扉、開いたよー。
女王の血筋であるならば、それだけで開けられる扉があるのだと言う。
悪いけど、こりゃ嘘だろう。
声にこそ出さなかったが、小舅君が真面目な顔でそんなことを言い出した時には、心の中で「はいダウトー!」って叫んでました。
多分、女王派の流した根も葉もない噂なのではないかな。現王派の求心力を落とすためのさ。きっと、巷で流されてる姫君話の亜種でしょうね。
…いや、だって、ねぇ。
幾ら何でもそれはハイテクが過ぎるでしょう。どういう技術だい。
そして、今。
小舅君と大臣に、さぁ開けてみろと連れて来られた扉の前で、私はニコニコと意味もなく笑って見せている。
お母様の教えに従い、無駄に余裕を見せているだけで、楽しいことなど何もない。本当、マジで。
ただ、これが本当に悪魔の証明的な魔女裁判(開けられないならお前は偽物だ!みたいなヤツ)だった場合に、幼馴染を守りきらねばと思っている。
そういうわけで、お嬢様フランのエスコートはラッシュさんだ。お手を拝借してこれだけ側で捕獲しておけば、何が起ころうとも手放さずに済む。物理的に。
いざとなったら、有無を言わさずアイテムボックスにブチ込むんですけどね。
「…開くと思うか?」
ひそりとラッシュさんが問う。
顔は正面を向いたままで、周りに聞こえないよう、私も声を落として答えた。
「開かないと思うなー」
「そうだよな」
鍵どころか認証に必要っぽそうなものを何も受け取っていないのだ。
キーレスエントリーな車だって、差さなくて良いだけで鍵自体は持つでしょうよ。
扉と対になる何かが必要なんじゃないかな。
指紋声紋網膜認証なんかも、あらかじめ登録されていなければ開くはずもないし。
そう思いながら、せっつかれるようにしてドアノブに手を掛けた。
そもそも女系の血族認定なんて、何世代まで有効なんだって話……かちり。
カチリ?
小さいながらも、確かに響いた音。
扉の前を陣取った、誰もが無言であった。
え。どこから私の個人情報を抜き取りよったのだ? 皮膚組織かな…ドアノブ握った一瞬でDNA鑑定した、とか?
えぇー。なんで開くのよ。
めっちゃハイテクですやん。
初代女王の人、オーバーテクノロジーじゃない?
「あいた…のか…?」
「おい、早く中へ!」
あ。大臣このヤロウ。
ドンと扉の前から押し退けられた私を、危なげなくラッシュさんがキャッチ。
「野蛮な方ですこと。ラッシュさんを見習っていただきたいわ」
反応できない視界外からの攻撃には、相変わらず弱い私です。
嫌みのひとつも言いたいわい。
「急いでいるのかもしれないが、人を突き飛ばすのは良くないな。大丈夫か?」
しかし聞いてくれたのは、案の定ラッシュさん本人だけであった。君の方が痛そうな顔をするでない。
私に痛いところはないって、大丈夫だってば。
くっ、無駄に心配させてしまったではないか。大臣め。
「開かないじゃないか!」
「思わせ振りなことをしよって」
しかも何か睨まれてるし。
あれぇ? カチッていったのに開かなかったのかな。
どれどれ。
何とはなしに手を伸ばし、ドアノブを回して扉を押す。
ギィ、と微かに鳴いて扉は開いた。
中は、窓も見当たらないのに妙に明るい。
「…開いているではありませんか。あ」
またしても私を押し退けようとする大臣。
今度は視界に入っていたので、身体強化様がサッとかわしてくれました。
勢い良く部屋に入ろうとした大臣は、形容しがたい悲鳴を上げてその場に膝を付いた。
何? 心臓発作?
窺うように見てしまったが、苦悶の表情とかはしてない。違ったか。むしろ元気そうね。躓いただけかな、人騒がせな。
そう思った私の前で、大臣はパントマイムを始めた。
開いている扉の前で、まるで壁があるかのように宙を撫でるパフォーマンスだ。
…上手だけども。
今、いきなり隠し芸を始められても困る。
しかもノリノリなのか、なかなかやめない。長引くそれに、次第に意識が逸れてしまう。
意外と愉快な人だったのかな。新春隠し芸大会に向けた練習かな。早すぎないかな。
「おのれ、小娘」
小舅君が突然の敵意を向けてきた。
口許を引きつらせて幼馴染と顔を見合わせれば、あたかも私が邪魔でもしたかのように周囲から睨まれているアウェイ感。
「パントマイムで遊んでる大臣を、私の責任みたいな顔されてもさぁ…」
こそっと呟くと、幼馴染は首を横に振る。
「遊んでいるわけではなくて、中に入れないでいるのでは?」
ラッシュさんに言われて、もう一度パフォーマーを見遣る。
パントマイムは勤勉に継続中だ。
入れないんじゃないかって言われても、既にドアは開いてる。それとも、空間そのものがセコミュしてますの?
