)
「心を読む魔法、ですか。魔法使いは数が少ないから、どんな魔法があるのかもよくわからない。反則ですよね」
戦いた小舅君は、途中から私を眺めて何度目かのジト目。
私も隠し球の多い魔法使いだと思われているのだろうな。いえ、ただのチート娘です。
ギッスギスの調略謀略とか、全然好きじゃないですわ。綺麗な景色と美味しいものとかで癒されたいなぁ。私の人生、いつになったら落ち着くのかなぁ。
知らず溜息をついた私の肩を、そっとラッシュさんが叩く。
そうね。疲れてる場合じゃない。
「そろそろ城下に戻らせていただきますね。宿を取らなくちゃいけないし、城の中にいても何も解決しないので」
逃がしてしまった如月チームのアジトも探さなければ。この後に接触する可能性があるのは…キラキラーンかな。
蟻を付けて以降、あいつは直接如月さんに会っていないと思うのに、一体いつの間に寝返っていたのか。
…逆か?
元々、如月さん陣営だったのにセレンツィオ側にスパイ出張していたのか?
如月さんは、セレンツィオが裏切るかもしれないと思っていた?
…如月さんにとって、セレンツィオは国の中枢を掌握するための重要な、最後まで必要な駒なのだと思っていた。
だが、彼女は心が読めるのだ。
セレンツィオが何を考えていたかは筒抜け。もしも忠実な駒でなかったのなら、使い捨てる理由やタイミングを考慮していても何の不思議もない。
その方がしっくりくるな。
私に気付かれないほどに顔も会わせず、手紙か何かで遣り取りしても、裏切らないと思えた理由。そりゃあ、セレンツィオより忠実な配下だからだ。
キラキラーンは裏切り会議で「このご自慢のツラで如月さんを誘惑しますよ~」とか発案していたのに…既に手先だったなんて。むしろ誘惑され済とか、とんだフェイクだよ。
顔の良い男とは根性が悪いものだということを知っていたのに、私ったら。
「わざわさ街に下りる必要はないでしょう。客間を用意させますよ」
そう言って小舅君が侍女を呼ぼうとしたので素早く止める。城にいたらまた周りの顔色を窺わなくちゃならないし、今はもうそんな余計なことに気を遣う暇はない。
動きやすい服で思いのままにできないと、却って周りを巻き込むし、危ない。
「自由に動きたいので結構。開かずの間をなくしてあげたのだから、この国へのなけなしの義理は十分果たしたと思いますよ」
私の義理ではない、先祖的姫達の義理だ。私には一切思い入れなどないし、きっとお母様もないだろう。だが、祖母くらいになるとわからない。そう、先祖供養の一端だ。
諸々を開かずの間にした張本人の女王は怒ってるかもしれないが、供養しなくていいのかって? いーんだよ。国費のはずなのに、自分にしか開かない宝物庫作るとか強欲。むしろ除霊の対象だよ。滅殺じゃい。
「しかし」
「少なくとも私の母と祖母は過去、囚われの身であったようです。私はそうなるつもりはないし、それを覆すだけの力があると自負している。私と貴方達の関係は、敵対するか、否か…それだけ。今後、私の道を阻むのならば手加減しません。お覚悟を」
ま、まだ話は終わっていないぞー。
怯みつつも小舅君の目はそう告げていた。だが、私は空気を読みませんでした。そのまま笑顔で、黙らせた小舅君を引っ立てて意気揚々と城を出る。
いや、だって私達冒険者が単品で城をうろうろしてたら怪しまれて兵に止められるでしょうよ。通行証みたいなもの貰ってないし。
正面から連れてきたんだから、帰りもちゃんと正面から送って下さいませんと。
居場所を押さえておきたいのか、小舅君はお高めの宿を手配してくれた。
宿自体に不満はないのだが、首輪をつけられているみたいなのは、ちょっとなぁ。
だけど、ラッシュさんもいい加減疲れているだろう。彼は何も言わないし、私も聞こえなかったふりをしたのだが…遠慮がちなお腹の虫がキューッて可愛らしく鳴いてたのを知っている。靴音を高めに鳴らして誤魔化したことも知っている。
ラッシュさんに早く休んでほしいから、一泊くらいは妥協するか。
好きなだけ泊まっていいし、支払いはお城で持ちますなんて言い残していったが、見知らぬ国民の血税で寛ぐのは難しい。
小舅君が居なくなった途端に受付に一泊前払い分を叩き付けておきました。銀の杖商会で絵を売っておいて良かった。
それ以上泊まる分は城払いにしますとお伝えすれば、躾のいい従業員は食い下がったりしなかった。うん、あとは城と遣り取りしてください。一泊しかせんけどな。
貴族として自宅で贅沢していた過去と、領民の血税については気にならない。節制はしていないけど、豪遊もしていないし。
そもそもお父様は善政を敷いているに決まっている。ブラック企業じゃないんだ、領主だって報酬貰うわ。この私がお父様とお母様のやることに文句を付けると思うてか。
ところでラッシュさんは私に宿泊費を奢られるのは気になるので、後で精算してくれるそうです。自立心が高いのは結構だが、水くさいことを言うではないか。
銀の杖商会での滞在とか、ラッシュさんの伝手のみでお金なんて払ってないよ、私。
「絵が結構いい値段で売れるから、私、お金持ちよ。気にしなくていいのに」
「そういう問題じゃないんだ」
じゃあどういう問題なのだね。
別にラッシュさんが貧乏だなんて思っていないし、私が奢ってばかりということもない。
割り勘にしたがる私に、彼が奢ることだって結構ある。タイミング的に払える方が払えばいいというか、持ちつ持たれつではないのか。
疑問符いっぱいの私を見つめた後、彼はそっと視線を床へと落とした。
「…とにかく、わかってほしい」
「ワッカリマシター!」
その、ちょっと傷付いたような顔はやめてください。
ジーサン殺しよりも私の良心にダメージが入ったよ。
必ず後でお金を受けとります、と家名に誓いを立てたらようやく安心してくれた。
エーゼレットの名に懸けて、だなんて…そんなに何か保証になるもんかね?
家名は貴族にとってそんなに大きいことなのだろうか。だろうね。そうだよね。
でも素直にお父様とお母様に誓った方が、何としてもやり遂げますよ、私は。




