結局、地道に一歩ずつ。
あのあと顔を合わせたラッシュさんは、多分何かに感付いたのだろう。一瞬だけ物言いたげな目をしたが、すぐに普段の顔で挨拶をしてきた。
気を遣わせちゃったかなぁ。
情報の少ない現状では、やっぱり、ただの死の宣告のような真似はできなかった。
だけれども、私は決意を固める。
彼には言おう。
そして、いざというときには私を守らず身をかわすように…なんて…ハハッ、絶対言うこと聞かないよね。
弱いとは思っていないはずの私に対してこれなのだから、骨の髄まで紳士だ。そりゃ守るに決まってるよね。
…困った…。
説得する材料探しは課題だな。
身体強化様のお陰で、見えていれば大体当たらないことも伝えよう。
少しは心配も和らぐだろう。
あとは…防具の開発だな。
アンディラ、ッシュさんの防具は重装備ではない。なので、ちょっと重くなるけど金属のものに変えてもらえないか聞いてみよう。
そもそも彼の装備に現状でどれくらいの強度があるのか確かめるところからだな。
少なくとも夢の中では、彼は見たことのある装備のままだった。
私が提案しなかった、のだろうか?
確かに今までなら、既に一式揃っているような他人の装備に対して「ちょっとアナタ、ここの対策はどうなっているんですか。強度が足りないなら買い足しなさいませ、むしろ買い直しなさいませ、さぁ、さぁ!」なんてズカズカ踏み込んだりはしなかったと思う。
どんだけ俺色に染める気じゃい。着るものくらい好きにさせたれや。
そんな風に思う。
いや。
もしかしたら提案自体はしたのかも。
だが皮革製品のほうが、どうしたって金属よりは軽くなる。
身動きの点で金属鎧は受け入れられず、私の提案は断られるのかもしれない。
デザインへの口出しならば、例え意に染まぬ提案でも「もー、うるさいなぁ」くらいで済む。けれど、装備とは命を預ける実用品なのである。
身に付ける本人の意向を汲むのが一番だ。
無理に勧めて動きが悪くなっては本末転倒。
断られたなら、無理に変更させることなんて出来ない。
使うのは彼なのだ、何もかも私の思い通りにカスタマイズなどできないだろう。
始めからそれも可能性として考えておこう。
断られて「君のためなのに!」なんてショックで詰め寄るとか、ダメだもんね。
相手はお人形ではないのだ、甘えに裏打ちされた押し付けなんていかん。
私は考えの浅いクズだが、予想がついていれば、そんなことはしないで済むはずだ。
本日は特にご予定はないかと思っていたのだが、朝食後にはフラリと王様が現れた。
相変わらず、疲れているのか老け込み気味だ。そんなにフットワークが軽そうな人には見えない。
意外と言うほどには、相手のことも知らないのだけれど。
「宝物庫に入りたい」
ズバリ、ご用件はそういうことだった。
速やかに許可を出すから、早く扉をもぎ取れってことか。
そっかぁ。今日、今からをご希望ですか…。
正直、気分的にはそれどころではない。
部屋に1人になったりして、誰に取り繕う必要もなくなったのなら、いつでもシオシオとベッドにお帰り出来るレベル。
不貞寝したい日もある。
いや、自分の言い出したお仕事なので、ちゃんとしようと思いますよ。
しかし、王様はせっかちだった。
先日、私達が宝物庫に侵入した際には、手を繋いだままだったという情報を誰ぞから仕入れた王様。試しに自分も連れて入ってみろと言うのだ。
…えー…見知らぬオッサン…オジニーサンと手を繋ぐなんてごめん被りますわー…。
物凄く乗り気ではない私の表情に、相手はちょっと引いたようだ。
初対面時を思い出したのかもしれない。
そうだぞ、我々は敵対はしていないかもしれないが、決して仲良しさんではないのだ。初心忘れるべからず、だぞ。
「仕方ない。では、彼の手を借りるとしよう。何事も試してみなければわからぬ。元が王族の宝物庫と記された場所であるゆえ、部下より先に確認しておきたい」
よくわからんが、なんか色々あるらしい。
妥協案として、ラッシュさんが間に挟まった。私→ラッシュさん→王様という手繋ぎ鬼のような…マイムマイムのような何か。
子供なら特段違和感もないのだろう。でも、全員が成人しているばかりに一気に不審者集団だよ。不思議!
