刻一刻
さて取り出しましたるは、様々なものを、込めた魔力量次第で弾くミラクルマント。
…うん。私に丁度いい時点でラッシュさんは着られませんでした。サイズ的に。
取り出して広げた段階で気付いて良かった。
着せようとして無理だったら、ラッシュさんは自分が悪くないのに謝ってしまうものな。また無闇に慰めさせるとこだった。
「うーん。いいアイディアだと思ったんだけどなぁ」
現状、これ以上にラッシュさんに相応しい装備はないように思う。
宝物庫には家宝の剣みたいな先祖の武具とかあるような気がしたし、実際にあったけど、期待とは全然違った。お飾りで実用品じゃなかった。もしくは歴史的な意味の宝物だったね。普通に脆くなってて、使ったら壊れちゃうようなヤツ。
伝説の無敵っぽい武具なんて存在しなかったんや。
サポートでマントを作ってサイズ変更することは可能だが…込めた魔力は攻撃を受けたときではなく、バリア展開時に常に大量に消費される。
私が作った超魔石であればこそそれなりに長く、薄く弱いバリアを継続して出していられるから、雨具として使えているのだ。
その辺で買える家電用みたいな小さい魔石なら、急な雨には対応できても、使えると言えるほどの時間を維持はできない。
そして強く大きく防御したければ、その一瞬で魔力切れ必至。ワゴンセールの理由だ。
つまり、心配だからといってバリアを常時展開はできない。ここぞというときに魔力補充しないと。
生死の境目になるようなときに、そんなこと出来るかなぁ。
多少の条件付けならばサポートで出来る。私が、如月さんの前で水筒の水を溢れさせたように。
だが、アンディラート本人が大怪我を負ってから発動させても遅いし、鎧…胸当てが傷付くみたいな条件ではそれに守られていない部位を狙われた場合に対処できない。
私の夢では、彼は私に背を向けている。
どこをどのように攻撃されたのかは見えず、決定的な状況はわからないのだ。
それでも、出来る限りを思い出す。
武器が何か夢では見えないが、少なくともこの世界に銃は流通していない。
それから、アンディラートの体勢の崩れ方から見て、攻撃したのは弓兵ではないだろう。
あれは、あの攻撃は正面からドンと突くような動きではない。袈裟懸けに近い…剣か槍かの払いだ
そして…血が散った。
武器の先が鈍くはなく、切れ味が良い。
…鼻ツーンどころじゃなく、既に滂沱。
えっぐえっぐしつつ、考察を続ける。
ならば防ぐものは刃だ。
アンディラートの身体に、刃が当たるのがいけないのだ。
本当だよ、とんでもねぇな、天罰モンだい。
「ここをこうしたとして…でもこう来られたら防げないな。じゃあこうして…」
必死に複製マントを弄くり回す私。
不測の事態に備え、サポート魔石だけでなく、ちゃんとしたリアル魔石も用意しよう。この国にも銀の杖商会はあるかしら。
何があるかわからないのだから、私のサポートだけに頼ってもいかんよね。
ところで、私の城でのお仕事というは概ね終わった。
女王血統しか入れないという場所を、根こそぎ粉砕してやったぜ。
これで、ここんちの人達が忘れられた姫君を求める理由はないだろう。
見る限り、あの老けた王様は部下に慕われているようだ。治世も悪くないのなら、国家転覆が成功したら、国民はひどい目に遭うだろうな。
てっぺん、テヴェルになるんだもの。
愚王が町中の娘を城に召し上げるとか、まずは起こるよね。ハーレム希望者だったもの。
頑張れ、王様。守れ、玉座を。
因果応報という言葉はあるけれど、どう考えてもテヴェルチームは悪。私がこの国のために力を尽くす道理はないが、あっちを応援する気もない。
ほら、一回王位を奪った以上はもう、頑張って治めていただきませんとね。
そんな重荷を子々孫々まで好んで背負う気持ち、さっぱりわからないけど。
過去の統治者など振り向かず、簒奪者として胸を張って生きてゆけ。
防衛戦も王者には必要さ。いつかの女王は防衛に失敗したのだから仕方ないの。
大丈夫、いつの時代も、大きな声で言ったもん勝ち。ここからここまで俺の領土!って言ったヤツが王様なんである。
私は王位など欠片も欲しくないし、私が要らないということは、そこは統治者不在の地。君らが治めて問題ない。
正当な後継者なんて名乗り出てきたら、偽物だから即刻捕らえてしまうが良いよ。
しかし、お城の人達は今…私のせいで活発にテヴェル退治に勤しんでくれない。
宝物庫が開いたら、いきなり城内が活気付いてしまったのだ。予算が急に増えたから、多分大喜びしちゃったんだね。
…えぇ、わりと私達は、本気で忘れられている感じがします。いやぁ、今すぐはちょっと叶ってほしくなかったかな。
忘れられた姫君の都合上、ずっとここの人達と付き合って馴れ合いたくもないので、影が薄くなったのはいいことなのかな。
後ろから刺される可能性が低くなったのであれば上々だろう。
そんなことも思っていました。
「キサラギの指示か。私は何も知らされてはいないな。まさか、お前達、こちらを裏切る気ではないだろうな?」
現れたのは、余裕の笑みを浮かべた貴族っぽい男とそのお付き。
余裕っぽい笑みを浮かべ返した私と、それを守るように立つアンディラートが対峙する。
そうだった。内通者が、城にいると思っていたのに。
王様が信頼できる最低限にしか私の存在を通知していなくたって、今まで開けられなかった扉が開くようになれば、私の存在を知っていた者達にはわかる。
即ち、忘れられた姫君の帰還。
それは彼らにとって、如月さんの手駒の帰還だった。平民テヴェルが城には入れなくても、入れる人間が他にいる。
セレンツィオと、レッサノールだ。
セレンツィオは結構、高い地位にいると聞いていた。それがどのくらいのものなのかは知らないけれど。
薙ぎ倒して逃げると騒ぎになる。
怪しまれるのは私だ。
ここはセレンツィオ達のテリトリー。騒がれれば、どちらが捕まるのかは明白なこと。
衛兵は、一部上層部の人間しか存在を知らない逗留者達よりも、自国の貴族の言を信用するだろう。
宝物庫に夢中な現王チームのフォローは、きっと間に合わない。
「誰だ」
ラッシュさんが私を背に庇う。
同様に、主人を守るべくレッサノールが前に出る。
冷静を装いながら、辺りに如月さんがいないことを確認した。
彼女も、城に入り込めるような身ではないのかもしれない。セレンツィオを使っているのだから、そうよね。城に自ら入り込んでいれば…上層部がとっくに崩れているはず。
「彼らは、如月さんの仲間」
私が返した言葉に、ラッシュさんは一層警戒を強める。
どこまでセレンツィオが掴んでいるのか。
聞いていない、と言っていた。
私が宝物庫を開けたことだろう。きっと上が入れ替わったあとの、資金となるはずだったのに、それが現王に流れてしまった。
それが如月さんの策略ではないかと、セレンツィオも疑っているのだ。
なぜなら私は以前に、如月さんの操り人形だった。彼らはそれを知っているから、私個人が裏切ったとはイマイチ思えないのかもしれない。
「ついてこい」
さっとセレンツィオはこちらに背を向けて歩き出す。
ご遠慮したいが、「人が集まる前に、お早く」とレッサノールが急かした。
兵に引き渡されたくなければ、という副音声が聞こえた気がした。




