仮病じゃないです
サポート蟻は順調に協力者達を見つけ出していった。
しかしながら、意外と本気で国の転覆を狙う人間は多くはなかったようだ。
脅されたり弱みを捕まれてイヤイヤ協力させられていたのも、チラッといた。
女王派のセレンツィオ達に便宜を図ることで得られる利益と、現王派がそれを潰すために動くことで得られる利益、双方をバランス良く手にすることを重視してお付き合いしていたのが大半。
争いが長引いた方が儲かるのか、どちらが強すぎるのもうまくない、みたいな台詞を陰で吐いた奴もいた。
対立している当人達は必死こいてるけれど、周りで見ている人達はとっくに冷めている…そんな風に見受けられた。
女王派、低迷しながら長く続きすぎて、やるやる詐欺だと思われてるんじゃないかな。
仲間なのかと思ったら、両方にいい顔をして躱していたコウモリだらけというか。泥舟っぽい。
つまり、その…中には現王派に情報を流している二重スパイなんかもいたわけだよね。
王様はどうだか知らないけれど、側近達の中にはコウモリとお付き合いしている人がいるのだろうな。
それが誰なのかまでは特定できなかった。一時お城で世話になったとはいえ、この国の中枢なんかに、詳しくはないしな。
しかしながら、現王派の手がそこまで届いているのなら、何を描こうとセレンツィオ達の計画は失敗するはずだったろう。
私の動向には関係なく、やっぱり女王派の時代は来ないのだね。安心安心。
現王派、女王派、日和見派、二重スパイ。似顔絵付きでメモを書き留め、溜め息を付く。
もちろん、本気でこの国を乗っ取ろうとしている人達もいる。先祖代々とまでは言わないが、思惑が二代三代に渡ってはいるようだ。
だが、部下は抱えているにしたって、なんか…少ない。
潰せば勝てるとおぼしき女王派の重鎮が…5人ってことはないよね?
アレか? 乗っ取りたいだけの人達がいっぱいいても仕方ないって言うか。玉座がひとつしかないから。
このチームはこの主犯格で行くぞ!みたいな。
わかっているのはセレンツィオと、カロッソとかいう爺さんと、ホイコーローみたいな爺さんと、ドンブラコみたいな爺…オッサン。あと、キラキラーンみたいなニーサン。あ、名前がね。
ちなみにセレンツィオはリーダーではなかった。
女王派のメインは爺さんズだった。しかしセレンツィオは隙を見て自分がリーダーに成り代わろうとしている様子。
皆して夜中に悪巧みするのはなぜなんだぜ。
忘れられた姫君が手に入って、彼らにとっては確かに大詰めなのかもしれないが。連日のようにコソコソと打ち合わせしやがって…眠い。
見逃したときに限って動きがあるような気がして、見張り始めると寝れない。
レッサノールが動かなければ寝るんだけど、くっつけてる蟻さんが「今夜もランデブー」って言ってるから駄目だコリャ。
レッサノール自身は休憩時間を睡眠に当てている。
護衛は彼だけではないし、建物内で仕事中の主にはそこまでベッタリじゃなくてもいいらしい。
私も初めはお昼寝しようかと思いはした。が、さすがにアンディラートを働かせておきながら1人で寝こける気にはならないしな…。
ふと手元が二重にブレて見えて、思わずしかめっ面になる。
…あれ、割りと本当に駄目かも。
心配されると困るから、クマは化粧で隠していたけれど…身体の方が限界なのか。睡眠は身体強化では補えないのだと知ったわ。
私、今日で何徹目だったかしら。
ふらふら、お茶をしていたら…不意に耐えきれないレベルの眩暈。テーブルのお皿をスライディングエルボーする羽目に。見事に満遍なく薙ぎ倒しました。
「キャー! お、お嬢様!」
…意識はあるが、眠すぎる…ぬーん。
お袖が温か湿っぽい。完全に紅茶で濡れとる。だが動きたくない。
死んだふりでテーブルに突っ伏していたら、段々大事になってきた。
メイドさんが他の使用人達に声をかけて…あらやだ、凄い集まってきたんだけど、ど、どうしよう?
異変を嗅ぎ付けた幼馴染みもやってきました。
走る足音が近付いて来る速さが変。
身体強化様が発動している気がしますね。
「ぉ、…フラン!」
オルタンシアって言おうとしたね?
私も心の中ではアンディラートに戻ってしまっているから、気を付けないと危ないな。
なんて思っていたら、駆けつけた幼馴染みにズザァッと椅子から抱き上げられました。
これが…底曳き網された魚の気持ち…。
普通は、なんか隣に膝とか付いて「もしもし、どうされました」みたいな意識確認から入らないか?
そっと揺すられたら、それで起きたふりをしようと思っていたのに、ますますタイミングを見失ったよ!
