スキマライフ!~じれったいクズと、私
おかしいわね。
もう随分と経つのに、フランがこちらへ合流しない。
あえて合流場所の指定などはしていなかった。可愛らしい顔を晒した、珍しい女性冒険者なんて、すぐに見つけられると思っていたから。
「もー、何なのアイツ! 俺はこの国の王になる男だぞ! メッチャ態度がなってないんですけど!」
まさか、フランが負けた?
そんなはずはない。あの冒険者にはフランを害することはできない。
どう考えても、それは覆らないだろう。腕前ではなく、心の問題だ。
余程大きなアクシデントがなければ、人間はそうそうその壁を越えられない。我が身を犠牲にした方が、気が楽だからだ。
彼は、フランを大切に思っていた。
…面白いくらい。
ちょっと意地悪して、破滅する様を眺めたい気にもなったわね。
だけど、あれほど裏表のない人間は珍しい。
真っ直ぐすぎてもつまらないかも。選択に後悔も憤りもなさそう。
そうすると、無事を約束しておいて、フランを目の前で害する方が楽しい反応になるのだろうけれど…それはまだ駄目ね、彼女は未知や不可解を運んだ稀有な人材。解き明かす時間は、きっと楽しい。
まぁ、その程度の遊びならあの冒険者でなくたっていい。誰にだって出来るわ。
「ねぇ、如月ー。今回付けてくれたメイドさんさ、可愛いけど何か目が怖いよ? ハイライト消えてるって言うかさ」
それにしても、フランが遅い。
寝食くらいは生命維持活動と見なしても、途中で遊び呆けるようなことは出来ないはずなのに。なぜ、この国に辿り着かないの?
湖を迂回するルートを取ったのかしら。それならばもう少し時間がかかっても仕方がない。
そうすると、船には乗れないようなことが起きた?
一体、あのあと何が起こったというのか。
あの冒険者のせいでないのなら…彼女がさばききれないような、強い魔獣に出くわした?
…ないわよね。
強魔力地帯のグレンシアとはいえ…城都から船着き場はそれほど離れた位置じゃない。
街道で強い魔獣に出会うなんて、本当に運のないことだもの。
商人ギルドでもテヴェルの植物以外に魔獣の話題など聞いていないし、道なき道でも行くのでなければ、彼女が人知れずひっそりと死ぬなんてことも考えにくいわよね。
テヴェルだってフランは強いと言っていた。
更に、揺れる感情もなければ、どんな相手も一刀両断ってものじゃない?
見つけやすいようにと、フードを被っておけとは命じていなかったから、逆に厄介な人間でも引っかけて遅れているのかしら。
万が一、あの子が不慮の事故で死んでしまったりしたら、「本物」の駒が消える。
誂えるには時間が少し必要で、計画は大きく見直さなければいけないわ。
全く、フランには振り回されてばかりね。
幼馴染だというあの男が追い付きさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。
私が始末しておけば良かったかしら。
でもねぇ。
ちょっと嫌な感じなのよね。
本心から、ウェルカーを知らないとは言っていたようだけれど…。
ウェルカーのほうが目を付けているのかもしれない。何かの協力者にすべく、接触する機会を窺っているのかも。
元々あまり好きじゃないタイプだし。
どちらにせよ、楽しめない相手なら、あまり関わりたくはないわね。
「カレーが食べたい…ちょっと、お前、なんでこんなのも再現できないの? プロだよな? こんなのスパイスちょちょっと混ぜるだけだろ? この世界、本当に色々と遅れてるよね。もーやだ、せめて食文化だけでも何とかしてよ! フランのご飯の方が美味しかった。美味しいもの食べたいー」
フランを探しに行くべきかしら。
でも、行き違うと厄介ねぇ…。
せめて、テヴェルがもう少し使える子なら、後を任せて行っても良かったのだけれど…。
溜息をついて、喚き通しの相手を見る。
私が答えようと答えまいと、勝手にお話を進めてくれるのは楽で良いわね。
だけどね、無闇に敵を作らないでほしいのよ…せっかく集めてきた人材が皆へそを曲げちゃったわ。
ある種、才能よねぇ。
先程彼が呼びつけた料理長は「そんな適当すぎる説明で料理が作れるか! 料理を馬鹿にすんな!」と怒って帰ってしまった。
様々な人間をもてなすために、料理は必要で有効だから、腕が良いと評判の人間を引き抜いてあったのに。
とりあえずは別の貴族の屋敷で繋ぎ止めるとしたって、元々いた料理人との軋轢が起きれば辞めてしまう。案外、この国の料理人って待遇にうるさいのが多いのよ。
でもお料理の質が下がると、モチベーションが下がっちゃうわ。
せっかく食事を味わえる身体があるというのに、この私が惨めな食生活をするなんて、有り得ない話じゃないの。
テヴェルが手を付けても良いように特別手当ても用意して、身の回りの世話をさせる可愛くてお馬鹿な娘を何人も選んでおいた。
でも、侍女のほうが大抵30分程で彼に見切りを付けたわ。
テヴェルは頻繁によくわからない言葉を使う。そのくせ、自分の話を理解しないことを詰る。
…同じわけのわからない話をする男なら、酒場で酔っぱらいの相手した方が、楽に稼げると判断されたのよ。
何人かの入れ替えを経て、今の子はちょっと他の場所では扱いにくいと持て余されている人材ね。
ハイライトって何かしら。可愛ければ別に良いのでしょう?