「少し失礼致しますわね」
するりとその横を通り、ラッシュさんの手を引いたまま室内へ。
…え。入れましたけど。
信じられないものを見るかのような大臣チーム。
普通に入れたため、むしろパフォーマー達が嘘つきなのではと疑う私。
そして入れないかと思われた部屋に連れ込まれ、困り顔のラッシュさん。
「ラッシュさんも入れたのに、何がいけないのかしら?」
見えない壁なんて本当になかったんだけど。
それ、君らの心の壁なのではないかね。
そんな不貞腐れたような顔されても、納得いかないのは我々の方であるよ。
…と、ラッシュさんが動いた。
伸ばしたその手は、特にぶつからず外に出されて、ヒラヒラと大臣達を挑発する。
もちろん本人にそのつもりはないだろうが、相手の目ヂカラが強くなった以上はそういうことなのだ。ヘイト取っちゃいかんよ。
そっとラッシュさんの上着の裾を引き、入り口から遠ざけた。
「小娘。何をした」
「小娘が小細工する暇がありまして?」
「とぼけるな!」
「…そういう攻撃的なところが扉に阻まれる所以ではないのですか? 貴方達が調べていた扉でしょう。わたくしとて初めて触るのですよ?」
むしろこの扉の知識に関しては、大臣チームに一日の長があるはず。
大臣達は一様に押し黙り、衛兵を残して王様への報告へ行ってしまった。
衛兵は私達を逃がさないという気概に満ちている。つまり、ここから出られませんね。
「兵の見える範囲にいれば問題ないでしょう。ラッシュさん、中を少し見回りたいわ」
「わかった」
ラッシュさん、手の差し出し方がエスコートではなく従来の友達仕様になってるよ。
個人的にはこちらの方が、お仕事感がないから好きだけど。
「壁が一部光っているな。魔石灯よりも色合いが自然光に近い」
言われてみれば、壁の上方には色の違う部分がパネルめいて規則的に並んでいる。
離れた場所のそれは光っていないから、そこが灯りということで間違いない。
壁面ライトなのね。
確かめるように奥へと進めば、目に痛くない速度と明度でそれは点った。
うん、やはり人感センサー式だね。
このお城は、予想よりもずっとハイテクなんだ。
そう納得せねばならないようだ。
しかし現代の居住者には仕組みはもちろん使いこなせてすらいない、と。
ロストテクノロジーのほうでしたね。
アンディ…ラッシュさんは戸惑っているが、前世に似たようなものがあった私にとっては、それほど気になるものではない。
「本当に私の血筋に反応しているってことなのかな。それならどうして君も一緒に入れたんだろう」
ラッシュさんはふと、繋いだ手に目を落とした。ほんのり頬を染める。
「手を繋いでいたからじゃないかな?」
珍しく照れて振りほどかずに、キュッと握ってきた。
あらま、成長?
「…それは…君とならいいけど、ちょっと、大臣達と試す気にはなれない案ですよね。よし、内緒にしようか」
真実はいつも闇の中! じっちゃんは顔も知らん!
キリッとした顔を取り繕って、私は部屋の奥へと歩を進めた。
思ったよりも随分と広い倉庫だ。箱がもりもり積み上げられていて、中身が剥き出しのものはあまりない。
やたら金ピカで派手なタンスや机だな。ピラミッドの秘宝でもあるまいに。
あ、秘宝なのか。
ここ、開かずの宝物庫か。
何の説明もなく連れて来られたので、どこを開けさせられたのか知りませんでした。
しかし、数日滞在しただけの私に宝物庫を案内するとは。
私が悪者なら怪盗と化しても仕方のない場所だぞ。
部屋の物みんなアイテムボックスに入れて逃走しても証拠なんて出ない。
別に要らんし、他人の財産とかマイバッグに入れるの気持ち悪いからやらないけど。
というか、そもそも隣に天使がいるので悪いことなんてしません。
天使の発する浄化能力で、周囲のエアーと共に常に清められているからな。
前世からの心のこびりつき汚れは取れていなくても、今生での新たな汚れは蓄積されていないと思うよ。クリーンシア。
「ね、私が正当な後継だというなら、この辺全部私のものってことになるよ」
私の軽口に、アンディ…ラッシュさんは笑って辺りを見回した。
「オ、フランが欲しそうなものなんて何にもないな」
どうも2人きりになると気が緩む。
私も彼も、ついつい偽名を忘れかけるようだ。気を付けなくては。
「見てよ、金の机。良さがわかんないね」
「ああ。金は柔らかいというし、実務には使えないな」
どんだけ高い筆圧で仕事する気なの、君。
ああ、そう言えば金メダルを噛むような動作をテレビで見たことがあるな。歯形付くほど柔いってことか?
おにぎりから外しもれたアルミホイルを噛んだときの、ギーン!って歯の感覚を思い出して顔をしかめて見てましたわ。
奥へ奥へと、まだ進む。
ビニール袋がないので仕方ないのだろうが、布ものが畳まれてボンて置いてあった。これには、さすがに変色が見られるな。
それでもカビていないのは凄い。部屋が密閉されていたということか。
純金かどうかは知らないが、キラピカなうえに宝石が嵌め込まれたお高そうな飾り棚は…うん、やっぱり欲しくはないね。
頑丈そうな箱の中身も覗いていく。
金銀の食器に燭台、小物類。
うーん、なぜ権力者は金が好きなのか。
手に持てるものを幾つか持って、扉の方へ戻る。
もちろん衛兵のことなどすっかり忘れて進んでいたので、見守り業務が出来なくなった衛兵君は、必死に戸口でパントマイムしていた。
「色々とあるようですけれど、私でも運べそうなものはこのくらいですわね」
衛兵が触れるように扉の外へ銀の燭台を置く。
廊下の床で無造作に存在感を放つ燭台、とても前衛的。
アイテムボックスにダーッとお宝を入れて、外でバーンって出せば解決しちゃう気はするけれど、そこまで何かしてあげたい相手でもない。
便利でキュートな私を捕らえてこき使おうなんて思われては困るしな。
「これはっ…!」
燭台だね。
一部とはいえお宝を探してきた我々だ。
衛兵がフリーズした。
彼も本当は報告に行きたいのだろう。
ハッと我に返ったあとはソワソワと廊下の向こうを何度も見ている。
お出掛けした飼い主待ちのワンコを想像してちょっと和んだ。
大臣と小舅君はなかなか戻って来ないが、行くのは1人で良かったのではないかね?