使用人達は一丸となって彼の動きをアシスト。扉を開け先導し、私はあっという間に客間のベッドへ運ばれた。
そっとベッドに下ろされたところで、私はバチッと目を開けた。
「フ…」
驚いて目を見開きかけた彼に、急いで小声で現状説明。
「ごめん、最近徹夜しててちょっと眩暈がね。うっかり眠かっただけなの」
「……そう、なのか?」
小声で遣り取りをし、周囲に見えないように首肯する。
痛くも苦しくもないことを何度か私に確認して、アンディラートは頷いた。
そして扉の辺りで心配げに見ている使用人一同へ、振り向く。
「目が覚めた。毒や病ではない。先程は急に眩暈がしたそうだが、今は問題ないらしい。医者は不要だと言っている」
近寄って来かける使用人を片手で制する。
「少しだけ、このまま様子を見ていたいのだが、可能だろうか…?」
使用人達は顔を見合わせている。決定権を持つ人間がいないのだろう。
メイドの一人が意を決したように怒鳴った。
「い、いいじゃないですか!? お医者様を呼ばないわけには参りませんけれど、そう、今は皆の手が空いていないのだから、ちょっとお医者様を手配するまでの間だけラッシュに付いていただいたら!」
ぱらぱらと頷きと了承の声が行き交う。
え、なんだい? その生温かな視線は何なんだい?
ちょっとそこのメイド、「迫真の演技だったわ」って何よ。
えっ。わざとじゃないよ。「会いたいが為に一芝居」って何なの、「巷ではボヤ騒ぎで相手の気を引こうとした娘もいる」って、八百屋お七か。付け火はいけませんよ。「いやいや、会えないストレスで本気の心労」…それでもないけど、言ったの誰だ?
なんか、皆、好き勝手に妄想してる…。
ち、違うよ、寝不足…ただの寝不足なのに!
わざとかどうかはさておいて、使用人達の中で私は「引き離された護衛に会いたいが為に倒れた」と思われているようだった。
先日我儘お嬢様して駄々こねたのが印象に残ってしまったのか!
仮病使ってそんなことせんでも、毎晩おやつパーティーしてるよ!
届かぬ言い訳。擦れ違う思惑。
しかし私とアンディラートは、予期せぬ相談タイムをいただいた。
お疲れのアンディラートに心配かけたくなくて、もうちょっと情報を集めてから…と、なかなか言えなかったのだし丁度いいか。
戸口に見張り蟻を立てとくべきかしら。
でも今や何匹になったのか、結構サポートで蟻を出しっぱなしているんだよな。
さっき一瞬寝かけたときに、失神判定で全員が靄に返ってしまわなくて良かった。気を付けなくては。
「寝不足なのか? …悪い夢でも?」
心配そうにナデナデされた。
ごめんよ、調子に乗っていただけだよ。
世界の全てを知ることなどできないのだから、ある程度で見きりを付けるべきでした。
「このまま寝てもいい」
…気持ちはありがたいけど、一応報告を…あのぅ、α波出すのやめてくれるかな。本当に寝てしまう。
音量控えめの低い声はやけに耳に心地いい。
隣にいるだけで、空気がやけに柔らかい気がする不思議。
…まずい、寝てしまうよ…。
「ううん、あのね、夜中に暗躍してたせいだよ…」
一瞬手が止まった。しかし、すぐに再開される撫でられ。
寝かし付けることを優先された気がする。
「出歩いてる、のか?」
「んや、私じゃなくて。サポートを付けてあって。レッサ…パンダを…監視…蟻ゴルゴしようと…」
眠いが、ちゃんと説明を…彼を安心させてからでなければいかん。
しかし、眠い。
「……パンダ?って、何…?」
「…んー…? 熊っぽい?」
なんで急にパンダのことなんて聞いてくるんだ? こっちの世界にはいないのかしら?
「いまのところ…キラキラーンが如月さんにハニートラップを仕掛けて、テヴェルと離そうかって作戦らしいけど、無駄無駄ぁ、だよねぇ…」
キラキラーンが逆に落とされる未来しか見えないぜ。彼女のウッフンスキルを舐めるなよ。知らんけど。
「…わからない。オルタンシア、今は言わなくていい。寝て。目が覚めたら、ちゃんと聞かせて。約束だぞ?」
「はぁい」
寝ていいというお許しが出た、ヤッター。
α波発生源に向かって、自然とコロリと横向きに。
頭上の手は落っことしたら困るので、下ろして握っておきます。これで安心。
「…くっ…、…無邪気…」
目が開かないので、無邪気も何も…正直なところ半目のブッダフェイスのようになっているのじゃないかと危惧しているのだが。悟りは全く開けない煩悩祭りだけれども。
睡眠許可が出たので、もう身体は本能に忠実にスリープモード。動けません。
悟るといやぁ、そういやサトリさんは、元気かしらね…お仕事終わったのかしら。
浮かんだ思いをそのまま口に出せば、困ったような声が降ってきた。
「かなり疲れていたな。近付くとうまく逃げられるから、様子を見て美味しいとこだけもらっていくと言っていたぞ」
…そうなんだ…。
おや? いつお会いに?