…ほら、満更でもないじゃない。
侍女や料理人程度ならまだ良いわ。
だけど、補佐に欠員が出たのは痛恨。
選んでおいた補佐役は、顔合わせが終わるなり「この人が玉座に座るんなら、代わりに豚が座っててもいいんじゃないですか」なんて辛辣な言葉を残して去ってしまった。
テヴェルのあれこれを補うための有能な人間だったけれど、有能さに伴うプライドが仇になったわね。
支えてやりたいと思えないのなら、無能の下で働くなど苦痛でしかないらしかった。
そうなのよ…この国の人間って、妙に忠誠が低い。
過去に上層部を引っ繰り返したのだから、それも仕方のないことよね。それを見ていれば、下層の人間だって自分達が引っ繰り返してもいいのだと思い上がってしまうわ。
そして事実、テヴェルには他者を繋ぎ止める魅力がない。
…溜息が出ちゃう。
「テヴェル…真面目にやって?」
思わずそう言ってしまうのも、仕方のないことじゃないかしら?
初めはやりがいのある暇潰しだと思ったのに、愚痴をこぼす日なんて来るとは思わなかった。
それだけ見ると滑稽で面白い出来事ね。
本人の能力は低いのに、どうしてこうも埋もれないで特出してくるのかしら。
相変わらず、斬新な生き物よねぇ。
「えー? 真面目だよ、俺、超マジメ! …あれ、急にどしたの、如月?」
こんなに手のかかる子は初めて。
退屈は避けたいけれど。
こう、立てた計画の進捗に全然手応えがないというか…進めた側から転換を余儀なくされるというか…。
そうねぇ。暇潰しであっても、徒労は避けたいわねぇ。
「計画も大詰めだもの。ちょっと疲れちゃったのかしら。私もテヴェルも、気分転換が必要かもしれないわね?」
現王派がこそこそと動いているみたいだけれど、こちらもまとまりがなさすぎて探りに行けていない。
大詰めなのに破綻しそう。
テヴェルに求心力がなさすぎて、体制が空中分解してしまいそうなのよ。
ある意味では最後まで気を抜けない、スリル満点な計画と言えるわ。
でも…組み上げた積み木を倒すのは楽しいけれど、積めずに崩れるのはつまらないわね。
「ねぇ、テヴェル。外に食事に行きましょう。まだこの国の名物を食べたことがなかったわね?」
「いいよー! 名物ってどんなの? 美味いといいけど、まぁ、如月が連れてってくれんなら平気か」
もう少し、美味しいエサはあったかしら。
けれど、結果に繋がるからこそ過程は楽しいの。
ただのご機嫌取りの材料集めなんて、私の仕事ではないわね?
苦労して玉座につけたらこの子は、ちゃあんと私にご褒美をくれるのかしら。
貪欲な雛鳥は、与えても与えても満足しない。
性質だけなら、楽しいはずの玩具なのに…そろそろ何かしでかさないと飽きてしまうわ。
毎日のように愚痴を聞くのは退屈ねぇ。
いっそ悲鳴の方が楽しいかしら。
座ったばかりの玉座から引きずり落とすのも、面白いかしら?
その椅子を欲しい人間は、なぜだか尽きないものね。
ちゃんと言うことを聞いてね、テヴェル。
あんまり、おいたが、過ぎるようなら…