まぁね、直接手を繋がなくて良いのならそれくらい試しても、私は構わないが。
そろりとラッシュさんを確認すると、なんと二つ返事で快諾していた。天使か。
見知らぬオジニーサンと手を繋ぐなんて、彼だって嫌だろうに。
私の我儘で、負担をお掛けしますね。
でも私の手は幼馴染だけで定員オーバーなんです。他人の手を握るとかそんな、マジ気持ち悪いわ。
勢い付けて3回転半くらい捻って本体ごとブン投げたい。それからタワシで手を洗う。
…想像したらちょっとスッキリした。
小舅君や大臣はついてこなかった。護衛の兵士を3名連れて、王様は私達の前を行く。
護衛達はあからさまな様子こそ見せないが、私達から王様を守っているようだ。
自分では無害なつもりなんですけどねぇ。
ま、前世から「居るだけで不利益だ」とか言われていたのだから仕方のないことだね。
正体不明の私達を同行させるのに、護衛3名なら妥協した方なのかもしれないな。
そう理解はするけれど、こちらとしては「ゾロゾロ連れ立ちおって!」って気分です。
ヒトミシリンシア。
「…何が問題なのだろうな?」
わかりませんね。
扉に分断された隊列を見て、顎に手を遣る王様だ。零れた疑問は、一人言に近い雰囲気を感じたので、特に返事は声に出さぬ。
結論から言えば、王様は宝物庫に入れた。
だが、連結された護衛達は入れなかった。
友達みたいに手を繋ぐ…そういうわけにもいかないのは理解できる。
だが、ラッシュさんにエスコートされている王様が、なんか気に入らない私です。
若くて可愛いお姫様なら許すのにな。
いや、どんなに顔が可愛くても、性格が悪い姫だったら幼馴染を差し出すなんてとても無理だぞ。
可愛くて優しくて、アンディラートにお似合いの、癒し系のお姫様なら…。
シャイボーイ、困っちゃうからダメか。
顔の見分けがつくかわかんないしな。
私がぼんやり考えている間も、護衛は部屋に入ろうと四苦八苦している。
私→ラッシュさん→王様→護衛の手繋ぎ鬼は、唐突に護衛の前でぶった切られたのだ。
王様を放流したラッシュさんは、他の護衛と手を繋ぐチャレンジも行っているが、結果は芳しくない。
「ふむ。仕方あるまい、扉の前で待機せよ」
「しかし…」
「入れないのだからどうしようもない。何、すぐ戻る」
王様を引き留める護衛達。
命令されたあとなのに食い下がるなんて。反論できるほどの信頼関係にあるのか、私達が超が付くほど危険だと見なされているのか。
…両方かな?
「ラッシュさん、ちょっと」
繋いだままの手を軽く引っ張り、相手の目がこちらに向いたところで声のグッとトーンを下げる。
「もしかしてだけど、君、あの護衛達をちょっと拒んでいたりしないかな? だから入れないなんてオチでは?」
私? まぁ、来なくていいのになーというくらいのことは思っているけれど、明確な拒絶とまでは言えないかな。
王様は入れたのだ。
そして私自身が手を繋いでいるラッシュさんは当然拒んでなどいないし、入れている。
王様が護衛を拒む理由はないだろう。
先頭の私から離れすぎたせいでダメなのかとも思ったけれど、その後のラッシュ直繋ぎにおいても弾かれた。
どなたかが拒否しているから入れない。
その方がわかりやすい気がして。
ラッシュさんはほんのり困った目をした。
お心当たりがあるようです。
「拒むというか、ずっと警戒はしていた。それは向こうも同じことで、何かあればオル、フランを攻撃するための陣形をしている。それは、その…出来れば、どの人もお前に近付けたくはないと思った」
「もちろん君は何一つ悪くないよ。守ってくれようと考えるなら、何の不思議もない思考だよ」
フォローしてみたが、ふと気づく。
「ここまで来たのだから、もうラッシュさんでなくともよろしいのでは? 彼らに手を差し延べてみていただけます?」
王様の部下なんだから、王様が迎えに行けばいいじゃん。
ナイスアイデアだと内心でニヤリ。
しかし、王様の手は扉の前で止まった。
「…見えない壁がある」
「えっ」
少し考えて、私は繋いだままだったラッシュさんの手を離した。
なぜかラッシュさんが私の手を二度見する。
…え、説明がいる?
「私と手を繋いでいないと通り抜け出来ないものか、君も試してほしい」
先日は有耶無耶に通り抜け出来ていたような気もするのだけれど、どこまで手繋ぎのままでいたのか、ちょっと記憶が曖昧。
「…ああ。わかった」
彼は納得したようにひとつ頷く。
それから、扉の向こうへと手を伸ばした。
…うん。通り抜けたよね。
王様が、ラッシュさんをガン見している。
ラッシュさんの手は明らかに、王様の手よりも向こう側に行けていた。
勘違いではないはず。
だって王様は手の平を護衛兵に向けた「ストップ! 通さぬ!」みたいなポーズだが、ラッシュさんは手の平を上にして差し出した「シャルウィダンス?」のポーズだ。
護衛兵がいつ、その手を取って踊り出してもおかしくはない。
そう見えるのだが、実際に手を取ろうとすると、護衛兵の手はわざとらしく場外へ横滑りするのである。
本当は出来るのに、ラッシュさんを虐めようとしてわざと宙をツルツルしているのではあるまいな。許さんぞ?
じとりと見つめてはみたが、全ての護衛兵が天使の手を取れなかった。
神の国、じゃない、宝物庫は受入れ拒否をしているようです。
「実は兄妹ではあるまいな?」
「違う」
王様の問いを、ラッシュさんは食い気味に否定した。というか、私と血が繋がってるかどうかじゃないよね。
だって王様も王族血統ではあるわけでしょ。女じゃなかったから、王様は今まで宝物庫に入れなかったんじゃないの?
血の濃さは家系図とか知らんのでわからんが、そもそも興味ない。
待てよ。
女王様だって、いちいち宝物庫管理なんかしないと思うの。鍵の開け閉めのためだけに日々わざわざ国のトップが来るって…あまりに効率が悪すぎないか。
つまり、血統如何せず、女王の信頼を受けた人物なら出入りできた?
いやいや、そんな。ドアノブの強制DNA鑑定はまだしも、
ハイテク過ぎるから、ないか?
だが、初回登録みたいなものが済めば、私が来なくても良かった可能性…?
ま、まぁ、いい。
どうせこの扉の防衛機能は、そのうち無力化する予定なのだ。
そのようなことをつらっとした顔で言ってみれば、厳しくなりかけていた王様の顔が緩んだ。
「そうであった。どのみち、もう、不要になるものであったな」
納得してくれたようで良かった。
ちゃんと破壊していかないと。
こういうものが残ると、忘れられた姫君が忘れられない。
私を引き留めようとする理由となってはいけないものな。




